第191章  蘇る巨人


 

 外で戦いが起きていた頃、アプリリウス1の中でも小さな、だが重要な戦いが始まっていた。忘れ去られた地下道を武装した兵士達が駆け抜け、地上にも武装した兵士達がクライン邸に向かっている。彼らの多くは本国防衛隊の兵士達であったが、中には地球からやって来たアルビム連合の兵士も含まれている。
 地上班を率いるのは防衛隊の隊長級の指揮官で、地下の隊を率いるのはユウキ司令である。地下のグループにはあのラクス・クラインも含まれていて、彼女の協力の下にクライン邸内部の詳細な見取り図が作られて全員に配布されている。その知識は攻撃作戦の立案にも有効に活用され、彼らは準備万端でクライン邸に向かう事が出来た。

 地上班が配置についてじっと息を潜め、時計の針をしきりに確認している。予定ではそろそろ地下のグループが地上への出口にたどり着く頃であり、彼らは予定時間が来たら一斉に攻撃を開始する手筈になっている。残念ながら車両などの大型兵器を持って来ることは出来ず、重火器と言ってもせいぜい重機関銃やミサイルランチャー程度のものしかないが、警備部隊の陣容を見る限りでは向こうも戦車や装甲車、MSは持っていない筈なので何とか対抗できるだろうと見られていた。
 地上班が攻撃配置につき、時間が来た所で指揮官がそっと右手を前に振り下ろし、それを合図に兵士達が遮蔽物に身を隠しながらゆっくりと建物へと近づいていった。どこかに対人センサーが仕掛けられているだろうが、それでもギリギリまで見つからずに近づこうとしているのだ。その中にはグルード議員も含まれているが良いのだろうか。
 そんな地上班とは別行動で、少し離れた所にあるビルの屋上に陣取っているフィリスの姿があった。彼女は愛用のHMA−102対物ライフルを組み上げ、慎重に照準を調整していた。

「これを銃として使うのはザラ隊長を助けに劇場を狙った時以来です、腕が鈍ってなければ良いんですが」

 まあ対物ライフルを鈍器扱いしてる自分が間違っているのだが、と反省しながらも、またこれで殴るんだろうなあと考えて少し気落ちしてしまう。そもそもイザークがあんなふざけた活動に参加してなければ嫉妬団などに関わる事もなかったというのに。

「やはり全部隊長が悪いですね、素直に更正してくれれば良いのに」

 いっそ戦争が終ったら何処かの矯正施設にでもぶち込んであの曲がった部分を叩き直すべきだろうか、そんな事を考えながら、フィリスは望遠スコープを覗き込み、クライン邸を警備している司法局の人間らしい連中を見た。

「情報通りアサルトライフルやサブマシンガン、アーマージャケットで武装してますか、やはり司法局ではなくクルーゼの私兵のようですね」

 司法局の職員の武装は警察レベルであり、サブマシンガンはともかくアサルトライフルを持っている筈が無い。何らかの理由があって特殊部隊が持っているとかならまだしも、あれは単なる警備員の筈だ。任務を考えれば拳銃レベルの武装で事足りる。防御もアーマーベストではなくより強靭なアーマージャケットだ。どうみても警察組織の装備ではない。
 どういう事態を想定してあんな武装をしているのか、その答えは考えても出てくるはずは無い。部隊の性格を考えれば明らかに過剰装備だからだ。だが自分達が見た場合ならばあれには大きな意味がある事が分かる。そう、敵はあそこに人を近付けたくないのだ。そのためならば実力で侵入者を排除する事も辞さない構えなのだろう。
 フィリスは更に建物を見回し続け、厄介そうな武器を持っている者を見つけてトリガーに指をかける。そして、遂に待っていた事が起きた。クライン邸の方から銃声が聞こえ、警備員が遮蔽物に身を隠して反撃をしている。味方の地上班がクライン邸に突入を開始したのだ。
 それを見たフィリスは厄介な高所で遮蔽を取っている敵を狙ってトリガーを引いた。初弾は僅かに逸れて近くのブロックを粉砕し、狙われた敵兵が吃驚して逃げようとしているが、それで誤差修正をつけたフィリスは2発目を放ち、敵兵の上半身を吹き飛ばしてしまった。30mmの砲弾に直撃されたら人体は引き千切れるか、粉々に吹き飛んでしまう。本来なら人間に向けて撃つような武器ではないのだ。
 フィリスの射撃に続いて突入した地上班が庭にあるオブジェを遮蔽にして機関銃を据付け、入り口付近の警備員たちを身動き出来なくさせる。どうやら敵は固定式の大口径機関砲などは持っていないようで、手持ちの火器だけで応戦してきている。流石に本格的な武装を持った部隊に襲われることまでは考慮していなかったか、少し持ち堪えればすぐに近隣の部隊が助けに来てくれると思っていたのかもしれない。
 だが、今回は相手が悪かった。近隣の部隊は全てユウキの指揮下にある本国防衛隊の陸戦隊であり、彼は自分の人事権を行使して近隣部隊の指揮官を自分のシンパ、あるいは計画に関わった仲間で固めていたのだ。つまり近隣部隊は救援要請を受けてもすぐには駆けつけて来ない。あるとしたらクルーゼのシンパであるが、そんな連中の数は多くはないはずだ。

「後は建物の中の兵が少しでも多く外に出てきてくれれば良いんですが、無事にザラ議長を連れてきてくださいよユウキ司令」

 この作戦にはプラントの未来がかかっているのだ。パトリック・ザラを救出できなければ自分達もプラントと運命を共にするしかないのだ。
 そして同時に彼女はラクスの事も心配していた。地下から突入するグループに志願して参加した彼女であるが、素人の彼女がユウキの足を引っ張っていなければ良いのだが。




 このフィリスの悪い予感は当たっていた。地下道を通ってクライン邸の下までやって来た彼らは屋敷の近くにあるオブジェの台座に分からないように偽装されていた扉から外に出て、一気に屋敷の傍へと躍り出る事が出来た。だが地上に出る辺りが狭くなっていた事と、屋内で使うのは不味いだろうという理由で重火器は携行していない。
 屋敷に柱に取り付いたユウキたちは手近にある窓を銃で割って入ろうとしたのだが、かなり良いガラスが使用されているようで銃で殴りつけた程度では傷1つ付いていない。どうやら防弾ガラスのようだ。

「なんで民家にこんな頑丈なガラスが入ってるんだ?」
「それは多分、防犯対策だと思います」
「いざという時の脱出用のトンネルがあったり、建物が防弾仕様だったり、クライン議長も大変だったという事か」

 部下の返事にユウキは彼らがどれほど自分の身の安全確保に力を入れていたのかを理解し、そんな状況で戦い続けてきた彼らに改めて畏敬の念を覚えていた。
 そして別の進入路を探している時間は無いと判断したユウキは壁に指向性爆薬をセットすると、壁を吹き飛ばして強引に進入路を作ってしまった。当然これで中の警備員にも気付かれただろうが、ここまでくればもう強襲でも関係ない。

「よし、チームで動いて屋敷内を徹底的に捜索しろ。警備員は何人か生かして捕まえるんだ、裏の繋がりを吐かせてやる」
「ユウキ司令、おいでですよ!」

 爆発音を聞き付けたのだろう、武装した警備員が庭の方からやってきている。どうやら周辺に配置されていた連中がやってきたようだ。ユウキはライフルを手に遮蔽物の陰に隠れると、迫る敵に銃撃を加えた。

「ここは我々が食い止める、お前達は議長を探せ!」
「了解、ご無事で!」

 ユウキに言われて兵士達が屋内へと入っていく。それを見送ったユウキはライフルを迫る敵に向けようとしたが、その腕をいきなり誰かに掴まれて、何事かとその相手を見た。

「あの、ユウキ司令、私はどうしたら良いのでしょうか?」
「ああ、ラクス・クライン。貴女は……」

 どうするかと考えたユウキであったが、ふと感じた殺気のようなものに反射的に物陰にラクスの体を引きずり込んだ。その直後に付近に銃弾が浴びせられかけ、壁や柱に銃痕が刻まれている。こんな所にラクスを置いておけないとユウキは彼女に屋内を指差した。

「貴女は中に入って議長を探してくれ。何処のチームでもいいから合流して、絶対に離れないように!」
「は、はい、分かりました!」
「じゃあ行け、ここに居ると良い的だ!」

 そう言ってユウキはラクスを屋内に押し込み、ライフルを構えて近づいてくる敵に向かってフルオートで弾をばら撒いた。ユウキの腕では狙って撃っても中々当てられないので近づかせない事を狙って撃った方が良いのだ。敵を倒すのは本職の陸戦隊に任せれば良い。
 施設の中に突入した兵達は中で警備員と交戦をしながら部屋を1つ1つ調べて回っていた。パトリック・ザラが何処に居るか分からない以上、虱潰しに探すしか手が無い。だが敵の抵抗も以外に激しく、突入したチームは各所で梃子摺らされていた。

「ラクス様、議長が監禁されていそうな場所は分かりますか?」
「そうですね……客人用の部屋が1階に1つ、2階に3つあります。その中のどれかではないかと」
「そんなにですか、面倒ですね。それに、敵の数も多い」

 ラクスと話していた指揮官は断続的に飛来する銃火に顔を顰めていた。敵は通路の向こう側から射撃を続けており、止む様子が無いのだ。こちらも撃ち返しているのだが当たらないようだ。

「こいつ等、やたらと粘るな」
「とにかく突破するしかない、手榴弾を投げた後に突っ込め!」

 そう言って1人が手榴弾のピンを抜き、2つ数えてから通路の向こうに投擲した。それは狙い過たずに通路の曲がり角辺りで爆発したのだが、敵は制圧できなかったようで一瞬止んだ銃撃がまた襲ってくる。だがこれ以上待っている訳にもいかず、彼らは犠牲を覚悟で突っ込んだ。時間は自分達の味方ではないのだ。
 ただ、この激戦の中で右往左往しているラクスが問題であった。何しろ銃などここに来る前に少し練習しただけで、動く目標になど撃った事は無い。というか銃の安全装置を外してないので引き金を引いても撃てない。
 ユウキから突入したチームから離れるなと言われていたのに、この混乱の中で逃げ惑った彼女はいともあっさりとはぐれていた。まあ素人が銃火を避けて何とか生きているのは大したものかもしれない。
 ラクスは周囲から聞こえてくる銃声と、敵も味方も居ないという状況に不安を隠せない彼女は、父の書斎の前で足を止めていた。自分も滅多に入った事の無いこの書斎の扉を見たラクスは、近づいてくる足音を聞いて慌ててそれを開けて中へと飛び込んだ。もし敵が来たら身を守る術など無い自分では殺されてしまうから。
 だが、飛び込んだ部屋でラクスはそこに先客が居た事を知った。室内には紫色の軍服に身を包んだスキンヘッドの男が居て、書斎の机の引き出しから写真立てを取りだしてじっと見つめていたのだ。彼は入ってきた自分の方を見ると、意外そうな顔で話しかけてきた。

「これは、本物のラクスか、生きていたのだな」
「私が分かるのですか、貴方は一体?」

 その声に違和感を感じたラクスであったが、今はそれを気にしている余裕は無い。ラクスは震えながら銃口をその男に向けたが、それを見た男は苦笑を浮かべて自分に近づいてくる。

「そ、それ以上近づかないで、撃ちますよ!」
「ラクス、銃というものは安全装置を外さなければ撃てないのだよ」
「え?」

 言われて見てみれば確かに銃のセレクターはロックに置かれている。ラクスは慌ててそれを解除して撃てる状態にしたが、男は気にした風も無く机の上においてあった毛皮のような物を弄んでいる。そしてそれをいきなり頭に被ったと思った時、背後の扉が大きな音を立てて開かれた。

「ザラ議長はおられるか!?」
「ああ、ここに居るが、君は?」

 何時の間にか室内には見慣れたあのパトリック・ザラ前議長の姿があった。入ってきた兵士達はユウキと共に貴方を助けに来たと答え、パトリックはそれに頷いて窓から外を見た。既に外の戦いは終っているようで、銃声は疎らになっている。
 そして程なくして、部下を伴ったユウキが書斎にやって着てパトリックに敬礼をした。

「議長、お久しぶりです」
「ユウキ君か、外がなにやら騒がしいので念の為仕事着に着替えておいたが、君は野戦服姿も似合うじゃないか」
「ははは、私としては何時もの黒服の方が性に合うのですが。ですが、今は世間話をしている暇はありません。議長、私についてきて頂けますか?」
「何処に連れて行こうというのかね?」
「放送局です、貴方の姿を示す事が地球軍の停戦の条件なのですよ。議長の進めていた終戦工作を我々が受け継いで形としたのです。さあお早く、外にはグルード議員もお待ちです」
「なるほど、そういう事か」

 自分が居なくても上手くやっていたらしいと分かり、パトリックは眦を緩めた。部下の成長振りが嬉しかったのだろう。既に屋敷内は制圧され、警備員の大半は射殺し一部は捕虜とした。この生き残りから裏の事情を洗い浚い聞きだす予定なのだ。
 そしてユウキたちがここを制圧するのを待っていたかのようにようやく近くの部隊が出動してきたのだが、彼らは何故か屋敷の周囲を遠巻きにするだけで突入してくる様子は無かった。彼らもユウキの息のかかった部隊であり、この突入計画を助けてくれていたのだ。
 ユウキに促されて書斎から出て行くパトリック。それを呆然とした顔で見送ったラクスは、ふと机の上に置いてある彼の見ていた写真立てを取って何が映っているのかを確かめた。そこには怪しげなマントを羽織った若い頃の父と、同じく若い頃のパトリック・ザラ、他にも父の友人達が幾人か映っていた。彼らは全員が三角錐型の怪しげなマスクを持っていて、何かのチームでも組んでいたようだ。
 それが何であるのかはラクスには分からなかった。そして幸いにもそれが何であるのか分かる女性はここには来ていなかった。もし彼女がこの写真を見ていたら、シーゲル・クラインの命運は尽きていただろう。そこに映っていたのは、先代の嫉妬団幹部達であったのだから。
 そしてラクスはその写真の中に映っているパトリックを指で軽く押し、憂鬱そうに呟いた。

「アスラン、貴方の頭は遺伝だったようです……」

 それは育毛剤やマッサージなどで対抗できるようなものではなかったのだ。彼には父親から受け継いだ遺伝子という、抗い難い絶壁のような壁が立ち塞がっていたのだ。あの段々広がっていく額は仕事によるストレスだけが原因ではなかったということだ。





 クライン邸から救出されたパトリックは屋敷を取り囲んでいる部隊に自らの姿を見せた。銃を向けて突入隊と対峙していた彼らは屋敷の中からユウキ司令やグルード議員、ラクスらを伴って現れたパトリックの姿に我が目を疑い、そして自分達に向かって手を振ってきた彼に慌てて銃を置いて敬礼をした。
 そして彼らの中から前に出てきた指揮官らしき男がパトリックの前で立ち止まると、嬉しそうな顔でわざとらしく最敬礼の姿勢をとった。

「お待ちしておりましたザラ議長。私はコードウェル隊長と言います、ユウキ司令の計画に参加していた者です」
「ではコードウェル隊長、私を近くの放送局にまで連れて行ってくれるかね?」
「勿論です閣下、装甲車でお送り致しましょう」

 地上部隊の護衛を受けながら彼らは近くの放送局にまで向かう事になった。装甲車の窓から見える道には要所要所に既に本国防衛隊の兵士が配置されており、クルーゼの手下の襲撃を警戒している。それはさながら厳戒体制下のようであり、ユウキの指示が徹底されている証でもあった。勿論これはエザリアに無断で行っている事であり、指揮系統を無視した行為である。戦後に責任を問われればユウキは投獄されるだろう。まあ計画が成功すれば問われる危険はゼロなのだが。
 そして、アプリウス1の中では遅まきながらも事態に気付いたクルーゼの部下達がパトリックの阻止に動こうと命令に従う部隊を使ってユウキの指揮に従っている部隊と衝突を起こしていた。だがこの事態の為に準備を整えていた本国防衛隊側の守りは堅く、装備は優れていた。クルーゼ側がこれを抜くにはMSでも持って来るしかなかっただろうが、彼らが即座にコロニー内に持ち込めるようなMSは残っては居ない。コロニー内でMSを保有している部隊と言えばアカデミーの訓練部隊くらいであるが、ここの教官達はユウキの協力者であり、防衛隊に手を貸している有様だ。

「それで、私は放送局で何をすれば良いのかね?」
「閣下の姿をとにかくはっきりと確認できる方法で示す事、それが地球軍が停戦に応じる条件なのです。ですから放送局を占拠して全ての周波数で閣下を放送するのですよ」
「やれやれ、放送局を占拠して世界に訴えかけるか。昔に戻ったみたいだよ」
「お気持ちは分かりますが、今は時間がありません。1分遅れれば何人かの兵士や民間人が死ぬのですから。手段を選んでいる暇は無いのです」
「だが、私は元議長だ。その私が呼びかけて地球軍が応じたとしても、ザフトや評議会が応じるとは限らないぞ。この戦争は憎しみのぶつかりあいで続いた、ザフトがその恨みを忘れられるとは思えん」

 パトリックはもう議長ではない自分の命令にザフトが従うかどうかは分からないと言う。命令系統を考えれば指揮権は現議長であるエザリアにあり、自分には無い。確かに従う部隊も出るだろうが、エザリア議長に従う部隊も当然居るだろう。いや、本来なら自分の呼びかけに答える部隊が出てはいけないのだ。それは指揮系統を無視した行為であるから。
 だが、その当然の疑問に対してユウキは自身ありげに笑って見せた。

「ご心配には及びません、議会の方はジェセック議員が引き受けてくれました。軍部の方にもアンヌマリー隊長ら一部の指揮官がサクラとして議長に従う事になっています。安心してください」
「ジェセックもか。驚いたな、それだけの組織をよく短期間に作り上げたものだ」
「ジェセック議員の力が大きかったのです議長、あの御仁にあれほどの力量があったとは思いませんでした」

 グルードがジェセックの功績の大きさをパトリックに語ったが、それを聞いたパトリックは特に驚いた様子は無かった。彼は自分の友人が目立たないが有能な男である事をよく知っていたので、彼が積極的に動いたのであれば短期間で組織を作り上げられたのも納得できるのだ。
 ユウキはジェセックの指導の下で地下活動を進めてきた経緯を簡潔にパトリックに話した。パトリックの後を引き継いでジェセックが地球連合との講和のパイプを繋ぎ直し、もう一度終戦へのロードマップを作ろうとして、自分に協力を申し入れてきた。その後はスカンジナビア王国のメッテマリット候の助力を得て大西洋連邦の要人へのコンタクトを求め、アサンドラ大統領だけではなく何とあのムルタ・アズラエルの協力を得る事が出来た。更にオーブやアルビム連合といった国々の協力もあり、人員や資金、情報といった助力を得る事が出来たのだ。それらの積み重ねがこれだけの作戦を遂行可能にしたのである。
 それらの話を聞き終えたパトリックはなるほどと頷き、そして皮肉げに口元を歪めてみた。

「私があのブルーコスモスの盟主にして最大の支援者であるアズラエルに救われたわけか、皮肉な話だな。私もプラントもとんでもない奴に大きな借りを作ってしまったらしい」
「申し訳ありません、相手を選んでいられる状況でもありませんでしたので。それに味方になってみれば随分と心強い相手でした」
「それは分かるが、あのムルタ・アズラエルが講和推進派で、私を助ける為に手を貸してくれたとはな。互いに幾度も命を狙いあった間なのだが、それが今度は味方とは、状況が変われば立ち位置も変わるものだな」
「驚いた事に、ムルタ・アズラエルは我々と接触後にブルーコスモスを抜けています。盟主はロード・ジブリールに変わり、今ではブルーコスモスの強硬派は弱体化の一途を辿っております」
「……アズラエルが抜ければ、そうなるだろうな」

 かつてはプラントの独立運動を指揮して謀略や政治テロにまで手を染め、理事国からは政治犯として指名手配されていたパトリック・ザラと、徹底した反コーディネイター思想の持ち主であり、ブルーコスモスの盟主としてコーディネイター撲滅の陣頭指揮を取ってきたムルタ・アズラエル。もはやその間には憎悪しかない筈であり、実際に幾度と無く暗殺を試みあったのだ。アズラエルの放った死神の鎌から紙一重で逃れた事も一度や二度ではない。
 そのアズラエルが理由は分からないが地球とプラントの戦争を終らせようとしていて、結果的に自分達と共同歩調をとれる人物となっている。皮肉と言えばこれほど皮肉な事はあるまい。




 アプリウス1の各地で散発的な銃撃戦が起きている中を、パトリックたちを乗せた装甲車は近くにある民放の放送局へとやって来た。その正面では職員らしき数人の男女が集まっていて、装甲車が入ってくると手招きしていた。どうやら放送局内の協力者か潜り込ませていた部下であるらしい。

 放送局にやって来たあとの彼らの動きは迅速だった。局の警備員を有無を言わさす制圧した彼らは放送中のスタジオの1つを占拠するというテロリストも顔負けの強引な方法で無理やりに外部への連絡手段を得たのである。勿論ここまで迅速に事が運んだのはユウキたちの事前の下準備があったおかげであるが。
 局の幹部やスタジオのスタッフ達は突然なだれ込んできた武装した兵士達に驚き最初は抵抗していたのだが、彼らに続いてやってきたパトリックとラクス、グルードの姿に唖然としてしまっていた。まさか死んだはずの前議長にあの歌姫ラクス・クライン、そして最高評議会のメンバーであるグルード議員までが何でこんな所に現れたのだ。
 そしてスタジオの舞台に上がったパトリックは、部下がカメラを向けたのを確認すると、背後に同行してきた要人を従えてよく響く声で語りかけた。完全な武装テロリストによる電波ジャックの手口である。

「忠勇なるザフトの諸君、そしてここまで辿り着いた地球連合軍将兵の諸君、双方の祖国への忠誠と勇気をここに称えよう。私はプラント最高評議会議長、パトリック・ザラである」

 それはプラント市民全てに大きな衝撃を持って伝わっていった。全てのプラントに、船に、今戦っている兵士達のレシーバーに飛び込んできたパトリックの声は驚きというよりも最初は疑念をもたらした。死んだはずの議長の声を用いた謀略ではないかと誰もが疑ったのだ。
 だが音声だけではなく映像も流れてきた事で、それが本物のパトリック・ザラである事が伝わりだした。声も映像も作り物かもしれないが、そこから感じられるある種の威圧感というか、凄みは本物であった。どんなに頑張っても作り物にはこれは出せない。ミーアがどれだけ頑張ってもラクスのようなカリスマを持てないのと同じようにだ。
 その彼の姿と声は一時的にだが戦場に静寂をもたらした。地球軍やザルクの兵士達さえ唖然としている有様だ。逆にこれを待っていたカガリやアズラエルたちは喝采の声を上げていたのだが。

「私が生きている事に疑問を感じている者も多いだろう。当然だ、私は死んだ事になっていたそうだからな。だが私はこうして生きている、私はラウ・ル・クルーゼに誘拐され、今日まで軟禁され続けていたのだ。だがユウキ君らの手で救出され、こうして君らの前に立っている」

 それを聞いた誰もが戦場を、クルーゼの乗るプロヴィデンスを見た。あのザフトの勇将がどうしてそんな事をしたのだ。特にそれを聞いたエザリアは評議会の円卓でこれ以上無いというくらいの動揺を見せていて、周囲の同僚達を違う意味で驚かせている。まあクルーゼは彼女の部下の1人であることは周知の事であるので、その部下がそんな事をしていたとすれば当然の反応かもしれないが。
 そして幾人かの議員はエザリアに懐疑的な目を向けてもいた。パトリックの退場からエザリアの議長就任までの流れをクルーゼが作ったとなれば、それはエザリアの指示によるものではないのかと疑いを持つのも当然だろう。

「馬鹿な、私はそんなことは聞いていない!」
「自分の部下の行動を把握していなかったと?」

 カナーバが疑わしげな声をぶつけ、他の議員達も疑惑の目を向けている。それを受けたエザリアはたじたじになって弁明の言葉を捜したが、そう都合良くは浮かんでこずに口をアウアウと動かすだけになっている。余りに突然の事態に頭が追いつかないでいるのだ。
 そしてそんなエザリアの混乱などは関係なく、パトリックは地球軍に停戦を呼びかけていた。

「私はプラント最高評議会議長として、地球連合軍に停戦を求めるものである。地球連合軍の指揮官の返答を聞かせて貰いたい。また停戦の証として、ザフトは直ちに戦闘行為を停止せよ」

 現議長はエザリアの筈であったが、パトリックはそれを完璧に無視して言い切っていた。そして悲しい事に、貫禄という面ではパトリックは間違いなく誰もが納得するような議長だったのだ。実際にプラント内部にはエザリアを議長として認めていない者も多い。
 だがこの命令を受けてザフトの多くは戸惑いを見せた。パトリックの命令には逆らい難い何かがあるが、今は交戦中であり、いきなり停戦を申し込んでも相手が受け入れるわけが無い。そんな状況でこちらが一方的に武器を収めたりすれば、虐殺されるのは目に見えているではないか。
 だが、次に流れた地球軍からの返答を聞いた彼らは耳を疑った。信じられない事に、地球軍はそれを受け入れたのだ。地球側の代表としてオーブ代表のカガリ・ユラ・アスハの名で停戦受諾の返答が送られ、ザフトが攻撃を止めたのを確認した後でこちらも攻撃を中止する事を受け入れたのである。もちろんそれにはジェネシスの停止も含まれている。
 カガリからの返答を受け取ったパトリックは改めて全軍に戦闘停止を命令し、それを受けてアンヌマリー隊などの幾つかのサクラが予定通りにザラ議長の命令に従うと宣言して攻撃を停止し、部隊を僅かに下げた。
 パトリックに従う部隊が出た事が引き金となったのだろう。迷っていた部隊が1つ、また1つと矛を収めてMSを退かせだしている。ゆっくりと戦闘が下火になっていくのを確かめたカガリは味方の部隊にも順次攻撃中止を伝達させ、地球軍側からの攻撃も減りだした。

 地球軍が停戦を受け入れた、という現実を前にしたエザリアは信じられないと何度も頭を振って目の前の現実を否定していた。何故今になって地球軍が突然矛を収めるのだ。彼らはあと一押しで全てを手に入れられるのに、プラントを滅亡させられるのにどうして急に手を引いたのだ。そしてなにより、どうしてパトリックが出てきただけであの激戦が終息に向かっていくのだ。

「ありえない、どうしてこんな事が!?」
「パトリックの救出と彼の姿を見せる事、それが停戦の条件だったからだよエザリア」
「パーネル・ジェセック?」

 突然妙な事を口にするジェセックにエザリアは訝しげな顔になったが、すぐにその顔が怒りに歪んだ。この男はパトリックが姿を現した件に絡んでいたのだと察したのだ。そしてジェセックは他の議員に聞かせるようにこの事態の詳細を語りだした。

「パトリックは地球連合との講和を考えて交渉を続けていた。そしてそれはアラスカの前には合意点に達しており、アラスカ、パナマ戦の後にはこの戦争は終わる筈だった。だが講和を目前にしてパトリックは暗殺され、全ては水の泡と消えた」
「私も講和交渉については聞かされていた。そして交渉を表に出した際には国内を押さえる為に協力して欲しいと打診されていたよ」

 ジェセックの話を裏付けるようにシーゲルも講和計画に関わっていた事を明かし、それに議員達が顔を見合わせた。自分達は何も聴かされていない事に明らかに不満を感じているのだろう。

「パトリックの暗殺を私は不審に思い、独自に調査を開始した。その結果おかしな点を確認したのだよ。そして更に調査を進め、パトリックの生存の可能性に辿りついたのだ。その情報を元に本国防衛隊のユウキ司令にも協力を打診してこの計画を進めたのだ」
「地球軍とも我々に知らせずに連絡を取っていたのか、貴様は?」
「そうだ、それだけがプラントを救う事が出来る唯一の手段だったからな。スカンジナビア王国を通じて協力してくれそうな人物と接触し、この停戦条件にまで漕ぎ着けたのだ。そして我々はこの戦いの混乱に乗じてパトリックを救出したというわけだ」
「プラントを滅亡させる危険を冒して……それでも議員か貴様は!?」

 自国を危険に晒してそんな陰謀を遂行していたジェセックにエザリアは非難の声をぶつけたが、ジェセックは涼しい顔であった。裏切り者呼ばわりされる事は覚悟の上でやっていた事なのだ、この程度で今更怯む事はない」

「お前がどう私を非難しようと勝手だが、パトリックを救出しなければプラントだけではなく、人類が滅亡するところだったのだぞ。エザリア、お前はとんでもない危険人物と手を組んでいたと理解しているのか?」
「クルーゼがパトリックを誘拐していたのは私も驚いたが、それは大袈裟だろう。奴1人で人類を滅亡させるなどと……」

 クルーゼ1人でそんな事が出来るわけが無いだろうとエザリアは苦しそうに言っているが、議会の流れはジェセックたちを向いている。誰もが口々に停戦が成立するのならばその方が良いと言い出しており、評議会はこの流れを受け入れる方に向いていた。
 ジェセック以外の議員達も賛同に回ったのを見て、エザリアは悔しそうな顔で、だが仕方がなくヤキン・ドゥーエにジェネシスを止めるように命じた。これを動かしている限り停戦は成立しないのだから。しかし、停止を命じたヤキン・ドゥーエからとんでもない回答が返ってきた。

「議長、緊急事態です。ジェネシスのコントロールが奪われました!」
「ば、馬鹿な、一体どうやって!?」
「妙な通信を送られた途端、こちらの制御が失われました。ジェネシスは発射態勢に入っています!」
「まさか、どうしてそんな事が?」

 そんな事が出来る筈が無い。ジェネシスには確かに本体にも予備管制室があってそちらから制御する事も出来るが、優先権はヤキン・ドゥーエの管制室にあるはずなのだ。それがどうして優先権を奪われるなどという事態になったのだ。
 このエザリアの疑問に対して、シーゲルが苦りきった顔でその説明をしてくれた。

「これまでの話を考えるなら、クルーゼの仕業だろうな。奴の手下がジェネシスの建造段階からトラップを仕込んでいたのだろう」
「コマンドワードを受信したら優先権を剥奪されるようにロジックボムが仕込まれていた、そういう事か。そこまでクルーゼの手下に浸透されていたとはな」

 シーゲルの出した考えにジェセックが悔しそうにそう応える。クルーゼの部下達はエザリア政権の前、パトリックの頃から工作活動を進めていたのだ。そしてジェネシスが発射態勢にあるとなると、ゆっくりしている時間はなかった。最後の最後でも自分達は後手に回ったのだ。

「エザリア、すぐに地球軍に連絡を。このままでは停戦を破る事になる!」
「どう説明するのだ、ジェネシスのコントロールを奪われたなどと言って誰が信じる!?」
「エザリア、これが破滅を避ける最後のチャンスなのだ。ジェネシスを撃っても地球は滅亡しないかもしれないが、こちらは確実に滅ぼされる事は分かるだろう!」
「議長、ここはジェセック議員の言う通りにしましょう!」
「そうです、地球軍と話が通じているのなら、事情を説明すれば納得して貰えるかもしれません!」

 議員たちの説得を受けて仕方なくエザリアはツクヨミに通信を繋いで事情を説明し、こちらではジェネシスを止められない事を伝えた。エザリアはこれを聞いた地球軍は怒って攻撃を再開するのではないかと思ったのだが、カガリはそんな選択をしなかった。

「状況は理解した、その予備管制室ってのは何処にあるか教えて貰おうか」
「なんだと?」
「こちらで管制室を破壊すればいいんだろ、そこに向かってローエングリンを使用する。ただしジェネシスを完全破壊する事になっても文句は言うなよ」

 ジェネシスを破壊すると宣言しているに等しい要求であったが、それを拒む事はもはやエザリアには出来なかった評議会の大勢はジェセックの陰謀を支持しており、味方はいない。
 そして、エザリアはカガリの要求に屈した。この状況では自分1人が逆らっても意味はない。もし断れば他の議員達が自分を拘束して話を進めるだけだろう。ザフトが自分に従うかどうかも分からない。最悪自分はクルーゼのクーデターへの関与か何かで投獄されかねない。
 自分はクルーゼに利用されて、奴の奏でる曲にあわせて踊っているだけの哀れな人形でしかなかったのだ。そのことを思い知らされたエザリアは屈辱に顔を歪めていたが、もうどうにもならなかった。既に主導権は自分にではなく、クルーゼに移っているという事が嫌というほどに理解できていたから。





 パトリックの演説を聞いたクルーゼはすぐに計画を第2案へと移した。ジェネシスの管制権をヤキン・ドゥーエからカリオペに奪い取り、時間はかかってでもこちらでジェネシスを発射する事にしたのだ。

「急がせろロナルド、幸いにしてミラーの設置は完了しているから、射線を修正すれば発射できる」
「暫くお待ちください、現在修正軌道の計算中です」
「敵がカリオペからの管制に気付くまでが勝負だ。何処まで稼げるか……」

 もし攻撃をカリオペに集中されれば流石に撃沈されてしまう。だが地球軍の動きは幸いにしてジェネシス本体に向いており、無線傍受によればジェネシス本体にある予備管制室の破壊を目指している事が判明している。ならばこのままジェネシスを守るように見せかけるのが一番都合が良い。
 そう判断したクルーゼはわざとカリオペの守りを薄くし、自らはさもそこが重要施設であるかのように振舞う為にプロヴィデンスをそちらに回す。プロヴィデンスは先ほどまで暴れまわっていたので、囮としてはこれ以上の適役はない。

「ラクス・クライン、カガリ・ユラ・アスハ、アスラン・ザラ、キラ・ヤマト、まさか最後の最後でまたしても状況をひっくり返すとはな。SEEDを持つ者の存在を私も認めざるを得ないようだ。だが、まだジョーカーはこちらの手にあるぞ」

 この段階に来て再び盤をひっくり返されるとは思わなかったが、まだジェネシスの管制権はこちらの手にある。既にミラーの交換も終わっており、あと少しで地球の半分は焼き尽くす事が可能だ。そして多量のガンマ線放射を受けた大地は放射化し、残った人類を破滅に追い込んで地上を死の世界に変えるはずだ。そうなれば水と食料の供給を断たれ、自給自足できないプラントや月面都市も自滅していくしかない。
 あと少しで世界は終わる、自分達と共に世界も滅ぶ。自分はこんなガラクタの身体で後数年しか生きられないのに、周囲の人間達は数十年を生きるのだ。そんな理不尽を自分は許せない、自分が死ぬのに他の奴らが生きているのが許せない。自分が死ぬのなら世界も道連れにしてやる。
 ザルクに参加している人間は程度の差こそあれ、人類への憎悪が参加への動機となっている。だがその中でもクルーゼのそれは異常なものであった。そして世界にとっての不幸は、そんな狂人が類稀なほどの才能に恵まれた稀代の天才であった事だろう。彼には自分の狂気からくる復讐への渇望を満足させるだけの才能が十分以上に備わっていたのだ。


 プラント攻略作戦はパトリックの救出という事態を迎えて第2段階へと、人類滅亡の危機を防ぐ為の戦いへと移っていった。滅びを望む者と生きようとする者の戦いとなったのだ。



後書き

カガリ 今回は色々と謎が分かったような分からないような。
ジム改 うむ、アーマージャケットとアーマーベストのありがたみの違いは銃撃されないと実感し難いからな。
カガリ そこじゃねえ、話の本筋の方だ!
ジム改 みんなまるっとクルーゼが悪い計画発動。
カガリ いや、確かにクルーゼも悪いんだが、下手するとこの戦争の全責任おっ被せられないか?
ジム改 少なくとも講和計画推進派の連中はその気だ。
カガリ 結局敵も味方の悪人揃いじゃねえか!
ジム改 まあ世界救おうと頑張ってる連中の大半は別に善意ではやってないからな。
カガリ 善意で動いてそうな奴というと……ラクスとかマルキオ導師?
ジム改 純粋な熱意だけでやってるという点ではクルーゼと同じなんだけどな。
カガリ 政治家は不純な悪人でないと出来ないんだな。
ジム改 俺は政治家なら真っ黒で当然と思ってるぞ。悪事を隠し通せるくらいの能力は必須だ。
カガリ 私には無理だあ!
ジム改 心配せんでもお前にそんな仕事させようとはユウナもミナも思っとらんよ。
カガリ ……それはそれで少し悔しい。
ジム改 それでは次回、ジェネシスの管制室破壊を目指して突き進む地球軍。クルーゼは高笑いをしながら彼らを迎え撃ち、時間を稼いでいく。カガリたちの懸命の努力を嘲笑うように時間は刻一刻と過ぎ去り、ジェネシスは微修正を開始する。次回「終末へのカウントダウン」で会いましょう。

 

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