第198章  裏切りと信頼


 

 プラント戦争後、プラントは事実上地球軍の占領下に置かれた。未だに行政システムが崩壊したわけではなく、ザフトもまだ形としては健在ではあったが、プラント宙域は第1、第2艦隊の艦艇によって埋め尽くされ、プラントコロニー間の交通は事実上不可能となっている。更に全ての宇宙港が地球軍の管理下に置かれ、地球軍の陸戦隊が宇宙港や重要施設に入って制圧している。その様はこの戦争にプラントが敗北した事を市民に何よりも痛烈に思い知らせていた。
 ぐうの音も出ないほどの完璧な敗北、いかにクルーゼの裏切りがあったとはいえ、彼の謀略でパトリックが除かれてしまったとはいえ、自分たちは見下していたナチュラルに完敗してこうして惨めに国土を占領されてしまったのだ。
 宇宙港のディアッカの部屋から統合作戦本部に向かう途中、アスランはオートウォークを使って移動していたのだが、そこでアスランは絶望したかのように肩を落とす市民と、不満を抑えきれずに暴れだして警察や巡回中の地球軍兵士に取り押さえられている場面に幾度となく遭遇していた。かつて占領してきた地球の都市などで見られた光景が、立場を逆にして再現していたのだ。

「これが、負けるって事か」

 戦争に負けた国は悲惨だ、それは過去のあらゆる記録が教えてくれる事実である。それまで築いてきた名誉も、栄光も、富も戦争に負ければ全てを失ってしまう。彼らは敗戦という現実を受け止められず、これからへの恐れから正気を無くしたのだろう。だが大規模な暴動に至っていないのはコーディネイターの優秀さの現われなのだろうか。

「……違うな、もう暴れる気力も無いんだ。それほどにプラントは疲弊したのか」

 アラスカ攻略戦以降のザフトは消耗に消耗を重ね、プラントの国力と兵役人口を急激に消耗させていった。それは元々余力など無かったプラントの社会そのものを疲弊させてしまい、国内には厭戦感情が広がっていた。その果てが無気力状態を呼んだのだろう。敗戦にショックを受けない筈は無いが、同時にこれで終って良かったという安堵もある。地球軍が侵攻してくればプラントは核の炎の中に滅ぼされ、住民もプラントと共に皆殺しにされるという噂が絶えなかっただけに、先の戦闘による流れ弾の被害程度ですんで良かったのだ。
 しかし、ここから再起するのは容易ではあるまい。これからどうなるのかは分からないが、戦後の自分たちの仕事はまず国内の立て直しになるだろう。プラントがどこかの国に併合されたりコーディネイターたちが他所に移されたりしなければであるが。

 


 統合作戦本部に来たアスランはそこで本部長代理となったマーカスト提督の元へと通された。先代の本部長とスタッフ達は責任者という事で地球軍によって逮捕、拘束されてしまったので生き残っている高級士官の中で最も有能で人望もある彼がエザリアに指名されたのだ。ユウキ司令は今や唯一とも言える纏まった部隊である本国防衛隊の指揮官として膨大な仕事をこなしており、今回は見送られていた。
 マーカストが抜けた事で宇宙艦隊の総指揮はハーヴィック提督がとることになる。本部長代理に就任したマーカストは自分の仕事じゃないと文句を言い、ウィリアムスが生きていればあいつに任せて、俺がクルーゼの首を取りにいくんだがとぼやいている。
 実際にマーカストに会ったアスランも彼が執務机に向かって必死に書類と戦っているのを見て似合わないなあと思ってしまっていた。マーカストといえばザフトを代表する前線の勇将であり、今の姿はそのイメージとは懸け離れてしまっている。
 そんなマーカストであったが、アスランが来たのを見ると威勢良く声をかけ、書類を乱雑にデスクの脇に押しのけてふうっと疲れた息を漏らした。

「こういうのはウィリアムスの奴の仕事だ、私にはどうも性に合わん。肩書きも気に食わんしな」
「心中お察しします」

 アスランも隊長に就任した際には全く同じ感想を抱いたので、マーカストのぼやきはまさに自分の意見であった。そしてマーカストは胸の前で腕を組むと、アスランにこれからどうなると思うかを尋ねた。

「アスラン・ザラ、君はザラ前議長の子息で、ついさっきまで地球軍に居たのだ。これから我々がどうなるのか、何か聞いていないか?」
「残念ですが、父上にはまだ会っていません。余程忙しいのか連絡も取れない有様です。地球軍のほうでも余り収穫のような物はありませんが、どうも彼らはプラントを滅亡させるつもりは無さそうでした」
「ふむ、直接統治下におくつもりは無い、という事かな?」
「少なくとも今すぐに併合、という事はしないのではないかと。あちらも国内の再建があるでしょうし、これから大変になるプラントを抱え込む余裕は無いという事ではないかと思います」
「ふむ、そうならば良いのだがな。せめて自治権だけは残したいものだ。そうでなければ、死んでいった者達が浮かばれん」

 そういってマーカストは目を閉じ、暫し過去へと思いを馳せた。この戦争で散っていった多くの同僚や部下達の顔が瞼の裏に浮かんでは消えていき、胸の中を寂寥感が過ぎっていく。

「まあ、その犠牲を無駄にしない為にもこの作戦は何としても成功させないといかん。そこでだアスラン・ザラ、君に追撃部隊のMS隊を纏めて貰いたい。同時にメテオブレイカー設置に関する全ても一任する」
「私に、MS隊を纏めろと言うのですか?」

マーカスト提督から直々にMS隊の指揮を委ねられたアスランは、驚くよりもむしろ意外そうな顔で聞き返していた。

「そうだ、クルーゼのクーデターで多くの者が去り、あるいは戦死している。歴戦の指揮官が少ない現状では君が最も適任だろう」
「いやですが、私は一度脱走した身ですよ。確かに罪は問われていませんが、部下に示しが付かないのでは?」
「そういう心配は戦争が終ってからするものだな。それに、責任を感じているならこの戦いでそれを晴らすと考えれば良い」

 アスランが何を言っても聞いてくれなさそうなマーカスト。その様子に諦めたアスランは渋々それを引き受けたが、問題は手持ちの戦力の少なさであった。艦載機の大半は主力であるゲイツRであり、期待していたジャスティスやフリーダム、ザクは数えるほどしかない。インパルスもルナマリアの使っていた機体がすぐには動かせないと言われてしまい、稼動機はフィリスの1機だけだ。毎度の事ながらルナは乗った機体をぶっ壊して帰ってくる、しかも腹立たしい事に今度は自分を除けば1機しかないジャスティスを何故か支給されていたりする。
 こうなった理由は簡単で、先の本土決戦の前、ボアズ攻防戦の段階で既にザフトは力尽きていて、稼動MSの大半がどうにか動かせる、という状態で送り込まれた物だったからだ。そんな状態で動かした機械が長持ちする筈も無く、戦いを生き抜いたMSの多くは工廠に送り返してオーバーホールしないと使えないという代物に成り下がっていたのだ。
 こんな状態で頼りになるのはある程度の信頼性が確保出来る主力機のゲイツRとシグー3型であった。ザク系は新しすぎて稼働率が低く、使える機体は僅かしか無いという惨状では仕方の無い事である。状態の良い機体は優先的にクルーゼ隊に回されてしまっていたのだ。ジン系列機やシグーなどはまだそれなりの数が残っているが、流石にこれらの旧式機ではゲイツR以降の新鋭機ばかりで編成されているザルクには役に立たないと判断されて外されている。
 事情は地球連合軍も同じで、ダガーLとウィンダムといった新鋭機ばかりが集められている。まあオーブや極東連合のように独自の機体を使っている勢力は別であったが。数は少ないがカラミティ系やレイダー系、クライシスの姿もある。初期のGシリーズやストライクダガーの姿は無かった。

 MSの多くを後続の第1、第2艦隊から引き抜くことで賄えた地球連合軍の物量はアスランたちから見れば羨ましい限りであった。ウィンダムは流石に補充できなかったようだが、それ以外は大体揃っているのでパイロットが乗り換えるだけで済む。
 そして情けない事に、地球連合軍はザフトにMSの供与を申し出てもいた。ゲイツRに対抗できるダガーLを供与してMSの不足を埋め、すぐにでも出発しようというのだろう。だが、それはザフトにとっては到底受け容れられない事であった。鹵獲機を使うのならまだしも、お情けを受けるなど真っ平だと実戦部隊は拒否を示し、評議会もそれを入れて連合側に不要と回答をする事でこれはお流れとなったが、そのツケは下っ端の整備部隊に回る事になる。彼らは必死に使えそうな機体を修理し、使えるようにする羽目になったのだから。
 何を言っても無駄だと諦めたアスランは仕方なく作戦の概要に目を向けた。

「少数のMSでクルーゼ隊長の守りを突破してユニウス7にメテオブレイカーを取り付ける、無茶も良いところですよ?」
「それは承知している。いや、この作戦では損害は度外視していると言っても良い。極論すればこちらが全滅してもユニウス7を阻止できれば良いというのが上層部の決定だ」
「最初から消耗前提の強襲ですか。まあ作戦目的を考えれば仕方が無いとも言えますが、ついこの間まで殲滅戦を演じてた相手の為に上は良くそこまで割り切りましたね?」
「それがな、どうも評議会はこの作戦で戦果を上げ、それを交渉の材料として利用する気でいるらしい」
「その為に我々に死んでこいというわけですか。まあ分からないではないですが、迷惑な話ですね」

 プラントを救う事の重要性は良く分かるが、頑張るのは自分たちなのだ。取らぬ狸の皮算用で無茶をさせないで欲しい。まあザルクも消耗しているだろうから、無茶というほど無茶な作戦にはならないかもしれないが。
 戦力次第では地球の守りの為に集まっている地球軍の居残り部隊だけで片がつくかもしれない。いや、むしろそうなってくれたら助かるとさえアスランは考えていた。そうすればこれ以上自分たちから犠牲が出ずに済む。もう仲間を失わずにすむのだから。プラントはこの戦争で結婚適齢期の男性を多く失っており、人口比率に歪みを生じている。これ以上それを悪化させたくも無かった。
 しかし、地球の居残り部隊がクルーゼを阻止するのも難しそうであった。残っているのはプラント侵攻には連れて行けないと判断されて残された2線級部隊が大半なので、数で勝っていてもザフトの最精鋭であったザルクには返り討ちにあう可能性も十分にあった。

「まあ評議会とザフト上層部の決定では仕方が無い、MS隊の指揮は引き受けますよ。ですが、戦力の絶対的な不足はどうにもなりませんよ?」
「それは分かっている。君はメテオブレイカーの設置を最優先に考えてくれれば良い。細かい事は全て君に任せるから好きにやってくれ」

 半ば投げやりにフリーハンドを与えられたアスランは仕方が無くMS隊の編成に入ったが、考える事は多くはなかった。5隻の船に詰める程度のMSでは悩む事も無く、自分をTOPにベテランを指揮官として各艦に配置するだけだ。アスラン自身はメテオブレイカーと共にミネルバに乗り込み、かつての特務隊メンバーと共にこれの設置作業の直接指揮に当たる事にしている。




 この作戦の前に、アスランは評議会にラクスとの面会を求めた。現在彼女の身柄は地球軍側からプラントに引き渡されていて、そして評議会の判断で保護という名の監禁状態におかれていたのだ。
 ラクスの持つ影響力は侮り難く、未だ潜伏中のラクス派の残党が奪還を試みる可能性もあったので、評議会としては彼女をとりあえず拘束しておき、手が出せないように厳重な監視下に置く事にしたのだ。これまでのエザリア政権のラクスの名声を利用した策略のせいで表立って彼女を処断する事は出来なくなっていたので、反逆罪で牢に放り込むというのも難しい。
 そんな彼女であったので当然ながらアスランの申請に評議会は難色を示した。カナーバやカシムといった穏健派の議員でさえラクスとアスランの接触には眉を顰めたくらいだから、強硬派に属する議員が良い顔をするわけが無い。
 アスランとラクスは元婚約者という関係であり、アスランがラクスに好意を抱いている事は言うまでも無い。そのアスランがラクスと接触すれば良からぬ事態に発展するのではないか、今度はミーアではなくラクスを連れて脱出されたりはしないかなどの不安が離れないのだ。
 だがアスランはいまやザフトの中心的な人物であり、最精鋭部隊を束ねる歴戦の指揮官だ。今度の作戦においても中心的な役割を果たす彼の申し出を無碍に断るのもどうか、という問題もある。
 結局評議会は彼の頼みを聞き入れた。周辺を固めれば脱走の恐れは無いだろうという判断もあったが、それ以上に彼らはアスランの離反を恐れたのだ。クルーゼが裏切り、更に多くの兵が脱走した今となっては評議会はザフトを信用出来なくなっている。アスランはその中では最も信頼されている方ではあるが、それでも疑われている有様だ。
 ラクスが監禁されている部屋に通されたアスランは、一見応接室のように見える部屋でソファーで憂鬱そうに項垂れているラクスの姿を見て、足を止めてしまった。ラクスとの付き合いが長いアスランであったが、その彼の記憶の中にはここまで精彩を欠き、輝きを失ったラクスの姿は無かった。
 彼女は誰かが入ってきた事には気付いたようだが、顔を上げる事も無く出て行くように頼んできた。

「申し訳ありませんが、今は誰とも会いたくないのです。お引取り下さい」
「ラ、ラクス?」
「……アスラン?」

 声を聞いたラクスは驚いたように顔を上げて自分の方を見てきて、そしてすぐに訝しげな顔になった。

「どうしたのですかアスラン、私に何か聞きたい事でも?」
「い、いや、ただ様子を見に来ただけなんだが、何かあったのか?」

 ただ出撃を前に顔を見たかったというのが本音であったが、それを照れずに口に出せるようなら今頃アスランの周囲は華やかだっただろう。だがラクスがこのような有様だとは想像もしていなかったので、今は一体何があったのかと心配する気持ちの方が出ていた。
 アスランに問われたラクスはまた力無く項垂れて、首を左右に振りだした。

「貴方が倒れた後、私は評議会の招集を受けました。そこで聞かされたのですが、私達の活動はクルーゼ隊長に利用されていたそうなのです。私達に対する支援の出所の1つも彼だったと」
「まさか、どうやってそんな事が?」
「私達はクライン派以外にファクトリー、そしてターミナルと呼ばれる組織の支援を受けていました。この2つとはマルキオ導師の仲介で協力を得られるようになったのですが、彼らはクルーゼ隊長とも繋がりがあったようなのです。停戦後の調査の中でターミナルとの繋がりが出てきたり、彼らを経由してこちらに人材が送り込まれたりしていたそうです」

 つまりラクスの活動を影から支える事で、自分の利益となるように利用していた訳だ。地球に降りてからアズラエルたちに自分の活動と存在が結果的にクルーゼを利する事になったと聞かされたときもショックであったが、まさか本当に利用されていたとは。挙句の果てに利用されるだけ利用したあとは自ら始末に来て、後腐れないように徹底的に殲滅していった。これほどふざけた話は無いだろう。

「私は、最初から最期まで道化だったようです。この世界を何とかしたかったのに、まさか世界を滅ぼす片棒を担がされていたなんて」
「そんな事があったのか。でもそれは別に君のせいではない、と思うんだが。いや、その、多分……」

 ラクスのクーデターのせいでとんでもない迷惑を蒙った側であるアスランとしてはラクスを慰めてやりたいという気持ちはあったが、それが招いた結果を考えると何も無しに許すというのも躊躇われてしまう。少なくとも彼女の行動で戦争が長引き、犠牲が増えたのは確かだからだ。
 落ち込んでいるラクスにかける言葉を捜して頭を捻り、悩むアスランは時折怪しげに両手を動かしてはまた頭を抱えるという動作を繰り返している。もしここに見てる者が居たらもどかしさの余りアスランをド突き倒していただろう。
 そう、今この室内をカメラで監視している者たちは何となく黒い感情を抱いてアスランの不甲斐無さを詰っていた。

「なんだあの甲斐性無しは、そこは何か言う事があるだろう。肩を抱くとか!」
「落ち着けよ。お前、何熱くなってんだ?」
「いや、歯痒いというか、今すぐ行ってド突き倒したくならないか?」
「それはまあ、俺も昼メロを見てるような気分だけどな」

 監視がヤキモキしながら見ている事も知らず、アスランはこの後も落ち込むラクスに対して気の効いた言葉をかけられないかとそっち方面には枯渇している知性を懸命に総動員していた。

「こ、この部屋、なんだか息苦しい所だな。何時頃出られそうなんだ?」
「どうでしょう、聞かされていませんわ。エザリア議長の気分次第では無いでしょうか?」
「そ、そうか。それなら仕方が無いな。でも大丈夫、今度の作戦から帰ってきたら出して貰えるよう俺が何とかしてみる。父上やシーゲル様の助けを借りれれば何とかなるはずだ」
「ありがとうございますアスラン、でも無理はしないで下さいね」

 これから戦いに向かう兵士に向けて無理を言うなよとアスランは苦笑したが、帰ってきたらまた会いに来るからと言い残して部屋を後にした。それを少し寂しげに見送ったらクスは、すぐにつらそうな顔で視線を壁にかけられている絵に向けた。この部屋には窓が無いので外の景色を見る事も出来ないのだ。
 アスランはああ言ってくれたが、恐らく自分は自由にはなれないだろう。アズラエルたちも言っていたが、今の自分はプラントにとっても連合にとってもただの厄介者だ。このまま自分はどこかで飼い殺しにされるか、良くても重犯罪者のように様々な制約を課され、監視付きの生活というところだ。
 アスランの好意は嬉しいが、彼と共に歩む日は自分には来ないだろう。彼はこの自分との関わりを断って別の人生を歩んで貰った方がいい。だがそうは思っても、あの自分の偽者と一緒に居ると思うと不愉快になるのであった。

 



 アスランの召集に応じて集まってきた連中はそれぞれに久しぶりの集合を喜んでいた。イザークなどは何とも複雑そうな顔でアスランの前に立ち、ブスっとしながら右手を出してきている。

「またお前の下で戦う事になるとは思わなかったな。次はお前が部下になってる筈だったんだが」
「そいつはすまなかったな。ああ、お前には昔の通りディアッカとフィリス、あとルナマリアとレイを預ける。俺たちがメテオブレイカーを取り付ける間、敵を近付けないようにしてくれ」
「なあアスラン、レイにルナマリアって、まだ来てないぜ。本当に連絡行ってるのか?」

 ミネルバにはまだ2人の姿は無い。元々ミネルバ配属の筈の2人なら居て当然なのだが、何故か2人はまだ姿を現していなかった。その事をアスランたちが不思議そうに話していたら、やがてルナマリアが疲れた顔をしながらパイロットルームに入ってきた。

「ルナマリア、レイはどうしたんだ?」
「それが、部屋に閉じ篭って出てこないんですよ」
「閉じ篭っているって、何でまた?」
「それが、レイは言うにはラウは俺にとっては他人じゃないって言うんですよ。あいつアンテラさんとも付き合いがあったし、クルーゼ隊長とも縁があったみたいですね」
「そういう事か」

 今回の敵は身内、という事をアスランたちはすっかり失念していた。プラントを裏切ったクルーゼたちは許せない、という一心で居たが、考えてみればザルクの大半は元ザフトであり、彼らに近しい者が居ても別におかしくはない。レイがクルーゼに恩義なりを持っているとすれば彼と戦う事に抵抗を見せるのも当然だろう。
 他にもそういう者が居るかもしれない。その事を考えていなかった事に気付いたアスランは、どうしたものかと考え込んでしまった。軍務なのだから私情など捨てろと言いたいところであるが、人間なのだから完全にというのは無理だ。その辺にまで考えが及ばなかったのは若さ故だろうか。

「……今から再編成する暇は無いか。仕方ない、レイには後で俺が話してみる。それで駄目なら、レイ抜きで戦うぞ」
「おいおいアスラン、後でって、これから出撃だろ。出撃しないかもしれない奴を連れてくのかよ?」
「今から選んでる暇も無いからな。まあ出れないようならレイの機体は予備機として使うさ」

 随分と投げやりなアスランの決定にイザークたちは戸惑った顔を向け合っている。戦えないというならレイを下ろして別のパイロットを連れてこれば良いだけなのに、何故そんな事をするのだ。この疑問に対してアスランは辛そうな顔をして答えた。

「今のザフトには、絶対に信用出来る人間が少ないんだ」
「信用出来る人間が、少ない?」
「ザフトの中にクルーゼ隊長に同調する動きがある。それも1人や2人じゃない、部隊規模でだ。ジェネシスを巡る戦いでもクルーゼ隊長の側に加わった奴らが出ているしな」

 今のザフトは質の低下が著しい。戦線が拡大するにつれて初期の質の高い兵士は消えていき、いまでは質の悪い不良兵士の割合が著しく増えている。まあそれだけならばまだ良いのだが、問題なのは命令に従わず、己が意思を優先させて暴走する連中である。こいつ等の中にはナチュラル憎しに凝り固まり、クルーゼに賛同する輩が相当数含まれている。だからアスランはそういう方向に走らないと思われる、自分の元部下達を中心にパイロットを選んだのだ。戦闘の最中に裏切られたりしないように。
 レイがクルーゼの関係者というのは予定外の事であったが、レイは他の奴に較べればまだ信用出来るというのがアスランの考えだったのだ。何しろ自分の知らない部隊からはクルーゼの元に走ったと思われる脱走者が多数出ていたからだ。あるいはクルーゼには合流せずとも、海賊化して地球軍を攻撃するかもしれない。情けないが地球軍への恨みが深いベテランほど信用出来ないという状態なのだ。

「レイの事はとりあえず忘れて、俺たちはメテオブレイカー設置のプランを練るぞ。地球軍とは共同作戦になるが、喧嘩しないようにな」
「隊長、俺らを新米扱いしないで下さいよ。言われなくてもそれくらい分かってますって」

 アスランの心配を笑い飛ばすジャック。それに続いてエルフィとシホも笑い出してしまい、イザークとディアッカが呆れた目で見ている。その視線にアスランはコホンと咳払いをして誤魔化した。

「そういえばザラ隊長、フィリスさんはどうしたんですか?」
「ああ、フィリスはメテオブレイカーの調整に当たってる。彼女はメテオブレイカーの設置と設定の担当だからな」
「おいおい、インパルスをそんな事に使うのかよ?」
「インパルスだからこそ、だ。無駄に高性能だけあって細かい作業にも向いている。それにフィリスは俺たちの中で一番細かい操縦に長けてるからな。イザークだったら雄叫び上げて操作パネル殴りつけて壊すだろ?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ!?」

 まるで人を壊し屋か何かのように言うアスランに、イザークは一瞬で怒り沸点に達して怒り出していた。




 MSとパイロットの手配と平行して、アスランはユニウス7のデータを求めた。何処にメテオブレイカーを設置するのが理想なのか調べる必要があったからだ。これは特に問題も無く送られてきて、アスランはさっそくメテオブレイカー設置ポイントの割り出し作業に入った。メテオブレイカーとはいっても何処に設置しても良いというものではなく、効果的なポイントで起動しなければ大きな効果は得られない。
 アスランがその作業に入った間に、イザークたちは機体の点検作業を始めていた。追撃作戦では彼らは旗艦となるミネルバに機体を積めるだけ積み込んでいるので、格納庫はMSで一杯になっている。おかげで元々狭い格納庫が更に狭くなり、整備兵たちはとんでもない苦労を強いられていた。

「ああ、畜生、ここも壊れてやがる。おいヨウラン、エネルギー伝導ケーブル持ってきてくれ!」
「ちょっと待ってろ。たく、あれだけ戦った後でこれだけのMSをすぐに使えるようにしろなんて無茶苦茶だぜ」

 整備兵たちが忙しそうに部品や工具を手にMSの間を飛び回り、メンテナンスハッチに上半身を突っ込んで機体を直している。だがこれまでの度重なる戦闘に加えてボアズ、本土と2度にわたる過酷な戦闘で酷使されてきた機体はどれもボロボロであり、部品交換程度では本来の性能を取り戻せるとは思えない状態になっている。それをとにかく使えるようにしろと言われた彼らは、とにかく必死に機体に取り付いていた。状態が良好と言えるのは補充されたフリーダムくらいだろうか。
 イザークは自分が乗る事になっているシグー3型の右腕が取り替えられる事になった事を知って慌てて機体の傍に行き、本当に直るのかと整備兵を問い詰めていた。

「お、おいおい、本当に大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫とは言えませんね。何せシグー3型の部品は品薄ですから、完全に修復するのは困難です。この取り替える腕も普通のシグー用の物ですからね」
「それで大丈夫なのか!?」
「ビーム兵器のドライブは諦めて下さい、実弾火器なら大丈夫です」
「つまりビームサーベルは降ろして重斬刀を持ってけって事か」

 直るだけまだマシではあるが、なんとも酷い話だ。最期の決戦に挑もうというのにMSは不完全な状態で挑まないといけないとは。天井を見上げて嘆息したイザークは困り果てた顔で右手で顔を押さえ、愚痴を漏らしてしまった。

「なんてこった。これじゃナチュラルの話を受け容れて新型をもらった方がマシだったか?」
「そうしてくれれば俺たちの仕事も減ったんですけどね」
「ふう。ま、上層部の意地で現場が困るのは何時もの事だな。腕の方は頼むぞ」

 なんだかやりきれない物を感じながら、イザークはこれ以上整備兵に文句を言うのを諦めた。途中からただの難癖になっていると自分でも気がついた事もあるが、それ以上にあまりの状況の酷さに絶望してしまったのだ。
 そして機体の傍を離れたイザークは、同じように自分の機体の傍で頭を抱えたり抗議の声を上げている仲間達を見回した。ディアッカはビームランチャーはもう使えないと言われて抗議の声を上げており、エルフィやジャック、オリバーにアヤセもも自分のゲイツRの状態に不満があるようだ。
 だがまあ、ゲイツRを渡された物たちはまだマシのようで、ザクウォーリアを渡されたパイロット達はみんな悲鳴を上げている。まあ十分なテストも終えずに戦力化された最新鋭機なのだから当然かもしれないが、ザクウォーリアは今のザフトには荷が勝ちすぎる機体なのだろう。
 同じ事はフリーダムにも言えて、生き残ったレイのフリーダムも完全とは言い難い状態にある。レイが出撃できないようなら自分かディアッカがこれに乗る事になるのだろうが、こんな状態で本当にあのクルーゼを止められるのだろうか不安になってくる。

「いっその事、政府には秘密で地球軍から物資を分けて貰うか?」

 上層部の意地も分からないではないが、これでは本当に全滅してしまいかねない。だがそれにはハーヴィック提督と地球軍を巻き込んだ悪巧みが必要なので、自分に話が纏められるだろうかどうか。そこまで考えたイザークは、自分にこういう仕事は向かないと開き直ってアスランを探しに出かけた。こういう苦労は昔からアスランの仕事なのだ。





 慌しく物資と人員を積み込んだ即席の艦隊は、少しでも早く地球に到達する為にプラントにあった艦船用ブースターを利用してプラント宙域から急速に離れようとしていた。ヤマト級だけは少し遅れているが、この船は元々の巡航性能が圧倒的なのでいずれ追いついてくるはずだ。
 アズラエルたち文官はプラントで艦を降り、作戦の推移を占領したヤキン・ドゥーエ要塞から見守る事にしていた。ただクローカーだけはナリハラ博士に協力を求められ、プラントの工廠に赴いている。

 加速を続けるアークエンジェルの艦内では割り当てられたメテオブレイカーの最終点検が続けられている。整備へいたちが忙しそうにあちこちのメンテ用パネルを開けて中に手を突っ込んでいる場所から少し離れた所ではフレイがファイルの束に必死に目を通していた。

「ああもう、何よこの説明書、全然分かんないったらもう!」
「何だよフレイ、もうギブアップか?」
「何よトール、人事だと思って。だったらあんたやりなさいよね、工学部でしょ!」
「悪い、そういうのは何時もサイに任せてたんだ。俺は組み立て要員」
「威張って言うんじゃないわよ」

 胸を張って答えてくれたトールに、フレイは脱力してしまった。アークエンジェルのクルーの中ではフレイが一番こういう作業向きだろうという事でフレイが選ばれたのだが、彼女はこういう分厚い専門書を読むのは余り得意ではない。でもそっち方面の筈のトールはこの有様で、キラは説明書読まずにとりあえずフィーリングで手を出すタイプなのでやはり向かず、シンやスティングは最初から排除されている。消去法でフレイしか居なかったのだ。サイやカズィといった技術畑の2人はオペレーターなのでMSの操縦は出来ないから最初から候補には入っていない。
 
「もう、キラは何処に行ったのよ。私にこんな仕事押し付けて居なくなっちゃって!」
「キラは展望室で考え中、なんか最近悩んでるみたいだぜ」
「……キラが後ろ向きなのは何時もの事だけど、今回は長いわね?」
「まあ、今はキラよりも自分だろ。頑張ってそれ頭に叩き込んでくれよな。護衛は俺がキッチリやってやるからさ」
「フラガ少佐や義父さんならともかく、トールじゃ不安ね」
「お前、そんな酷い事をあっさりと言うなよ!」

 そりゃあの2人に較べれば劣るけどさ、と前置きしながら抗議の声を上げるトール。流石にナチュラル最強の2人と比較されてはトールも見劣りするが、実は何気に地球連合軍MSパイロットの撃墜王ランキングに名前が挙がるほどに戦果を上げていたりする。フレイは中距離で戦うパイロットなのでもっぱら支援ばかりなせいか撃破数は多いが撃墜数は以外に少なく、撃墜王レースには参加出来るほどにはスコアが上げていない。
 しかしアークエンジェル内で彼に染み付いたヘッポコというイメージは未だに拭い去れず、今日もトールは不当な評価を受ける羽目になっていた。だが一番不幸なのは、トール自身が自分の実力を今1つ掴めず、実際大したことないのではないかと思っていることだろう。




 フレイたちが格納庫で頑張っていた頃、キラは1人で自室で私物を整理していた。これまでの1年以上にわたる戦いの期間の多くをこの部屋で過ごしてきた為か、今では色々と私物が増えて困っていたのだ。

「うう、どうも整理整頓って苦手なんだよね。散らかってる方が落ち着く性分だし」

 散らかる作業場の中で寝る生活が板についているキラとしては、あんまりこぎれいな部屋というのは逆に落ち着かないものらしい。それでも部屋を整理しているのは、立つ鳥跡を濁さずという事だろうか。

「キラ、これは一体何の騒ぎ?」
「あ、カズィ、丁度良い所に。悪いけど君の前にあるマットを退かしてくれないかい。次のを出すのに邪魔なんだ」
「もうすぐ最期の作戦なのに、暢気に部屋の掃除かい?」
「もうすぐ最期だからやってるのさ。カズィは戦争終ったら降りないのかい?」
「ああ、そういう事なんだ」

 この戦争が終ったらオーブに帰るんだから、今のうちに後片付けしておくと言っているのだと気付いたカズィはなるほどと頷いて自分も整理しようかなと呟きながら通路を歩いて行ってしまった。
 自分の部屋の出入り口からカズィの姿が消えたのを見たキラは、出入り口を塞いでいるマットをじっと眺めて、焦った顔でカズィを呼び戻そうと声を上げた。

「ちょ、ちょっとカズィ、このマット退けていってよ、ねえ!?」




 デブリベルト付近のユニウス7出現予想ポイント、そこには地球連合の艦隊が集結していた。それは旧式艦ばかりであったが、数は30隻近くと正規艦隊規模の部隊であり、ザルクに勝る大軍となっている。残念ながらNJCが無いために核兵器こそ装備してはいなかったが、近隣から掻き集められた多数のストライクダガーやメビウス、ファントムが配備されている。多少質で勝っていても消耗を重ねたザルクなら撃破出来るはず、そう考えられていた。

「司令、間もなくユニウス7が姿を現す筈です」
「よし、全艦砲撃用意、まずザルクを殲滅し、その後にメテオブレイカーを設置するぞ」
「ですが司令、そのザルクは何故出てこないのでしょう。ユニウス7を守りながらでは不利だと思うのですが?」

 艦隊は広い宙域を縦横に動き回ってこそその力を発揮できる。港や要塞に貼り付けていてはただの防塁も同じだ。それでは機動力を殺す事になり、自由に動きながら砲撃してくる艦には勝てないのだ。それともザルクは艦隊戦は一切考えておらず、MSだけで戦うつもりなのだろうか。
 敵の出方が読めず、司令が何を仕掛けてくるつもりなのか悩んでいる間にもユニウス7は迫り、遂に多数のデブリを弾きとなしながら巨大な岩塊が姿を現した。それを見た司令官は考えるのを止めると、全部隊に攻撃命令を発した。何がどうあれ、ここで叩いてしまえば結果は同じだ。
 司令の指示を受けて戦艦や駆逐艦が一斉に砲撃を開始する。放たれたビームやミサイルが飛散するデブリに当たっているが、それでも多くがユニウス7を捕らえ、直撃を受けた辺りが砕けていく。だが余りにも巨大なので艦砲射撃だけでは流石に破壊できそうには思えなかった。
 しかし、ザルクの攻撃が全く無いのが気にかかった。撃たれるだけで全く反撃してこない。敵はユニウス7の中にでも引き篭もっているのか。そんな風に思っていたら、いきなり味方の駆逐艦の1隻が艦首辺りに爆発の閃光を発し、艦首を木っ端微塵に破壊されてしまった。

「どうした、敵の攻撃か!?」
「ち、違います、触雷したようです。恐らくデブリに混じって機雷を撒布したものと」

 オペレーターが答えている途中でいきなり旗艦も激しい振動に見舞われた。旗艦にも機雷が当たったのだ。その振動に誰もが椅子や手近な物にしがみついて耐えていると、今度は窓の外でストライクダガーがビームに貫かれて撃破されるのが見えた。

「し、司令、今度こそ本当に敵機です。機体照合完了、プロヴィデンスとザクウォーリアです!」
「くそっ、流石に戦い慣れているか。全艦デブリに巻き込まれないよう後退しろ。数ではこちらが有利だ!」

 ザルクのペースに巻き込まれないように司令が後退を命じ、地球軍の艦隊が後退を開始するが、その動きにはまるで統一感が無く、急造艦隊の弊害がはっきりと表に出ていた。それはそのまま被害の拡大につながり、戦いはザルク側の流れで進んでいった。




後書き

ジム改 ザルクが第1次防衛線に接触、戦闘を開始しました。
カガリ ラクスは結局罪人扱いなんだな。
ジム改 まあ反逆者だからねえ。今生きてるのは政治的な事情だし。
カガリ ところで、私らとかハルバートンは間に合うのか?
ジム改 お前らは計算上で間に合うから大丈夫だが、ボアズを出たハルバートンは微妙。
カガリ しかしザクウォーリアの相手がストライクダガーじゃ厳しいだろ?
ジム改 新鋭機は全部プラントに持っていったから仕方があるまい。今でも主力はストライクダガーなんだ。
カガリ うちのM1は?
ジム改 消耗に消耗を重ねているM1系は貴重品です。
カガリ そういや本国にもほとんど残ってないんだった……。
ジム改 今のオーブは本当に小国だからねえ。それじゃ次回、地球軍は必死にユニウス7を食い止めようとするが、激戦の末に第1次防衛線を突破されてしまう。その報を受けたミナはアメノミハシラを中心とする第2防衛線でザルクを迎え撃つ決意を固めるが、その戦力は決して十分とは言えなかった。次回「迫るユニウス7」で会いましょう。

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