第24章  動き出した世界

 


 地上で戦闘が繰り広げられている頃、宇宙でも新たな動きが起きていた。シーゲル・クラインに代って新政権を立てたパトリク・ザラは、オペレーション・スピットブレイクの準備を着々と進めていた。
 評議会でオペレーション・スピットブレイクに向けた数々の作戦を提出するザフト。それらを吟味しながら、幾つかの作戦が承認されていく。その中の1つが近々発動される事になった。

「ふむ、月面基地を攻略し、制宙権を完全なものとするか」
「はい、きたるべきオペレーション・スピットブレイクに備え、月基地の脅威を排除しておくべきです。幸い、宇宙の戦力には余裕がありますし、問題は無いかと」
「別に攻略出来ずとも、艦隊を無力化できればそれで良し、か」

 パトリックは納得すると、その作戦書にサインし、ユウキ隊長に渡した。これでこの作戦は承認された事になる。パトリックは両手を組んでその上に顎を乗せると、少し考えてユウキに問いかけた。

「だが、ナスカ級5隻、ローラシア級24隻の戦力で月基地を攻略できるのか? 仮にも宇宙におけるナチュラルどもの拠点だぞ?」
「可能だと思います。ただし、こちらもそれなりの損害を覚悟する必要があるでしょうが」
「ゲイツは間に合わんのだぞ?」
「ジンとシグーで何とかなりましょう。MA相手なら数の差は大した脅威とはなりません」
「だが、グリマルディ戦線の二の舞になるのではないのか?」
「今は月面基地の戦力も低下していると判断しました。やれると思います」

 ユウキの自信ありげな態度に、パトリックは渋々頷く。だが、内心では舌打ちを隠せない。ザフトはこれまで連戦連勝に浮かれ、先のヨーロッパでの敗北も奇襲を許した為と考えている。ナチュラルを舐めきっているのだ。

『ナチュラルとて全くの無能揃いではない。いずれ反撃してくるだろう。ヨーロッパ戦では多くの兵を失ったが、あの大損害を直に埋められる補給能力は我々には無い。もし、あのような消耗をこれからも重ねれば、遠く無い未来、ザフトは瓦解する』

 パトリックは小さく身震いした。連合が配備しだした強力なMSは数が少なくとも大変な脅威となる事が確認されている。あれが試作品を多少の改良を加えて量産した物である事は分かっているが、もしあの性能を維持した本格的な量産型が出てくればどうなるか。
 今のザフトの優位はMSに頼り切ったものだ。別に戦略上の絶対的な優位を持っている訳でも、総合的な軍事力が連合に勝っている訳でもない。ただ、MSが連合の兵器に圧倒的なアドバンテージがあっただけに過ぎないのだ。
 MSの優位性が崩れる時、ザフトは雪崩をうって敗退するだろう。その最悪の未来を想定している者が、果たして何人いることか。

 評議会が終わり、全員が去った円卓に1人残っているパトリックは、疲れた顔でじっと正面を見据えている。そして、暫くすると扉が開き、1人の中年男性が入ってきた。

「・・・・・・来たか、シーゲル」
「パトリック、スピットブレイクを可決したそうだな」
「ああ、他の幾つかの作戦も承認された。もう全ては動き出したのだよ」

 シーゲルはパトリックの横まで来た。その顔には苦々しさが見て取れる。

「何故だパトリック、何故そうまでして戦わなくてはならない。我々はもう十分に勝ったはずだ。ここで矛を収めて何がいけないのだ?」
「・・・・・・シーゲル、まだなのだ。後一押ししてナチュラルの弱気を引き出さなくてはならん」
「その為のスピットブレイクか。だが、あと何人の犠牲が必要になると思っている?」
「MSと海中艦隊で責める事になっているが、3割の損失は覚悟している」

 3割と言いきったパトリックの顔を、シーゲルはまじまじと見やった。

「3割だと、地上の戦力余力を全て投入する作戦で、3割の損失だと!?」
「そうだ。だが、この作戦が成功すれば、そこで戦争は終わるだろう。ならば無意味な犠牲ではない!」

 パトリックの声に揺らぎは無かった。だが、シーゲルはこの時、初めてパトリックから戦争を終わらせるという言葉を聞いたことに驚いていた。

「パトリック、お前も終戦に向けて考えていたのか?」
「当たり前だ。このままナチュラルを殺し尽くすまで戦う気は無い。だが、私はお前のような理想を建て並べるつもりはない」
「私が理想主義者だと?」
「そうだ。今の時点での講和など、ザフトも国民も納得する訳が無い。ナチュラルはまだ負けたつもりでは無いようだからな」

 パトリックは自分の鞄から1枚の書類を取り出すと、それをシーゲルに見せた。それを手に取り読んだシーゲルの顔色が見る見る青褪めていく。

「こ、これは・・・・・」
「大西洋連邦から送られてきた講和の条件だ。お前はそれを読んでなお今の時点での講和を主張するのか?」

 そこに書かれていた内容はおおよそ承諾出来る内容ではなかった。主だったものだけでもかなり無茶な要求である。

1. ザフトの縮小
2. 戦争指導者の大西洋連邦への引渡しと処分
3. ポアズ宇宙基地、ヤキン・ドゥーエ要塞の譲渡
4. 大西洋連邦軍の無期限駐留の承認
5. 評議会への傍聴権

 ようするに、事実上の半植民地化である。一応の軍備は残るし、評議会の解散も要求されていないから自治権だけは残されるが、それも形だけのものだ。いずれ実効支配を進めるに違いない。
 これは対等の講和の条件ではない。勝者が敗者に突き付ける条件付の降伏だ。さしものシーゲルも受け入れられるような条件ではない。
 パトリックは肩を振るわせているシーゲルをじっと見ている。彼の回答を待っているのだろう。シーゲルの中で葛藤が暫し続いている。そしてなんとかそれに決着をつけたのか、シーゲルは大きく息を吐き出した。

「これは、正式な物なのか?」
「非公式ルートを通じて送られて来たものだ。私とて地球連合各国へのパイプは維持している」

 パトリックの答えにシーゲルは暫し瞑目する。

「仮に、これが正式なルートで送られてきたとしたら、評議会はどうする?」
「受け入れる訳が無いだろう。誰がこれで納得するものか」
「・・・・・・だろうな」

 シーゲルは苦々しい表情で頷く。これでは自分が議長でも受け入れることは出来なかっただろう。一体大西洋連邦は何を考えてこんな無茶苦茶な要求を突きつけてきたのか。
 パトリックは書類を鞄に戻すと、席から立ちあがった。

「シーゲル、お前が連合との講和を水面下で進めていることは知っている。今の所それを邪魔する気は無いが、条件はそれなりのものにして欲しいものだ」
「・・・・・・わかっている」

 パトリックの注文に頷くと、シーゲルは肩を落として部屋を出て行った。その後姿を見送ったパトリックは暫しシーゲルの出て行った扉を見ていたが、視線を外すと自分も出て行ってしまう。プラントを指導している2人の男は、同じ未来を目指しながらも、辿ろうとしている道は違う。2人が力を合わせる日は来るのだろうか。
 そして2人はまだ、自分たちの足元でもう1つの動きがあることを、ある程度は察知していたものの、まだ正確には掴んでいなかった。

 


 カスタフ作戦が終了して2週間も経過した頃、大西洋連邦から軍高官がアークエンジェルを訪れるた。その名はウィリアム・サザーランド大佐。アラスカの参謀本部で辣腕を振るう有能な人物で、連合内ではハルバートンのような良識派と対立しながらも、ハルバートンと協力してMS開発計画を推進した人物である。
 アークエンジェルではサザーランドが来ると聞いて慌てふためいていた。マリュ−とナタルが血相を変えて艦内の掃除をさせ、目立つ所においてある私物を急いで片付けさせる。何しろ相手はあの堅物で有名なサザーランド大佐だ。何を言われるか分かったものではない。そして、何よりも大きな問題がある。そう、キラのことだ。
 マリュ−はフラガとナタルを集めてキラをどうするかを話し合った。

「キラ君ですが、やはり隠しておいた方が良いんじゃないでしょうか?」
「そうだな、サザーランド大佐はブルーコスモスだって言うし、キラを合わせるのは不味いよなあ」
「ですが、サザーランド大佐が面会を望まれたら、どうします?」

 ナタルの問い掛けに2人は深刻な顔を向け合わせる。そう言われたら合わせない訳にはいかないが、ブルーコスモスがコーディネイターを見ればどうなるかは火を見るより明らかだ。下手をすれば訳の分からない冤罪を着せられて処刑場送りにされるかもしれない。
 さんざん悩んだ挙句、3人は結局キラを表に出すことにした。下手に小細工をして薮蛇になるより、目の前に出しておいた方がいざという時庇いやすいと考えたのだ。

 この深刻な事体に、キースは一人我関せずとばかりに甲板上にでて横になっていた。その表情には戸惑いが浮かんでいる。まるで会いたくない、苦手な誰かと会わねばならないかのような苦り切った表情だ。

「ウィリアム・サザーランド大佐かあ。まいったよなあ、会うのはあの時以来か」

 どうやら知人らしい上官の名を呟き、キースはわしわしと頭を掻く。一体、キースとサザーランド大佐の間に何があったのだろうか。


 そして、遂にサザーランド大佐がやってきた。部下を2人伴っただけの来艦だ。マリュ−を始めとする士官がサザーランドの前に立ち、兵士達は後ろに整列している。一見するととても整然としているが、実はナタルが大急ぎで教えこんだ付け焼刃の隊列だったりする。

「ようこそ、アークエンジェルへ。艦長のマリュー・ラミアス少佐でありますっ!」
「うむ、大西洋連邦参謀本部のウィリアム・サザーランドだ。君の事はハルバートン少将より聞かされている」

 サザーランドはニコリともせずにマリュ−に応じた。その風格や周囲に与える威圧感はこれまでに会ったいかなる上官をも凌駕している。あのハルバートンでさえもこれほどまでの覇気は感じさせないのではないだろうか。
 サザーランドはそのまま視線をフラガ、ナタルと移し、次いでフレイの前で視線を止めた。

「・・・・・・君が、フレイ・アルスター准尉かね?」
「はっ」
「そうか、お父上の事は聞いている。惜しい人物を亡くしたものだ。君の活躍は耳にしている、これからも頑張ってくれたまえ」
「はいっ!」

 背筋を正し、ビシッと敬礼するフレイ。ナタルの付け焼刃にしてはなかなかしっかりしたものである。
 サザーランドは、そのサーベルを思わせる長身痩躯の身体を艦内へと向けたが、ふとキラの前でその足を止めた。灰色の鷹を思わせる鋭い目がキラを見据える。その視線に射抜かれたキラは例えようの無い息苦しさと、恐怖を感じていた。

「君が、キラ・ヤマト少尉かね?」
「は、はい・・・・・・」

 キラは目の前に立つサザーランドがとてつもなく大きく見えた。ナチュラルの、それも40代半ばと思われる年齢を考えれば、自分にかかれば容易く捻り倒せるような相手の筈なのに、キラにはこの男に勝てる自身が全く無かった。
 サザーランドはキラに感情を感じさせない視線を向けている。まるで観察しているような視線だ。

「・・・・・・ふむ、君は確か、第1世代コーディネイターだという事だったな」
「そうですが、それがなにか?」
「簡単な事だ。君は、これからも我々連合のために戦ってくれるのか、という事だよ。第1世代という事は、両親はナチュラルという事だ。君はナチュラルの、両親の為に同じコーディネイターと戦っていけるのかね?」

 サザーランドの言葉に、キラは凍りついた。まさに自分が直面している最大の問題に、こうも簡単に踏みこんでくるとは思わなかったから。周りのクルー達でさえ驚愕を隠し切れないでいる。それはだれもが薄々感じていながら、口に出来なかったことだからだ。
 その問題に僅かとはいえ踏み込んだ所にいたフレイは辛そうに俯いている。キラをこの艦に縛り付けていたのは自分だったから。
 じっとキラの答えを待つサザーランド。その目に映るのは有能だが、信用の置けない兵士である。軍の高官である彼にとって、前線の将兵などただの駒でしかない。駒に感情など必要はないのだ。
 何も言わずとも場を圧する威圧感を持つサザーランドに、ナタルやフラガでさえ声をかけられないでいる。ましてマリュ−では竦んでしまってどうしようもない。この息苦しさは永遠に続くかと思われたが、そのサザーランドに声をかける男がいた。

「ヤマト少尉は信用出来る男ですよ、サザーランド大佐」

 だれもが驚愕してキースを見た。サザーランドの御付きの2人も驚いている。連合広しと言えども、サザーランドに自分から声をかける者は滅多にいないからだ。そして更に周囲を驚かせる事体が発生した。なんと、あの厳格で生真面目、歩く軍規とまで呼ばれるサザーランド大佐が小さく笑ったのだ。

「ふふふ、相変わらずだな、キーエンス・バゥアー。今は大尉だったかな?」
「はい、その節はお世話になりました」

 何やら顔見知りらしい2人の態度に、マリュ−とナタルは顔を見合わせ、フラガは混乱し切っている。軍部におけるブルーコスモスの有力者であるサザーランドと、キラの良き先輩の位置に自らを置いているキースでは余りにも違いすぎるのに。

「まさか、君がここまで成長するとは思っていなかったよ」
「まあ、私にも色々とありますから」
「しかし、君が抜けてもう2年か。戻ってくる気は無いのか?」
「ありませんよ。私は昔が好きだったんです。今の際限無い過激路線には付いていけません。それに、あいつが私は大嫌いですから」

 サザーランドの言葉に苦笑しながら返すキース。その会話は間違い無く2人が顔見知りであると教えている。サザーランドはキースに艦内の案内を頼むと、そのまま艦内へと入っていってしまう。それを見送ったアークエンジェルクルーたちは驚愕と困惑を混ぜ合わせた、なんとも言えない澱みを抱え込んでしまう事になる。一体、キースは何者なのだろうか。
 この件に疑問を感じたナタルは、密かにキースのことを調べることを決めた。もしかしたら、キースは・・・・・・・・・・・・


 アークエンジェル艦内を案内するキース。それに付いて歩くサザーランドは、昔を懐かしむように語り掛けた。

「バゥアーが死んで、もうすぐ一年になるのか」
「ええ、そして、私が軍に入ってからもう一年になります」
「・・・・・・・キーエンス、戻って来い。今のブルーコスモスには君が必要だ」

 サザーランドの誘いに、キースは首を横に振った。

「言った筈です。今のブルーコスモスは、私が賛同し、参加していたブルーコスモスではないと。昔にも過激派はいましたが、極一部でした。それが今はどうです。まるで狂信者の集団じゃないですか?」

 キースの声は限りなく苦々しい。サザーランドもそれには同感なのか、小さく頷いている。

「だからこそ、君に戻って欲しいのだ。このままではブルーコスモスは際限ない過激路線に飲みこまれてしまうだろう」
「アズラエルを盟主の座から降ろせばすむ事でしょうに」
「それはできん。アズラエル様は今の連合に必要な方だ。あの方がいなければ、MS開発計画をここまで進める事は出来なかった」
「・・・・・・Xシリーズは、奴の狂気と妄執が生み出した産物、という事ですか」

 考えてみれば当然の結論だった。未知の新兵器を開発するのには膨大な予算が必要となる。今の苦しい大西洋連邦の台所のどこからそんな金が出てきたのか。アズラエルがその資金を捻出していたとすれば全ての裏が繋がってしまう。あいつは悪い意味で無能ではない。これまでの通常兵器ではザフトに勝てない事を知っているし、コーディネイターを殺したい一心でなら多少の出費は気にしないだろう。
 だが、キースはアズラエルが大嫌いだった。あの極端なコーディネイター排斥思想には付いて行けない。元々キースは穏健派に属し、第1世代コーディネイターが生まれないように社会に訴え掛け、現在のコーディネイターはナチュラルに交わり、緩やかにナチュラルへと回帰するべしと唱え続けてきた。この地道な活動はナチュラルには受け入れられやすく、コーディネイターにも賛同者が少しづつ増えていたのだが、アズラエルを始めとする強硬派のテロがブルーコスモスを過激な集団と印象付けてしまっている。
 この過激路線が主流派となってきてしまったため、キースは嫌気が差してブルーコスモスから抜けてしまったのだ。穏健派の若手リーダーの1人だったキースは人望に厚かった為、彼の脱退はそのまま穏健派に大きな打撃となった。
 ブルーコスモス内では中立的な立場にいたサザ−ランドにしてみれば、アズラエルの存在はありがたいが、軍や政府内にブルーコスモス細胞が余り浸透するのは好ましくないと考えている。
 サザーランドの考えでは、アズラエルは金を出してくれれば良いのだ。口まで出す必要はない。戦争は自分たち軍人がやるというのがサザーランドの考えだ。ハッキリ言って、軍事のド素人でしかないアズラエルにでしゃばられて、戦略を引っ掻き回されては堪らないのだ。自分とハルバートンが進めてきたMS開発計画とその運用艦量産計画は順調に進んでいるが、アズラエルは独自の戦力の整備を進めているらしい。遠からずアズラエルがでしゃばって来る事は確実だろう。そうなれば軍の指揮系統に混乱を招く恐れが高いのだ。

「もし、アズラエル様が前線に出てくれば、色々困るのだよ、キーエンス」
「それを何とかするのがあなたの仕事でしょう、サザーランド大佐」
「私の言う事など聞く方ではない。あの方に意見出来る数少ない男であるお前が必要なのだ」
「・・・・・・そこまで増長しましたか、あいつは」

 キースの声は限りなく苦々しい。アズラエルの高慢な性格を知っているだけに、その様子が想像出きるのだろう。
 だが、次にサザーランドが出した言葉には、キースといえども驚愕を隠せなかった。

「アズラエル様は3人の強化人間を完成させ、実戦テストの場を求めている」
「強化人間、まさか、そんなっ!?」
「今は月基地に上げている。ハルバートンなら上手く操ってくれるだろう」

 サザーランドの言葉に、キースは言い知れぬ怒りを感じていた。押さえていた何かが切れ、頭の中でスイッチが切り替わる。無造作に壁に叩きつけた右拳が、壁に小さな凹みを作った。

「・・・・・・・あいつは、あいつは何を考えている。強化人間というのが、どれほど悲劇的な存在なのか、知らないとは言わせないぞ」
「アズラエル様の作り出した強化人間は、あの頃の試作品とは違う。更に進んだ改良型だそうだ。まあ、危険性が減った分、能力は劣るそうだがな。薬物強化と脳内インプラントで無理やり能力を引き上げているそうだ」
「なるほど、フィフスの改良型という訳ですか。確実といえば確実ですね。でも、あれは使い捨て前提の計画でしたよ?」
「その通り、彼らに明日はない。彼らには記憶も、なにも残されてはいないのだ」

 サザーランドの答えに、キースはギリッ音を立てて歯を噛み締め、怒りを露にしていた。握り締めた拳が小刻みに震えている。

「そうまでして、そんな事までして勝ちたいのか、あいつは・・・・・・・」
「戦争は勝たなくてはならない。それはお前にも分かっているだろう?」
「分かってますよ。その為に形振り構っていられないという事も。ですが、私が受け入れられると思いますか?」

 キースの血走った目に、サザーランドは何も言えなかった。ただ、喋りすぎたかと僅かな後悔を抱いている。
 そして、暫くお互い無言のまま歩き続け、サザーランドが今度は違う話題を出した。

「そういえば、君はあの少年、キラ・ヤマトをコーディネイターだと知っている筈だな?」
「勿論ですよ」
「・・・・・・・ブルーコスモスだった君が、何故コーディネイターを受け入れているのか、私には疑問だよ」
「別に私はコーディネイターの排斥を唱えていた訳ではありませんから。ただ、これ以上コーディネイターが増えるのを防ごうとしていただけですよ。それに、キラは私にとって希望でもありますから」
「希望?」

 キースの言葉に疑問を感じたサザーランドが問い掛けた。キースは悪戯を楽しむような目でそれに答える。

「私の主張していたコーディネイターのナチュラルへの回帰。それが初めて実現するかもしれないんですから」
「・・・・・・なるほど、君が目を掛ける訳だな。だが、彼は確か」
「ええ、そうですよ。でも、あいつは何も知らないようです」
「知らない、か。しかしまさか生きていたとはな。私も最初は気付かなかった」
「アズラエルには黙っていてください。もし奴が知れば、何をするか分かりません。その時には私も全力で相手をする事になります」
「・・・・・・心配するな。私も、余計な波風は立てたくない」

 一瞬だけ殺気を滲ませたキースに、サザーランドは神妙な顔付きで答えた。

 

 サザーランドが帰って行った後、アークエンジェル内にはこの上ない開放感が漂った。あのナタルでさえ安心し切った顔になり、フラガに至ってはだらしくなく艦橋の手摺に体を預けている。

「やれやれ、お偉いさんってのは疲れるねえ」
「全くですね」

 フラガのぼやきにマリュ−が苦笑しながら応じた。ナタルは背筋を伸ばしながら窓から外を見た。

「しかし、サザーランド大佐は、キース大尉とどのような関係なのでしょう? 実戦部隊の一介の大尉と参謀本部の大佐、格が違いすぎます。なのに、大佐の大尉に対する態度は、まるで友人に接するような態度でした」

 ナタルの疑問に、フラガとマリュ−が表情を曇らせた。キースを信頼しない者はこの艦にはいない。どのような人物にも分け隔てなく接し、キラやフレイを引っ張っているキースは、誰もが一目置く人物なのだ。マリュ−やナタルから見ればキースは豊富な経験を有し、確かな戦術眼を持つ頼れる同僚であり、フラガからすれば共に戦場を生き抜き、今なお生き残っている数少ない戦友だ。そのキースがまさか、ブルーコスモスだなどとは思いたくない。
 苦悩する3人に、操舵席に座っていたノイマンが自分の考えを口にした。

「ですが、もしキース大尉がブルーコスモスなら、なんでヤマトにあそこまで気安く接してたんでしょうねえ。確か、ブルーコスモスってのはコーディネイターと見たら容赦しない連中でしょう?」

 そう、それが最大の問題なのだ。キースがブルーコスモスだと言うなら、キラへのあの態度は腑に落ちない。それこそフレイのようにキラを憎み、さまざまな手段で迫害を加えて然るべきなのだ。なのに、キースにはそういった兆候がまったくみられなかった。キラに対しては常に良き先輩であろうとし、さんざまな助言でキラを助けている。
 仮にキースが自分からブルーコスモスだと告白したとしても、自分たちにそれを受け入れられる自信はない。キースは、自分たちのブルーコスモスのイメージと、余りにもかけ離れていた。


 この士官たちの会話を聞いていたカズィは、この話を仲間たちに伝えていた。この事を聞かされたサイやミリアリア、トールは一様に驚き、胡散臭げな目でカズィを見た。

「お前なあ、幾らなんでもキースさんがブルーコスモスだなんて言われても、信じる訳無いだろう?」
「でも聞いたんだって。艦長やフラガ少佐、バジルール中尉にノイマン少尉までキースさんをブルーコスモスじゃないかって」
「でもな、フレイじゃあるまいし、なんでキースさんが」

 ミリアリアはどうしたものかと傍らのトールを見る。トールも戸惑いを浮かべていた。まさかと思うのだが、ナタルまでが言っていたとなると冗談とも思えない。だが、あのキースがまさか、という思いもあるのだ。

「この事をキラが聞いたら、ショックだろうな」

 サイの漏らした一言に、トールとミリアリアがギクリとした。ただでさえフレイと別れたばかりのキラは酷く傷付き、自分たちも声を掛け難い状態なのだ。キラはキースを信頼しているようなので、もしキースがブルーコスモスでは、などという話を聞けば、裏切られたと思うかもしれない。
 この事に思い至った4人はそれぞれに違う思いを抱いた。


サイは今にも壊れそうなキラを心配し、キラと離れたフレイに反感を持った。

ミリアリアはキラを捨てたフレイを軽蔑し、傷付けられたキラに同情した。

カズィは新たなる騒動を予感し、関わりにならないよう願った。

トールはキラとフレイ、それぞれの心情と事実を知るだけに、何もできない自分の無力さが悔しかった。


「とにかく、この事は誰にも言うなよ。まだ噂なんだから」

 サイの釘を刺すような言葉に、3人は小さく頷いた。こんな噂が広まっても、良いことなどありはしないのだ。


 幸いにして、この噂は4人組と士官4人から先には流れる事はなく、キラの耳に届く事は無かった。だが、この日を境にキースに対する子供たちの態度に差が出るのは避けられなかった。カズィは明らかにキースを避けるようになり、サイとミリアリアの態度は距離を置いたものとなった。唯一トールだけはこれまでと同じく、いや、これまで以上にキースを頼るようになった。トールだけはキースを信じたのだ。例えブルーコスモスであったとしても、キースは信用出来る男だと。何故なら、キースはブカレストの街で自分を助けてくれたし、自分とフレイの教官であり、信頼出来る人だとずっと前に分かっていたから、トールはキースを信じる事が出来た。
 この周囲の変化にキースは気付いていたが、今更自分の態度を変えることは無かった。キースの知る限り、この艦に乗っている士官は馬鹿でも無能でもない。自分とサザーランドが知り合いだというのを感じ取れば、それとなく自分の素性を察する奴が出てくるだろう。
 このヘリオポリス組の変化に、キラとフレイは気付いていなかった。キラはヘリオポリス組から距離を取っていたし、フレイは元々空気を読むのが苦手だ。加えて2人と接する機会のあるトールにはこれといった変化が無かった為、気付きようが無かったのだ。

 こうして、アークエンジェル内にまた新たな波紋が広がっていった。この波紋がどのような変化をもたらすのか、それは誰にも分からない。

 

 


後書き
ジム改 ついにキースの秘密の一端が明かされました
カガリ て、キースが元ブルコスって、いいのかそれで!?
ジム改 いいのだ。キースだってただの人が良い兄さんではないのだから
カガリ でも、ブルコスは悪党の集団だろうが!
ジム改 そんなの分かるまい。ブルコスの方が正しいかも知れんぞ
カガリ 何でだよ。本編見れば誰だってあいつらが悪だって言うぞ
ジム改 それは主人公から見た場合の話だ。それぞれの立場に立ってみれば、それぞれに正義があるもんだ
カガリ じゃあ、ひょっとして私たちが悪役になる場合もありえるのか?
ジム改 当たり前だ。自分だけが正しいなんて思うなよ
カガリ 詐欺だ、大嘘つきだ、主役が正義じゃないなんておかしいぞ!?
ジム改 だって、俺は戦争に正義があるなんて欠片も思ってない男だし
カガリ じゃあ、悪ばっかりなのか?
ジム改 うーん、悪はあるかもね
カガリ 私も悪党チックに振舞えば出番増えるのかなあ
ジム改 増えるかもね。もっとも、それでも君が悪とは限らないけど
カガリ なんで?
ジム改 お前の方が正しいけど、キラから見れば悪に見えるという状況も有り得るだろ
カガリ なんか、難しいな
ジム改 だから、俺は「正義」とかって言葉は作中では出さないんだよ
カガリ たまに言う奴が居るぞ?
ジム改 だから、そういう事言ってる奴は大抵碌な奴じゃないの。自分の理想が他人の理想と同じだと思っちゃいけない

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