第28章  2人の出会い

 

 プラント評議会議長、パトリック・ザラの毎日はとにかく忙しい。何しろ国防委員長を兼任しているので、休む暇も無いほどなのだ。周りの部下たちが心配してしまうほどの仕事振りは周囲に感銘を与えずにはおかず、彼を尊敬する者はかなり多い。だが、この常にしかめっ面で自分にも他人にも厳しさを要求する議長にとってほっと一息入れる瞬間もあった。

 何時ものように山のような書類を処理していたパトリックの下に、ザフトの参謀本部の一員であるユウキ隊長がやってきた。

「閣下、精が出ますね」
「ユウキ君か。休んでなどおれんよ。地上は大変な時なのだからな」
「ヨーロッパでの敗北は各地の戦線に影響を及ぼしています。スピットブレイクの発動は最低でも2ヶ月の遅れがでます」
「仕方あるまい。元々無理に無理を押した作戦だったのだ。むしろじっくり準備を進めて万全の状態で臨んだ方が確実かもしれん」
「ですが、連合のMS開発の進み具合も気になります。情報部の報告では、既に量産型の開発も進んでいるという事です」
「ナチュラルとて無能揃いではない。彼らも必死なのだよ」

 パトリックはナチュラルを見下してはいたが、全くの無能揃いとは考えていない。第2世代はナチュラルを一方的に見下す傾向があるが、ナチュラルといえども決して侮る事は出来ないという事をパトリックはヘリオポリスで学んでいた。ジンがまるで歯が立たないほどの機体を自力で開発して見せたのだ。必死になっている人間を侮るべきではない。

「ゲイツの開発が間に合っていればな」
「クローカー博士の出奔が悔やまれます。彼女がいてくれたら、ゲイツを既に実戦配備できていたかもしれません」
「クローカー・リンクス博士、か。ジン開発に関わった技術者」
「彼女は、我々の大儀を理解してはくれませんでした」

 パトリックは目を閉じ、去っていった有意の人材を思い出した。プラントの防衛の為に力を貸してくれた彼女だったが、開戦後暫くして突然プラントを去ってしまった。彼女は最後まで戦争に反対していたから、地球に攻め込んだ事が我慢ならなかったのだろう。

「まあ、過ぎ去った過去を悔やんでも仕方あるまい。今日はどういう用件で来たのだ?」
「ああ、そうでした。今日は閣下にこれをお持ちしました」

 そう言ってユウキは一枚の封筒をパトリックのデスクに置いた。

「これは?」
「アスラン・ザラから閣下宛の手紙です。手違いでご自宅の方に届かなかったようでして」
「そうか、すまなかったな」

 パトリックは表情を緩めてナイフを取り出し、封筒を封を切って手紙を取り出した。パトリックが人間らしい表情をするのは、息子であるアスランからの便りが届いた時なのである。手紙が届くという事は息子が無事であるということであり、息子の繋がりを示す絆でもある。
 手紙に穏やかな表情で視線を走らせるパトリックを見て、ユウキはそっと執務室を後にした。

 

 


 ジブラルタルに降りて来たラクスは、そこの守備隊の将兵の為にコンサートを開いていた。遠く離れた異郷の地で戦い続ける将兵にとって、彼女の姿を見られるのはそれだけで救いとなるのだ。
 そんなラクスと個人的に会う事が出来るアスランは贅沢なのかもしれない。今もアスランはラクス用に用意された個室でラクスと向かい合っている。
 その夜、ラクスは尋ねてくれたアスランに驚くとともに、満面の笑顔を浮かべて迎えてくれた。

「アスラン、昨日に出発したと伺っていましたが」
「いえ、トラブルがありまして、出発が遅れました」
「まあ、そうでしたの」

 ラクスは嬉しそうにアスランを招き入れると、さっそく紅茶を振舞った。ラクスの紅茶の腕だけは確かなことを知っているアスランは礼を言ってそれを受け取る。

「そうでした、これをラクスにと」

 アスランはフィリスから預かった手紙を差し出す。それを受け取ったラクスは差出人を見て驚いた。

「まあ、フィリスからですわ。何故アスランがフィリスの手紙を?」
「彼女は私の指揮下の隊のパイロットですから。あなたに会うのならと手紙を託されました」
「そうでしたか。ありがとう、アスラン」

 手紙を開いたらラクスは僅かに表情を変えた。その表情にアスランは「ああ、まただ」と呟く。また彼女は僕の知らない表情を見せる。彼女は何を考えているのだろうか。あの手紙には何が書いてあるのだろうか。

「ラクス、手紙には何が書いてあるのですか?」
「え、あ、それはですねえ」

 なにやら言い難そうに言葉を濁すラクス。アスランの僅かに目を細めた。その視線にさらされたラクスは困った顔で仕方なさそうに口を開いた。

「え、ええと、実は、アスランが浮気して無いかとフィリスに見張りを頼んでいまして」
「はぁ?」

 アスランは脱力して肩を落とした。

「なんなんですか、それは?」
「い、いえ、別にアスランを信用していなかった訳じゃありませんのよ。ただ、少し不安を感じただけですから」
「それを世間一般では信用していないと言うんですが」

 頬を引き攣らせて文句を言ってくるアスランに、ラクスはすまなそうに頭を下げた。

「すいません、アスラン」
「・・・・・・まあ、良いです。で、どう書いてあったんですか?」
「ええ、安心しましたわ。あなたには浮気出来るような甲斐性は欠片も無いと断言してありますもの」

 笑顔で酷いことを言ってくれるラクス。アスランは飲みかけていた紅茶を吹きそうになって咽かえってしまった。咽かえりながらも涙目でラクスを見やる。

「か、甲斐性無しって・・・・・・」
「どうかなさいまして、アスラン?」

 ニッコリと笑いながら首を傾げるラクスに、アスランはそれ以上の反論を封じられてしまった。何気にその笑顔が言っているのだ。あなたに甲斐性なんてものがありましたっけ? と。反論できない事にアスランはガックリと肩を落してしまう。毎度の事ながらアスランは口ではラクスに勝てなかった。

「それでラクス、今後のはどのような予定で動くんです?」
「ジブラルタルに2日留まった後、アフリカ共同体、大洋州連合を訪問し、最後にオーブを表敬訪問します。そこからオーブのマスドライバーで宇宙に出て、迎えの船に合流する事になってますわ」
「オーブにもですか。あそこは中立の筈ですが」
「きちんと内諾は得てますわ。父から頼まれた親書を届ける役目もありますし」

 ラクスはどうやらただの戦地慰問だけの為に来た訳ではないと知り、アスランは少し驚いた。そして、シーゲルの託したという親書の内容に興味を持った。

「ラクス、シーゲル様の親書とは、どういう内容なのですか?」
「さあ、私は存じませんわ」

 笑顔で答えるラクス。その表情には一点の曇りも無いが、アスランにはその笑顔がどうにも疑わしく思えた。時折見せる怜悧なラクス。あの表情はどういう時の彼女なのだろうか。

 夜もふけてきたので部屋に戻ると言って席を立ったアスランにラクスは持ってきた包みを差し出した。自作のクッキーなのだ。それを受け取ったアスランの顔が微妙に引き攣っていたのは目の錯覚だろう。
 部屋を出るとき、アスランは意を決してラクスを正面から見た。そう、キラと戦う時の以上の勇気を総動員したのだ。

「ラ、ラクス」
「はい?」

 ラクスは妙に緊張しまくっているアスランを不思議そうに見ていたが、いきなり目の前のアスランが決意の表情で自分を抱き寄せた事に驚いてしまった。そのままアスランの顔が近づいて来て、自分の唇を奪ってしまう。ラクスは目を見開いてアスランの意外な行動に驚いていたが、すぐに目を閉じると自分もアスランの背中に腕を回した。
 暫くしてから、ようやく2人は見を離した。ラクスは暫し夢見ごこちでぼんやりしていたが、我に帰ると少し顔を赤くしてアスランを見る。アスランの方は、こちらは意外と冷静なようだった。

「・・・・・・今日は、何時になく積極的ですのね?」
「甲斐性無しだなんて言われてしまいましたから」

 どうやら、気にしてる事を言われて、流石に奥手なアスランも自分から動かなくてはと考えたらしい。もしかしたら、アスランは初めてラクスをリードできたのかもしれない。ラクスは少し嬉しそうにアスランを見ている。そして、アスランは笑顔でラクスの部屋を辞した。

 

 ラクスの部屋を後にしたアスランは、自室に戻って父の言葉を思い出していた。NJC装備の新型MSとジェネシス。連合に対する切り札として開発されていると言っていたが、父はこれの開発には本音では反対だと言っていた。その為にも勝たなくてはいけないと言っていたのだが、ヨーロッパでの敗北はこの父の目的から大きく後退するものだろう。もしこれらの兵器が完成し、戦場に投入されるようになれば、その惨状は計り知れないものとなる。
 そして、ラクスは何を考えているのだろうか。彼女のオーブ訪問に、アスランはシーゲルとラクスの企みがあるような気がしていた。シーゲルは、ラクスは何を考えているのだろうか。なにをしようとしているのだろうか。

「シーゲル様は早期講和を主張しておられるから、大体想像は付く。だが、ラクスは。ただのシーゲル様の使いなのか。それとも、彼女は彼女で別の思惑があるのか?」

 アスランはラクスの持つ2面性に気付きはじめていた。時折見せる気丈な部分がそれだろう。そして、そのラクスは何をしようとしているのか、それがアスランには分からなかった。

 


 その後、笑顔でアスランを送り出した後、ラクスはその表情を一変させた。それまでの柔らかな雰囲気は何処かへ消え去り、凛々しさを表に出してフィリスの手紙を読んだ。そこに書かれていたのは、アスランの浮気調査などではなかった。

「そうですか、やはりキラ様はSEEDを持つ者。彼なら私の理想達成の力となれる。アスランと彼を是非とも味方にしたいものですね」

 ラクスは、彼女の表の顔しか知らない者が見たら自分の目を疑うであろう表情、何かを企む表情を見せた。キラとアスラン、2人を手中にして彼女は何をしようと言うのだろうか。彼女の理想とは、そしてSEEDと何なのだろうか。
 そして、扉をノックする音が響いた。ラクスの表情に警戒の色が走る。

「どなたですか?」
「私です、ラクス様」

 声の相手は自分の直属とも言える部下、マーティン・ダコスタだった。今回は自分の護衛をしてくれている。ラクスは扉を開けて彼を中にいれた。

「どうでしたか、ダコスタさん?」
「はい、アフリカ共同体を通じて大西洋連邦上院議員、カフス・ジグマール議員と接触することに事に成功しました」
「それで、成果は?」
「大西洋連邦内にも和平を望む声はあるようですが、やはりブルーコスモス細胞の侵食があり、なかなかに難しいと」
「・・・・・・父もそうですが、どうして誰も事を進めるのが遅いのでしょう。急がなければ、それだけ犠牲となる人が増えるというのに」

 プラント内部の穏健派は大きく分けて2つの勢力に別れている。シーゲルを中心とする、プラント内に講和に向けた流れを形成して、地球との戦争を終わらせようとするクライン派と、ラクスを中心とする過激な行動さえ辞さないラクス派である。穏健派と言うとシーゲルであり、ラクスはその娘でしかないと思われがちだが、ラクスは独自に暗躍を繰り返していたのである。すでにその活動の根はプラントのあちこちに広く張り巡らされ、クライン派よりも遥かに活発に活動している。
 この動きに苦々しい思いを味わってるのがシーゲルだ。老練な政治家であるシーゲルには、ラクスのやり方が余りにも過激で急進的に映るのだ。政治とは力だけでどうにか出来るものではない。高い所から理想論を振りかざすだけでは人々は動かないのだ。ラクスは確かに国民的アイドルだが、指導者としての信用ではシーゲルやパトリックの足元にも及びはしない。ラクスの言葉がパトリックの言葉を超えることは有り得ないのだ。例えそれがどれほど清廉なものであれ、実績という壁には勝てはしない。
  だが、ラクスはそんな父の心配など知りはしない。彼女はこの戦争を一刻も早く終わらせようと思っているから。戦火に散るものを一人でも多く救う為に。自分の信じる未来の為に。

 

 


 キラとサイが喧嘩をしたというニュースはたちまち艦内を駆け回った。多くの乗組員はコーディネイターと喧嘩をしたサイを馬鹿だといっている。ナチュラルが素手でコーディネイターに勝てるわけが無いのいと。
 これを聞かされたミリアリアは怒り心頭に達し、カズィが止めるのも聞かずにフレイの部屋に殴りこんだ。フレイはトリィを右手のひらの上に乗せたままじっとトリィを見ている。あの電子ぺットだけがいまやフレイがキラといたという証となっている。キラの部屋にいたのだが、何故かフレイに懐いてしまったらしい。今では主人を放っておいてこちらに住んでいる。
 だが、いきなり部屋の扉が開いたかと思うと血相を変えたミリアリアが飛びこんできた。トリィがフレイの掌から飛び上がる。フレイは驚いた顔でミリアリアを見た。

「ミリィ、どうしたの?」
「どうしたじゃないわ!」

 ミリアリアはフレイに詰め寄るといきなり右頬を張った。室内に鋭い音が響き、フレイの頬が赤く染まる。

「あんたのせいで、キラとサイが喧嘩して、サイは医務室送りよ!」
「サイが!?」

 フレイは驚いた。あのサイがまさかキラと喧嘩するとは。だが、一体どうして。

「あんたがキラと別れたって聞いたサイが、キラを問い詰めたのよ。何で別れたんだって。キラがちゃんと答えようとしないから、サイが怒って手を出したのよ!」

 ミリィに理由を聞いてフレイは表情を曇らせた。また自分の罪が増えたのだ。これ以上キラを騙しつづけることに耐えられなくなって離れたのに、結果として2人をより苦しめてしまった。だが、ならば自分はどうすればいのか。
 無意識に胸元のペンダントを握り、フレイは俯いたまま悩みこむ。どうすればいいのだろう。どうすれば昔のような関係に戻れるのだろう。自分が2人の前から姿を消せばいのだろうか。
 何も言わないフレイに苛立ったミリアリアが再度文句を言おうとしたが、それをよりも早く艦内通信からカズィの声がフレイを呼んだ。

「フレイ、定時哨戒の時間だよ。トールが後10分で帰ってくるから、準備して。機体はバゥアー大尉の2号機だよ」
「・・・・・・分かったわ、カズィ」

 フレイは立ち上がると部屋から出て行こうとした。その背中にミリアリアが突き刺すような声をかける。

「フレイッ!」
「・・・・・・ごめん、時間が無いから、後でね」

 フレイは逃げるようにミリアリアの前から駆け出していった。これ以上、彼女の非難に耐えられる自信も無かった。自室を飛び出して少しした所で足を止める。その肩にトリィが止まって自分の顔を不思議そうに見ていた。

「トリィ、私どうしたらいいのかしら?」
「トリィ」

 だがトリィは首を傾げるだけで答えてくれない。当然といえば当然だが、その仕草にフレイは微笑を浮かべた。
 パイロットスーツに着替えたフレイは格納庫に行き、キースのスカイグラスパーに歩み寄った。主翼にエメラルドグリーンの線が入った、観賞用としては優れてるが戦闘用としては心臓に悪い機体だ。できるならこれには乗りたくないというのがフレイとトールの共通した心境である。
 マードックは2号機の整備用ハッチから顔を上げるとフレイを見た。

「おう、お嬢ちゃん。今トールの奴が戻ってくるからな。それまでその辺に座っててくれや」
「はい」

 フレイは頷くと近くの箱の上に腰を下ろした。格納庫は常に喧騒に包まれていて五月蝿いが、フレイはここが好きだった。ここの人たちは自分を必要としてくれているから。MSパイロットとしてではあるが、ここには居場所があるから。
 着艦した1号機から下りたトールは、寂しげなフレイの姿を見て傍に近寄った。

「寂しそうだね、フレイ」
「ト、トール?」

 フレイは驚いてトールを見た。内心を見透かされた気がしたのだ。今もトールだけは自分に話しかけてくれる。ヘリオポリスから続く友人関係を曲りなりにも維持してくれるただ1人の人だ。自分とキラが別れた理由を知りながらも、それを黙っていてくれることといい、本当にトールには感謝してもしきれない。
 トールは気遣わしげな目でフレイの顔を見た。

「フレイ、その右頬、どうしたの?」
「え、ああこれ。ううん、何でも無いから。気にしないで」

 まさかミリアリアに叩かれたなどと言えるはずも無く、フレイは苦笑いを浮べる事で誤魔化した。トールは疑わしげだったがあえてそれ以上追求しない。変わりに別の事を口にした。

「フレイ、キラと別れたことだけど、本当に構わないのか。色々悪い噂も立ってるし、フレイだって本当は・・・・・・」
「トール、その事はもう良いのよ。終わったことなんだから」
「でも・・・・・・」
「キラにはカガリがいるわ。私がいなくてもあの娘がいれば大丈夫よ」

 そう、前に見たキラとカガリは楽しそうだった。あの様子ならキラは立ち直ってくれる。私がいなくてもきっと大丈夫だ。なかば自分に言い聞かせるようにフレイは口の中で呟く。
 トールはなおも何か言おうとしたが、それを遮る様にマードックが大声でフレイを呼んだ。

「おーい、お嬢ちゃん、準備できたぜ!」
「あ、はい、分かりました!」

 フレイは立ちあがるとトールに謝って駆け出した。それを見送ったトールは何も出来ない自分の不甲斐なさに舌打ちしてしまう。

「結局、俺は何もできないのかよ・・・・・・」

 キースにさえどうにも出来ないのだ。自分がどうにかしようなどとは思い上がりだったのかもしれない。トールの見ている先でフレイのスカイグラスパーがカタパルトから打ち出されて行くのが見える。定時哨戒だからそのうち帰ってくるのだろうが、帰ってきたらもう一度ちゃんと話してみよう。このままではキラにとっても、フレイにとっても決して良い結果には結びつかないだろうから。

 


 偵察に出たフレイは東欧から中央アジアへと続く山並みを眺めていた。この辺りは一応連合の制空圏下だが、ザフトとの小競り合いが起きることもある。だが、レーダーにそんな機影は1つも映っては・・・・・・
 突如として響き渡る警報。レーダーが敵の機影を捉えたのだ。照合するとどうやらザフトの輸送機であるらしい。すぐにアークエンジェルに通信を繋ぐ。

「こちらフレイ、敵機と遭遇しました!」

 フレイの報告を受けたマリュ−は状況の説明を求めたが、輸送機が1機と聞いて安堵した。それくらいなら脅威ではない。

「そう、分かったわ。輸送機1機なら大した問題じゃないわね。始末は任せるわ」
「分かりました」

 だが、この後驚愕するべき事が起きた。フレイのスカイグラスパーは輸送機など相手ではない戦闘能力を持っているはずなのだが、何と次のフレイの通信内容は驚くべきものであった。

「輸送機を撃墜っ・・・・・・・あれはイージスっ!」

 その直後に何かを叩き壊したような音が響き渡る。そして空電の雑音がミリアリアの通信機から響いてきた。

「フ、フレイ、ちょっと、返事しなさいよっ!?」

 ミリアリアが驚きと焦りを浮かべてフレイを呼び続ける。だが、いくら読んでも返事はなく、ただ空電の雑音が帰ってくるだけだった。

「ナタル、スカイグラスパーの墜落した位置は分かる!?」
「電波障害が酷いですが、大まかな位置の見当はつけられます。ただ、この辺りは地形の起伏が大きい上に山林です。探すには最悪の場所ですね」
「くっ、でも・・・・・・・」

 マリュ−は悩んだ。MIAに認定するということもできる。だが、そうすればもし生きていたとしても、フレイは確実に死ぬ事になる。悩むマリュ−にナタルが声をかけてきた。

「艦長、MIAと認定しますか?」
「ナタル、それは・・・・・・」
「どうなのですか艦長、探すのですか、諦めるのですか?」

 ナタルは決断を迫ってきた。艦橋の誰もがじっとマリュ−を見ている。こういう時、艦長は孤独だ。辛い決断を迫られてしまう。マリュ−は辛そうな顔でもう一度ナタルを見た。

「ナタル、私は・・・・・あの娘を見捨てたくないわ」

 ナタルは否定するだろうか、という不安がマリュ−にはある。自分が甘いということは良く分かっているのだ。だが、ナタルはマリュ−の予想外の返事を返してきた。

「私も賛成です。幸い落ちたのは進路上ですし、フラガ少佐とヤマト少尉に捜索してもらいましょう」
「ナタル、あなたはそれで良いの?」
「私とて仲間を見捨てるのは忍びないです。それに、せっかく見つけた優秀な生徒を手放すのも惜しいですから」

 ナタルがこのような態度を見せるのは初めてではないだろうか。いや、ここ最近のナタルは不思議と仲間の事を考えるようになっている。戦闘中にもキラやフレイを助けたりと、昔に較べると随分と変わっている。何かが彼女を変えたのだろう。
 だが、安堵の空気が流れる艦橋の中で、ただ1人、ミリアリアだけが不服そうな顔をしていた。

 

 


 フレイの捜索は直ちに実行に移された。独房から出されたキラとフラガにナタルが状況を説明する。

「アルスターはこの辺りに落ちた筈です。電波障害も酷いのですが、それが原因か、それとも通信機が壊れたかは分かりません。現在は通信が途絶、救難信号もキャッチできません」
「それじゃあ、フレイは・・・・・・・」

 キラの顔に絶望の色が滲み出たが、フラガがそんなキラにことさら明るい声で断言した。

「なあに、あのお嬢ちゃんはあれで結構しぶとそうだからな。生きてるって」
「フラガ少佐・・・・・・・そうで、しょうか?」
「そうだよ、早く見つけて連れ帰ってやろうぜ」

 その言葉に励まされて、キラは格納庫へと来た。途中でカガリと擦れ違う。

「おい、フレイが行方不明なんだって!?」
「うん、今から探しに行くんだ」
「・・・・・・・あんな奴でも、探しに行くんだな」
「うん、やっぱりね。フレイの事は今でも怒れるけど、それでもやっぱり放って置けないんだ」

 何時もの様に寂しげな笑顔を浮かべるキラに、カガリはもう言う言葉を無くしてしまい、やれやれと肩を竦めた。

「分かったよ。行ってこい。お前は本当にどうしようも無い馬鹿だな」
「自分でも、そう思うけどね」
「ああ、もう分かった。さっさと行ってこい」

 シッシと手を振るカガリにキラは笑顔で返すと、ストライクの方に走っていった。それを見送ったカガリは苦笑を隠せなかった。あれだけ振られて落ちこんで怒ってた奴が、いざ振った相手がいなくいなるとああして探しに行ってしまう。まったく、好きなのか嫌いなのかハッキリしろと言いたくなる。
 カガリはその足で医務室のサイを見舞うことにした。手には果物の入った袋を下げている。サイは医務室のベッドで横になっていたが、今は目を覚ましていた。入って来たカガリをみて顔を引き攣らせている。

「おお、こりゃ酷い顔になったな」
「う、うるさい・・・・」
「ああ、良いって。無理して喋るな」

 カガリはサイとベッドの脇に椅子をもってくると腰掛け、袋をとんと床に置いた。その中からリンゴを取り出す。

「まあ、リンゴでも剥いてやるとするか」
「・・・・・・出来るのか?」
「なんだよそれ。私が不器用だと言いたいのか?」

 カガリは不服そうに口を尖らせると、慣れた手つきでリンゴの皮を剥いていく。どうやら本当に出来るらしい。サイはちょっと驚きながらカガリを見て、ついで問いかけた。

「何かあったのか?」
「・・・・・ああ、ちょっとね。フレイが撃墜された」
「フレイがっ!」

 驚いて大声を出して、苦痛に顔を顰める。どうやらまだかなりキツイらしい。

「ああ、今キラとフラガ少佐が探しに出てる。キラの奴、お人よしにも程があるよ」
「・・・・・・そうか、キラがな」

 サイはちょっとだけ安堵したのか、腫れた顔を引き攣らせた。どうやら笑った様だ。それを見てカガリは呆れて肩を竦めた。まったく、キラもだけど、こいつも本当にお人好しだ。
 カガリはリンゴを八等分すると、それを袋から取り出した小皿に並べ、小さなフォークを立てて1つを差しだした。

「ほら、出来たぞ」
「ああ、悪いな」

 だが、上半身を起せないサイは少し情けなさそうに顔を顰め、左手をゆっくりと動かしだした。どうやらなかなかに酷くひどくやられたらしい。カガリが呆れた声を出す。

「お前なあ、腕もまともに動かなくなるくらいにボコボコにされたのかよ?」
「う、うるさい、キラはコーディネイターなんだから、しょうがないだろ」
「相手がコーディネイターと分かってて喧嘩を売るんだから、やっぱり馬鹿だよなあ」

 カガリの更なる追い撃ちにぐうの音も出ないサイは、プイッと顔を逸らしてしまった。その態度がカガリには面白くて仕方がないらしく、笑いの衝動を堪え切れなくなる。

「あはははははははははははっ」
「な、なんだよ、笑うなよ」
「だって、勝てる訳無いと分かってて喧嘩売ったんだろ。それも自分を一方的に捨てた女の為にさ。こんな奴、今時TVドラマにしかでないような大馬鹿だぞ」
「悪かったな、馬鹿で」
「しかもそれでこんな怪我したんだろ。お人好しにも程があるって」

 だが、カガリは笑っていた。こんな真っ直ぐな馬鹿を自分は嫌いじゃない。キラも、そしてサイも。2人とも違う様で意外と似ているのだ。
 カガリは笑いながらリンゴをフォークに刺してサイの口元に運んでやった。

「ほれ、特別に私が食わせてやろう」
「・・・・・・なんでそんなに偉そうなんだ?」
「うるさい、怪我人は黙って看病してくれる優しい私の言うことを聞いてろ」
「・・・・・・優しいか?」

 サイのマジで疑問ですという声に、カガリはこめかみの辺りに青筋浮かべた。そして、引き攣った笑顔のまま強引にサイの口にリンゴを突っ込んだ。突っ込まれたサイは腫れは頬が無理に動いたので痛さに悲鳴を上げている。

「ぐおおおおおおっ!」
「あああ、悲鳴が心地いい」

 どうやらカガリさんは結構怒ってしまったようです。いいのか、怪我人に追い撃ち加えて。

 


 キラとフラガに状況を解説したナタルは、未だに座ったまま動こうとしないキースの脇に立った。

「大尉、心配ですか?」
「・・・・・・ああ」

 珍しく言葉少なく答えるキース。その態度からキースの内心の葛藤を悟ったナタルは、椅子を引いて来てキースの隣に腰掛けた。

「大丈夫ですよ、彼女は生きてます。ヤマト少尉とフラガ少佐を信じましょう」
「そうだと良いんだが」
「大尉が信じてやらなくてどうするんですか」

 ナタルはキースの不安が良く分かった。フレイに妹を重ねているキースにしてみれば、もう一度妹を失うという恐怖を感じてしまうのだ。妹を失う経験など、一度で十分だ。2度も経験したくはない。幸運にも兄弟を戦場で失った事は無いナタルだが、父親はすでに戦場に散っている。
 だからナタルにもキースの感じている不安が分からないでもないのだ。同じように今戦場に出ている兄が戦死したらという不安に駆られる時もある。それを人には見せないだけで、ナタルにだってそういう感情はあるのだ。
 キースの不安を理解できてしまったナタルは、キースの肩にちょこんと身体を預けた。ナタルに持たれかかられてちょっと焦るキース。

「バ、バジルール中尉?」
「大丈夫ですよ、キース大尉。あの娘を信じましょう」

 肩から伝わってくる温かさと、女性特有の香りにキースは気分が不思議と落ちついて来るのを感じた。

「す、すまない、心配させてしまったかな」
「いえ、構いません。フレイを心配しているのは、私も同じですから」
「・・・・・・フレイ、か。勉強してる時はそう呼んでるのか?」
「いえ、こう呼ぶのは初めてです。普段はアルスターですよ」
「・・・・・・2人の時くらいはフレイと呼んでやったらどうだ。きっと喜ぶぞ。あいつは中尉を姉の様に慕ってるからな。理知的でかっこいいんだと」
「そう・・・ですか。そう言われたのは初めてですね」

 怖いとか、近付き難いとか、可愛げが無い女と言われたことはあるが、かっこいいなどと言われたのは初めてだ。だが悪い気はしない。自分にもフレイを羨ましいと思う時はあるのだ。

「私は、あの娘の女らしさが羨ましいんですけどね。私にはお洒落など分かりませんから」
「聞けば良いじゃないか。フレイなら喜んで教えてくれるさ」

 フレイの指導を受けたナタル。それがどれだけナタルを変えるのか、とても興味があるキースだった。ナタルは化粧っけの薄い、というか、口紅くらいしか付けないので、化粧も肌の手入れも無しにこの美貌を保っている事になる。マリュ−だってそれなりの努力をしているのだから、ナタルはある意味驚異なのだ。すっぴんでもややキツイ美人で通るナタルが、フレイの手解きを受けてどれだけ変身するか、是非見てみたい。

「・・・・・・そうだな、フレイは生きてる」
「そうですよ」

 ほんわかした空間を生み出してる2人。軽いキースはともかく、ナタルは普段の雰囲気からは想像も出来ないほどに穏やかな表情をしている。これでまだキスどころか、まともに手を繋いだ事も無いと言うのだから、変わった関係と言える。
 このほんわかした空間に、場違いな侵入者がやってきた。

「バジルール中尉、そういえば聞き忘れてたんですけど、俺はどうすれば・・・・・・・・」

 扉を開けて入って来たトールは、穏やかな表情でキースに持たれかかるナタルと、そのナタルを優しい目で見ているキースを見て、そのほんわかした空気を感じて、入って来たその姿勢でビシリと固まってしまった。

「・・・・・・・・・・・・え、ええと?」

 目の前の光景を脳が受け入れられず、完全にフリーズしてしまっている。トールが入って来たのを見てナタルは体をキースから離したが、まだほんわか状態の余韻が残っているのか、怖いくらい穏やかな声で問い掛けてきた。

「どうした、ケーニッヒ准尉?」
「あ・・・・・・いえ、俺はどうすれば良いのかと・・・・・・」
「ああ、そうだな。君は捜索には加わらず、デュエルで待機していてくれ。いざとなれば、君だけがアークエンジェルを守る壁となるからな」
「は、はい」

 返事をするトール。だが、その頭の中では別の事が渦巻いていた。

『あ、あのバジルール中尉が穏やかな笑顔を浮かべてるよ。信じられねえ。一体、何時の間にこの2人は付き合いだしたんだ?』

 まだ付き合ってる訳ではないのだが、トールはすっかり誤解しまくっており、妄想をどんどん進めるうちに、すでに2人は経験済みにまで推し進めてしまったのである。これが後にアークエンジェル内に深刻ではないが、笑いを誘う騒動を引き起こす事になる。

 


 格納庫へ向うトールは、途中でミリアリアと擦れ違った。久しぶりに恋人の顔を見れた事でトールは嬉しそうに声をかけた。

「おーい、ミリィ」
「え、あ、トール・・・・・・」
「どうしたの、なんだか元気がないけど?」

 トールはミリィの何時になく落ちこんだ様子に怪訝な声を出したが、すぐにそれがフレイを心配してのものだろうと考えた。だが、それはトールの勘違いであった。

「そうか、フレイが・・・・・・・」
「ええ、あの娘、どれだけ迷惑をかければ気が済むのかしらね?」
「ミリィ?」

 声その物に毒が含まれてるのでは、と思わせるミリアリアの言葉に、トールはギョッとしてその顔を見て、その目に宿る危険な光に目を疑った。

「そうよ、あんな娘、帰ってこなければ、死んでればいいのよ。フレイさえいなければ、みんな上手くやっていけるんだから」
「ミリィ、なんて事言うんだ。フレイは仲間だろう!?」
「仲間ですって、フレイが? 冗談言わないで。あんな娘、仲間じゃないわよ。サイを傷付けて、キラまで飽きた玩具みたいに捨てて、挙句に今は艦長達に取り入ってるじゃない。昔っから立ち回りだけは上手かったけど、ようやくその報いを受けたのよ!」

 感情のままに言い切るミリアリア。その姿に、トールは昔のフレイに通じる醜さを見てしまった。感情のままに憎しみを増大させ、相手を理解することなくただ拒絶し、否定する。あの復讐に身を焦がしていた頃のフレイと、今のミリアリアは方向性の違いと程度の差こそあるが、同じ目をしていた。
 顔を顰めるトールに気付かぬままに、ミリアリアは呪詛の言葉を吐き出し続ける。

「そうよ、死んで当然なのよ。みんなに迷惑かけ続けて、キラを、サイをあそこまで追い詰めて、自分だけ良い目をみようなんてするから、だから・・・・・・」
「ミリィっ!」

 鋭い音が通路に響き渡った。トールがミリアリアの頬を平手で張ったのだ。張られた頬を押さえ、状況が理解できないでいるミリアリアに、トールは肩を振るわせながら隠していた真実を語りだした。

「フレイは・・・・・・・フレイは良い目を見ようなんてしてないさ。あいつは全部自分で背負い込むつもりなんだ」
「トール、何言ってるのよ、あなた?」
「あいつはキラを利用して父さんの敵を討とうとしてた。だけど、それが間違いだと気付いて自分からその関係を終わらせたんだ。今のあいつは自分の力で敵を討とうと努力を重ねてる。キースさんやバジルール中尉のしごきにだって、その為に必死に耐えてるんだ」
「でも、そんなの全部自分の為じゃない。フレイは自分の事しか考えてないのよ!」
「・・・・・・ミリィは、最近のフレイをちゃんと見た事があるのか?」

 何かを押し殺したトールの声に、ミリアリアは気圧されるのを感じた。トールは怒っているのだ。

「な、なによ。見た事なんて無いけど」
「・・・・・・そうだよな、あのフレイを見ていたら、とてもそんな事は言えない」

 トールは幾度も見ていた。まるで、一人ぼっちで泣いている子供のようなフレイの姿を。寂しさと悲しさに気丈に耐えるフレイを。あの姿を見るたび、何も出来ない自分の無力さに歯噛みしてきたのだ。そして、フレイが辛さに耐えながら前に歩き出す姿と平行して、壊れていくキラの姿も見てきたのだ。
 トールは自分の知る全てをミリアリアに語って聞かせた。フレイが狂気に走った理由、キラに近付いた理由、別れた理由、そしてキラへの罪悪感と想い。
それらを聞かされたミリアリアは最初、それが信じられなかった。あのフレイが、そんな殊勝な考えでいたなんて。間違いを認めて、キラに謝って、自分の意思で歩く道を決めていただなんて。

「・・・・・・嘘・・・・・嘘でしょ。何でよ、なんで教えてくれなかったのよ?」
「フレイが言うなって口止めしたんだ。悪いのは全部自分なのだから、このまま噂が自分を悪く扱ってくれる方が良い。キラの負担にならないで済むって言ってな。それに、自分が悪く言われれば、キラが俺達やカガリと仲良くなっても誰も何も言わないだろうって」
「あのフレイが、そんな事を・・・・・・」

 自分の知るフレイとは違う。あの娘は自分から謝ったりしないし、他人を気遣ったりしない。まして、自分を悪者にして他人を庇ったりなど絶対にしないはずだ。だが、トールの話を信じるなら、フレイは戦場に立つことで、色々なものを見て変わったという事なのだろう。
 もしそれが本当なら、自分はとんでもない間違いを犯していた事になる。知らなかったとはいえ、フレイなんか死んだほうが良いとまで思っていたのだから。

「・・・・・・・私、そんな、知らなかったのよ」
「知らなかったのはしょうがないけど、死んで当然ってのは酷すぎたな」
「わ、私、どうしたら良いのよ。もし本当に死んでたら、私、謝ることも出来ない・・・・・・」
「今は、祈る事しか出来ないよ。キラや少佐が見つけてくれる事を信じよう」
「・・・・・・うん」

 すっかり落ちこんでしまったミリアリアの肩を抱きながら、トールはフレイの無事をただ祈り続けた。ミリィの為にも、生きて帰ってきてくれよ、フレイ。俺達は死ぬにはまだ早過ぎるんだからさ。

 

 

 輸送機を堕とされたアスランは地上に降りる途中で自分の乗機を撃墜したらしいスカイグラスパーを撃墜した。結構近くに堕ちたようだとは分かったが、パイロットがどうなったかは分からない。墜落時に爆発が起きなかったから無事なのかもしれない。

「参ったな、強力な電波障害を受けてる。これじゃ救援も呼べやしないぞ」

 アスランは途方に暮れて空を見上げる。辺りには木々が生い茂り、イージスと言えども頭が出ない有様だ。機体を隠すには好都合だが、これでは味方にも発見してもらえないではないか。
 仕方なくアスランはイージスを降りると、拳銃の安全装置を外し、イージスのコクピットをロックした。あのスカイグラスパーの姿を確認する必要があると考えたのだ。パイロットが脱出してる様なら襲撃されることも考えなくてはならない。
 スカイグラスパーが落ちた場所は分かっているので発見は容易だった。イージスから1キロと離れてはいない山中に落ちているスカイグラスパーは木の間に機体を突っ込むような姿勢で地面に落ちていた。右の主翼がないのは、木にぶつかった時に折れて持っていかれたのだろうか。煙は立っていないし、コクピットも開いていない。どうやらパイロットはまだ中にいるようだ。
 アスランは拳銃を手に慎重に機体に近寄り、コクピットを覗き込んだ。すると、予想通りパイロットがコクピットの中で気を失っている。コクピットの傍を探してキャノピーの手動開閉装置を探し、キャノピーを開けて中に入る。

「こいつは、女か・・・・・・・」

 アスランは顔を顰めた。ややラフに着こんだパイロットスーツから見て取れる身体のラインが女性だという事を教えており、それが分かった途端にアスランはどうしたものかと考えてしまう。甘いと言われようが、これがアスランなのだから仕方がない。しかも相手は気絶しているのだ。
 さてどうしたものかと考えていると、女性の胸元から顔を覗かせているペンダントに気が付いた。興味を持ってそれを手に取り、中を見たアスランはその場で硬直してしまった。中に入っていた写真は、アスランのよく知っている相手だったから。

「これは、キラッ!?」

 アスランの発した声に気がついたのか、女性が僅かに身動ぎをした。目を覚ますと思ったアスランはその女性に拳銃を突き付ける。そして、女性はゆっくりと目を開けた。

「・・・・・・あ、あれ、ここは?」
「起きたか」
「え?」

 そこでようやく女性、フレイも周囲を確認する事が出来た。キャノピーは開けられ、目の前には銃口が突き付けられている。

「な、何よ、これは?」
「余り騒がないでもらおうか」

 拳銃を突き付けているのがザフトのパイロットスーツを来た男だと悟り、フレイは竦みあがってしまった。コーディネイターに自分が勝てる訳がない。

「さてと、ヘルメットを取ってもらおうか。そして機体を降りろ。あと、幾つか質問に答えてもらう」
「わ、分かったわよ」

 フレイはヘルメットを取った。邪魔にならないようにポニーテールに纏めた赤い髪が汗に濡れて少し重い。そしてアスランの拳銃に脅される様にゆっくりとスカイグラスパーを降りた。幸い機首を地面に突っ込んでるから地上までの高度は大したものではない。
 降りてきたフレイを見たアスランは厳しい表情を崩さずにフレイに問いかけた。

「さてと、幾つか質問に答えてもらうぞ。まずは姓名と、階級を教えてもらおうか」
「・・・・・・フレイ・アルスター、准尉よ」
「なるほど、フレイ、ね。それで、どうしてこんな所を飛んでいた?」
「どうしてって、哨戒飛行中に偶然輸送機を見つけただけよ」

 実に納得のいく理由だ。この辺りはどちらかと言えば連合の勢力下なのだから、哨戒機が飛んでても当然だ。アスランは何となく納得してる自分に困ってしまい、仕方なく次の、1番気になってることを聞くことにした。

「そうか、では、もう1つだけ答えろ。このペンダントに何故キラの写真が入っている。お前はキラの何なんだ!?」

 アスランが突き出したペンダントの中には、困った顔で笑うキラの写真が入っていた。一体どこで撮ったのやらと思うようなキラの笑顔だ。フレイはそんな写真には心当たりがなかったが、あのペンダントを渡してくれた時のキースの言葉を思い出し、「あっ」と呟いた。

「・・・・・・こういう事だったんだ」

 あの人はと口の中で呟き、困った顔で微笑を浮かべる。まったく、どこまでお節介なんだろうか、あの人は。
 いきなり苦笑いを浮かべたフレイにアスランはやや戸惑ったが、すぐに気を取り直すと拳銃のトリガーに指をかけた。

「答えろ、死にたくなければな」
「・・・・・・そのペンダントをくれたのは私の上官よ。なんでキラの写真が入ってるのかは知らないわ。私とキラの関係は・・・・・・・・・・」

 フレイはそこで言葉を切ってしまった。恋人、とは言うことは出来ない。あれは利用していただけの間違った関係だったから。だが、どう言えば良いのだろうか。

「ええと、私とキラは・・・なんと言うのかしらね。色々あったのよ。昔はつきあってたと言うか・・・・」
「つ、つきあってた・・・・・・あのキラに女を作る甲斐性があるわけないだろっ!」
「あなた、何気に酷い事言うわね。そもそもなんであなたがキラの事知ってるのよ?」
「俺はキラの親友だったんだ!」

 アスランの叫ぶような答えに、フレイの中で幾つかの記憶がパズルの様に組み合わさった。キラの友人。どこかで見たことのある顔。そしてイージス・・・・・・・。

「あ、あなた、もしかしてアスラン・ザラ?」
「何でナチュラルが俺の事を知ってる!?」
「あの、その、前にラクスが見せてくれたロケットにあなたの写真が入ってたのよ。キラもイージスのパイロットの事を色々言ってたし」

 ラクスの名前が出てきたことにまたまた驚くアスラン。一体この女は何なんだと思ってしまう。なんでか分からないが、奇縁とでもいうのか、とにかく何ともやり難い相手ではある。暫しどうしたものかと迷っていたアスランだが、徐々に空が曇ってきたのを見て仕方なく追求を断念した。

「雨が来るな。とりあえず戦闘機のキャノピーを閉めてついて来い。分かってると思うが、逃げようなんて考えるなよ」

 アスランの脅しに、フレイは素直に頷いた。コーディネイターが自分たちより遥かに優れた身体能力を持っていることはキラとの付合いで分かっている。自分が抵抗してどうにか出来るとは思えなかった。まして、こいつはザフトの軍人。ちょっとした気紛れを起すだけで自分など簡単に殺されてしまうだろうから。
 機体のキャノピーを閉じて下に降りようとするが、うっかり滑って機体の上から滑り落ちてしまった。

「あっ、きゃあああっ!」
「なっ?」

 驚くアスラン。だが、上から降ってくるフレイを躱すことはできず、抱き止める形になってしまった。相手に勢いに押し倒されるように地面に倒れてしまう。

「いたたたたた」
「まったく、何をやってるんだか」

 アスランは自分に圧し掛かっているナチュラルの女に文句を言いつつ起き上がろうとしたが、ふと右手に感じる柔らかい感触に不思議そうにそちらを見た。すると、フレイのやや開いたパイロットスーツの胸元から滑り込んでた右手が彼女の胸を揉みしだいていたりする。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 硬直するアスラン。その顔には嫌な脂汗が滝となって流れ落ち、頭の中で危険信号が鳴り響いている。そして、恐る恐る顔を上げてフレイを見ると、フレイは顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけていた。

「・・・・・・あ、あ、あんた、なに人の胸を揉んでる訳ぇええ!!」
「ま、待て。ご、誤解だああぁぁ!!」
「やかましい、この痴漢、変質者ぁぁぁあ!!」

 アスランは多分、これまでの人生で1番不本意な罵倒を受けたことを自覚しつつ、右頬に食い込んだナチュラルとも思えないハンマーフックに一瞬だけ意識がとんだ。





「ようこそ、僕らは君を歓迎するよ」

 気がつけばそこは見慣れぬ緑色の光りに包まれた空間、目の前には色眼鏡をかけた同い年くらいの少年がいる。

「こ、ここは、お前は誰だ?」
「ここは向こう側の世界。俺はドリーミングの導き手」
「ド、ドリーミング?」
「そうさ」

 今度は右から声が。そちらにはやや気弱そうな少年がいた。

「俺達はドリーミングに足を踏み入れた君を連れに来たのさ」

 今度は左から。確かこの男は砂漠の虎、バルトフェルド隊長の副官だったはず。

「俺達は君を歓迎する」
「な、何を言ってるんだ、俺はそんな訳の分からないものには!」
「だが、気持ち良かっただろう、彼女の胸を揉みしだいた時の感触は?」
「そ、それは・・・・・・・・」
「認めちゃえよ。そうすれば楽になるんだ」
「そうだ、そして俺達とともに来い。君にはドリーミングな男になれる素質がある」

 アスランを取り巻くドリーミングな男達。アスランはその誘惑に辛うじてあがらう事が出来た。

「ふ、ふざけるな。俺にはラクスという婚約者がいるんだ!」

 自分達の誘いを断ったアスランに、3人は怒るでもなく僅かに距離をとった。

「まあいいさ」
「でも、君はいずれ必ずこっちに来るよ」
「その時、また会おう」





「はっ、お、俺は一体、何を!」

 目を覚ましたアスランは周囲を見まわした。赤くなってる女。胸を揉んでる右手の感触。圧し掛かってくる相手の重み。どうやら意識が飛んでたのは一瞬らしい。
 とりあえず、右手を離して、女と離れる。女は両手で自分の体を抱くようにしながら、まるで汚いものでも見るような目で自分を見ていた。

「ザフトって最低ね」
「い、いや、あれは事故、そう、事故であって」
「じゃあ、なんで嬉しそうに揉みしだいてたのよ?」
「いや、それはあの、その・・・・・」
「しかもだらしなく顔を綻ばせちゃって」
「まあ、柔らかくて気持ちよか・・・・・・・・って、違う、何を言わせる!」

 一瞬ドリーミングな男達が浮かんできてあわてて頭を左右に振って打ち消す。俺は一体何を考えてるんだ。違う、これは俺のキャラクターじゃない、俺はもっとクールで理知的な筈なんだ。
 こう、アイデンティティ崩壊の危機を迎えたアスランは必死に自分を保つ為に苦悩している。フレイはそんなアスランを気味悪そうに見ていた。


 これが、後に「ザフトの赤い死神」と呼ばれ、連合パイロット達から恐怖の的となるアスラン・ザラと、連合にその名を知られる「真紅の戦乙女」フレイ・アルスターの運命の出会いであった。
 英雄の出会いなんてのは、大抵碌なもんではないのである。

 


後書き
ジム改 遂に序盤も山場に
カガリ ぬわんで私じゃなくフレイがアスランに会ってるんだよお!?
ジム改 折角のSSだ。IFを楽しんで何が悪い?
カガリ ここは私の見せ場だろうが!
ジム改 心配せんでもお前さんの見せ場は幾らでもあるよ
カガリ 信用できるかあああああ!
ジム改 今回だってちゃんと出番あったでしょう?
カガリ まあ、何時もよりはまっとうな出番だったが
ジム改 これでサイカガ!? などと思う人が出たらどうしようw
カガリ なるのか?
ジム改 さあ? 元々カプになんぞ興味は無いし。誰と誰がくっつくなんて決めてないし
カガリ ・・・・・・相変わらず行き当たりばったりな奴
ジム改 何しろ誰が死ぬかさえ決めてないからなあw
カガリ それは問題ありすぎだろう!
ジム改 一応、ここで誰かが死ぬ、とは決めてるシーンはある。誰が死ぬかはその時に決める
カガリ それって、私も候補に入ってるのか?
ジム改 勿論。俺は公平な男だから
カガリ 変なところで公平ぶりやがって
ジム改 まあ気にするな。しかし、今回は色々話が進んだなあ
カガリ ラクスは何か企んでるし、フレイは撃ち落されるし
ジム改 これで暫くラクスは地球にいるから、色々動いてもらうのだ
カガリ 何でラクスが?
ジム改 この辺りでラクスを動かさないと、後半のラクスの行動がご都合主義丸出しになるから
カガリ その辺りの辻褄あわせか
ジム改 そういうこと。でもまあ、本編とは展開が違うからかなり変わっちゃうけどね
カガリ そうなのか?
ジム改 そうだよ。既に幾人かは自分の意志で動いてるから
カガリ 自分の意志で動くと、どう変わるんだ?
ジム改 自分の考えがあるなら、自分の意見を持つという事だよ
カガリ さっぱり分からんのだが?
ジム改 まあ、そのうち分かるさ
カガリ ・・・・・・いいいけどさ。後1つ、あのドリーミングって何だ?
ジム改 絵コンテのネタだ。分かる人はほとんどいないだろうw
カガリ 絵コンテ?
ジム改 知らない方がいい。サイという人間の評価が激変するから
カガリ ???
ジム改 では次回、最悪の出会いを迎えたアスランとフレイ。2人はこれからどうするのでしょうか。この2人の出会いはどのような意味を持つのか。

 

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