第180章  知将と名将と


 

 一度撃退された地球軍第1集団であったが、彼らは攻撃を諦めたわけではなかった。ただザフトの抵抗が思いのほか激しかった為に戦術を変更するために一度後退して再編成を行っていたのだ。
 再編成を行った地球軍は先ほどまでとはうってかわり、艦隊を上下左右に開いた一枚の板のような陣形を作り、そのままでボアズに迫ってきたのだ。密集体系から一転して広域に部隊を展開させてきた地球軍にザフトの兵士たちは困惑を見せていたが、各部隊の指揮官たちはその意味を理解して焦っていた。
 地球軍は広範囲を戦場とする総力戦を仕掛けてきたのだ。先ほどのような一点突破を狙った攻撃ならばザフトも戦力を集中して密度を上げて迎撃することが出来るのだが、こういう手に出られるとこちらも戦力を分散させる事になるので、先ほどのような戦いがし難くなる。
 更に悪い事にそれまで静かだったEフィールド、Wフィールドにも地球軍の小部隊が出現して攻撃を仕掛けてきている。Eフィールドに侵入してきたのはオーブ艦隊で、Wフィールドには任務部隊2つが侵入してきている。
 ウィリアムスはE、Wフィールドの敵には守備隊をそのまま向かわせ、反対側のSフィールドから部隊の一部を引き抜いてNフィールドに配置させた。この指示でSフィールドから多くのMSがNフィールドに移り、Nフィールド配置のMS隊と共にNフィールドに展開していく。艦艇は相互支援と要塞砲の支援を受けるために要塞正面にまで下がり、周辺防御はMS隊に任せる形をとった。
 ザフトがMSを前に出したように、地球軍もMSとMAを前面に押し立て、艦隊を後方に配置してゆっくりと前進してくる。そしてボアズに向けて第1集団は一斉にミサイルを放ってきた。物凄い数のミサイルに対してザフトも迎撃ミサイルで応戦を試みるが、発射されたミサイルの数が違いすぎてほとんどがボアズに突入してくる。NJの影響で艦船に当てるのは容易ではないが、まっすぐ飛ばして要塞に当てるのは比較的簡単に出来るので地球軍はボアズ基地を狙った飽和攻撃に出たのだ。要塞の防御施設を叩けるし、マグレでMSや艦船に当たるかもしれない。
 ザフトは要塞砲と艦船の砲を総動員してこのミサイル攻撃に対処していたが、次々に着弾するミサイルに要塞Nフィールド側は酷い有様になっている。十分な遮蔽がされていなかった砲台は容赦なく破壊され、基地施設も直撃を受けて破壊されたり破片を受けて損傷をしていく。
 そして艦隊も無事ではすまず、何隻かが直撃を受けて船体に爆発の輝きを纏わりつかせている。弾頭が要塞施設破壊用の物だったので装甲を貫通することはなく、表面で爆発するだけに留まったのがせめてもの救いだろうか。それでも艤装に被害を受けるのは避けられず、砲や対空銃座、アンテナ類が吹き飛ばされていく。
 このミサイル第1波が過ぎると同時に地球軍のMSやMAはボアズ要塞めがけて殺到してきた。ザフトMSはこれを迎え撃ち、Nフィールドの正面で激しいMS同士の激突が始まる。それは最初ほどの密度を持った混戦ではなかったものの、分散することを余儀なくされているザフトMSには不利な状況であった。各所で少数で2倍近い敵機を相手取るという戦いを強いられているからだ。

 各所で激しい戦いが繰り返され、膨大な情報がボアズ司令部と防衛艦隊司令部にもたらされていく。戦域があまりにも広すぎて彼らはその処理に必死になってしまっていた。だが人手不足でどうしても対応しきれない部分が出てきてしまい、ウィリアムスなどは困った顔で参謀を見返していた。

「まずいぞ、奴らはこちらの防衛線をすり減らす気だな」
「MS隊の損害が把握しき
れません、連絡を絶つ部隊が続出しています」
「核動力部隊は?」
「戦線が広がりすぎて、要所への増援として分散させましたので先ほどのような圧倒的な戦果は……」

 フリーダムやジャスティス、ザクは戦線に開いた穴を修復するために各所に送られ、さながら重戦車のような運用に切り替えられていた。核動力MSが持ち堪えている間に要塞から出てきた増援が任務を引き継ぐのだ。
 しかし、地球軍のMSやMAに対するザフトの前線戦力が痩せ細っていくのは避けられず、多数の敵機に囲まれて袋叩きにあうジンやゲイツが続出していた。中には戦力を喪失し、別の部隊に合流を図るMS隊も出てきている。そして段々と開いた穴が埋められなくなり、孤立した部隊が逃げ道を失って殲滅されだしている。
 ゆっくりと前進してくる地球艦隊の圧力も大きく、ウィリアムスはどうしたものかと打開策を考えていた。このまま消耗戦に耐えるのが賢いとは思えないが、打って出ても勝てるだろうか。しかも敵は別の部隊が加わっているのか数が少しずつ増えてきている。Eフィールドのオーブ艦隊はジュール隊が優勢なようだが、Wフィールドは予断を許さない。Sフィールドに敵が来ていないことがせめてもの救いだったが、これ以上戦力を引き抜くことも難しい状況だ。
 さてどうしたものか、戦術モニターを見ながら何とか敵を押し返せないかと考えているウィリアムスのものとに、ジュディ・アンヌマリーからの意見具申が届けられた。その通信文に目を通したウィリアムスが了解したと返事を出させ、腕を組んで戦術モニターに視線を戻す。



 意見が通ったことでジュディは早速部隊を動かすことにした。近くの部隊にも声をかけ、ウィラード隊とホーキンス隊がそれに応じて動き出す。3個部隊10隻がそれまでの位置を離れて前進し、自分たちの方に出てきている第4艦隊めがけて交互に突撃を繰り返す波状攻撃を行い始めた。
 1隊が突撃すれば他の2隊がそれを援護し、引き返してきたところで別の隊が突入していく。この流れでジュディは地球軍艦艇を少しずつ減らそうと考えたのだ。この流れに乗ったMS隊の援護もあり、最初の反撃は上手くいって駆逐艦2隻を大破に追い込み、更に2隻を後退させることに成功している。だがすぐに第4艦隊もこれに応戦し、アークエンジェル級をぶつけて穴を塞ぎにかかった。
 強力な戦艦の出現にジュディたちは持てる火力を集中しようとしたが、他の敵からの攻撃もあってそう簡単にはいかなかった。ただザフトもアークエンジェルとの戦いのデータ蓄積もあって、この艦には実弾で戦えという戦訓を得るに至っている。だからビーム主体のナスカ級が駆逐艦の相手をし、レールガン主体のローラシア級がアークエンジェル級に砲撃をしている。
 ジュディたちの前に出てきたのはラミエルとルヒエルと名づけられた艦で、エノク書からとられた天使の名を付けられている。ほぼアークエンジェルと同じであるが、やや簡素化された設計で量産性が少し改善されている。
 ゴッドフリートが咆哮する度にビームが飛来し、それが至近を通過するたびにローラシア級のクルーは首をすくめ、外れたことに安堵をしている。あんなビームを食らったら大変なことになるのは目に見えているのだから。
 だが、その時いきなりルヒエルが揺らいだ。艦尾方向に爆発の光を生じ、砲撃が止む。見れば3機のジンHMが取り付いて攻撃を加えていた。慌てた様にダガーとファントムがカバーに入ろうとするが、それを見たジンHMはいっそ見事と言いたくなるような手際の良さでさっさと逃げ出した。
 推進器をやられたのか、ルヒエルの動きが一定方向に流されるだけになる。それを見たジュディたちは砲撃をルヒエルに集中した。単調な動きしかしなかったルヒエルは相次ぐ直撃に装甲を抉られ、レールガンが装甲を穿ち、ビームが着弾して消えていく。それが暫く続いたかと思うと、ついには装甲全体がいきなり崩壊を起こして砕け散ってしまった。ラミネート装甲艦の致命的な弱点である装甲の劣化が起きたのだ。
 僚艦を失ったラミエルは怯んだようにアンチビーム爆雷による防御をしながら後退していく。それを追うようにホーキンス隊が突入して戦果を拡大しようとする。
 突入していくホーキンス隊を見ながらジュディは自分の隊のMSを戻して補給と被害の集計を行わせた。

「攻撃は成功したけど、参ったわね。ビームもミサイルもあっという間に撃ち尽くしそう」
「隊長、MSの方も深刻です。それと、コースト隊が着艦許可を求めていますが」
「コースト隊?」
「ミハイル・コーストです。先ほどのジンHM隊ですよ」
「ああ、彼の隊だったのね。許可を出しておいて」

 あのマッド・ドク、まだ元気にMSに乗っていたのかとジュディは場違いな感想を抱いた後、許可を出して頭をこれからどうするかに切り替えた。このまま行けば自分たちが敵を切り崩す前に弾切れになるのは確実だが、補給に戻るとせっかく開いた穴を塞がれてしまうので戻れない。せめて交代の部隊が来てくれればいいのだが、すでにすべての部隊が戦っているという状況なので望めそうにも無い。
 突破口を開いてもそれを生かせそうに無い。それでジュディはどこかに戦力をないかと頭を捻って考え込んでしまった。




 このジュディたちの攻撃に少し遅れてマーカストも動いていた。彼はラドル隊を使って第3艦隊の一部を引きずり出そうと画策したのだ。その為にラドルに3隻を加えて送り出したのだが、この時ラドルは上手に演技をしたと言える。かれは最初3度の波状攻撃による猛攻を加えて地球軍の注意を引き、地球軍の艦艇を自分の方に引き寄せる事に成功していたのだ。
 正面の敵戦力が減った所で今度はマーカストが4隻とMS隊をもって突撃をかけ、薄くなった敵艦隊正面を食い破ろうと試みる。狙いは第3艦隊の旗艦だ。これは第1集団の旗艦でもあるので、これを叩けば敵全体の動きに影響が出る。第4艦隊司令部が指揮を引き継いだとしても混乱は避けられまい。
 だが地球軍も旗艦を守ろうとマーカスト隊の前にビームとミサイルの弾幕を作り上げ、容易に近づかせはしなかった。その砲火の密度にマーカストは悔しそうに肘掛を殴りつけ、とにかく砲撃を正面に集中させてMS隊を突入させようとする。
 艦隊が前進できないのを見たジンやシグー、ゲイツが地球艦隊へと襲い掛かっていくが、これもダガーやファントムの迎撃を受けて止められてしまった。数の差が絶対的な差となっていたのだ。
 この地球軍の戦力に業を煮やしたマーカストは、ウィリアムスに切り札の投入を求めた。このままでは投入時機を逸したまますり減らされてしまうと判断したのだ。

 マーカストの要請を受けたウィリアムスはそれを了承し、ボアズに温存してあったMSとヴェルヌの投入を決定した。これをマーカスト隊の方に投入し、彼が切り開いた傷口を広げるという賭けに出る事にしたのだ。
 これを受けて直ちにボアズからヴェルヌ8機とMS200機が出撃してきた。これでボアズには100機ほどしか残らなくなり、もし突破されたら守りきれないのは確実だろう。
 出撃したヴェルヌは迷わずマーカスト艦隊の攻撃している第3艦隊に向かい、その凶悪なまでの火力を第3艦隊に向けて解き放った。それまで少数のフリーダムの砲撃に苦しめられていた地球軍であったが、いきなり現れた一番的に回してはいけない類の化け物の出現に驚き、動きが乱れだした。何しろミーティアやヴェルヌはナスカ級以上の火力とMAの機動性を併せ持つという反則のようなMAで、これまでにも撃墜するまでに相当の犠牲を支払わされているからだ。ただ防御力は低く、マグレでも良いから何発か当てれば撃破は難しくないという事も分かっているのだが。
 8機のヴェルヌから数え切れないほどのミサイルが発射され、群がってくるMSやMAを蹴散らして突破口を切り開いていく。ヴェルヌ隊の隊長がこのまま敵旗艦を叩くぞと発破をかけ、第3艦隊の艦列に突入していくがその時に1機が不運にも艦砲の直撃を受けて機体右側をもぎ取られ、搭載弾薬の誘爆に飲まれて消えていった。


 ヴェルヌの攻撃で第3艦隊の守りが崩れ、そこにボアズから出てきたMS隊がなだれ込んでいく。とにかくここで突き崩さないと後が無いと分かっているのか、ザフト側には勢いがあった。ヴェルヌ隊は乱戦に巻き込まれるのを嫌ったのか、残った7機が艦隊上方へと駆け上がっていく。
 駆け上がったヴェルヌ隊はそこでコスモグラスパー隊の盛大な歓迎を受けた。アサルトパックを装備したグラスパーが図体の大きなヴェルヌに一撃入れようと高速で迫り、ヴェルヌ隊がそれを振り切ろうと加速をするが、MSと違って足が速いコスモグラスパーは容易には振り切れず、多数に囲まれたヴェルヌがビームの至近弾に機体を寸刻みにされて撃破されてしまった。

 

 突入したMS隊は混乱気味な地球軍MSを無視してとにかく艦を沈めようと襲い掛かっている。猛烈な対空砲火を撃ちだす駆逐艦に取り付いてバズーカを叩き込むジンや、ここまで重いD型装備の対要塞ミサイルを運んできたジンが戦艦に向けてミサイルを放っている。
 だが突入してきたMSはジンが中心で、しかもベテランではないのか対空砲火に追い散らされている機体も多い。更に悪い事に、こちらにガンバレルクライシスがやってきてしまった。

「俺の古巣を随分といたぶってくれるじゃないか、ええ、コーディネイター!?」

 モーガンがガンバレルを起動し、4基による四方からの砲撃と自らのビームライフルでジンを1機、また1機と仕留めていく。これに続いて5機のガンバレルストライカーも現れてジンの群れを切り崩していく。
 だがジンの数は多く、彼らでも全てをとめることは出来ない。ガンバレル隊を振り切ったジンが中央のアガムメノン級に向かって突撃していき、これらに攻撃を加えだした。






 第1集団が崩れだしている。それをEフィールドから確かめたイザークは目の前に展開して攻撃を続けているオーブ艦隊に対して反撃に出ることを決意した。これまではNフィールドの戦況を考えてあまり無理はしないことにしていたが、Nフィールドの状況がこちらに有利になってきたのならば耐えている必要は無い。

「よし、俺たちもオーブ艦隊を追い払うとするか。フィリスに伝えろ、敵の船を沈めろとな。アデス艦長、ヴェザリウスを前に!」
「了解しましたが、大丈夫ですか?」
「敵の別部隊が出てくる前にカタをつけて次に備える必要があります。多少無理をしてでも!」
「……分かりました、やりましょう」

 アデスがヴェザリウスを前に出し、それに続いてジュール隊の艦が動き出す。そして府フィリスに率いられたMS部隊がそれまでの消極的な動きから一転して攻勢に転じ、オーブのMSがインパルスやゲイツRのいきなりの攻勢に対応できずに何機かが落とされ、残りは慌てたように後退して立て直そうとするが、フィリスたちの動きはオーブ軍のそれよりはるかに速かった。

「立て直す隙を与えず、このまま押し切ります。ジャックさん、後ろを頼みます!」
「OK、こいつらそんなに強くないからな、何とかしてみる。でも俺たちに他の奴らが付いてこれるか?」
「後に続いてくれれば十分です!」

 ジャックに答えるとフィリスはセンカと共にM1Aの群れに襲い掛かっていった。性能的にはダガーLやゲイツRにも引けを取らない高性能機のM1Aなのだが、パイロットの腕なのか良い様に押されている。
 それでも包囲して叩き落そうと背後に回り込みに出たM1Aも居たが、それらは後方をカバーしていたジャックとエルフィ、シホに阻まれた。この3人の援護があるからこそフィリスとセンカは好き勝手に暴れているのだ。
 そしてこれに遅れるようにして20機ほどのジンが突入してくる。要塞配備のMS隊であるが、ジュール隊についてこれるようなベテランではないのでフィリスたちの後を追いかけるような状態に陥っているが、彼らも一応必死に頑張っていた。



 インパルスを中心とするザフトMSの攻勢に押し戻されるオーブMS隊。性能では引けを取らないはずのM1Aが対抗できない事にパイロットたちが罵声を放っていたが、そんな余裕も無く悲鳴を上げながら逃げている物の方が多い。既に指揮官機を失っているのか統制が取れている様子も無いが、その中で殿に残って頑張っているM1Aの姿もあった。向かってくるゲイツRと距離を詰め、ドッグファイトをしながら背後をとってビームで貫き、撃墜している。
1機を仕留めたエドワードは周囲を確認して味方機がほとんど居ないのを確認し、悔しそうな顔で味方機の居る方にまで下がった。まだ残っていたのは元フレイの部下たちを中心に再編成されたガーディアン・エンジェル中隊だ。

「駄目だマユラ、こっちのパイロットが弱すぎて勝負になってない!」
「今アサギが援軍頼んでるから、もう少し頑張るしかないでしょ。エドは私たちにこのまま合流して!」
「分かってる、どうせもう俺の隊は逃げちまったからな!」

 ガーディアン・エンジェル中隊はカガリ直属とされている為に練度の高い女性パイロットが配属されている。おかげでザフトの精鋭相手にも引けをとらないでいたのだが、それでも数が6機では少なすぎる。
 オーブ軍のパイロットは元々数が少なく、2度にわたる本国の戦いとアメノミハシラを巡る数度の攻防戦で初期のベテランを大勢失ってしまったのが未だに響いている。ここに来ているのは本国でそれなりに訓練をつんだパイロットたちなのだが、それでもザフトの部隊1つに歯が立たないのだ。MSというパイロットの能力が大きく影響する兵器を使っている以上、パイロットの実力差は大きな問題であった。

「地球聯合はMAの再評価から開発を進めているっていうけど、そっちのが正しかったのかもな」
「え、なんか言ったエド?」
「いや独り言。それより来るぞ、気をつけろマユラ!」

 ジンやゲイツが編隊を組みなおして向かってくる。それを見た10機ほどのM1Aは迎え撃つ為に急いで隊形を組みだした。




 ザフトの攻勢を受けて崩れだした攻撃部隊にカガリの苛立ちが限界に達しようとしていた。クサナギの艦橋でそれまでじっと戦況を見守っていたカガリであったが、自分たちの数分の1でしかないザフトを突破できないばかりか、反撃を受けて押し戻されるという状況に腹を立てていたのだ。

「何をやってるんだ、攻撃隊は。あの程度の数に押されるなんて!?」
「カガリ、トダカ一佐が増援を出したいと言ってきてるけど、どうする?」
「すぐに出させろ、これ以上あいつらの好きにさせるな!」

 カガリはトダカの提案を迷わず受け入れて艦隊の残りのM1Aを前に出すように命じる。それを聞いたユウナは大丈夫かなと不安に感じたが、引き止める理由が無かったのでカガリの指示をそのままトダカに返信した。
 これを受けて直衛を除くMSが前に出て戦うことになったのだが、これはユウナの不安が的中する事になった。オーブがMSを前に出してフィリスたちを叩き潰しにかかった時、新たな敵が現れたのだ。

「2時方向、仰角20度に新たな敵影を確認、エターナル級3、ナスカ級5、急速に接近中です!」
「プラント側からの増援か、でも中途半端な数だな?」
「カガリ、ここは一度MS隊を戻して艦隊を下げた方が良い。うちだけじゃ二正面作戦には耐えられない」
「……ちっ、分かったよ。そうしてくれ」

 ユウナの進言にカガリは忌々しそうに舌打ちして従った。オーブ艦隊はイズモ級3隻とフブキ級8隻でここに来ているが、同数のザフトを相手に互角に戦えるほど彼らは自分の強さに自身は無かった。
 だが、後退する為に兵力の引き上げにかかったオーブ軍であったが、いきなり右側を守っていた駆逐艦ウスグモが複数箇所に直撃の閃光を走らせ、爆発の光に包まれてしまった。

「どうした!?」
「ウスクモ被弾、大破の模様です。通信は繋がりません!」

 ウスクモが大破した直後に今度は近くを守っていたM1A3機がビームに貫かれて破壊されてしまう。敵は何処に居るのかとカガリが怒鳴るが、索敵機器にはそれらしい反応が無い。こんな攻撃を受けたことが無いオーブ軍は混乱しかけたが、カガリの補佐についているアマギ三佐が何かを思い出したかのように声を上げ、カガリに心当たりを伝えた。

「もしかして、アメノミハシラで使用されたという無人攻撃端末ではないでしょうか。大西洋連邦の情報では確かドラグーンシステムとか言う兵器です」
「無人攻撃端末、あの、フレイが使ってるみたいな奴か?」
「あれよりはるかに小型のビーム砲台です。フライヤーほどの攻撃力はありませんが、数が多かったとか。あの時はフラガ少佐がセンチュリオンをもって対抗したそうですが」
「もしそうなら、不味いな。こっちにはフラガ少佐級のパイロットもセンチュリオン級のMSも無いんだ。対抗できない」

 アマギの言葉にユウナが顔を顰め、カガリに急いでここから離れるように強く言い、カガリの了解を待たずに全軍に急速後退を指示した。命じられたオペレーターが困った顔でカガリを見るが、カガリが頷くのを見て直ぐに全軍にそれを伝達する。
 後背の備えも放棄して一目散に逃げていくオーブ艦隊の姿を見たクルーゼは些か唖然としていた。ここまで逃げっぷりの良い艦隊というのも珍しいと思ったのだ。

「脇目も振らずに逃げるとはな。オーブ軍も中々に負け慣れているということか」
「プロヴィデンスを知っているのでしょう。アメノミハシラ戦でデータは取られているでしょうから」

 護衛についてきていたアンテラのジャスティスが隣に付き、オーブ軍が大急ぎで逃げた理由を推察する。クルーゼもなるほどと頷いてボアズの主戦場の方を眺めやった。

「中々頑張っているようだな、流石に名将ウィリアムスが率いているザフトの主力だけにことはある」
「Nフィールドは勝てそうですね。ですが……」
「ああ、もうすぐ敵の2つの集団がEフィールドとWフィールドになだれ込んでくる。それがくればボアズは落ちるさ」
「そしてボアズが陥落後、ジェネシスでボアズを撃つ、ですか?」
「その通りだアンテラ。そうすれば地球軍も半数は失い、奴らは怒り狂うだろう。そしてザフトも主力を喪失し、弱体な本国防衛隊で怒る地球軍を迎え撃つという算段だ。後はエザリアがジェネシスを地球に撃ち込んでくれれば大成功だと言えるだろう」

 クルーゼが未来を創造して愉快そうに薄ら笑いを浮かべているが、アンテラは憂鬱そうだった。本当にこれで良いのだろうかという疑念は常に彼女を苦しめている。だがクルーゼに同調する部分が無いわけでもなく、彼女は彼のために働いていた。
 そんなアンテラの内心を知っているクルーゼは、彼女の葛藤を気にしないかのように次の手順を確認してきた。

「アンテラ、予定ではそろそろ地球軍が来る頃だったな?」
「あ……そうですね、そろそろWフィールドになだれ込んでくる筈です」
「そうか、ではウィリアムス提督の活躍に期待するとしようか」

 高みの見物を決め込むつもりのクルーゼ。それはザフトと地球軍の殺し合いを遠くから眺めていようという歪んだ考えからの動きであり、味方を助けようなどという気が欠片も無い事の証であった。アンテラがジュール隊を回しても良いのではという進言はイザークが考える事だと退け、このままEフィールドの守りに付くと決定してしまった。
 そして直ぐにアンテラが言ったとおり、地球軍第2集団がWフィールドに姿を現した。


 突入してきた第2集団はウィリアムスの指揮の下、第1集団のように支援部隊を後方において80隻の戦闘艦艇をもって要塞に前進してきた。MSを艦隊上下前方に配置し、要塞を落とす事を念頭に置いた布陣を完成させている。

「第1集団はボロボロのようだな」
「第3艦隊旗艦ル・ロックが撃沈されたようです。リシャール中将も戦死の模様」

 ホムマン大佐が眉間に皺を寄せて報告しくる。それを聞かされたハルバートンは第1集団に後退して立て直すように指示を出し、第2集団はこのまま要塞に突入させた。第1集団の後退を援護しなくてはいけないし、彼には彼なりの勝算が立っていたのだ。

「奴らは第1集団との戦いでかなり消耗している筈だ、このまま休ませず攻撃を加えろ。すぐに疲労と弾切れで戦えなくなるぞ!」

 ザフトは常に全力での戦闘を続けている。これでは補給と整備を受けている余裕はほとんどあるまい。ならばこのまま押し続ければいずれ向こうが継戦能力を喪失して押し切れる筈だ。ハルバートンはそう読んで強気の攻勢に出たのであった。
 



 地球軍の大艦隊がWフィールドに出現した。この知らせはそれまで戦いを優勢に進めていたザフト艦隊に衝撃を走らせた。あと少しで壊走に追いやれるのに、なんと悪いタイミングで現れるのか。
 だが放っておくことは出来ない。ウィリアムスはグラディス隊など、一部の部隊を残すと全軍をWフィールドへと向けることにした。

「敵戦力は!?」
「Nフィールドの敵とほぼ同数。Wフィールド哨戒衛星が第8艦隊旗艦メネラオスを確認しています」
「そうか、奴が出てきたという事は、本命はこっちかな?」

 ライバルとも言うべき地球軍の知将の登場にウィリアムスはこの状況下に似つかわしくない笑みを浮かべて艦橋のクルーを困惑させたが、直ぐに表情を引き締めると主力を率いてWフィールドに向かった。
 だが、まさに艦隊がWフィールドへと向かおうとした時に新手がNフィールドに侵入してくる。30隻以下の艦隊が戦場に突入してきたのだ。それに対してジンやゲイツが迎撃配置に付こうとするが、敵艦隊から前に出てきたMSから放たれた強力なビームが1機のジンを飲み込み、消し飛ばしてしまうのを見て驚愕し、動揺が走った。地球軍のMSがアグニという長距離砲を使うのは知られているが、これはそんなレベルではない。
 一体何が、恐怖を感じながらじっと待っている彼らの前に姿を現したのは、フリーダムに良く似たMSであった。それに見覚えがあったグラディス隊のパイロット、ルナマリアとレイはまさかと疑い、そしてルナマリアは恐怖に表情を引きつらせ、レイは憎悪を滲ませる。

「何で、何でこっちに足付きのフリーダムが出てくるのよ!?」
「ルナ、動け。止まってると狙い撃ちにされる!」

 そう言って例のフリーダムがインパルスにぶつかって弾き出し、自らもはねるような動きで無為やり位置を変える。それにわずかに遅れて粒子ビームがインパルスが居た場所を貫いていき、粒子の飛沫がフリーダムの装甲に小さな傷を作っていく。
 砲撃が回避されたのを見たキラは舌打ちした。多くない弾を1発無駄にしてしまったからだ。

「あのフリーダム、良い感をしてるな。僕の砲撃を読みきったのか」

 あのフリーダムは手強い、そう感じたキラはそれを狙うのを止めると、別の場所で鈍い動きをしているゲイツRを吹き飛ばした。
 2機を落としたところでヴァンガードとセンチュリオンが並んできて、フラガが2人に改めて作戦を確認した。

「良いか、俺とシンがMSを叩き、キラが艦を沈める。揚陸艦がボアズに着岸するまでの障害を排除するのが仕事だ。撃ち漏らしは後続のフレイたちに任せて、俺たちはとにかく前に出るぞ!」
「了解です少佐。でも、あいつらは居ないんですかね?」
「あいつらって、誰だいシン?」
「ほら、ステラが居るやたら強い奴らですよ。あいつらが居るなら、多分ステラも……」
「そっか、それに注意しとかないとね。間違えて落としちゃったら大変だ」

 今回の任務には仲間内だけだがステラの奪還というものも入っている。かなり困難な上にどの機体に乗ってるのかも分からず、頼りになるのはフラガとフレイが持ってる説明不能な勘だけという何とも苦しい条件であったが、シンはまだ諦めてはいなかった。それにアークエンジェルだけではなく、第8任務部隊の主だったパイロットたちも発見した時は手を貸してくれるという事になっているのだ。あの元気印の天然娘は意外に愛されていたらしい。

「まあ心配するな、とりあえず近くにはステラの気配は無いからな。もし見つけたらシン、お前が止めろよ。胴体抱えてアークエンジェルに持っていっちまえばこっちのもんだ」
「はい!」
「フラガ少佐、シン、来るよ!」

 身内の会話をしている2人にキラが警告を発する。敵もやる気になったようで3〜4機のMSで小さな編隊を組んでこちらに向かってきていた。こちらも3機小隊で編隊を組んで戦闘隊形をとり、そちらに向かっていく。このMS戦に勝ったほうが敵艦隊を叩ける資格を得るのだ。




 第8、第10任務部隊がNフィールドに突入してくる。その戦力は1個艦隊を凌いでいたかもしれない。第8任務部隊には4隻のアークエンジェル級戦艦があり、第10任務部隊には最新鋭のワイオミング級戦艦がある。この5隻だけでも今Nフィールドに残っているザフト艦隊には荷が重い相手なのに、更に多数の駆逐艦も付いているのだから。
 マリューは特にこれといった細かい指示は出さず、命令あるまでは各艦での判断で目前の敵を叩けと指示するのみに留め、とにかキラたちが敵MS隊を叩き潰すのを待っていた。彼女は自分の部下たちの強さに絶対的な自信を持っていたので、MS戦では負けるとは考えてもいないのだ。まあこれまでの戦歴を考えれば無理もあるまい。

「フリーダム、ヴァンガード、センチュリオン全て健在、敵MS隊と交戦に入りました」
「ザフトは10隻ほどの艦艇で壁を作っています。MSの総数は不明、確認した限りでは50機以上です」

 ミリアリアとパルが報告を寄越し、マリューがそうとだけ答えてじっと考え込む。すると今度はカズィが格納庫から内線が来てると伝えてきて、4番カメラにつないだ。カメラにはトールとフレイが映っている。

「艦長、俺たちはまだ出なくて良いんですか?」
「ムウたちが敵の防衛線を破ったら出てもらうから、それまで待機してて」
「ですけど、キラたちが負ける可能性だってありますよ」
「彼らが負けるような相手なら、残りのMSを総動員しても勝てないわよ。とにかくこれは作戦なんだから、今は我慢してなさい」

 これでトールは仕方なく下がり、これで静かになるかと思ったのだが、今度はフレイが妙な事を聞いてきた。

「ところで艦長、私も個人的に聞きたい事があるんですけど」
「個人的って、今は戦闘中よ」
「前の訓練でキースさんに聞いたんですけど、フラガ少佐からプロポーズされたって本当ですか?」
「大尉ったら口が軽いんだから……」

 マリューが忌々しそうに呟くが、その左手の薬指にはしっかり指輪が光っていた。どうやらフラガのプロポーズは受けていたようだ。それに気づいたミリアリアが声を上げ、オペレーターたちが祝福の声をげたのでマリューは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 キースからの情報を確かめたフレイははにかむように微笑んで回線を切ると、あきれた顔をしているトールとスティングを振り返った。

「まあ、キラたちを信じて待ってましょうか」
「しょうがないか。俺はシールドとビームライフルで出るけど、フレイはどうする?」
「私はガウスライフルでいくわ。火力はスティングにお任せ」
「あのリニアガトリング砲って重くてバランス取り辛いんだぜ。まあ、確かに火力はあるんだけどよ」

 スティングはマローダーに取り付けられている大型のガトリング砲を見て顔を顰めている。余りにも左右のバランスが崩れるので操縦が難しくなるらしいのだ。しかも弾の消費が早く、弾薬箱をあっという間に空にしてしまう。
 だが対MS兵器としての性能は確かであり、発射速度の速さもあってPS装甲を持つフリーダムやジャスティス、試作ザクといったMSでさえ一瞬でスクラップに変えてしまうことが出来る。MS用の実弾兵器としてはアーバレストなどの化け物を除けば最強だろう。
 自分たちは予定ではキラたちが敵の防衛線を切り崩した後、揚陸部隊を護衛しながら要塞に突入する手筈となっている。だから全てはキラたちにかかっているのだ。



後書き

ジム改 ようやくハルバートン隊も到着、アークエンジェルも参戦だ。
カガリ 結局うちはクルーゼの引き立て役か!
ジム改 でもプロヴィデンスって多対1では最高の性能を持つ機体だよ。
カガリ そりゃ分かるが、たった1機にうちは負けるのか!?
ジム改 あれはそういうMSなんだって。逆にジャスティスとかが相手だと不利なんだが。
カガリ ところで、キラたちは大丈夫なのか、少数で突っ込んでるけど?
ジム改 心配するな、あいつらは化け物だから。
カガリ そりゃ分かるけどな。
ジム改 アスランたちが居なければこいつらは簡単には止めれんよ。
カガリ でも地上ではグリアノスが1人で主役2人を止めてたぞ。
ジム改 あいつはノリスとかラルみたいな存在だから可能なのだ。
カガリ 親父キャラは主人公補正を超えるのかよ……?
ジム改 当然だ。それでは次回、襲い掛かる第2集団、アークエンジェルはザフトを突破してボアズへと辿り着き、海兵隊を上陸させる。これを見たイザークたちが応援に向かおうとするが、Eフィールドにも第3集団が姿を現す。更に第1集団も再攻勢に移り、遂にザフトの抵抗は限界を超えた。そして、プラント本国ではジェネシスが動き出す事に。次回「力が倒れる時」でお会いしましょう。


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