第155章  砕かれた鳥篭


 

「足を止めるな。砲撃を正面に集中、突破後、右旋回し再突入する。アンチビーム爆雷を絶やすな!」

 1隻のナスカ級高速艦と3隻のローラシア級MS運用艦が20隻は居るだろう地球艦隊の艦列に突入していく。その砲撃は全て正面に集中され、それ以外は全て無視されているかのようだ。
 突撃を仕掛けているのはマーカスト艦隊だった。もはや地球航路も寸断されてしまい、護衛に回されていた艦隊も制宙権を巡る戦いに投入されていたのだ。彼はその得意とする機動戦術を持って地球艦隊を振り回そうとしていたが、たった4隻では効果的な打撃を与えられないでいる。護衛のMS隊にダガー隊を食い止めてもらいながら突入した4隻は1隻の駆逐艦を撃沈してそのまま反対側に駆け抜け、離れた所で反転して再突入しようとする。
 だが、マーカスト艦隊の突撃で崩された地球艦隊に対して、正面から戦っていた艦隊の動きは鈍かった。此方は8隻を擁しているのだが、指揮官が慣れていないのか上手く艦隊を動かせないようだ。
 MS隊は制宙権を握ろうと砲撃戦を行っている艦隊からみて上方でぶつかり合い、激しい消耗戦を演じている。2、3機纏まって動いて1機のゲイツに集中砲火を浴びせるストライクダガー。その高機動力を生かして右に左にと機体を振ってストライクダガーのビームを回避しながら距離を詰め、近くから重突撃機銃を浴びせて撃破するジンHM。5機のファントムを1度に相手取るシグー3型。妙に動きが鈍いゲイツRを容易くビームサーベルで両断してしまうフォルテラス装備のデュエル。
 そこにはかつての地球軍を圧倒したザフトの姿は無かった。確かにベテランの駆る機体は強い。特に少数のシグー3型などは核動力機ほどではないがデュエルやストライクを上回る強さを見せ付けている。これはパイロットの技量が加味されたせいだろうが、地球軍の数に質で対抗できるようなベテランはもう少なくなっているという事だ。
 そして穴埋めに回された新兵は与えられた機体の性能を生かせない。ナチュラ用のMSはその前提条件から、最初から技量の低い物でも一定の性能を発揮できるようなサポートシステムが組み込まれているが、パイロットの個人能力に頼る所が大きいコーディネイター用のMSはパイロットの能力低下がダイレクトに反映されてしまう機体なのだ。
 今アスランと開発局第3課が新兵でも扱い易いMSを急ピッチで仕上げようとしているが、それは今この場では間に合わない。そして皮肉な事に、アスランたちが作ろうとしているのは地球軍のMSに近いコンセプトの兵器であった。
 結局ザフトの思想であるベテランが使って戦闘力と性能を限界まで追求するというMSよりも、地球軍の8割程度の性能を発揮するが誰でも動かせる余裕のあるMSの方が優れているという事を、他ならぬザフト最高のエースの1人であるアスランが認めたのだ。これはアスランだけではなく、イザークやグリアノスといった他のエースたちも認めている現実である。そう、ジンやゲイツよりもダガーの方が兵器として勝るという事を。


 物量を質で埋められなくなったザフトは自然と消耗戦に突入する事になる。消耗戦は国力、国家の持つ物資と人材の際限ない消耗を競い合う完全な体力勝負である。この戦いでは新人は真っ先に消えていく。動きの鈍い機体は真っ先に狙われ、良いカモとなってしまうからだ。
 そしてベテランも次々に消えていく。最初は生き残れても、連続する戦いの中で疲労が蓄積して敗北し、あるいは機体の整備不良で動きが鈍ったところを落とされ、そしてほんの僅かな不運で撃墜されていく。それが消耗戦だ。
 この戦いはザフトにとっては破滅への道だった。地球軍と違い、ザフトは少数のベテランに全てを託すしかない。新鋭機のゲイツやゲイツRも、旧型のマイナーチェンジであるジンHMもシグー3型も全て完璧な調整と優れたパイロットの操縦を要求する使用となっているからだ。
 そして、そのようなパイロットはすぐには補充できない。アカデミーを卒業したパイロットたちは前線に送られる前に本国防衛隊で更に鍛えられるのが当然の筈だったが、それは今では困難になっている。アカデミーを卒業してそのまま前線に送られる事が当たり前になってきているのだ。だがそんなパイロットはまともに戦う事は出来ず、経験を積めば良いパイロットに成長したであろう多くの若者たちが敵弾に倒れ、あるいは機位を見失って虚空に飲み込まれていった。彼らは自分を守る術さえ身に付けていなかったのだ。


 MS隊の苦戦と主力艦隊の動きの悪さを見たマーカストは苦い顔をしながらも艦隊を再突入させた。ザフト艦隊は足を止めず、ひたすら機動力を生かして動き回らなくてはいけないというのがマーカストの持論であり、これまでもその戦い方で地球軍に犠牲を強要していた。
 しかし彼の艦隊だけでは地球艦隊には勝てない。一撃離脱戦法は自分の損害を押さえられる代わりに攻撃の時間が短く、敵に与えるダメージも小さくなる。一度の突撃で沈められるのは1隻か2隻でしかないのだ。
 今度の突撃で戦艦を1隻仕留めて駆逐艦1隻を大破させたのだが、指揮下のローラシア級が被弾して速度を低下させてしまった。撃沈はされなかったものの、再突入は不可能だろう。
 護衛のMS隊も3割の損害を出したと聞かされたマーカストは苦渋に満ちた顔でこれまでだと判断した。ローラシア級1隻中破、MS7機の損害で敵艦2隻を沈め数隻を損傷させ、多数のMSやMAを仕留めたのだから勝利といえるだろうが、本隊の損害が分からない。
 マーカストは撤退の信号弾を上げさせ、戦場から離れだした。どうせ敵も一度再編成のために後退するだろうと考えての動きで、実際に敵は追撃してこなかった。ただ、本隊はまだ退こうとはせず、その場に踏み止まって砲撃戦を続けていた。

「何をしている、被害を拡大させるな。早く退け!」
「黙れマーカスト、これは私の艦隊だ!」
「これ以上戦えば此方の被害も増大する、それが分からんのか!?
「このまま戦果も無く退く事は出来んのだ!」

 本隊を率いている提督がマーカストの撤退指示に怒りを交えて言い返してくる。それは感情的なものであって、勝算がありそうな返事ではない。
 ようするに保身の為か、と察したマーカストは怒りを覚えたが、彼にはこれ以上出来ることは無かった。向こうの艦隊と自分の艦隊は別の指揮系統に属する集団で、マーカストには彼に命令する権利が無い。あくまで敵の近くに居た部隊が集まって共同で戦っていただけなのだ。せめて上位の提督級が居れば全体を纏められたのだろうが、マーカストと彼は共に同格の隊長でしかない。エザリアに左遷された彼は提督から隊長に降格されてしまったのだ。
 地球軍と真っ向から砲撃戦をする本隊の姿にマーカストは仕方なく損傷艦を下げて3隻で再度攻撃を加える事にした。流石に味方を見捨てて撤退する事は出来ない。だがそれは、より損害が拡大するという事を意味していた。


 この後、地球艦隊と熾烈な戦いを演じたザフトは敵艦5隻撃沈、多数撃破の戦果と引き換えに2隻喪失、5隻損傷、隊長1名戦死という犠牲を払うことになった。これは戦術的には勝利であったが、回復力の差を考えれば戦略的には敗北したといえる戦いであった。





 アルビム連合の首都的な存在である都市、アーモニア。そこは数万人が住む地球最大のコーディネイター居住地であり、国家規模の勢力を持つ最も不安定な立場にある存在であったが、地球連合に加盟した後は地球軍と共に戦うようになり、その存在感を飛躍的に高めていた。
 だが、今この都市は滅亡の途上にあった。そう、この状況で動き出したザフトの矛先がこの都市に向けられたのである。これまでは政治的にはともかく戦略的な要所ではなかった為に無視されてきたアーモニアであったが、最後の最後で戦略よりも感情が優先された攻撃が実行に移され、アーモニアは敵の攻撃に晒される事となった。
 ザフトがこちらに向かっているという報せを受けたアーモニアはあるだけの水中用MSと大西洋連邦から派遣されていた洋上部隊による迎撃準備を整えていたが、あわせて輸送艦によるアーモニアからの脱出も準備されていた。それは大西洋連邦が持ち込んでいた輸送艦であったが、その空きスペースに非戦闘員を乗せて脱出させようとしたのだ。だがアーモニアに来ていた船は3隻でしかなく、住人の1割を脱出させる事も出来ない。
 この問題に対してイタラは、自力で動く事の出来ない傷病者と乳児、そしてその母親を優先して脱出させる事にした。他の者は最悪、あるだけの救命ボートなどで都市を離れて救助を待つ事になる。海底都市であるだけに被弾すれば大量の海水が流入してくる。一応都市内には浸水を防ぐ為に各所を隔壁で封鎖する機構があるが、これはあくまで事故を想定したものであり、軍事攻撃を想定した物ではない。魚雷などを食らえばひとたまりも無いことは分かっているのだ。
 イタラは各方面に救援を求め、オーブや赤道連合、そしてポートモレスビーの地球連合大洋州方面軍が救援部隊の派遣に応じてくれた事に感謝しつつも、間に合うかどうかは疑問に思っていた。

「いつかはこういうときが来るとは思っておったが、さてどうなるかの。これまでの儂らの地球連合への貢献が問われようとしておる」
「イタラ様。これからどうなるのでしょうか?」
「さての、儂にも分からんよ。運を天に任せるしかないわい。じゃが、ここを滅ぼすのが同じコーディネイターとは、皮肉な話じゃな」

 イタラは恐らくアーモニアは守りきれまいと考えていた。アーモニアは防衛には全く不向きな都市であるし、何処にも逃げ場は無い。本格的な攻撃を受けたら全滅する以外に無い脆い世界なのだ。
 ここを建設した時、イタラはナチュラルに攻め滅ぼされる日が来ると漠然と考えていた。当時既に両者の対立は激化しており、地球におけるコーディネイターの存在は害悪とされていたからだ。いずれこのアーモニアにも敵が来ると彼は考えていたが、それを防ぐ手段は無かった。
 それが僅かなりとも可能となったのは、皮肉にも地球連合と関係改善が可能だと判明した時であった。地球連合に組してプラントと戦い、その見返りとしてコーディネイター居住地の安全確保と、戦後の領土割譲を求めたのだ。これが達成されればアルビム連合の人々は安定した大地と自然の恵みを得ることが可能となり、脆く不安な世界から解放されることになる。それはイタラにとって悲願だった。
 それが達成される前に、恐れていたアーモニアの破滅がやってきてしまった。それをもたらしたのがコーディネイターであり、ナチュラルが助けに来てくれるというのはなんという皮肉なのだろう。
 



 洋上には迎撃のためにイージス艦を中心とする艦隊が対潜シフトを組んで展開し、海中には多数の機雷が敷設され、更に都市周辺には防雷網が張られている。古典的ではあるが、確実な防御力が期待できる配置を地球軍は取っているようだった。
 迎撃体勢を整え、住民を都市の上層部分に避難させて隔壁を全て降ろしたアーモニアは、シンと静まり返っていた。洋上には対潜シフトを組んだ洋上艦隊が展開し、更に高空には駆逐艦から発進した対潜哨戒ヘリ部隊が飛び交って敵潜の出現に備えている。水中用MSは海底の岩の陰などに潜み、じっと敵の接近を待っている。敵はもう近くに迫っていると、誰もが分かっているのだ。
 そして、予想通りザフト艦隊は姿を現した。潜水母艦11隻、MS42機というザフト最後の潜水艦隊だ。海中にはこれだけだが、更に30機を超えるディンと同数くらいのインフェストスが上空に展開している。
これに対してアーモニア側のMSは洋上艦隊の艦載機を入れても40機に届かない。だからこそ待ち伏せでの先制の一撃で敵に少しでも打撃を与えようと考えていたのだが、ザフトはアルビムよりも遥かに実戦に慣れていた。彼らはアルビムや大西洋連邦のMSが隠れている岩陰などに対して魚雷攻撃を加えてきたのだ。先制するつもりが先手を取られたのである。

「読まれてた、何で!?」

 攻撃を受けたアルビムのパイロットたちは驚いて岩陰から飛び出し、それを見た大西洋連邦のパイロットたちが驚いて制止の声をかけた。

「何をしてる、あんなのは唯の脅しだ、岩陰から出るな!」
「このままじゃこっちが先にやられるだろう!」

 だが制止の声は彼らを止める事は出来ず、多くのディープフォビドゥンやゾノ、グーンがザフトに向かって突撃を開始し、止めようとした大西洋連邦のパイロットたちも仕方がなく攻撃に出る。だが、それは大西洋連邦のパイロットたちの考えていた通り、ザフトの罠であった。アルビム連合の兵士は技量に優れた者が多かったのだが、それらの大半は前線に出てしまっており、後方には精鋭とは呼べない者が配置されていたのが禍したと言えよう。

「アルビムの素人どもが、あっさりと出てきおったわ!」

 ゾノを駆るマルコ・モラシムは此方の思惑に乗ってあっさりと出てきたアルビム側のMSを見てその素人同然の反応を嘲ったが、それに続いて出てきた部隊には目を見張った。そちらは明らかに他の部隊とは違う場数を積んだ動きをしている。どうやらアルビム以外の敵も居たようだ。
 どうやら少しは楽しめそうだと思ったとき、いきなり海上から多数の対潜魚雷が突入してきてザフトMS隊に襲い掛かってきた。どうやら対潜哨戒ヘリが健在なようだ。水中からは空を飛ぶ敵を察知する事は出来ないので制空戦闘をディン部隊に任せていたのだが、対潜機を始末できなかったのだろうか。

「ええい、制空隊は何をしておるのだ!?」

 制空隊のディンやインフェストスが何もしていなかった訳ではない。彼らは必死に任務を果たそうと対潜ヘリを狙ったのだが、その彼らに上空から多数のスカイグラスパーが襲い掛かってきていたのだ。ポートモレスビーを出撃したキースたちが間に合っていたのだ。彼らは対潜ヘリを追いかけていたインフェストスやディンを発見すると高高度から一斉に急降下を仕掛け、これを撃ち落していったのだ。元々数が多くなかったのが禍し、1機のディンに3〜4機の戦闘機が襲い掛かるという形になりディンやインフェストスは駆逐される事になった。更に対潜哨戒機までが現れてソノブイの投下を始めている。
 特に物を言ったのがレイダー隊だった。クロトのレイダー以外にも3機の制式型が投入されていて、空中戦で猛威を振るっていたのだ。久しぶりの出番とあってか、クロトの暴れっぷりも凄まじい。空中でMSに変形して放たれた破砕球は容易くディンを砕き、海へと破片をばら撒いている。
 キースも僚機を従えて急降下をかけ、狙ったディンの右足と右腕を放ったミサイルで砕いており、それを確認したキースはそれ以上の射撃を止めると僚機に声をかけた。

「ハッサン、敵が中破したぞ、止めをさせ!」
「は、はい、隊長!」
「教えた通りにやれ、気を抜くな!」

 そう言ってキースは離脱して行き、後ろにつけていたスカイグラスパーが前に出て被弾してよろよろと飛んでいるディンに懸架してきたミサイルを連続発射し、これを木っ端微塵に破壊してしまった。

「やった、やりました隊長!」
「馬鹿もん、弱った敵に止めを刺すだけで懸架してきたミサイルを全部使ってどうする。この後砲とバルカンだけで戦えるのか?」

 キースはこれが初陣となる若いパイロットの攻撃の仕方を窘めた。それでハッサンもようやく自分がミサイルを全部発射してしまった事に気付き、慌てて謝罪してくる。

「す、すいません隊長!」
「弾は大事にしろ、撃ち尽くした時は命が無いと思っておけ」
「は、はい!」

 まだ10代の若いパイロットの返事に苦笑し、キースはそして気を落ち着かせるように口調を軽い物に変えた。

「まあ良い。それより撃墜数1だな、あとで星を描いとけ」
「でも、あれにダメージを与えたのは隊長です、共同撃墜では?」
「良いから、お前のスコアにしとけ。初陣でMS1機撃墜だ、自慢できるぞ」

 撃墜スコアを譲られたハッサンは恐縮したような声を出しているが、すぐに嬉しそうな声を漏らしだした。やはり撃墜数を稼げたというのは新人には夢のような話に思えるのだろう。それを聞いたキースはまた苦笑して視線を正面に向けて。こいつは運が良い、こんな敵の少ない、圧倒的に有利な戦場で初陣を経験出来たのだから。兵士は初陣で死んでしまうことが圧倒的に多い、その狭き門をこうして潜り抜けることが出来たのだから。


 制空権を押さえた事で対潜ヘリ部隊が自由に動けるようになり、ソノブイで探した目標に容赦なく魚雷を叩き込んでいた。これがモラシムたちを襲ったのだ。
 アーモニア上空を旋回しながら、キースは海中の戦闘に気を揉んでいた。スカイグラスパーに海中の状況を知る術は無いので、中がどうなっているのか分からないというのがどうにも辛いのだ。

「対潜装備はあるが、ソナーが無いんじゃなあ。せめて駆逐艦とデータリンクしてくれればなあ」

 駆逐艦のソナーからデータを貰って目標を爆撃する方法はあるのだが、残念ながらキースもそんな訓練をした事は無い。訓練をした事も無い攻撃を実戦で行える訳が無いのだ。だからキースたちは上空からじっと海面を見つめるしかなかった。





 海中ではアーモニア守備隊が苦戦を強いられていた。対潜哨戒機と駆逐艦が放ってくる対潜魚雷の飽和攻撃を受けて撃破される機体が相次いだものの、多くはアーモニア近くまで突入して敵のMSとの接近戦に持ち込むことに成功したのだ。アーモニアのMS隊は死に物狂いでこれに抵抗したものの、実力と数の差を埋められずに次々に撃破されていく。大西洋連邦のディープフォビドゥン隊は性能差と比較的高い技量を持って健闘していたが、数が少なくてザフトMSを止められない。
 そしてアーモニア守備隊を突破したゾノが容赦なく超音速魚雷を都市に向けて発射し、都市を破壊し始めた。魚雷を受けた外壁には大きな穴が開き、直後に大爆発が起きて外壁が纏めて吹き飛ばされた。海水が中へと浸入していき、避難がすんでいた居住区画が水没していく。
 固定施設だから船のように沈没するという可能性は無いのが救いだが、ザフトのMSは何発か魚雷を打ち込んできた後でアーモニアの外壁をかぎ爪で引き裂き、都市内部に侵入してきた。モラシムも中へと入り、そこがもぬけの殻になっているのを見て舌打ちした。

「ちっ、アルビムのモグラどもが。さっさと逃げおったか」
「ですが隊長、アルビムを脱出した艦は少数です、住民全てが逃げられたとは思えません」
「……では、奴らが居るとすれば」

 モラシムは上の階層を見上げた。下に逃げれば水が襲ってくるのだから、逃げるとすれば上だろう。あるいは地上部分に脱出しているのかもしれない。モラシムはそう考え、一度外に出て海面に近いところを魚雷で撃てと部下に命じた。
 それを受けてゾノやグーンが外に出たが、たちまち1機が都市の傍に戻ってきていたディープフォビドゥンの矛に貫かれ、爆発を起こして沈んでいってしまった。それを見たモラシムが素早く左に回りこみ、超音速魚雷を放つ。それをディープフォビドゥンは回避したが、外れた魚雷はそのまま直進して都市の外壁を抉った。

「避けられまい、避ければ都市が崩壊するぞ!」

 都市を犠牲にするかという選択を突きつけたモラシムは続けて魚雷を放ち、ディープフォビドゥンは避けることも出来ずに藻屑となって消えた。だが破壊される前に6発のホーミング魚雷を放ち、モラシムのゾノを含む3機のMSに襲い掛かってきた。超音速魚雷の弱点は自立誘導できない事にある。超音速魚雷はスーパーキャビテーション現象、魚雷全体が泡に覆われた状態となり、水蒸気で作られた空洞を突き進む事で高速を実現するロケット推進魚雷だ。だがその速度と水と直接接しないという構造ゆえにアクティブ、パッシブいずれの方法でもソナーを使う事は出来ない。ゆえにこれは発射時に設定された軌道を進むということしか出来ないという欠陥がある。
 これに対してホーミング魚雷は速度は遅いがソナーで目標まで自立誘導する事が可能で、どちらにも一長一短があるのだ。
 ホーミング魚雷に狙われたモラシムはそれをメーザーで撃墜したが、残る2機は逃れきれず、魚雷を受けて1機は完全破壊され、もう1機は片腕を吹き飛ばされてしまった。
 ここで受けた被害の大きさにモラシムは苛立っていたが、これで障害は取り除かれた。彼は部下を連れて海面近くまで浮上し、浅深度から魚雷を撃ちこんで都市内を完全に水没させてやろうと目論んでいたのだ。だが、それは彼にとって致命的な失敗となった上空には彼らを攻撃できる武器を持った厄介な敵がまだ残っていたのだから。




 数機のゾノやグーンが海面近くに上がってきたのを発見したキースは、それが味方機かどうかを駆逐艦に尋ね、敵だということを確認すると舌なめずりして軽く機体を上昇させ、対潜ガトリングガンを起動させた。これは砲弾にスーパーキャビテーション弾を採用した水中の目標を射撃する為の砲で、浅海面に居る水中用MSや潜水艦、魚雷を撃破する目的で使用される。艦艇にも対魚雷迎撃兵装として同種の砲がCIWSに採用されている。これはアラスカ戦後に極東連合の技術が加わって開発された最新の兵器である。
 一度上昇して反転したキースは、周辺の味方機に敵の存在を伝えて急降下に入った。照準を見やすいゾノの1機につけ、トリガーを引き絞る。それに合わせてスカイグラスパーの機体下部に取り付けられた大口径6砲身のガトリング砲が回転を始め、50mmという大口径の弾を叩き出した。
 海中に突入した砲弾はそのままキャビティ、つまり泡に包まれてそのまま海中を高速で突き進み、ゾノの周辺を貫いていく。それを見たモラシムは吃驚仰天してしまった。まさか、どうして水中に居て機関砲の掃射のような攻撃を受けるのだ。

「何だこれは、ナチュラルは何を撃ってきている!?」

 モラシムは自分が知らない予想外の攻撃を受けて慌てて潜ろうとしたが、それは間に合わずに機体を多数の直撃弾が襲った。ゾノの装甲は最初のこの攻撃に持ち堪えていたのだが、やがて装甲の何箇所かを破って内部に飛び込み、そこに海水を流入させて内部機構をショートさせ、動作停止に追い込んでいく。
 機体各所が異常を伝え、コクピットの中が警報の赤い色に埋め尽くされる。モラシムは必死に残っているシステムで機体を浮上させようとしたのだが、大量の海水を飲み込んだ機体は緊急ブローをもってしても再浮上する事は無く、機体は圧壊の恐怖に顔を引き攣らせるモラシムを乗せたまま海底へと沈降して行ってしまった。


 だが、キースは彼らの攻撃は防げなかった。モラシムのゾノを含むMS隊はア−モニアに対して超音速魚雷を発射しており、10を超える雷跡が都市へと向かっていく。これをキースと同じ対潜装備のスカイグラスパーが銃撃して4つを破壊したものの、残りはそのまま都市の外壁へと突き刺さり、これに大穴を開ける事になる。

 この雷撃が都市に破滅を齎した。破壊箇所から流入してくる海水は瞬く間に外壁に隣接したブロックを水没させ、更にその先にある隔壁を水圧でぶち破っていく。そしてその先に居た都市の住人たちを飲み込み、その室内を満たしていく。
 イタラは攻撃を受けなかった側へと住民を移動させながら、予定した時間が来たら迷わず隔壁閉鎖を指示していく。とにかく浸水を止めないと都市全体が水に沈み、全滅してしまうからだ。だがそれはそこに残っている人間を切り捨てる事を意味し、大勢の住民が隔壁の向こう側に取り残され、絶命していった。背後で隔壁が閉じたのを見た人々は向こう側から隔壁を叩く音と助けを求める悲鳴を聞いて恐怖に顔を引き攣らせ、そして水が壁にぶち当たる音を聞いて絶望感を浮かべた。家族が壁の向こう側に居たという男は隔壁に縋りついて号泣している。
 この住民の一部を切り捨ててまで行った処置により、どうにかアーモニアは全滅を免れた。周囲に十重二十重に張られた防雷網によって長距離からの雷撃は完全に防ぐ事が出来るので、近付かれなければ防御は出来る。地球軍の哨戒にザフトが引っ掛かった段階でイタラはアーモニア周辺に防雷網の展開を命じ、更に機雷を敷設させたのだが、これが効果を上げていたのだ。潜水母艦のロケット弾攻撃も海底都市には効果が無く、MSも続々と集まってきた地球軍のディープフォビドゥン部隊に押し返されている。周辺から集まってきた艦隊から出てきたMS隊だろう。



 モラシムの戦死が戦いの終局を告げる鐘となった。周辺から集まってきた駆逐隊がMSを降ろし、更に潜水母艦やMS目掛けて魚雷と対潜ロケットによる飽和攻撃を仕掛けてこれを追い詰めて虱潰しにしていったのだ。
 地球軍が纏まった戦力を投入してくれば戦いの決着はすぐに付く。所詮は11隻程度の潜水母艦に70機ほどのMSであり、後続も無く制空権、制海権も無い裸の艦隊だ。イージス艦の管制を受けた駆逐艦と対潜哨戒機、MSに殲滅されるだけの存在でしかなかったのだ。
 だが、この救援は余りにも遅すぎた。アーモニアは酷く破壊されてしまい、もう都市として機能しなくなっている。住民も3千人もの死者を出しており、1割以上の犠牲を出した事になる。海中に飲まれた者の中にはそのまま外へと吸い出され、海面へと浮いてきた者も多数居たが、それらの大半は既に死んでいた。更に犠牲者の体から流れ出た大量の血が鮫を呼び寄せ、救助活動に当たった艦の乗組員たちは大量の人体の部品を拾い上げる事になる。特に浮遊物に捕まっていた人間の大半は水面下の下半身を食い千切られており、それを次々に引き上げていった艦のクルーの中には精神が耐えられずに恐慌状態に陥る者が続出していた。
 この救助活動はその日を徹して行われ、大量の死体と僅かな生存者を拾い上げて夜明けと共に打ち切られた。生存者も多くは衰弱しきっており、病院に搬送される前に息を引き取る者が続出しているという惨状である。それでも生存者が居たのは、コーディネイターの頑丈さゆえだろう。

 そして残された2万人以上の被災者をどうするのかが大問題となった。運ぶだけなら輸送艦を手配すれば問題は無い。ザフトの潜水艦隊も壊滅したので襲われる危険は激減しているから安全も確保できる。
 ただ、何処の国が引き受けるかが大問題だったのだ。2万人以上という数だけでもふざけているのに、更にその全てがコーディネイターときている。あのクルーゼのC兵器使用による世界の反コーディネイター感情の爆発は未だに収まっておらず、こんな厄介者を引き受ける国など無かったのだ。あのオーブでさえ拒否の姿勢を見せたくらいである。まあオーブは既に多数の難民が流れ込んでおり、引き受ける能力が無いという現実もあったのだが。
 この厄介者の集団をどうするかで連合諸国は責任の擦り付け合いをし、様々な交渉の末にようやく赤道連合が引き受けることとなった。ただし、彼らが送られるのは通常の難民収容施設ではなく、赤道連合が彼らの為に用意したカリマンタン島の隔離された地域であった。赤道連合は地元住民と接点を無くし、広大な空間という壁を持ってトラブルを避けようとしていたのだ。
 アーモニアの住民はここで碌な支援も受けられずに自給自足に近い窮乏生活を強いられる事になる。連合諸国はコーディネイターを支援するな言語道断だ、という世論が多くの国で形成されており、各国の議会も政府もアルビムへの積極的な支援を打ち出せなかったのだ。この影にはジブリール率いるブルーコスモスの影がちらついていた。
 ただ影響力ではアズラエル体制の時に比べるとかなり落ちるのか、全ての国や勢力を黙らせる事は出来なかった。
 幾つかの企業やオーブや極東連合など、比較的コーディネイターに寛容な国が僅かばかりの支援を継続してくれはしたのだが、それでも全体を救うには到底足りず、ここでも病気などで多くの犠牲者が出ることになる。ただアルビム連合の地球連合の席はそのまま残されており、アルビム連合軍はそのまま戦い続けていた。そう、戦後に独立と領土を勝ち取れるという連合側の約束を信じて。

 


 

 この戦いが終わった後、大西洋連邦ではササンドラ大統領が珍しい人間を自宅に招いていた。その人物は地球連合軍総司令部の幕僚会議に席を持っているサザーランド准将であった。彼はオーブにあって南大西洋方面軍の後方を取り仕切っていたのだが、急に本国に呼び戻されたのだ。
 大統領の私邸に招かれたサザーランドは緊張した趣であったが、ラフな私服で現れたササンドラ大統領はソファーを勧めて楽にしてくれと言い、自分は向かい合うようにソファーに腰掛けてブランデーとグラスを取り出して自分とサザーランドの分を注いでテーブルの置いた。

「さて准将、君を呼んだのは他でもない、今後の事について君の意見を聞きたいのだ」
「今後の事、ですか?」
「そうだ、君は現在の情勢と今後の戦略展開についてどう考えているのかね?」

 ササンドラの質問は国防長官や統合参謀本部議長といった大統領を支えるスタッフに聞くべき物のように思えるが、問われたサザーランドは彼なりの見解をササンドラに答えていた。

「我々が予定していた戦略では、ボアズを攻略後にプラントに対して降伏勧告を行い、彼らを完全に屈服させるつもりでした。既にカーペンタリアは包囲し、地上のザフトの息の根は立たれています。マスドライバーもパナマ以外にビクトリアの修復もなり、ジブラルタルとカグヤの再建も進められています。もう我々に負けは無い筈であり、順調に駒を進めるだけで確実な勝利をもぎ取れるはずでした」
「それが、ザフトの地上攻撃で狂わされたのかね?」
「いえ、連合軍総司令部の戦略方針はほとんど変更されてはおりません。各国の政情は理解しておりますが、それはまだ地球連合軍の戦略に影響を及ぼすほどの圧力ではありません。ただ、作戦時期を早める事にはなっております」

 各国の世論の変化は地球軍の作戦計画に若干の修正を余儀なくさせた。大綱が変わったわけではないのだが、時期を繰り上げたことにより全体的に無理が出てきている。パナマの第1、第2艦隊も当初より早い打ち上げが予定されており、乗組員の練成が急がれている。
 だがより大きな問題は、物資と人員の手配だろう。予定を繰り上げたという事は物資の生産量と人員の訓練が間に合わないという事を意味している。いや物資はエネルギー問題の解決によって増産が可能となったので賄えるかもしれないが、人員だけはどうにもならない。ただでさえ訓練期間の短縮を行っているのに、更に速めたら使い物にならない兵士が量産されるだけになる。
 こうなると不十分な戦力を持ってプラントに侵攻する事を余儀なくされてしまう。事は軍事ではなく政治的な要求なので、流石のサザーランドにもどうする事も出来ないのだ。他ならぬササンドラ自身が軍部に予定の繰上げを要求しているのだから。

「予定ではプラントへの攻勢に出るのは第1、第2艦隊を打ち上げて月基地で訓練をした後、3ヶ月ほど先の筈でした。既に我々はフリントロック作戦を発動させており、ザフトに対する消耗戦を開始しております。これは確実にザフトの戦力を磨り減らしているようで、敵の抵抗は確実に衰えております。遠からずザフトは前線の戦力を補強する為、ボアズから兵力を引き抜くことになりましょう」
「もし出てこなければ?」
「その時は前線がプラントに近付くだけです。彼らがそれで構わないと考えているのでしたら構わないでしょうが、本国に前線が近付けばプラントの市民は動揺するでしょうな」
「……ふむ、それで彼らが内部から崩壊するならありがたい事だが」

 ササンドラはブランデーを一口含み、そしてじっと考え込んだ。軍事的な圧力で崩れるなら此方としては楽で良い。エザリア・ジュールの政権基盤はパトリックやシーゲルに比べると遥かに脆く、市民の暴走を押さえ込めなくなる可能性は高いと言えるだろう。
 だが、そうなるかどうかは軍部の判断も分かれていた。エザリアが市民を押さえ込んで本土決戦に持ち込む可能性も低くは無いと見ているからだ。そして、同時に気になる存在が確認されている。それの写真をサザーランドはここに持ってきており、ササンドラに提示していた。

「これはまだ確定情報ではありませんが、私はほぼ間違いないと思っている情報です」
「これは、CIAからの報告にあった要塞だね?」
「いえ、規模が大きすぎますからそう見えますが、これは恐らく巨大なレーザー砲です。実はこれに関する最初の情報はアズラエル様からもたらされておりまして、此方で独自に情報を集めていたのです」

 アズラエルから情報を貰ってからサザーランドは情報部を使ってこれを調べさせ、長い時間をかけてある程度の全貌を把握していた。これは元々は外宇宙用の一次点火用レーザー照射装置であった物を攻撃兵器に転用した代物で、そのサイズから威力は計り知れないと想像されている。ただ、この形状では攻撃用としては無駄が多いので、何らかの2次収束システムが追加される可能性が高いという。

「名称はジェネシス、プラントはこれの建造に余力の大半を注ぎ込んでいるようでして、それだけにこれの重要性が想像できます」
「これを完成させれば一発逆転を期待できる、と彼らは考えていると?」
「そうでなければこの時期にこれほどの代物を建造したりはしないでしょう。この資材と労力で艦艇やMSを量産する筈です。まあ、量産しても使う兵士が居ないようですが」

 地球軍以上に人材不足に陥っているザフトだ、数を揃えても動かす人間はもう居ないに違いない。それゆえに最後の賭けに出ているとも考えられる。こんな物を見せられたササンドラも顔色を僅かに変え、驚きを見せている。
 そしてササンドラは写真をテーブルに戻すと、片手で軽く眉間を揉んで凝りをほぐし、どうしたものかなと呟いた。

「こんな物が出てくるとなると、此方も相応の対策をとる必要がある。いや、これが完成する前にケリをつけねばなるまい」
「はい、多少無理をする事になりますが、止むをえますまい。それと、このジェネシスの破壊のために核兵器の使用許可を頂きたいのですが」
「核だと。確かにNJCの量産で核弾頭の使用は可能になっているが、あれは不味い兵器だぞ」
「政治的に問題があるのは承知しておりますが、予定を早めて無理をする以上、手持ちの武器で不足分を補うしかないのです。その為に最も有効な手が核兵器の復活でして。勿論使用はジェネシス、及びザフトに対する攻撃に限定し、プラントコロニー群には使用致しません。可能であれば使用せずにケリをつけようとも思っております」
「核は最後の保険、か」

 ジェネシスに関する情報で、全体がPS装甲に包まれているという物がある。これは連続した艦砲射撃にさえ持ち堪えるほどの頑強振りであり、MSレベルの火器ではお話にならないという。こんな物を破壊する為にはローエングリンや核弾頭といった凶悪な兵器が必要とされるのだ。
 ササンドラはサザーランドの要請に理解は示したが、ここで許可を出す事は避けた。あのユニウス7の惨劇の事もあるので、核兵器の運用にはどうしても慎重さが先に立っているようである。プラントの住人の為ではなく、軍のコントロールのために。


 この日、サザーランドの話を聞き終えたササンドラは何も決める事は無く、サザーランドに礼を言って帰らせると1人でブランデーを口にしながらじっと今後の事について考えをめぐらせていた。
 大西洋連邦大統領として多くの情報機関が集めてきた膨大な情報に接してきたササンドラは最も世界の真実に近いところに居る人間だ。その彼の目には今の情勢が明らかに異常なもの、途中で脚本家が切り替わった映像作品のように映っていたのだ。今回のジェネシスも建造も詳細はともかく、何かを作っているという形では入っていた。

「終わりの見えない消耗戦、敗北が見えている状況でのNBC兵器の無差別使用。そしてジェネシスか。プラントは人類を道連れに破滅するつもりなのか?」

 これでは地球軍もプラントを滅ぼす為に形振り構わなくなる。現に各国ではプラントに報復を、奴らを皆殺しにしろという声が日増しに強くなっていて、各国の政府がそれを押さえているという状況だ。こんな攻撃を行えば世界中が沸騰する事くらい分かりそうなものなのに、ザフトはそういう攻撃を度々行っている。特にパトリック・ザラが倒れてからは狂ったような作戦を連続するようになっており、政治だけではなく軍事でも作戦を立てる人間が変わったことを示している。どうやらパトリック時代の軍事顧問的な存在であったレイ・ユウキが失脚し、代わりにラウ・ル・クルーゼがエザリアの傍に居るようになったらしい。
 これに伴って中央の作戦立案部署から前線の提督や隊長に至るまでがエザリア派の将校で固められるようになったようで、結果的に地球軍の負担は軽減されている。これまで地球軍を苦しめてきた歴戦の指揮官たちの替わりに入ってきたのは、軍の主流派から外されていた経験不足の軍人や無能な軍人だったからだ。まあプラントは先軍政治型のシステムなので軍人を自分の閥で固める意味は大きいのだろうが。
 まあこれは地球軍にとって福音であるといえる。問題なのはザフトの戦い方がおかしくなった事で、此方も強硬な手段を取らざるをえなくなった事である。台湾では薬物を使ったり特攻紛いの戦術を使ったりと無茶苦茶な事をしてくれて、戦場神経症患者が大量に出てしまった。

「面倒な事になった物だ、パトリック・ザラがもう少し議長の座にあれば、今頃戦争も終わっていただろうに」

 アラスカ戦が終わって、パナマ戦に至るまでが戦争を終わらせる最大のチャンスだった。お互いのこの時期で戦争を終わらせようと考えていたのだが、パトリック・ザラは最悪の時期にテロに倒れてしまい、戦争を終わらせる絶好の機会は失われた。そしてその後を継いだエザリア・ジュールは戦争を終わらせるつもりは無いらしい。
 この戦いをどうやって終わらせれば良いのか考え込んでいるササンドラであったが、そこに執事が来客を告げてきた。誰かは分かっていたササンドラは顔を上げて通すように言い、戸棚から新たな酒とグラスを2つ取り出す。
 そして執事に案内されてやってきた2人の男を見て、ササンドラは軽く笑っていた。

「久しぶりだな、ムルタ・アズラエル。そしてヘンリー・ステュアート」
「ホワイトハウスではなく私邸に僕たちを呼びつけるとはねえ」
「私は頼まれごとを調べている途中だったのだがな」

 現れたのはアズラエルとヘンリーだった。ササンドラは彼らにソファーを勧めると、新たなブランデーの瓶の封を切り、琥珀色の液体をグラスに注いでいく。ササンドラは2人にロゴスとブルーコスモスがこれまでに関わってきた事件に関する情報と、世界の隅で起きている何かの情報を求めていたのだ。これにアズラエルとヘンリーは皮肉な笑みを浮かべてしまった。ついこの間まで敵対していた者同士なのに、何時の間にこんな話しをするような状況になってしまったのだろうかと。





 アメノミハシラに居たラクスは、スカンジナビア王国に向かうシャトルの乗り場を前にしてロウたちに別れを告げていた。

「申し訳ありません、折角プラントへの便を手配していただいたのに、無駄にしてしまって」
「まあしょうがないって、やりたい事が見つかったんでしょ」

 樹里は恐縮しているラクスに気にしなくて良いよと笑って答え、リーアムもニコニコと微笑んでいる。だが、ロウはぶすっとした顔のままで、ラクスに本当に大丈夫かと聞いてきた。

「俺たちの手を離れたら、もう誰も助けてくれないんだぜ。本当に1人で地球に言って大丈夫かよ?」
「メッテマリット様との直通番号は知っておりますし、何とかなりますわ。何時までも誰かに助けてもらってばかりでは、ダコスタさんに申し訳が立ちませんもの」
「……そうか、分かった。何かあったら俺たちに連絡しな、出来る事なら手を貸すからよ」
「ありがとうございます」

 ラクスはロウに頭を下げると、荷物の入った旅行鞄を持ってシャトルに乗り込むゲートへと向かっていった。ラクスは今も樹里が用意してくれた変装セットを使って別人に成りすましているので、傍目にはラクスには見えない。だから周囲の客も気付いていないようだ。
 ラクスの後姿が見えなくなるまで手を振っていた樹里に付き合って腕組みしながら見ていたロウであったが、ラクスが見えなくなったところでリーアムに大丈夫かなと問いかけた。

「あのお姫さん、1人でやっていけると思うか?」
「やっていくしかないですよ。私たちがダコスタさんの代わりをする訳にもいかないでしょう?」
「まあな、俺たちも仕事があるし」

 ロウたちにもジャンク屋の仕事があるのだ。これ以上ラクスに付き合ってやる訳にもいかない。だが、この別れから暫くして、ロウたちもラクスに劣らぬ過酷な運命へと突き落とされる事になる。ジャンク屋ギルドが窮地に立たされる日は、もう目前に迫っていた。




後書き

ジム改 世界の情勢には何の影響も無い、小さな戦いがこれで終わった。
カガリ アルビム連合って弱いんだな。
ジム改 アーモニアは要塞じゃなくて海底都市だからな。前に変な奴らに占領されてただろ。
カガリ もう少し強力な守備隊置けよな。
ジム改 これは守備隊の問題じゃあない、安全地帯を設定できないアルビム固有の問題なのだ。
カガリ 何だそりゃ?
ジム改 国を守るには安全地帯が必要なのだ。日本で言うなら日本海と朝鮮半島だな。
カガリ オーブの時もそんな事言ってたな。
ジム改 だから一番確実なのは、敵国との間に1つ国を作って緩衝地帯にしてしまう事なのだ。NATOから見た東欧諸国だな。
カガリ ところで、超音速魚雷って何だ?
ジム改 スーパーキャビテーション魚雷と呼ばれる新型魚雷だ。実在する武器だぞ。
カガリ 何だと、こんなSF兵器みたいなのがあるのか!?
ジム改 ロシアのシクヴァルと呼ばれる魚雷だ。ただこれ、有線誘導しか出来ないという難物で、今のところ何に使うのか良く分からん武器になってる。世界の彼方此方で類似の兵器が研究されてるが、量産型は出てこないし。
カガリ 速けりゃ良いって物でも無いんだな。
ジム改 まあねえ。それでは次回、カーペンタリアを攻略するために出撃するオーブ艦隊。フラガはオーブからカタストロフィ・シリーズの4番機、センチュリオンと共に宇宙に上がる。月では帰還していたアークエンジェルが整備を受けている中、仕事をしていたキラが所在無げにしているシンに声をかける。そしてプラントではアスランがミーアと夕食を共にする事に。そして消耗に耐えかねた軍上層部がアカデミーに居る訓練生や地球から戻ってきて機種転換途上の兵を前線に送る決定を下した。次回「揺れる想い」でお会いしましょう。

次へ 前へ TOPへ