第22章 偽りの終わり
ザグレブ基地は湧き返っていた。戦争が始まってもう一年が過ぎているが、遂に連合がザフトに大きな勝利を得たのだ。何よりの朗報はフレイの乗ったデュエルの戦果である。ナチュラルの少女兵が乗ったデュエルがザフトのMSをこのカスタフ作戦中に4機撃墜、7機を撃破しているのだから。残念ながらレナンディー中尉のデュエルは大した戦果を上げられなかったが、それを帳消しにして余りある結果を残している。
キラではGの優秀性を証明する事にはならなかった。コーディネイターが乗ったから、という事になってしまうから。Gはナチュラルが乗ってもコーディネイターに勝てる性能を備えたMSなのだから。その意味では今日のフレイの戦果は大きな意味を持っている。
このフレイの活躍に誰よりも感動したのがマリュ−だった。ナチュラルが乗ってもコーディネイターに勝てるMSとして開発されたG兵器達。その開発に最初から関わってきたマリューにしてみれば、このフレイの活躍はまさに自分の努力が報われた瞬間だったのである。
クライスラーの直属の上司である第6軍司令官のコリンズ大将自らがザグレブ基地を訪れ、アークエンジェルの活躍を声高に称えている。
「このカスタフ作戦の成功はアークエンジェル隊の活躍による所が大きい。私は彼らの功績をここに称え、感謝したい。そして、デュエルパイロット、フレイ・アルスター准尉の活躍にも」
コリンズ大将はフレイを壇上に上げ、自らその胸に勲章を授けた。幾らMSを駆っての事とはいえ、初陣でMS4機を堕とし、7機を撃破したというのは空前絶後の戦果なのだ。勲章を与えるに十分な活躍と言える。
フレイは表向きはとても嬉しそうにしてみせていたが、内心では随分と冷めていた。自分が生きているのはキラのおかげなのだ。キラが助けてくれなければ自分はあそこで死んでいた。そのキラが、自分よりも遥かに多くの敵機を屠ったキラが認められないのに、なんで自分がという思いがあるからだ。何となく分かってはいる。大西洋連邦事務次官の娘が死んだ父の敵を討つ為に自らMSに乗って戦場に立つ、などという陳腐な宣伝でもするつもりなのだ。別にそれくらいはかまわないが、面白い訳ではない。
フレイは壇上から仲間たちの姿を探した。ここには士官しか招待されてないからサイ達の姿はないが、マリュ−やフラガ、キースといった人たちの姿はある。みんな自分の方を見て笑っているようだ。
勲章の授与が終わって解放されたフレイはマリュ−達の所に来ると疲れた苦笑を浮かべた。
「少し緊張しました」
「そうは見えなかったわね。あなた、こういう場所は慣れてるの?」
「パパに連れられて、少し」
マリュ−の問いに答えながら、フレイはワイングラスを手に取った。それを見てフラガが面白そうな顔になる。
「おや、飲めるのかい?」
「えへ、こうみえても結構強いんですよ」
「ほお、人は見掛けによらないねえ」
おどけて肩を竦めるフラガの前でフレイはワインを口にした。白い液体が瞬く間に消えていく。それを見てどうやら本当に酒に強い様だとフラガは思った。
フレイとフラガとマリュ−の隣のテーブルではキラとキース、ナタル、ノイマン、トールがいた。5人とも、いや、ナタルを除いた4人がおいしそうに料理を口に運んでいる。
「これ美味いなあ」
「ですねえ、何か分かんないですけど」
キースとトールが我先にと料理を平らげていく。その隣ではノイマンがワイングラスの山を作っている。そしてキラは顔を赤くしてテーブルに突っ伏していた。どうやらノイマンにしこたま飲まされたらしい。意識はあるようだが起きる気にはならないようだ。そしてナタルは額を押さえて頭痛に耐えていた。
「・・・・・・大尉、ケーニッヒ准尉、もう少しマナーというものをですねえ」
「俺の生まれはそんなにご立派なものじゃ無いからな〜」
「俺はテーブルマナーなんか教えてもらってませんよ」
2人して胸を張って言い切ってくれた。その一言にナタルの中の何かが切れそうになる。
楽しそうな? 5人の方を見て、フレイはマリュ−を見た。
「艦長、少し良いでしょうか?」
「何かしら、アルスター准尉?」
「前の、続きを聞いてほしいんです」
フレイの目に強さの光りがあるのを見て取ったマリュ−は小さく頷いた。隣に立つフラガに声をかける。
「少佐、ちょっと席を外しますので、後をお願いします」
「お、おいおい、どういう事だよ」
「いえ、女同士の話ですわ。少佐が気にするような事じゃありませんよ」
一見笑顔で、だがハッキリとした拒絶の意思を見せるマリュ−に、フラガは渋い顔になりながらも頷いた。それを見たマリュ−はフレイを連れて人気の無い方へと歩いて行く。十分に距離を取ったと判断した所でマリュ−は足を止めた。
「それで、話というのは?」
「・・・・・・前に、言いましたよね。私が憎まれて当然だって」
「ええ、あの時は理由を教えてくれなかったけど」
マリュ−はフレイの言いたい事が分からなかった。何故憎まれるのだろう。だが、フレイの話した内容を聞いた時には流石に驚愕を隠せなかった。
「私は、パパを殺された時、復讐を誓ったんです。コーディネイターへの復讐を」
「復讐って、それで軍に?」
「はい。でも、私には力が無かった。だから私が利用しようとしたのがキラなんです。あの子なら、コーディネイターを倒せるから。コーディネイター同士で殺し合って、最後はキラも死ねばいい。そう考えたんです」
「じゃあ、あなたがキラ君に近づいたのは?」
「キラを、闘わせる為だったんです。その為になら何を犠牲にしても良いって、自分がコーディネイターに抱かれるくらいどうってことないって、そう思ってたんです」
前と違って、フレイは泣いていない。何らかの心境の変化があったのだろう。だが、まさかこんな事を考えていたとは。でもこれなら全ての理由がハッキリする。何故彼女がキラ君に近づいたのか、どうしてサイ君から離れたのか。
「・・・・・・フレイさん、あなた、カスタフ作戦で何を見つけたの?」
マリュ−にはこれが気にかかっていた。キースは何かフレイが答えを求めていると言っていたそうだ。そして、今目の前にいるフレイは明らかに何処か違う雰囲気を持っている。
「私は、知りたかったんです。戦場を、戦いを。キラは私のパパを助けてくれなかった。私はそれでキラを、コーディネイターを憎みました。でも・・・・・・」
フレイはブカレストの街で体験したことを語った。戦火に逃げ惑う人々。目の前で死んでしまった、守りたかった子供たち。そして、民間人を平気で殺していくMSたち。その全てがフレイには初めてで、そして恐ろしいものだった。
これが戦争なのだと、その時フレイは初めて実感した。自分は何も知らなかったのだ。だから、それを知らなくてはと思ったのだ。だからデュエルに無理して乗りこんだ。そして戦場に立ち、キラと同じ恐怖を自ら体験した。
「キラを憎んだのは間違いだと、分かったんです。戦争に行ってるのに、守ってくれと言われても守り切れる訳じゃない。なのに、私は・・・・・・」
マリュ−はどうしたものかと夜空を仰ぎ見た。フレイの気持ちが分からない訳ではない。自分も恋人を殺された時、同じように復讐を考えたものだからだ。だから今も軍にいて、G兵器の開発にも携わってきた。
「あなたは、どうしたいの?」
「・・・・・・全てを話して、キラの部屋を出ていきます」
「そう、本当にいいのね?」
マリュ−の問いに、フレイは頷いた。フレイにはすでに個室が与えられているので、移る場所についての問題は無いからだ。ただ、フレイがキラと別れることの影響がどう出るかはまだ分からないが。
だが、1つだけフレイに伝えておきたい事があった。
「フレイさん、バゥアー大尉があなたの事をとても心配していたわよ。あなたが何か答えを捜しているって、バゥアー大尉は気付いてたみたい」
「そうですか、キースさんが」
自分を何時も鍛えてくれたキースは、同時に何時も自分を見守ってくれていたのだ。思えばあの人は何かといつも気を使ってくれていたように思う。あの人にも礼を言わないといけないと、フレイは思った。あの戦いを生き延びられたのは、間違い無くあの人の訓練のおかげだから。
戦勝を祝っているキラ達のもとにコリンズ大将が部下を連れてやってきた。クライスラー少将の姿もある。コリンズの姿を認めたフラガ達は慌てて敬礼した。
「君が、有名なフラガ少佐かね?」
「はい、ムウ・ラ・フラガです」
「そうか、カスタフ作戦でも大活躍してくれたそうだね」
「いえ、それほどでは」
フラガは謙遜して見せたが、内心ではなんで大将閣下が俺たちのところなんぞへと考えていた。
「・・・・・・・ところで、君達には確か、コーディネイターのパイロットがいると聞くが?」
「・・・・・・はい、おりますが、それが何か?」
「いやなに、一度会ってみたいと思ってね」
コリンズはアークエンジェルのクルー達を一瞥した。視線を向けられたメンバーがキラを見たのを見て、コリンズはこの少年だと確信した。
「君かね、ストライクのパイロットは?」
「は、はい」
「ふん、本当にこんな子供がな。コーディネイターとはつくづく恐ろしい物だ」
コリンズの物言いに嫌なものを感じたアークエンジェルクルーは一様に良い顔をしなかった。程度の差こそあるが、彼らにとってすでにキラは仲間なのだ。キラは怒りを押し殺してコリンズの話を聞いている。
「1つ聞かせてくれないかね。同胞を裏切るというのは、どういう気持ちかな?」
「なっ!」
「君はコーディネイターを殺しているのだろう。どういう気分だね?」
軽蔑するような眼差しを向けてくるコリンズに、キラは気分が重くなるのを感じた。どこまでいっても自分はこう扱われるのだ。裏切り者のコーディネイター。厄介者。便利な道具。誰もがそうとしか見てくれない。アークエンジェルのクルーだってそうだ。誰もが自分をストライクのパイロットとしか見てくれない。マリュ−も、フラガも、マードックも。そしてヘリオポリスの仲間達もそうだ。サイがストライクに乗ったのは自分にもやれる事を証明する為だったという話だ。つまり、サイも自分の力を見て、妬んだ事になる。たぶん、カズィやトール、ミリィも内心では思っているだろう。そして、多分彼女も・・・・・・・・・・いや、多分みんな以上に。
表情を曇らせたキラを見て、クライスラーがコリンズに何かを耳打ちした。コリンズは頷くとフラガに一声かけて雑踏の中へと消えていく。それを見送ったクライスラーはキラを見るとすまなそうに声をかけた。
「気に障ったかな。許して欲しい。コリンズ閣下も悪い方ではないのだが、コーディネイター嫌いでな。まあ、今の時勢でなら別に珍しいという訳でもないが」
「・・・・・・分かります」
戦争をしている相手を好きになれというほうが無理だろう。そういう意味ではコリンズが特別おかしい訳ではない。おかしいのは自分の方なのだ。
「しかし、コリンズ閣下がどうあれ、今回の君の活躍は見事だった。君の働きはアラスカに報告しておいた。君の今後の処遇に付いて一定の方向性を与えると思う」
「・・・・・・ありがとう、ございます」
喜んでいいのかどうか、キラは迷った。自分の有利になるように手を尽くしてもらったと言うのだから、礼を言うべきなのだろう。だが、キラはあえて辺り触りの無い言葉で誤魔化した。クライスラーはキラの返事に特に気分を害した様子も無く、敬礼を残して立ち去っている。
残されたキラは俯いたまま祝賀会場から立ち去っていった。トールはそれを追おうかと思ったが、何故か追えなかった。キラの背中が付いてくることを拒否しているように見えたから。
仲間達から離れたキラは苛立ちを拳に乗せて樹木に叩きつけた。悔しさで涙が零れてくる。なんで、どうして僕だけがこんな目にあわなくちゃいけないんだという悔しさだけがただ渦巻いている。
宇宙でアスランが誘ってくれた時、あのまま僕はザフトに行くべきじゃなかったのだろうか。そうすればこんな孤独感を味わう事も、差別にもあわずに済んだ。なんでナチュラルのために同胞と戦って、こんな目にあわなくちゃいけないんだ。
「スコットさん、あなたがいてくれたら・・・・・・・・」
キラは死んでしまったスコットを思いだし、また涙を流した。あの人がいてくれたら、この孤独感からは解放されたかもしれないのに。
1人で暇を持て余したフラガは、キースの所に来た。
「ようキース、飲んでるのか」
「少佐ですか。ええ、飲んでますよ」
キースはワイングラスを軽く持ち上げてフラガの挨拶をする。その前には何故か手付かずのグラスが2つあり、赤ワインが満たされて並べられていた。
「これは?」
「ハウプトマンと、スコットの分です」
「・・・・・・そうか、あいつ等のな」
キースは帰ってこなかった2人の為にグラスを置き、彼等を弔っていたのだ。特にスコットはコーディネイターだった事もあり、誰もその死を悼んではくれない。だから、せめて自分だけでもと思っての事だろう。
フラガは自分のグラスにワインを注ぐと、それを軽く掲げて一息に飲み干した。それを見たキースが小さく頭を下げる。フラガもまた、戦友の死を弔ってくれたのだ。パイロットの気持ちはパイロットにしか分からない。帰ってこなかったパイロットを誰よりも悼むのは結局同じパイロットなのだ。
戦勝祝賀会も終わり、アークエンジェルにクルーたちが帰ってきた。キラも落ち込んだ様子を隠しながら部屋に戻ってくる。だが、そこでフレイが待っていたのは何時もの事なのだが、何処か様子が違う。
「どうかしたの、フレイ?」
「・・・・・・キラ、大事な話があるの」
「大事な話?」
キラは首を捻った。大事な話とはなんだろうか。ただ、フレイの表情が気にかかってしまう。今目の前にある顔は、これまで見た事も無いほどに強く、そして脆そうに見える。
「キラ、私があなたに近づいたのは、どうしてだと思う?」
「・・・・・・フレイ、何を?」
「答えて、キラ」
フレイの問い掛けにキラは迷った。これを言ってしまえば、今の関係が完全に崩れてしまう気がする。だが、フレイの目には拒否を許さない強さがあった。
「・・・・・・同情から、なんだろ?」
「違うわ」
一言で否定されてしまった。その答えにキラは怪訝そうな表情を浮かべる。そして、次のフレイの言葉を聞いた時、キラは凍りついたように固まってしまった。
「私があなたに近づいたのは、復讐の為よ」
「復讐?」
「そう、パパを殺したコーディネイターをあなたに殺させる事、そしてキラもそのコーディネイターに殺される。化け物は化け物同士で殺しあえばいい。それが私の復讐」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「わたしは、あなたを道具にする為に近づいたのよ」
フレイの言葉に、キラは足元が崩れていくかのような衝撃を味わった。
「そんな、そんなのって・・・・・・・・・・」
「あなたが優しくて・・・・・・友達思いなのを利用して、私、あなたを無理やり戦わせたの。好きな振りして利用して・・・・・・・コーディネイターだからってっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「分かってたの、あなたが本当は戦いたく無いんだって事は。誰も殺したくない、傷つけたくないのに、みんなを守ろうとして戦場に出て、戦ってたこと。それでいつも傷付いて、1人で泣いて、何時も1人で苦しんで、みんなに心配かけないように1人で全部抱えこもうとしてたことも」
「フ、フレイ・・・・・・」
「私、そんなキラを見て、傷付いて苦しむキラを見て、喜んでたの。パパを殺された恨みが晴れる気がして・・・・・・・」
本当に自分は酷い女だ。あんなに凄くて強いキラ。でも、その内面は酷く弱くて、脆い。辛くて、悲しくて、泣き虫で、何時も独りぼっちなキラ。そしてとても優しいキラ。キラにはいろんな面がある。私はそれを知ってしまった。知っていながら利用してしまったのだ。だからこそ、彼と共にはいられない。
「ごめんなさい、謝って済むとは思わないけど、それでも・・・・・・・ごめんなさい」
フレイは頭を下げると、部屋から出ていこうとした。その肩をキラが掴む。
「待ってよフレイ、何処に行くの?」
「出て行くのよ。もう、2度とこの部屋には来ないから、安心して」
「来ないって、そんな、フレイ」
肩を掴む手から力が抜ける。その隙にフレイはキラの手から逃れた。
「さようなら、キラ」
最後にもう一度だけ振りかえって、フレイは部屋から出ていった。その後をトリィが追いかけていく。残されたキラは整理できない感情を抱えたまま呆然と立ち尽くしている。憎まれているのは知っていた。でも、まさか利用してたなんて、これまでの全ては復讐の道具にする為だったなんて。
「なんで、何でだよ、フレイ・・・・・・」
フレイが出ていった扉をじっと見つめる事しかキラにはできなかった。もうこの部屋にフレイは来ない。自分があのぬくもりに縋る事はもう出来ない。もう、帰ってきてもフレイはいないのだ。
途端に物凄い孤独感がキラを襲った。愛されていなくても、同情でも、今の自分にはフレイが必要だったのだ。それを無くした今、自分は何を支えに戦えばいいのだろう。いや、そもそも戦う理由などあるのだろうか。守りたかった人が、自分から離れて行ったというのに。
「う、うわぁああああぁああああぁああああああ!!」
言葉にならない激情が、叫びとなって溢れ出した。いつもならフレイが慰めてくれたが、今日は1人だ。これからは1人でこの苦痛に耐えなくてはならない。だが、果たして自分に耐えられるだろうか。
戦闘後のデータを確認していたキースとナタル、フラガはキラとフレイの動きに驚きを隠せなかった。デュエルと戦っているときのフレイ、スコット機が倒された後のキラ。どちらもあきらかに普通ではない動きをしている。
「これは、一体?」
ナタルが疑問符を付ける。どう考えてもこれはおかしいのだ。たった1機のストライクがイージスとブリッツを圧倒してしまったり、初陣のデュエルが実戦でこれだけの反応の速さを見せるなど。
「・・・・・・確かに2人の反応は速過ぎるな。だが、フレイのこの動きはなんだ?」
キースが幾つかの場面を再現して見せる。背後からのバスターの一撃を回避して見せたデュエル。時折敵の動きが分かっていたかのような先読み機動をするデュエル。おかしい。こんな動きは理論上じゃ有り得ないのだ。キラの動きも確かに異常だが、フレイの動きはもっとおかしい。
「こんなふざけた回避行動があってたまるか。時折だが、ほんの一瞬とはいえ相手が動くよりも早くそれに対応した動きに入ってるんだぞ。あの娘、本当にナチュラルなのか?」
「間違いない筈ですが・・・・・・」
ナタルも戸惑いを隠せない。まさか、たいした訓練も受けていない新兵が歴戦パイロットを驚愕させるような動きを見せているとは思わなかったからだ。だが、なにか理由がなければフレイが敵のデュエルを相手にあそこまで持ち応えられる筈がない。
「天才、という事なのでしょうか?」
「こいつはそんな言葉で片付けて良いレベルじゃないぞ。今はまだまだたいしたもんじゃないが、このまま経験を積んでいけばどう化けるか・・・・・・」
キースは顔を顰めてフラガを見た。今の所、フラガは何も言っていない。ただ厳しい表情でじっとモニターを見ているだけだ。
『まさかな、あの時感じたのは間違いじゃなかったって訳か。フレイが俺の同類だったとはな。確かにそれならこの動きも納得出来るが』
「少佐、どうかしましたか?」
考えていたところにキースから声をかけられたフラガは驚いてキースを見た。
「あ、ああ、なんだ、キース?」
「いえ、フレイのこの動きについてどう思うか意見を聞きたいのですが」
「あ、その事ね。まあ、気にしなくても良いんじゃないか。才能があるんならそれに越した事はないんだし」
「まあ、それはそうなんですが」
いささか毒気を抜かれた顔でキースは答える。フラガはそれ以上この問題に関わろうとはせず、次の問題に気を向けた。
「それよりも、キラの方が俺は気になるな。なんだよこの強さは」
「これですね」
瞬く間にイージスとブリッツを撃破してしまうストライク。それまでとは明らかに違う動きだ。まるで機械仕掛けのバーサーカーとでもいうか、ここまで冷静に、完璧な動きで敵を倒せるものなのだろうかと思う。こんな動きが出来るMSなど見た事がない。
「反応の速さだけじゃない。こんなに完璧に、1分の無駄もない動きが出来るもんなのか。あいつには相手の動きが全て見えていたとでもいうのかよ」
「たしかに、まるでプロが経験の浅い素人をあしらうみたいな動きですね。イージスのパイロットは何が起きたかさえ分かってないでしょう。その直後にブリッツをビームライフルで一撃。俺だって反応できるかどうか」
「・・・・・・もし、戦ったら、勝てますか、大尉、少佐?」
ナタルの問い掛けに、キースとフラガは複雑な表情を作った。
「今ならまだ、何とか勝てる気はする。反応の良さや動きの切れだけで勝てると思われたら困る」
「まあねえ。今なら対等の条件でやれば勝てる自信はあるな。能力的には向こうのが上でも、殺すのはこっちのが上手い」
2人はまだ勝てると思うと口にする。実際にはキラの戦い方はまだ素人に毛が生えた程度のものだ。戦い方に関してはキースやフラガの方が遥かに上である。だが、これで経験を重ねて実力をつければ、いずれは。
3人が解析を進めていると、部屋にマリュ−が入って来た。3人がそちらを見る。
「おや、どうしたの艦長?」
フラガが声をかけるが、マリュ−はフラガを無視してキースを見た。
「バゥアー大尉、少し、いいかしら」
「は、俺ですか?」
「ええ、ちょっと話があって」
何やら良い難そうな表情のマリュ−に内心で首を捻りながらもキースは頷いた。
「分かりました。ここでは不味いようですから、どこか別の場所で」
キースの言葉に頷いて部屋を出るマリュ−。その後に続くキースを見送ったフラガは面白そうな顔でナタルを見た。
「おやおや、これはどういうことかな、中尉?」
ナタルの方を見たフラガは、その笑顔を僅かに引き攣らせた。隣にいたナタルは明らかに怒っていたからだ。その表情に浮かんでいるのは嫉妬と焦り。
『お、おいおい。まさか中尉はキースにマジで惚れてるのか?』
すぐ隣にいてかなり怖い状態になってるナタルに冷や汗を掻きながら、フラガは小さく溜息をついた。どうやら今日はこれで終わりらしい。
自分用の部屋に移ったフレイは荷物の入ったバッグをベッドに置くと、そのままベッドに腰掛けて室内を見まわした。何故かトリィが付いてきてしまっている。何時の間にか私を主人だと誤解してしまったのだろうか。キラの部屋と同じ間取りの、殺風景な部屋だ。今までは2人だったから、広いとは感じなかった。部屋も、ベッドも。
「こんなに、広かったんだ」
感慨を含めて呟く。これからは1人で頑張らなくてはいけないのだ。もうキラはいない、サイもいない、多分トールもミリィもカズィも自分を許してはくれない。艦長だけは助けてくれそうだけど、それに頼り切る訳にもいかない。これからはMSパイロットとして頑張らなくてはいけないのだから。そして、自分の手で父の敵を討つのだ。クルーゼ隊という部隊を、自分の手で倒す。
「そうよ、私はまだ死ねない。パパの敵をとるまでは」
キラを利用した事は許されないだろう。彼がどういう要求してきても甘んじて受けるしかない。もしキラが自分を殺したいというなら、殺されても良い。でも、殺されるのは敵を討った後の事だ。それまでは死ねない。
ベッドに仰向けに横たわり、じっと天井を見上げる。胸の中を寂しさが過る。1人でベッドに横になるのが、1人用の筈なのに、ベッドの広さが辛い。
「・・・・・・あの狭いベッドにも、良い所はあったんだなあ」
肩を寄せ合って寝られるベッドも良かったと、今更ながらにフレイは思った。
その夜、キースはマリュ−の部屋を訪れていた。マリュ−に呼び出されたからなのだが、何故か酒を交えての話になっている。キースはいつもと随分違うマリュ−に引き攣った笑顔を浮かべている。
マリュ−は一気に飲み干した缶ビールをテーブルにおいて、親父臭い息を吐いた。
「プハー、この一杯の為に生きてるわ−!」
「あ、あはは、そうですか」
とてもじゃないが他の乗組員には見せられない姿だなと思いつつ、キースは自分を呼んだ理由を尋ねた。
「それで、どういう用件です。まさか酒に付き合わせる為に呼んだ訳ではないでしょう」
「まあそうですけどね。ちょっと話しておきたい事があって」
マリュ−はこれが5缶目というビールを開け、キースにフレイの話した内容を語った。それを聞いたキースは暫し瞑目し、そして一気にビールを飲み干して缶を握り潰した。
「そうですか、フレイが自分からキラのもとを離れましたか」
「ええ、それが良い事なのかどうかは分からないけど」
「そうですねえ。フレイにとっては良い事なんでしょうが、キラにはどうですかねえ」
キースは新しいビールの蓋を開けながら意味深なことを口にする。それを聞いたマリュ−がビールの缶を口から離す。
「どういう事です?」
「・・・・・・振られるってのは、結構きついですよ。キラは確かに大した奴ですが、それでもショックでしょう」
「まあ、そうでしょうね」
「艦長なんかは振る方だったでしょうから分からないかも知れませんが」
「何か仰いまして、大尉?」
「いえいえ、なんでもないですよ」
マリュ−の問い掛けを躱すと、キースはまた新しいビールに口を付けた。だんだん飲み過ぎという気がしないでもなかったが、とりあえず飲んでしまう。だが、どうしても1つだけ気になってしかたのない事がある。一体、この部屋には何本のビールが備蓄されているのだろう?
後書き