第181章  力が倒れる時


 

 ボアズで激戦が行われている頃、プラント本国では慌しくザフトの工作船が動き回っていた。彼らはジェネシスの正面に巨大な円錐型の物体を移動させていたのである。指揮はヤキン・ドゥーエの司令部から行われていたが、それをモニターで見ていたエザリアになんとも不機嫌そうな声がかけられた。

「エザリア議長、あんたはあれを使う気なのかね?」
「どういう事ですか、ナリハラ博士?」

 議長オフィスにはもう1人、ジェネシス開発の責任者であったナリハラ博士の姿があった。ジャスティスとフリーダムの開発後はこちらに携わっていたのだ。ナリハラ博士はいかにも虫の居所が悪いという顔でミラー取り付け作業中のジェネシスを見ている。

「ザラ議長は脅しに使うと言ってあれを私に作らせたが、その時彼はこう言ったよ。これを撃つ時は、プラントが負ける時だとね。それが使われようとしているという事は、我々が負けるという事なのかな?」
「ボアズに集結している敵を壊滅させれば敵の機動戦力の大半を消し去る事が出来る。そうすれば逆転も可能でしょう」
「そう信じたいだけではないのかね?」
「……博士、私はあなたに政治や軍事の助言を求めた覚えはありませんよ?」
「ほっ、そりゃ確かに。私はただの科学者に過ぎんからねえ。ただな議長、ジェネシスは確かに強力だが、古来から強大な新兵器による一発逆転という試みは成功した試しが無い、という事は覚えておいて欲しいもんだな」

 言いたいことを言ってナリハラ博士は部屋から出て行った。それを見送る事もせずにエザリアは作業中のジェネシスを見ている。これがプラントを守るための最後の賭けだと考えている彼女には、ナリハラの言葉は耳を塞ぎたくなるものだったから。

「他に、やりようが無いではないか。もうパトリック・ザラは居ないのだから」



 そして同じようにジェネシスを見ている者がいた。本国防衛隊指令のレイ・ユウキだ。彼はパトリックの側近として最初の頃からジェネシスに関わっていたが、これが使われる日が来ないことをずっと願っていた。だがその願いも空しくジェネシスにミラーが取り付けられようとしている。計画ではボアズに集まった敵をボアズに残る味方ごと吹き飛ばし、半数以上を一撃で消し去る事になっている。確かにそれは有効だろうが、そんな事をしたらザフト将兵の士気はどん底にまで落ちるだろう。
 更に地球軍は怒り心頭に達して残存戦力でプラントに侵攻してくる可能性もある。確かに半数以上を仕留められれば楽になるが、残り半分でもプラントに残る戦力では防ぎ切れまい。何しろまともな戦力の大半はボアズに集めてしまったのだから。ここにはもうほとんど2線級部隊しか残っていない。
 今の所ボアズの戦況はまだ拮抗しているようだが、これがいつまでも続くものではないことはユウキにも分かっているのだ。

「ジェネシスの使用も、時間を稼がなくてはいけない現状ではやむをえないのか」

 悔しそうにつぶやくユウキ。残念だが状況は自分たちの手の届かないところで推移しているので、どうする事も出来ないのだ。自分が直接関与するにはプラントまで敵が進軍してきてもらうしかない。だが軍官僚としては極めて優秀なユウキであるが、前線指揮官としてのユウキは凡庸な指揮官でしかない。今ボアズで頑張っているウィリアムスやマーカストなどとは比較できるような指揮官ではないのだ。
 もし地球軍が大挙して雪崩れ込んできたら、碌な抵抗も出来ずに叩きのめされてしまうだろう。装備も兵士も2流しか残っていないから、誰が指揮しても同じだろうというのが多少は慰めになるだろうか。

「ですが、あれは使うべきではありません」
「ラクス嬢、簡単に言わないでください。私には止める権限はないのですよ」

 ユウキが顔を顰めてラクスを見る。本国防衛隊の中にはユウキたちの仲間が多く、変装を施した上で秘密のルートを抜ける事でラクスがここに来る事も可能になっている。他にもヘルマン・グルードやパーネル・ジェセックらもおり、どのタイミングでパトリック・ザラを奪還するかを協議していたのだ。
 パトリックがクライン邸に居る事は確認されている。ユウキが送り込んだ偵察部隊の撮影した望遠写真には窓から外を見ているパトリック・ザラの姿が映っていたのだ。

「ザラ議長の救出を急ぐ事は出来んのかね?」
「出来なくはありませんが、時間の猶予が全くありません。直ぐに近隣の部隊が駆けつけてきて制圧されてしまいます。おそらく現れるのはクルーゼの息がかかった部隊でしょう」
「地球軍が進軍してきた際の混乱を利用するしか無い、というのか。だが手遅れになりかねないぞ」
「よせグルード、我々はその賭けをする事に決めたのだぞ」

 血気盛んなグルードをジェセックが嗜めている。ラクスは困った顔で意見をぶつけ合っている議員2人を交互に見比べていて、ユウキはまた視線をモニターの映されているジェネシスへと向けた。そこで迷いを見せるユウキに、ラクスがもう一度声をかけてくる。

「一度、エザリア議長に話をしてみるべきではありませんか。このまま撃たせては大変な事になります
「だが、議長が話を聞いてくれると思いますか?」
「エザリア議長はラウ・ル・クルーゼに利用されているだけの筈。ならば、話せば通じると思います。今必要なのは悩む事ではなく行動ではありませんか?」
「あんな行き当たりばったりのクーデター起こしといてよく言う」

 ユウキの問いにラクスはやらなくては何も始まらないと説いたが、それを聞いたジェセックがコーヒーを口にしながらボソリと呟いた一言に胸の中の何かを抉られて小さな声を漏らして項垂れてしまった。
 だが、ユウキはラクスの言葉に小さく唸って考え込んでしまった。確かにそれも一理有ると思っていたのだ。

「確かに、今更エザリア議長に睨まれても何も困るわけではないか」
「ユウキ君、まさか行くつもりなのかね?」
「この作戦の戦術上のメリットは分かりますが、やはりこれは用兵の外道ですから。将兵のプラントに対する信頼が失われるのはこちらも困りますからね」

 それは負け込んできた国が辿る道ではある。作戦上の都合で部隊を切り捨てる事は良くあるし、無謀と承知で部隊を送り出す事も普通に行われるものだ。だが今回の計画は最初からボアズの部隊をジェネシスで吹き飛ばす事が前提だ。こんな作戦を立案したクルーゼも狂っているが、採用した統合作戦本部も評議会も正気を無くしているとしか思えない。
 そこまで追い込まれたか、と思えば悲しくもなってくるが、だからといって黙っているわけにもいかない。それに自分たちの計画を考えると地球軍が弱体化しすぎて撤退されるような事になっては困るのだ。ボアズを狙うという計画を変更してくれるように進言するべく、ユウキは席を立った。




 ジェネシスが動いている。これはプラントに対して陽動を仕掛けていたヤマトとムサシからも確認されていた。巨大な物体がジェネシスに取り付けられようとしているのが望遠観測で確認されていたのだ。
 ジェネシスの監視は任務ではなかったが、この事態を看過することは出来ない。彼らは直ちにこの事態をプトレマイオス基地にレーザー通信で報告し、この知らせを受けたプトレマイオス基地では慌てて各方面に警報が出された。最悪地球が狙われる可能性もあるが、いきなりそれは有るまいという考えが今のところは支配的だ。
 ただプトレマイオス基地が狙われる可能性は非常に高く、基地の職員は急いで避難する事になった。こちらに向かっている第1、第2艦隊にもここではなくダイダロス基地に向かうように指示を出し、近隣の輸送船を呼び寄せて急いで重要な資材や資料などの積み出しを始めている。
 この基地にオフィスを構えているサザーランドはヤマトからの報告を受けてじっと宙域図を睨んでいた。ジェネシスの狙いが何であるのか、彼なりに考えていたのだ。そこでじっとしていたサザーランドを呼びに来たのか、数人の佐官や尉官が部屋に駆け込んできた。

「准将、まだこちらにおられたのですか。急ぎませんと攻撃を受ける恐れがありますぞ!?」
「……うむ、そうだがな。ジェネシスは本当にここを狙っているのか?」
「どういう、ことでしょうか?」
「今更プトレマイオスを叩いても戦略的な意味は余りあるまい。今ボアズ攻略中の部隊だけでもそのままプラントに侵攻は出来るのだからな。それが分からないほどコーディネイターどもも無能揃いではあるまい。私ならジェネシスを艦隊に向ける」

 サザーランドは宙域図に描かれているボアズを指差し、そこからプラントにまっすぐ指を動かした。

「常識で考えれば移動中の艦隊をあのような大型兵器で撃つ事は出来ん。あれで狙えるのは動かない固定目標だけだろう」
「ではやはり狙われるのはここなのでは?」
「いや、今回は艦隊をジェネシスで潰せる方法がある」

 サザーランドはプラントに置いていた指を改めてボアズへと動かした。それを見た部下たちがまさかという顔で上司を見る。

「私が奴らの立場なら、ここにジェネシスを叩き込むかな?」
「で、ですが、ボアズにはザフトの主力が展開しています。それでは奴らは自軍の主力も吹き飛ばしてしまう事になりますぞ?」
「主力を生贄にして地球軍の艦隊を一時的にでも撤退させられるなら、奴らにとっては得策ではないかな。ジェネシスが何発撃てるのかは知らんが、2発目が無いとは思えんからな」

 サザーランドの推測に部下たちが顔を見合わせている。まさか、そこまでするだろうかという疑念が彼らにはあったのだ。サザーランドも彼らと同意見ではあったが、追い詰められた者は何をするか分からない。過去には通常攻撃では戦果が見込めなくなった為に止む無く特攻という手段を採用した国もあるし、ゲリラなどが自爆攻撃をしてくるのは現在でも珍しくは無い。
 追い詰められたザフトが艦隊を犠牲にして地球軍との相打ちを目論む可能性をサザーランドは捨て切れなかった。正気の沙汰ではないが、為政者や軍指導部が絶望的な戦況に冷静な判断が出来なくなった事例は幾らでもあるのだから。
 ボアズ攻略作戦の立案段階ではそこまでするとは想定していなかったが、今にして思えば自分もまだまだ甘かったのかもしれないとサザーランドは悔いていた。戦術的に最も効果的な選択肢を思いつけなかったのだから。せめて3群のうち1つは牽制の為にもプラントに直接向けるべきだったかもしれない。

「今すぐボアズ攻略部隊に警告を送れ。ジェネシスがボアズを狙っている可能性があると。私はこれからグリーンランドの最高司令部に事態を報告する」
「は、はい、すぐに!」
「ヤマトとムサシに緊急伝を出せ、ジェネシスの発射を可能な限り妨害してくれと。兵器の無制限使用も許可する」

 部下たちが慌てて部屋から飛び出していく。それを見もせずサザーランドは視線を宙域図に落とし、そして拳を叩きつけた。撃てる可能性などほとんど無いと甘く見ていた自分の判断を悔いていたのだ。一応艦隊を3分するなどの対策はしていたが、まさか敵がここまでやってくるとは。





 突入していく第8任務部隊。ドミニオンからはMA部隊が出撃していたが、その先頭機は見慣れないストライカーパックを装備していた。その先頭機は直ぐに編隊を離れ、こちらに向かってきているヴェルヌに向かっていく。

「大尉、ヴェルヌ2機、お願いできますか。揚陸艦に近づける訳にはいきません!」
「任せろ、こっちは対ヴェルヌ用の特製パックだからな。後は腕でカバーしてやるよ!」
「期待しています。こちらはこのままボアズに向かいますので」

 ナタルは2機のヴェルヌをキース1人に任せると、先行している3機のMSを呼び出した。

「サブナック少尉、アンドロス少尉、ブエル少尉、状況を報告しろ」
「ああ、こっちは順調だ。クソッタレどもは粗方片付いたぜ!」

 オルガがナタルの問いに答えてくる。キラたちと共に先方を務めていたオルガとシャニ、クロトは担当していた区域の制圧をほぼ終えていた。フォビドゥンが防御力を生かして接近戦を挑み、カラミティがそれを砲撃で支援する。敵が纏まりそうになればレイダーが突入して蹴散らしてしまう。これまで散々キースやアルフレットにしごかれたおかげか、3人はどうにかチームプレイというものを身に着けていた。
 MA形態で終結しようとしているゲイツRを蹴散らしたクロトがMS形態に戻って破砕球を発射し、1機を撃墜して周囲を確かめ、敵の数が減ってきた事を確かめた。

「おいオルガ、どうすんの。雑魚どもの数減ってきたよ?」
「艦長はボアズまでの突破口を作れって言ってたからな。奴らを正面から押しのけてやろうぜ」
「ようするにこのまま蹴散らせば良いのね。わかり易くて良いや」

 クロトは楽しそうに答えて次の目標を探し出し、オルガはエネルギー残量を確かめる。しかし、その時側方警戒レーダーが警報を発した。1機のゲイツがビームサーベルを抜いて直ぐそこまで迫っていたのだ。
 ヤバイと叫んでオルガはバズーカを向けようとしたが、直感でオルガは間に合わないと察してしまった。死を覚悟してオルガは目を閉じたが、ビームサーベルがカラミティを抉る事は無かった。ゲイツはビームサーベルを振るう前に鎌の一閃に両断されていたのだ。

「手間かけさせんな、馬鹿」
「お、おお、すまねえシャニ、助かった」
「ちっ、無駄なエネルギー使っちまった。一度戻って補給してくる」

 そう言ってフォビドゥンがさっさとドミニオンへと戻っていき、、カラミティとレイダーはそのままボアズを目指した。概ねこの辺りのザフトは片付いてしまい、生き残りは要塞へと退くか別のフィールドに逃げていたらしい。
 MS隊から少し離れた所、天頂方向では2機の大型MAヴェルヌが小さな戦闘機に集られて逃げ回っていた。ヴェルヌと比較するには到底足りない筈の宇宙用MAコスモグラスパーなのだが、こいつは1機で2機を落とそうとしている。
 2機のヴェルヌは必至にこの小癪なコスモグラスパーを始末しようとしているのだが、コスモグラスパーはヴェルヌ以上の速度と軽快な運動性を持ち、ヴェルヌの反撃をほとんど寄せ付けてはいなかった。そしてコスモグラスパーはヴェルヌの後方上方の位置を占めると、機体を左右に振って最後の足掻きを見せるヴェルヌに冷静に機体下部に装備されているガンポッドから50mm弾を送り込んだ。曳航弾の光が正確にヴェルヌに送り込まれ、ヴェルヌの推進器に着弾の火花が散って穴が開いていく。やがてそれは火の粉を散らすようになり、遂には小さな爆発を起こした。冷却系を破壊したのか、何処かに積んでいた弾薬なり科学燃料なりにでも誘爆を起こしたのだろう。
 衝撃でバランスを崩したヴェルヌはそのままグルグルと回りながら何処かに飛んでいってしまう。あれでは姿勢を立て直す事も出来ずに宇宙の彼方に飛んでいくか誘爆が進んで自爆するか、どちらにしても助かるまい。キースはそう判断すると、もう1機へと機首を向けた。
 これが対ヴェルヌ用に地球軍が開発し少数生産したコスモグラスパー専用のスペシャルパック、ファイターパックである。コンセプトとしては極めて単純で、ヴェルヌやミーティアを大型爆撃機と見立て、これを迎撃できる戦闘機を作ったのだ。相手が小回りの利かない戦艦サイズのMAならばこちらにも機敏な運動性は必要ない。ゆえに必要なのは速度だった。ヴェルヌを振り切り、なおかつ逃げるヴェルヌに追いつける速度を与え、更にヴェルヌを短時間で撃墜できるようマローダー用に開発されたリニア・ガトリング砲の3砲身型を開発して固定式ガンポッドとして装備している。パックの追加武装はこれと複合誘導弾だけだ。
 このファイターパック装備機は対ヴェルヌやミーティア戦に特化した為、それ以外の戦闘を一切考慮していない。余りにも速いのでMSのような遅すぎる目標はかえって狙い難く、撃墜し辛い。また戦艦を狙うには余りにも軽火力だ。特定の目的に専門化したために他に使う事を考えていない設計なのだ。また、その加速性能から対G能力が不足しており、普通のMAレベルの動きも不可能になっている。普通のMAのような動きをすればキースでさえ意識を失いかねない。
 ただ、結局正式量産型は間に合わず、試作された6機分のパックが急いで扱える能力を持ったパイロットの下に送られただけであった。その1人がキースだったのだ。




 突入してきたキラたちは群がってくるMSを蹴散らしながら確実にボアズに迫っていたが、遂に面倒な敵の攻撃を受けた。突っ込んでいた彼らの真下からジャスティス、フリーダム、インパルスの襲撃を受けて回避を余儀なくされる。
 散ったキラたちは向かってくる核動力MSを見て素早く動き出した。厄介な相手であるが、彼らにとってはもう慣れた敵だから焦る事は無い。

「シン、フリーダムは任せるよ。僕はインパルスを叩く!」
「いや待て、キラ、フリーダムは俺が相手をする、お前はボアズに向かえ!」

 フラガがキラの指示を撤回して分担を変更した。襲い掛かってきたフリーダムから妙に慣れた、だがはっきりと違う気配を感じていたのだ。向こうも同じなのか、まっすぐ自分を狙ってきている。

「なんだ、クルーゼなのか。こいつは前にも感じた事があるが、一体何処のどいつなんだ?」

 迫る気配に不快感を隠せないフラガ。クルーゼと同じ気配を感じるのに、クルーゼではないと分かってしまう。その違和感がフラガに何とも言えない不快感を与えていたのだ。そう、まるでクルーゼが2人居るかのようなおかしさがある。
 そしてフラガを狙ってきた男、レイ・ザ・バレルはセンチュリオンに乗っているのがフラガだと感じ取って勝負を仕掛けていた。自分の素性を知っているレイにしてみれば、フラガは倒したい相手であったのだ。

「フラガ家の生き残りが、俺の前に出てきたか。ラウには悪いが、この因縁は俺の手で断ち切らせてもらおう」

 同じ存在である以上、怒りをぶつける権利はあるはずだ。そう自分に言い聞かせてレイはフリーダムをセンチュリオンへと向ける。だが直ぐにレイは多数の小型MA、フライヤーに囲まれて集中攻撃を受けてしまった。
 フライヤーに包囲されたフリーダムは咄嗟にプラズマ砲とレールガンで周囲を撃ちまくり、2基のフライヤーを撃墜した。だが直ぐに多数の複合誘導弾を叩き込まれてしまい、コクピットの中でレイは目を回してしまう。プロヴィデンスとさえ真っ向から戦えるセンチュリオンのオールレンジ攻撃を回避するのはレイには荷が重いのかもしれない。


 その直ぐ傍ではかなり白熱した、だが通信を聞いていけない間抜けな戦いも行われていた。ブラストからフォースインパルスに換装したルナマリアとシンが戦っていたのだが、悲しいかなインパルスにはヴァンガードを落とす為の効果的な武装が対艦刀1本しかなかった。そして更に悲しい事にルナマリアは当たらないくせに砲撃戦が好きであった。
 ルナマリアは必至にビームライフルを向けて撃ちまくっているのだが、ヴァンガードの鉄壁の対ビーム防御を抜くにはと到底足りるものではなかった。

「なんて卑怯な奴なのよ、バリア張ってるなんて反則じゃない。きっと乗ってる奴は根性捻じ曲がってるに違いないわ!」

 何発ビームを撃ち込んでも全部曲げられてしまうのを見たルナマリアが頭にきて怒鳴るが、槍を突き出してインパルスの直ぐ傍まで来たヴァンガードとの間に無線が混線してしまったのか、向こうから文句が飛んできた。

「誰が根性捻じ曲がってるだ誰が!?」

 至近距離で回線が混線したのは直ぐにルナマリアも察したが、相手の声が子供のものだと分かって吃驚してしまった。

「こ、子供?」
「聞いたんだから答えろよ、おばさん!」
「だ、誰がおばさんよ誰が、まだピチピチの15歳よ!」
「嘘、俺より1つ上なだけ!?」
「この糞ガキ、子供が戦場に出てくるんじゃない!」

 ザフトも14歳の少年兵を前線に出している事は無視してルナマリアは怒鳴りつけた。ちなみに自分の出陣も14歳だった事も忘却の彼方に追いやっている。だがシンの方はガキ呼ばわりされたのが気に食わなかったのか、チャージモードを発動してインパルスを落としに出てきた。
 急に物凄い加速で槍を向けてくるインパルスにルナマリアは慌てて回避運動に入ったが、間に合わずにビームライフルをもぎ取られてしまう。それで急いで対艦刀をシールドから外して装備したが、あれと格闘戦をするのは自殺としか思えず、疲れからではない汗が滲んでくる。

「やってくれるじゃない、お仕置きが必要みたいね!」
「さっさと降参した方が身の為だぜ、もう負け確定だろ!?」

 突き出され槍がいきなり止まり、横薙ぎに振るわれてインパルスを叩く。シールドで受けようとしたが間に合わず、胸部にまともに食らって吹き飛ばされてしまった。




「フリーダム、インパルス共に苦戦中。敵MSの戦闘力は圧倒的です!」
「そう。強いとは聞いてたけど、あの2人が圧倒されるなんて、どういう化け物よ?」

 タリアは震える声で報告してくるメイリンに一瞬気遣うような表情を見せたが、直ぐにそれを消してこれからどうするかを考え出した。どうやらMS戦では歯が立ちそうも無い。周囲のMS隊は完全に地球軍のダガー隊やGタイプのカラミティやフォドゥン、レイダーに押さえ込まれている有様だ。あれではレイたちを助ける事は適うまい。
 少し考えてタリアは、そういえばマーレはどうしたのかとアーサーに問うた。

「アーサー、マーレのジャスティスはどうしたの?」
「……それが、敵のフリーダムと交戦状態に入った事までは確認しているのですが、その後は消息がつかめません」
「信号は?」
「ロストしたままです。撃墜された可能性もありますが、奴がそう簡単に落とされるとも思えませんし」

 アーサーはそう言うが、タリアはマーレは既に殺られたと判断していた。普通に考えればエース級が簡単に落とされるわけが無いのだが、相手がこんな連中ではありえない話ではない。特に足付きのフリーダムといえばあのザフトの赤い死神アスラン・ザラとさえ互角に戦えると言われるウルトラエースの筈だ。マーレでは歯が立たなかった可能性もある。

「……仕方が無いわね、ルナマリアとレイには敵を引きつけながら要塞方向に下がるように言って。グリゴールとランスロットは直衛機と共にここで暫く持ち堪えるように。本艦は敵に格闘戦を仕掛けます!」
「か、艦長、格闘戦って、何を言ってるんですか!?」

 アーサーが吃驚した顔でタリアを振り返る。

「ミネルバは機動性と運動性ではアークエンジェル級に勝るわ。その利点を生かして、敵中に突入します!」
「艦長、ミネルバは駆逐艦じゃ無いんですよ!?」

 アーサーが正気かと問い質そうとしているような顔で食い下がってくるが、タリアは本気であった。手空き総員は体を何かに固定するように命令を出し、非戦闘員は外壁に面したブロックから内側に移動するように命じる。
 それらの指示からタリアが本気であると察し、メイリンたちが顔色を青ざめさせて自分の上官を見ている。それは特攻ではないのか、と誰もが言いたそうな顔をしている。だが、そんな彼らにアーサーが仕事に戻れと命じてきた。

「何をしている、持ち場に戻るんだ」
「でも副長、これじゃ自殺じゃ!?」
「メイリン、どうせここでアークエンジェル級4隻と真っ向から撃ち合っても勝ち目は無いんだ。なら艦長の策に乗っても同じだろう」
「それは…………」

 メイリンが絶句し、他のクル−を不安げに見回す。だが誰もメイリンの望む答えを返すことが出来ず、誰もが顔を背けてしまう。それはつまり、アーサーの言っている事を誰も否定できないという事だ。
 遂に1人が自分の席に戻り、メイリンたちも諦めたように戻っていく。それを見てアーサーはホッとした顔で席にどさりと腰を下ろし、艦長を見た。タリアは感謝の眼差しを自分に向けてきている。

「ご苦労様、副長」
「いえいえ、これが自分の仕事ですから。ですが……」

 本当にやれるのか、と言外に問うアーサーに、タリアは無言で頷いて見せた。彼女にはやれる自身があったのだ。このミネルバの性能を誰よりも理解しているという自信が彼女にはあったから。




 ザフトが引いていく。それを見たマリューは艦隊に前進を命じた。

「よし、このままボアズに揚陸艦を突入させます。本艦とドミニオン、パワー、ヴァーチャーは四方に展開して敵を近づかせないように。駆逐隊は揚陸艦を護衛してボアズに突入!」

 マリューの命令を受けてボアズに揚陸艦と駆逐艦が突入していき、4隻のアークエンジェル級が弾幕を張りつつ上下左右に散っていく。駆逐艦部隊はミサイルで正面を制圧しつつ、揚陸艦をアンチビーム粒子で包んで守っていた。
 ザフトのMS部隊や艦艇はボアズ方向に後退していたが、第8任務部隊の火力に押されて左右に動き、ボアズまでの道を明けてしまっていた。第8任務部隊を食い止めるだけの力は彼らには無かったのだ。

「トール君たちは揚陸艦を守って要塞表面の敵戦力の掃討をして頂戴。ムウとキラ君、シン君は!?」
「フラガ少佐とシンは敵MSと交戦中、キラは敵部隊を追い払っています!」
「ムウに伝えて、何時までの1機に構っていないで、敵を近づけないように壁に入ってと。新型とフリーダムはシン君1機でどうにかなるわ!」
「凄い自信ですね、艦長。そんなにシンを信じてるんですか?」
「違うわねパル、私はあの子達の強さを知ってるだけよ」

 アークエンジェルを守ってきたパイロットたち、その強さをマリューは良く知っていた。彼らを止める事など出来る筈が無い。だが、彼女の中で僅かに婚約者の身を案じる気持ちがあった事も確かだ。フラガを強敵から外して危険の少ない方に回したいという気持ちがあった。
 それと自覚していた訳ではない。指揮官としておかしな指示を出したわけでもない。だから誰も疑問に思わなかったし、異論を挟まなかった。だから、それはマリューにとって悔恨の選択となる事を誰も想像もしなかったのだ。




 フラガたちがレイたちと交戦に入った時、キラもジャスティスの攻撃を受けていた。キラは突然攻撃してきたジャスティスに最初こそ驚き、アスランかと思ったのだが、直ぐに彼より弱いという事に気づいて失望してしまっていた。今戦いたいのはアスランだけなのに、何でこんな奴が出てくるのだ。
 こんな所で時間をかけたくないキラは無視しようと思ったのだが、この時仕掛けてきたマーレは手柄首が目の前にあるのを見て血気にはやっていた。ザフトに恐怖と共に語られる足付き、そこに乗るフリーダムの強さはもはや悪鬼の如しだと言われ、アスラン・ザラやラウ・ル・クルーゼとさえ互角以上に渡り合うと言われている。地球ではザフト最高のパイロットの1人に数えられたあのグリアノス隊長でさえ倒されたという化け物だ。

「奴を倒せば、誰にも否定できない功績になる」

 そうすれば自分もザフト最強のパイロットの1人に名を連ねる事が出来る。その誘惑を抑えられなかったマーレは、フリーダムに接近戦を仕掛けようとした。幾ら改良されていてもフリーダムには違いない、懐に入ればジャスティスの動きについてこれる筈が無い。
 その判断は正しかったが、マーレは1つだけ見落としていた事があった。それは目の前のパイロットが、ジャスティスに乗ったアスランを相手にこれまで生き残ってきたという実績だ。正しい判断ではあったが、パイロットの実力差を過小評価していたのだ。

「しつこいよ、その程度で僕を止めるなんて、出来るわけ無いだろ!」

 最初は追い払ってボアズに行こうとしたのに、しつこく食い下がってくるジャスティスに苛立ったキラは、先にこれを始末する事にした。粒子砲を向けてセーブモードで3連射を放ち、ジャスティスを一度離す。ジャスティスはそれを2発まで回避したが、3発目はシールドで受け止めた。だがジャスティスは荷電粒子の運動エネルギーを受け止めきれず、弾き飛ばされてしまった。

「何だこのビームは、プラズマ収束砲ではないのか?」

 プラズマ砲は純粋な熱エネルギー兵器で着弾時にこんな衝撃は伴わない。だがこの世界で一般的に使われるのはプラズマビームであってそれ以外では陽電子砲があるくらいだ。それ以外の形式のビームが登場していたのだろうか。
 実はヤマト級戦艦の主砲の情報はまだザフト全体に知れ渡っているとは言えず、ましてMS用の主砲にまで小型化されたなどとは想像の埒外にあったりする。
 ここでデルタフリーダムの恐ろしさを知っている者なら無理をしてでも距離を詰めてくるのだが、マーレは粒子砲の威力に怯んだのか下がってしまった。
 マーレとしては仕切り直しを図ったのだろうが、それはデルタフリーダムを前にしては決してやってはいけない選択であった。デルタフリーダムはある程度距離をとれば最強の火力を発揮できるのだから。

「これで、終わりだよ」

 キラが粒子砲を向け、トリガーを引く。まずセーブモードでビームが連射され、ジャスティスに細かい回避と防御を強要して動きを封じ込む。そしてそれまでのセーブモードとは違う荷電粒子の本流がランチャーから叩き出され、マーレのジャスティスへと向かっていった。それを見たマーレは咄嗟にシールドを前に出したが、これはそんなABシールドで防げるような代物ではなかった。ましてザフト製のABシールドはラミネート装甲製で耐熱防御にはそれなりの効果を見せるが、デルタフリーダムの粒子砲はプラズマ砲ではない。構えたシールドは荷電粒子の運動エネルギーに引き裂かれて砕け、そのままジャスティスの機体をもズタズタに引き裂き、ジュール熱で全てを消し去ってしまう。
 粒子か駆け抜けた後には何も残っておらず、そこにジャスティスが居たという痕跡は無かった。デルタフリーダムの粒子砲は対MS兵器としては明らかに過剰な威力であるが、キラはこの相手の防御力を力技で吹き飛ばしてしまう武器をいたく気に入っており、使い辛いのを承知で今も使っているのだ。

「……余計な手間を食っちゃったな。早くボアズ正面の敵を片付けないと」

 マーレのジャスティスを撃破したキラは直ぐにフリーダムをボアズへと向けた。既に揚陸艦隊の前進は始まっており、トールやフレイが揚陸部隊の露払いをしているはずだ。それに加わって海兵隊をボアズに突入させるのが今の自分の仕事であった。





 ボアズ基地に敵の揚陸艦が突入した、という知らせは瞬く間にザフトの中に伝わった。地球軍の一部が防衛線を突破して遂に要塞に取り付いたのだ。その知らせはそれまでどうにか持ち堪えていたザフト将兵の士気を明らかに低下させ、それまでかろうじて持ち堪えていた防衛線が少しずつ崩れだした。
 自軍が崩れだしたのを見たウィリアムスは声を張り上げて持ち場を維持しろと怒鳴っているが、一度崩れだした勢いは止められそうに無い。そして更に悪い事に、Eフィールドを守っていたジュール隊から新手の知らせが届いた。

「提督、ジュール隊より緊急通信です。Eフィールドに新たな敵影、100隻以上の大艦隊なり。これより迎撃する!」
「……残っていた、最後の部隊かっ」

 地球軍は3つの大集団に分かれていた。その3つ目が遂に姿に姿を現したのだろう。そして決定的な知らせがウィリアムスの下にもたらされた。

「ボアズ司令部より通信、後退していたNフィールドの敵集団が前進を再開したと!」
「ジュール隊より追伸、敵の大半は旧式艦。しかし、うち1隻は超大型艦なり。以上です!」
「超大型艦……まさか!?」

 まさか、ヤマト級は全てプラント本国に対する陽動に向かったのではなかったのか。こちらにも来ていたというのか。これまでの戦闘詳細からあの戦艦が単艦で1部隊を殲滅できるほどの性能があることは分かっている。その化け物が戦力を引き抜かれてボロボロになっているEフィールドに現れたとなれば、幾らザフト最精鋭を誇るジュール隊が居るといっても相手にはなるまい。
 駄目だ、もう支えられない。この時初めてウィリアムスは敗北を確信してしまった。これまでの戦いにあって一度も挫けなかった不屈の名将が、遂に屈した瞬間であった。もう彼にはEフィールドに回すだけの戦力など残っていないのだから。


 Eフィールドに侵入してきたのはヤマト級戦艦シナノを旗艦とする第3集団であった。出来合いの寄せ集めの艦隊であっただけに移動には手間がかかり、ここに到着するのがここまで遅れていたのだ。
 到着した第3集団はファントムやMSを出撃させていたが、その数は第1、第2集団に比べて余りにも少ない。多くの艦艇がメビウスの登場以前の設計の艦艇であり、MSはおろかまともなMAの運用能力さえ持っていなかったのだ。完全に世代遅れの艦艇ばかりだったのである。
 実質的に役に立ちそうなのは極東連合の艦隊だけであったが、それでもこれだけ集まればその圧力は凄まじい。相対しているイザークたちは余りの大軍に声を無くしているくらいだ。
 そして、青ざめるイザークたちを無視するように第3集団から最初の砲火が放たれた。それは、この戦いの決着を告げる砲声であった。



機体解説

FXet−565F ファイターグラスパー

追加兵装:50mmガンポッド×1
     8連装ミサイルセル×2

<解説>
 ザフトが投入してきた大型MAに対抗するべく開発されたコスモグラスパー専用のストライカーパック。大西洋連邦の標準的実弾火器となっている50mm弾を使用する長砲身リニアガン用の砲を3門束ねたガトリング砲をガンポッドとして機体下部に固定装備し、胴体埋め込み式の垂直発射式ミサイルセルを合計16基装備する。
 地球軍の対ヴェルヌ専用兵器として完成した本機は優れた加速性能を持つが、通常のコスモグラスパー以下の機動性しか持っていない歪な機体となっている。その速度性能はどんなMSやMAをも易々と振り切る事が出来るが、速すぎて逆にそれらを狙うことが困難になってしまった。



後書き

ジム改 何気に今回も落ちなかったな。
カガリ あの、私たちは?
ジム改 特に問題が無ければ第3集団に合流して突撃しているだろう。
カガリ この様子なら次回でボアズ戦も終わりかなあ。
ジム改 特に伸びなければその予定だな。
カガリ うちに活躍の時は来るんだろうか?
ジム改 いや、カガリが居る限りオーブ軍に大活躍の日は来ないな。
カガリ 何でだよ!
ジム改 カガリが居ると何故か強敵が寄ってくるから。
カガリ それはストーリーの都合であって私のせいじゃねえ!
ジム改 裏方で良いなら構わんが。
カガリ いや、それは勘弁してください。
ジム改 つうわけで、オーブ軍に栄光の時が来る可能性はあんまり無いのだ。
カガリ 酷すぎる、せめてM1Cとかの改良型を。
ジム改 お金がありません。それでは次回、撤退を始めるザフト、時期を逸したまま投入される事になったガルム、イザークはガルム隊を守るべく無謀な戦いに身を投じることに。ミネルバは信じ難い行動に出てマリューを翻弄し、ドミニオンをタンホイザーの照準に捕らえる。クルーゼ隊がキラたちと激突し、最後の戦いを繰り広げていた。次回「宿業の果てに」で会いましょう。

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