第39章   異質なる者


 アティラウを出たアークエンジェルは一路インドを目指して南東へと向かっていた訳だが、その途中でザフトの大部隊の攻撃を受けた。待ち伏せをされたと言うよりも、たまたま敵の部隊が集結しているポイントに突っ込んでしまったようだ。アークエンジェルも敵部隊も、最初それが何か把握出来ず、気付いた時には双方ともすぐ傍にまで近付いていたのだから。
 アークエンジェルが砲門を開く方が若干早かったものの、火砲の数はザフト側の方が圧倒的であり、アークエンジェルは瞬く間に無数の直撃弾に身を悶えさせる羽目になった。

 CIC指揮官席の肘掛にしがみ付きながら衝撃に耐えたナタルは、同じようにして体を支えているマリュ−に焦った声で指示を求めた。

「艦長、どうされますか? このままでは艦が持ちません!」
「艦を上昇させて、少しでも砲撃の効果を減らせない!?」
「無理です、アークエンジェルにはそこまでの上昇力は有りません!」

 ノイマンの悲鳴のような答えに、マリュ−は悔しげに唇を噛み、ナタルを振りかえった。

「ナタル、MSを出せる!?」
「この状況でですか。危険ですよ!」
「それでも、やらなければ艦ごとあの世行きよ!」

 マリュ−の命令にナタルは渋ったが、仕方なく格納庫に繋いだ。

「MS隊、緊急発進だ。進路を切り開いてくれ!」
「分かりました!」
「やってみます!」

 ナタルの命令にキラとフレイの返事が返ってくる。たった2機で戦わせるのはほとんど自殺行為だが、この2人なら何とかしてしまうのではという期待もあるのだ。そういう期待を抱かせてしまうほどにこの2人は強かった。
 2人の返事に続いて、今度はスカイグラスパーに乗る2人からも通信が入って来た。

「キラとフレイだけに任せておけるか。俺も出る!」
「棺桶に入ったまま御陀仏はご免被る!」

 フラガとキースも出るつもりらしい。ナタルはマリュ−を見やり、視線で確認した。マリュ−も頷いたのを見て2人の出撃を許可する。

「分かりました。出てください」
「おお、行くぜ!」
「毎度の事ながら、無茶ばかりだな」
「・・・・・・すいません、大尉・・・・・・どうか、無事に戻ってください」

 ボソリと付け足したナタルの言葉に、一瞬艦橋内が静まり返った。ナタルが他人の目の前でキースをはっきり意識した言葉を発するのは初めての事だからだ。キースの方も暫し言葉に詰まり、戸惑った声で返事を返してきた。

「あ、当たり前だろ。こんな所で誰が死ぬもんか」
「・・・・・・・はい」

 何やら戦闘中にも関わらず、不思議な空気が漂っている。マリュ−がわざとらしく大きな声で咳払いをしてナタルを見る。

「バジルール中尉、今は戦闘中なんで、雰囲気出すのは2人だけの時にしてくれるかしら?」
「か、艦長、私は別にそんな・・・・・・・」
「はいはい、バゥアー大尉もさっさと出撃しちゃってくださいね」

 なんだか気分がほぐれたらしいマリュ−とナタル。艦橋内の空気も何処かついさっきまでの殺気だった空気が消え去り、落ち付きを取り戻している。ナタルも頬にさした朱を消すと、冷静さを取り戻して戦闘指揮を始めた。

「対地弾頭ミサイルを重砲陣地に叩き込め。正面を切り開くのはストライクとデュエルに任せる。スカイグラスパーはアークエンジェルの直援に付かせろ!」
「第4戦速に増速、3分後に最大戦速へ!」

 マリュ−の指示が飛ぶ。ここに来るまでにマリュ−も指揮官として少しは成長していた。ナタルに散々文句を言われ続けた彼女だが、ここに来るまでに数え切れない実戦を潜り抜けており、実戦経験の多さでなら連合でも有数の艦長になろうとしているのだ。だが、その戦い方が傭兵のような、どこか規則性を欠いたものとなるのは否めないのだが。これでは集団戦闘には向かないのだ。
 
 出撃したストライクとデュエルは、たちまち殺到する砲撃に射竦められてしまった。幾らなんでも2機でこの大軍を相手取るのは自殺行為としか言えない。たとえパイロットがキラとフレイであってもだ。絶対的な数の差を前に、多少の性能差など問題とはならない。
 シールドを正面にかざしてはいるものの、何時までもつかが微妙な状況である。頑丈な対ビームシールドといえど、絶対無敵の壁ではないのだから。

「フレイ、君は下がって!」
「何を馬鹿な事言ってるのよ。キラ1人でどうにか出来ると思ってるの!?」

 多数の戦車に包囲され、MSの銃撃に晒される2機。Gでなければ確実に死んでいただろうこの状況で、2人は敵に反撃を加えていた。放たれたビームがジンのコクピットを撃ち抜き、戦車を踏み潰し、進路上の敵を減らしていく。だが、1発撃つと50発は返ってくるというふざけた戦況では、いかにキラとフレイががんばっても焼け石に水でしかなかった。

 

 上空ではスカイグラスパーがザフトの戦闘機隊を相手に壮絶な大立ち回りを演じている。空戦を見てしまうと、いかにあの2人の技量が他者と隔絶してるかが分かるような暴れっぷりだ。
 フラガが機体の全ての火器を制御してトリッキーな攻撃を繰り返している。だが、幾らなんでも高速機動中に擦れ違いざまに旋回砲塔からの砲撃で敵機を撃ち落としたり、周囲に手当たり次第に銃撃をばら撒くのは無茶苦茶ではないだろうか。この人の射撃技量は絶対にナチュラルの常識を超えている。
 そこから少し離れた所では何時ものように墜落と錯覚させるような急降下で敵を屠っていくエメラルドの流星が見える。機体強度を高めてキースの無茶な機動に耐えられる様にされているエメラルドのスカイグラスパーの急降下速度の制限はかなり緩い。言ってしまえば機体より先にパイロットが参る筈なのだが、キースは超人的な耐久力を発揮してこのGに耐えている。逆にこんな機動が出来る連合機にザフトパイロットの方が驚いているくらいだ。

「なんなんだ、あの戦闘機。ナチュラルにどうしてあんな機動が出来る!?」
「ジミー、後ろだ!」
「え?」

 キースのスカイグラスパーを目で追っていたラプターのパイロットは、背後に急激な機動で滑り込んで来たフラガのスカイグラスパーの姿に一瞬凍り付き、次の瞬間には撃ち込まれたバルカンに身体を粉々にされ、意識が消失してしまった。

「ジミー、ジミー。くっそおおぉ!!」

 目の前で戦友を落とされたラプターのパイロットは復讐に駆られてそのスカイグラスパーに襲い掛かったが、気持ちだけではどうにもならない絶対的な差が両者の間には横たわっていた。背後の回ろうとしたラプターだったが、一瞬機体を沈ませたスカイグラスパーの動きに付いて行く事が出来ず、勢いのままにその前に飛び出してしまった。慌てて上昇に入ろうとするが、機体が浮きあがるまもなく下方から撃ち上げられた銃撃に貫かれてラプターは四散してしまった。

 続けて2機のラプターを仕留めたフラガは次の目標を探しつつキースに声をかけた。

「キース、まだ生きてるな!?」
「あいにくと、こんな所で死ぬ予定は無いんです!」
「そいつは結構!」

 次の目標を見定め、機体を回り込ませるフラガ。相手もそれに気付いたのか慌てて逃げに入ったが、一度フラガに狙われて逃げ切る事など出来るはずも無く、中口径砲の直撃を受けて木端微塵になってしまった。


 脅威的な活躍を続ける2機のスカイグラスパーに後押しされるように地上のMS部隊も頑張っているが、正直言ってこのままだと2人が死ぬのは確実であった。アークエンジェルの艦橋から2人の必死の戦いを見ていたカガリは顔を悲痛に歪めてマリュ−を顧みた。

「どうするんだよ、あのままじゃ2人が!」
「分かってるわ。でも、こっちも手一杯なのよ!」

 カガリにもそれは分かる。マリュ−もナタルもアークエンジェルの全力を振り絞って群がる敵を蹴散らしているが、この場合は相手が多すぎるのだ。身を守るのに手一杯でストライクやデュエルの援護にまで手が回らないでいる。
 今のカガリはフレイと共にナタルの教えを受け、更にこの目でこれまで艦橋から戦いを見続けて来ただけにそれが良く分かる。だが、それでもあの2人が目の前で危ない状態に追い込まれているというのは耐えられるものではない。キラも、フレイも、カガリにとって大切な友達であるから。
 必死なカガリの声に悩むマリュ−。そんなマリュ−に、ナタルが起死回生の懸案をしてきた。

「艦長、ローエングリンで正面を薙ぎ払いましょう!」
「ナタル、ローエングリンは!」
「汚染が酷いのは分かっています。ですが、今の状況を打開するにはそれしかありません。このままではヤマト少尉とアルスターは嬲り殺しにされます!」

 ナタルが地上でのローエングリン使用許可を求めるのはこれが初めてではない。だが、今のナタルは戦術上の必要性だけでなく、二人を窮地から救いたいという思いを前に出している。そしてマリュ−は、こういう感情の篭った嘆願にはすこぶる弱かった。
 自分の中で二人を救おうという気持ちと、ローエングリンのもたらす被害の大きさがせめぎあう。撃たなければ2人を見殺しにする事になるという結論はもう出ているのだが、踏ん切りがつかないのだ。
 だが、その迷いも、ミリアリアの悲鳴が響き渡るまでだった。

「フレイっ!!」
「えっ?」

 何と、フレイのデュエルが尻餅をついている。

「ど、どうしたの!?」
「頭部に直撃を受けて、デュエルが倒れました。センサー系をやられたのかもしれません!」

 サイの報告にマリュ−は蒼白になった。頭部に直撃を受けて倒れたというのなら、もしかしてデュエルは自立系をやられたのではないか。もしそうなら、デュエルが動くのは困難だろう。少なくとも戦闘が出来る状態ではあるまい。

「デュエルは戻れそう!?」
「分かりません。ですが、フレイは無事みたいです!」

 ミリアリアの答えにとりあえず安堵するマリュ−。そして、遂にマリュ−は決断した。

「ナタル、ローエングリン用意!」
「艦長!?」
「後の事は、今を生き抜いてから考えましょう!」
「・・・・・・了解です、特装砲ローエングリン、用意!」

 ナタルの指示で慌しくオペレーターたちが機器を操作していく。アークエンジェルの艦首から2門の砲身が現れ、地上を照準する。これこそアークエンジェル最強の特装砲、陽電子破城砲ローエングリンである。

「照準、正面の敵主力。突破口を切り開くぞ!」
「了解!」

 パルが急いで照準用データを入力していく。地上で発射された事はないローエングリンだが、ついにその封印が解かれたのだ。

「ストライクがデュエルの盾になっています!」
「ナタル、急いで!」
「あと少しです!」

 悲鳴を上げるミリアリアにマリュ−が焦った声をだす。ナタルも焦ってはいるのだが、顔には出さずに冷静にローエングリンのエネルギーチャージを待っていた。
 そして、永遠とも思える僅かな時間が経ち、遂にパルの報告が来た。

「エネルギーチャージ完了!」
「よし、特装砲、撃ぇ―――!!」

 アークエンジェルの艦首からまばゆい光りが放たれ、戦場を薙ぎ払う。艦首方向にいた戦闘機が直撃を受けて消滅し、周囲にいた機体がプラズマと衝撃波を受けて機体を砕かれ、あるいはバランスを失って墜落していく。
 地上にいた兵士も無事ではすまず、ローエングリンの発する強烈なプラズマやブラストに生きながら焼かれ、悶え苦しんで息絶えていく。戦車の車体がプラズマに包まれ、瞬時にして戦車兵を乗せた棺桶と化す。そして直撃点では対消滅現象による膨大な熱量により、そこに有ったあらゆる物が瞬時にして消滅してしまい、その周囲は余波を受けてこの世の地獄と化している。生き残った者も放射線障害に苦しむ事になるだろう。
 その地獄を生み出したアークエンジェルでは、誰もが余りの威力に呆然としていた。これが地上で使用されたローエングリンなのか。これまで話だけで現実を伴わなかったその威力を、彼女たちはようやく実感出来たのだ。

 

 

 艦橋の仲間達と同じく、地上で戦っていたキラとフレイもまた、その惨状に息を飲んでいた。

「これが、ローエングリン・・・・・・・」
「艦長が、地上で使うなって言う、筈よね」

 相手が密集していた為にこの惨状になった、という見方も出来るが、一瞬で1千人以上が殺されたのは間違いあるまい。2人が足を止めてしまうのも仕方ないだろう。
 そして、ようやく我に帰ったザフトが攻撃に出てきたのを見て、キラがフレイに声をかけた。

「怪我は!?」
「肩を打ち付けただけ」
「そう。フレイ、アークエンジェルまで飛べそう?」
「え、ええと、飛ぶだけなら、何とか」
「じゃあ、アークエンジェルに戻って。後は僕がやるから」
「でも、ストライク1機じゃ」
「そのデュエルじゃ、いても足手纏いだよ」

 キラの言葉に、フレイは返す言葉を持たなかった。MSに乗って2ヶ月ほどが経っており、多少はMSの知識も持っている。

「・・・・・・わかったわ。気を付けてね」
「うん、大丈夫さ」

 フレイは仕方なくデュエルを起し、アークエンジェルへとジャンプさせる。デュエルがアークエンジェルに着艦するのを見たキラは、視線を向ってくるザフトMS部隊に向けた。

「・・・・・・僕は、まだなんの為に戦うのか分からない。でも、僕はアークエンジェルのみんなを守りたい。それだけは、間違い無いんだ・・・・・・だから!」

 キラの目から光が消え、表情が消える。怒りでも焦りでもない、何かを、何処かの誰かを守りたい、その想いで、キラはSEEDを発動させた。何時もはこうなると全ての敵を滅ぼしたくなったが、今は違う。

「だから、今はその為に戦うんだ!」

 ストライクのビームライフルが続けてビームを撃ち放ち、迫る3機のジンを破壊してしまう。一瞬でMS3機が倒された事にザフトの動きが一瞬止まった。すでに幾度もストライクと交戦しているアスラン達なら気にもしなかっただろうが、通常のザフト部隊にしてみればMS3機が一瞬で倒されるなどというのはありえない事だったのだろう。
 動きがとまったザフトの大軍の中に踊りこんだストライクは、ビームサーベルを抜いてジンに斬りかかった。ジンにはビームサーベルを防ぐ手段は存在しないので、ひたすら避けるしかない。もっとも、ストライク相手にジンの機動性では逃げれる訳も無いのだが。
 戦車やミサイルキャリアー、重砲の運命は更に悲惨だった。手間を惜しんだストライクはそれらをイーゲルシュテルンで掃射し、あるいは踏み潰して回ったのだ。
 今のキラには、もはや通常部隊のジンやシグー、バクゥでは相手になれない。数で囲もうにも先のローエングリンのせいで部隊がバラバラになっており、連携した動きが出来ないでいる。個々に攻撃してくるこれらのMSは、キラの好餌でしかなかった。

 だが、今のストライクの強さは余りにも凄すぎた。これほどの大軍の中で、まるで躍る様に敵中を舞い、次々に敵機を仕留めている。空を舞う2機のスカイグラスパーも充分過ぎる程に超人レベルだが、キラの強さは2人の活躍さえ霞んでしまうほどに凄まじかった。
 艦橋から見ているマリュ―やナタル、カガリやサイ、ミリアリア、カズィの顔には驚愕と、恐怖が浮かんでいる。最初は敵を蹴散らしていくストライクに歓声をあげていたのだが、だんだんそれが小さくなり、遂には艦橋を奇妙な静けさが支配してしまっている。

「あの子、コーディネイター・・・・・・なのよね?」
「その筈です、その筈ですが・・・・・・・」

 マリュ−とナタルには、キラがコーディネイターという範疇に収まる生物とは思えなかった。何故なら、今彼が手当たり次第に殺戮している相手が、そのコーディネイターなのだから。
 宇宙ではジンとメビウスには1対5のキルレシオが存在しているし、地上でもMSと戦車の間には絶対的な差が存在する。だが、それでも目の前の光景に較べればおかしな物ではないだろう。幾らストライクを使っているとはいえ、たった1機のMSが敵の大群の中を駆け抜け、死と破壊を撒き散らしているのだから。
 その動きには、前にフレイと戦った時のような狂気の色は見られない。アークエンジェルの進路上を的確に切り開こうとしている。進路上にいるザウートを真っ二つにし、ジンの頭部を破壊して擱座させる。その余りの強さに逃げ出すMSが出る始末だ。

 普通に考えれば有り難い状況なのだが、マリュ−達にはそれは、【化け物】としか映らなかった。そう、かつてフレイがキラに抱いた感情と同質、同等のものだ。
 かつて、彼らがキラに一度だけ同じ感情を抱いた事がある。大気圏から降下した際、数百度にまで達したコクピットから生きて出てきた時に、整備兵や、その話を聞いたクルーはキラを化け物だと思ったのだ。
 あれから数ヶ月が経過して、その時の記憶は激しい戦闘の中で風化しかかっていたのだが、今まさにその時の記憶と恐怖がまざまざと蘇っていたのである。
 シンと静まり返る艦橋の中で、ミリアリアの漏らした呟きが妙に大きく響いた。

「ば・・・・・・化け物・・・・・・・」

 そう、誰もそれを否定はしない。今のキラを言い表わせる言葉は、まさに化け物以外に有り得なかった。何時もなら真っ先に文句を言ってくる筈のカガリでさえ、今は顔を僅かに青褪めさせているくらいだ。
 この時、ミリアリアとサイ、カズィはまだ軍に入る前にフレイが口にしていたナチュラルとコーディネイターの違いを、まざまざと思い出したのだ。

『コーディネイターって、反射神経とか物凄く良いのよ。何かされたらどうするのよ!』

 これまで故意に目を逸らしていた真実。キラはコーディネイターであり、その気になれば自分たちなど容易く殺されてしまうのだという事を、3人は認識してしまったのだ。今自分たちの生存権は、目の前のストライクに乗るコーディネイターの気紛れ1つで容易く奪われてしまうほどに脆い物であるという事を。

 そして、カガリも初めてナチュラルとコーディネイターの差を、キラの持つ力の凄まじさを理解した。これまでも理解しているつもりだったが、それはまさにつもり、でしかなかったのだ。目の前で死と破壊を撒き散らしているMSを駆るパイロット。あれは自分の良く知っているキラなのだ。
 だが、今目の前で暴れているMSに乗っているパイロットが自分と同じ人間だとは、カガリには思えなかった。これがコーディネイターなのかとカガリは初めて実感したのだ。
 これまで幾度もコーディネイターと戦ってきたが、それは全て敵だった。相手にしている時は必死で、その力の差など気にしている暇は無かった。そしてキースやフラガ、フレイでも撃退する事が出来た。だからキラの活躍を見ても凄いなあとしか思わなかった。
 だが、今は違う。キースもフラガも空で戦うのに手一杯で、地上の援護は出来ないでいる。つまり、キラは1人で戦っているのだ。にも関わらず、この強さだ。自分は、全く知らないままに、自分を平然とくびり殺せる化け物の肩を叩いていたのだ。

 カガリ達が感じているのは、フレイがヨーロッパでキラに感じた恐怖に近かった。あの時、フレイは自分を助けてくれたキラに言いしれぬ恐怖を覚えたのだ。明らかに自分とは違う何か、異質な何かをキラの中に感じたから。
 それを今、ようやくカガリ達も感じたのだ。キラは、自分たちとは違うのだと。

 

 

 敵の大軍を満身創痍になりながらも突破したアークエンジェルは、よろよろと近くの友軍基地を目指した。幸いにしてそこにはまだ友軍部隊が展開しているらしく、通信が繋がったのだ。
 だが、帰還したキラがストライクから出てきた時、思わず眉を顰めてしまった。何と言うか、何時もと空気が違うのだ。何時もなら駆け寄ってくる整備兵たちが、今日はみんな自分から顔を背けている。いや、まるで怖がっているかのように時折ちらちらとこちらを見ている。顔を向けると視線が合うのを恐れて慌てて顔を背けるのがその証だ。
 キラにはその理由が何となく分かった。散々向けられて来た視線だったから。それは、化け物を見る目なのだ。

「・・・・・・やっぱり、こうなっちゃうよね」

 分かっていたのだ。最近の自分の戦闘能力は明らかに異常だという事は。ヨーロッパでは同じGシリースを駆るアスランとブリッツを一瞬で戦闘不能に追い込んだ。先のフレイと戦った時の襲撃でもそうだ。自分はデュエルや新型を、雑魚としか認識しなかった。フレイやフラガ、キースはナチュラルとしては異常な部類に入るだろう。それと同じで、自分はコーディネイターとしては明らかに異常なのだ。そんな自分をナチュラルが見ればどうなるか、火を見るよりも明らかだろう。そんなものは化け物でしかない。
 ストライクから降りてとぼとぼとパイロットルームへと向うキラの後姿を見送ったフラガとキースは、来るべき時が来たかと言いたげに顔を見合わせた。

「遂に、この時が来ちまったな」
「ええ、キラの戦闘能力はナチュラルには受け入れられないでしょう。実際、あの強さはコーディネイターだからで済むレベルじゃありません」
「今までは俺達しか気にしてなかったが、とうとうみんなも気付いちまった」

 そう、フラガとキースはキラが化け物である事をずっと前から知っていた。同じように戦場で肩を並べて戦って来たのだから当然なのだが、2人にはキラの凄さを確認するだけの精神的余裕があったのだ。
 これまでは何事にも一杯一杯だったアークエンジェルだが、余裕が出てきたことで、遂にキラの異常性に気付いてしまったのだ。何時かはこの時が来る、と分かってはいたのだが、いざ来てしまうと助けてやることもできない自分に腹が立つ。

「あいつ、大丈夫かな?」
「こればっかりは自分で乗り越えてもらうしかないでしょう」

 キースの言葉にフラガも頷く。そう、これはキラが乗り越えないといけない壁なのだ。ナチュラルの中で生きていこうと言うのなら、これからもキラはこういう視線に晒される事になる。これに耐えられる覚悟が無いなら、キラはナチュラルの中で生きていく事は出来ないだろう。


 だが、キラにとって本当の地獄はここから始まっていた。


 自室に戻ろうとしたキラと擦れ違う様にミリアリアが向こうからやってきたのだ。それを見たキラは嬉しそうにミリアリアに声をかける。

「やあ、ミリィ」
「え・・・・・・・キ、キラッ!」

 何か考え事をしていたらしいミリアリアは、声をかけられて初めてキラに気付いた。そして、キラの顔を見て最初に浮かんだ感情は嬉しさではなく、紛れも無い恐怖であった。 
 それを見たキラは初めて衝撃を受けた。整備兵たちに怯えた視線を向けられても大して気にならなかったが、まさかヘリオポリスに住んでいた頃からの友人だったミリアリアにまでそんな目で見られるとは思わなかったから。

「ミ、ミリィ・・・・・・・」
「ご、ご免、忙しいから、後でね!」

 ミリアリアは誤魔化す様に言うと、急ぎ足でその場から駆けて行ってしまった。それを呆然と見送ったキラは、ショックの余り肩を落としてしまった。まさか、ミリアリアにまで避けられるとは思ってもみなかったからだ。
 自室に戻る気も失せたキラは、近くの休息室へと向った。何か飲み物でも買おうと思ったのだ。だが、そこにはすでに先客が、カガリがいた。

「あ、カガリ」
「っ!・・・・・・・・・・・・」

 部屋に入って来たキラに対し、カガリは椅子に座ったまま身体を硬直させた。一瞬向けられた顔には怯えの色が濃い。それを見たキラの顔に失望と焦りの色が浮かぶ。

「カ、カガリ・・・・・・?」
「あ、ああ、何でも無いよ。何でも・・・・・・」

 だが、その言葉とは裏腹に、キラが近付いて行くとカガリはキラから身を離していく。椅子の上をずらしていく。その華奢な体が僅かに震えているのにキラは気付いてしまった。

「カガリ、本当にどうしたんだよ・・・・・・まさか、カガリも・・・・・・・」
「何でも無いったらっ!」

 声が震え出したキラに大声を叩き付けて、カガリは休息室から駆け出して行ってしまった。その背中に手を伸ばしたキラであったが、それは空しく宙を切るだけだった。

「・・・・・・カガリ、君もなのか」

 前にカガリは言ってくれた。「コーディネイターだからって関係無い」と。あの言葉は自分にはとても嬉しかった。みんなが自分から離れて行く中で、彼女は平気で自分に話し掛けて来てくれた。その事がどれだけ自分の支えになったか、今更確認するまでも無いことだ。
 だが、そのカガリまでもが自分を恐れている。すでにこの艦内には自分を同じ人間として見てくれる人は居ないのではないのかとさえ思えてくる。そして、そのキラの感じた恐怖は、次に出会った人々によって確信へと変わってしまった。

 十字路でキラはマリュ−とノイマン、カズィに会ったのだ。優しく、自分にも他のクルーと分け隔てなく接してくれるマリュ−。クールを装っているけど、実は目端がきいて面倒見が良いノイマン。ゼミの友人のカズィ。
 だが、この3人でさえ、自分を見る目には明らかに怯えがあった。

「ヤマト少尉・・・・・・その、ご苦労様」
「はい、艦長」

 一見すると、何時も通りに見える会話。だが、マリュ−はそれ以上口を開かない。何時もなら続けて何か会話をするのに、今日は明らかに話をするのを避けている。ノイマンはマリュ−と自分の間に身体を半分割りこませてマリュ−を庇っているし、カズィに至っては露骨に怯えている。
 そうなのだ。彼らも自分を化け物と認識してしまっているのだ。余程さっきの戦いぶりが凄かったのだろう。別にこれまでも手を抜いて戦っていた訳ではないのだが、フレイとの関係が改善された事で気が楽になったのが大きかったのだろう。確かに今日は何時もより上手く戦えていた。デュエルがボロボロになったという事も自分の闘争心をかきたてたかもしれない。
 結局、これが現実なのだろう。自分がこの人たちを守りたいと考え、その力を振るえば振るうほどに、結果として自分は守りたい人たちに怖がられてしまう。ミリアリアやカガリ、マリュ−にさえ恐れられているのだ。艦内の人間は全員そうだと考えていいだろう。

 

 3人の前から立ち去ったキラは、自室に戻った。今は誰にも会いたくは無かった。信じていたカガリやマリュ−にまであんな目で見られたのだ。もしこれでフレイや、トール、キース、フラガにまで拒絶されれば、自分は壊れてしまうかもしれない。

「分かっていた筈なのにね。僕はコーディネイター。皆とは違う、遺伝子操作された化け物だって事は」

 最初にそれを自覚させてくれたのはフレイだった。彼女の言葉は自分を傷付けたが、それは嘘ではないのだ。自分はコーディネイターであり、ナチュラルであるみんなから見れば猛獣にも等しい危険性を持った化け物なのである。
 今まではそれを周りが気にする余裕が無かった。だが、一度それに気が付いてしまえば、あとはもう元に戻ることは無いだろう。フレイのように化け物と知って恐れていながら、その恐怖を乗り越えて相手を受け入れる、などということが出来るのは極めて稀有な例なのだ。偏見を乗り越えるというのは簡単に言われているが、実際にそれが出来る者は滅多に居ないのだから。
 この世に、他者への偏見を持たない者など、存在しないのだ。もしそれが居るとすれば、それは心を、感情を無くした人間だけだろう。違いがあるとすれば、それを自覚しているか、居ないか位である。何故なら偏見とは、感情の産物であるから。

 

 ナチュラルとコーディネイターが同じ空間の中で普通に暮していける。それは夢でしかないのだろうか。

「・・・・・・でも、僕は夢を見たかった。見続けたかった。それが嘘だったとしても、僕は騙され続けたかった」

 それが、キラの本音だった。サイやミリアリア、トール、カズィと一緒に生きていたかった。フレイと笑っていたかった。キースさんやカガリ、フラガ少佐にからかわれたかった。マリュ−さんに笑われ、ナタルさんに叱られ、マードックさんに窘められて、そんな日常が僕は好きだった。もし叶うなら、この日常が永遠に続けば良いとさえ思っていた。この日常を守るために僕は戦っている。アークエンジェルのみんなを守るために戦っている。
 だが、守るために力を使えば使うほど、僕はみんなに疎まれてしまう。どうすればこの矛盾を解決できるのか、さっぱり分からない。まるで出口の無い迷路に迷い込んだかのような気分だ。

 この時、キラは自分でも気づいていない事があった。すでにキラは自分がフレイやトール、キースといった、自分を見ていてくれた、あるいは受け入れてくれた者達さえ自分から離れていったと決めてかかっている。また何時もの悪い癖が出ているのだ。フレイの達した答え、話し合わなければ、何も分からないという答えにキラが辿りつくには、後どれくらいかかるのだろうか。

 

 


 南太平洋。そこは太洋州連合の勢力圏から僅かに外れた海域である。そこに今、1隻の豪華客船が航行していた。両脇を大西洋連邦の駆逐艦2隻に護衛されている事から、この客船が普通の目的で航行しているのではない事が分かる。
 そして今、その客船に1機のヘリコプターが着艦しようとしていた。パイロットでもあるダコスタが背後にいる上司に声をかける。

「まもなく着艦します。ですが、宜しいのですか?」
「なにがですか?」
「今回の会見の事です。いくらなんでも、危険過ぎます」

 そうなのだ、今回の相手は余りにも危険過ぎる。だが、ラクスはいつもの笑顔を崩す事も無く、平然と言いきった。

「大丈夫ですよダコスタさん」
「何故、そう言い切れるのですか?」
「少なくとも、私達に利用価値があるうちは、あちらも手出しはしてきませんよ」

 まるで自分の命をポーカーのチップの様にでも考えているかのようなラクスの言葉に、ダコスタは胃が縮み上がるのを実感した。冗談ではない、この人の心臓はどういう作りをしているのだろうか。

「・・・・・・再就職先、探そうかなあ」

 ごく普通の感性を持つ小市民であるダコスタは、戦死した前の上官であるバルトフェルドを上回るとんでもない上司と早く縁を切りたいと考え出していた。だが、まるで悪魔に魅入られているかのように上司運が悪い彼のこと、仮に仕事を変えても、マシな上司に巡り合える可能性は限りなく低いかもしれない。これでクルーゼ隊にでも配属されて毎日クルーゼと顔を会わせる様にでもなったら、彼は神を呪いながら病気療養の為に後送される羽目になるだろう。

 そして、豪華客船のプールサイドに置かれている椅子に腰掛けていた30代後半の男は、かけていたサングラスを外すと面白そうに降りてきたヘリを見た。

「ふうん、本当に来るとはね。なかなか勇敢なお嬢さんらしい」
「アズラエル様、そろそろ会見場の方へ」
「ああ、そうだね。女性を待たせるのは礼儀に外れる」

 ムルタ・アズラエル。ブルーコスモスの総帥にして、軍需産業連合理事でもある男だ。パリっとした白いスーツを身にまとい、どこか軽薄そうな印象を受ける。
 ブルーコスモスのTOPとプラントの歌姫。この奇妙な組み合わせは、一体どういう意味を持つのだろうか。



後書き
ジム改 キラ、とうとう孤立しちゃった
カガリ 孤立しちゃったじゃねえだろ。どうすんだよこの状況!?
ジム改 さあ、どうしよう?
カガリ 何も考えてねえのか!?
ジム改 い、いや、そんな事は無いのだが。ちゃんと味方も居るし
カガリ フレイとキース、フラガか?
ジム改 もう少し居るけど、まあそんな所
カガリ でも、お先真っ暗だな
ジム改 まあ、そのうち良い事もあるさ
カガリ 信じられんが、まあ良い
ジム改 うむ、気にせんでくれ
カガリ キラよりももっとやばい事があるだろ?
ジム改 ラクスか?
カガリ あれはヤバイだろ。アズラエルだぞ
ジム改 ラクスが戦争終わらせたいならこいつと話し合うのは避けられないぞ
カガリ まあそうだけど、でも良いのか?
ジム改 こういう人間は私情を利益に優先はさせないよ。普通はね
カガリ これで話が纏まるのかなあ
ジム改 それは2人しだいだね

 


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