第45章  指導者の資質

 


 ザフトの第2派の後詰として出撃する事になったMS隊を率いる為にアスランとニコルが出撃する事になり、イージスとブリッツがMS運搬車の上で最後の整備を受けていた。パイロットスーツに着替えたアスランとニコルがジン隊の指揮官達と話し合い、攻撃手順の打ち合わせを終えて戻ってくる。

「アスランは脚付きと戦うのは久しぶりですね」
「ああ、何しろイージスは整備性が悪いからな。何時もちゃんと動いてくれれば文句は無いんだが」

 可変機はどうしても稼動部が多くなるため、整備性が悲しいほどに悪く、整備兵泣かせの機体である。消耗部品も多いので交換部品の欠乏も起き易く、イージスを使っていたアスランは戦いたくてもMSが動かないという現実に苦しめられてきたのだ。
 イージスの灰色の装甲に手を当て、アスランは苦々しい思いに囚われてしまった。

「こんな機体を、ナチュラルが開発したりしなかったら、俺達は敵味方に分かれることは無かったのに」

 戦争であり、敵に対抗する為の新兵器を開発するのは当然だ。それくらいはアスランにも分かっているが、キラと争わなくてはならないという現実を作り出したこの機体に良い感情を持っていないのも確かだ。しかも、今ではこのGATシリーズはナチュラル側で量産されており、友軍に黙視し得ない程の大損害を与えている。
 そして、また親友と戦わなくてはならないのだ。今度こそ自分の手でキラを殺してしまうかもしれない。いや、逆に自分が殺されるかもしれない。そう思うとやりきれない気持ちになってしまう。
 そんな、何処か気落ちしているアスランの肩をニコルが叩いた。自分の思考に浸っていたアスランは吃驚して背後を振り返った。

「ニ、ニコル!?」
「どうしたんです、何だか気落ちしてるみたいですけど?」
「い、いや、大した事じゃないんだ」

 心配してくれるニコルにアスランは慌てて笑顔を作ったが、それが作り笑顔である事くらいはニコルにも分かった。

「アスラン、貴方は脚付きと戦う時は何時も何か悩んでますね。あの艦には、何かあると言うんですか?」
「そんな事は無い。ニコルの気のせいだ」
「なら良いんですが、余り抱え込まないで下さいね。アスランに倒れられると色々と困るんですから」

 柔らかい笑みを残してニコルはブリッツの方へと歩いていく。それを見送ったアスランはまたまた憂鬱な気持ちになってしまった。キラを倒したくはないというのも本心であるが、自分にはニコルをはじめ、多くの部下に対する責任もあるのだ。もしニコルやミゲル、エルフィが自分の迷いの為に死んだなどという事になれば、自分で自分が許せなくなるに違いない。

「俺が、倒すしかないのか、キラを・・・・・・」

 

 

 

 第8中隊の方では民間人を庇いながら必死の行軍を続けていた。地下道を抜け、脱出基地に辿り着かねばならない。だが、ザフト兵の追撃は厳しく、味方の兵も次々に倒れている。カガリも瓦礫で遮蔽を取りながら持ってきていたアサルトライフルを撃っていた。

「くそっ、しつこい奴らだ!」
「カガリ、先に行け!」

 クリスピー大尉がカガリに怒鳴るが、カガリはそれを聞かなかった。

「馬鹿言うな、こんな所に残したら、あんたが助からないぞ。死ぬ気なのか!?」
「いいから早く行け、これは命令だぞ!」

 クリスピーがカガリの方を向いて怒鳴った。だが、それが油断だった。振り向いた瞬間クリスピーの銃撃が止み、彼の撃っていた重機関銃の弾幕が晴れた所を2人のザフト兵が襲いかかってきたのだ。それを見たカガリがとっさに1人を撃ち殺したが、もう1人の銃撃でクリスピー大尉が負傷してしまった。クリスピーを撃った兵もすぐに軍曹の反撃に倒されたが、クリスピーは苦しそうな呻き声を上げている。

「大尉、大丈夫か!?」

 カガリが駆け寄って傷口を確かめ、すぐに絶望した。弾は貫通しているようだが、内臓を撃ち抜いている。すぐに軍医の本格的な処置を受けなくては助からないだろう。そして、ここには軍医など居ない。
 クリスピーも自分が助からないと悟っているのだろう。カガリと同じく近寄ってきた軍曹に、懐から取り出したものを差し出す。

「すまん軍曹、俺はここまでのようだ。こいつを、家族に渡してくれ」

 大尉が差し出したのは、家族への手紙であった。それを受け取った軍曹は一度だけ頷くと、銃を手に再び敵への銃撃を再開する。そして大尉は両手で自分の右手を取っているカガリを見た。

「早く行け、ここは俺が時間を稼ぐ」
「大尉、ごめん、ごめん、私のせいで・・・・・・・・・・・・」

 カガリには分かっていた。クリスピーが撃たれたのは自分が素直に言うことを聞かなかったせいだという事が。自分の幼稚な我侭か彼を殺してしまったのだ。
 だがクリスピーは泣きそうに顔を歪めているカガリにニヤリと笑って見せた。右手に力を込め、カガリの手を握り返す。

「気にするな。こんな事は、グッ・・・・・・よく、あることだ」
「でも、私が・・・・・・」
「いいか、カガリ、俺に悪いと思うなら、二度とこれを繰り返すな。過ちから学んで、立派な指導者になれ」

 クリスピーの励ましの言葉に、カガリはびっくりして彼の顔を見た。この黒人の大尉も、自分の正体を知っていたのだろうか。クリスピーはカガリの無言の問い掛けを些か引き攣った苦笑で肯定してみせた。

「キースや、キサカ一佐からな。だから、お前は死んではいかんのだ」
「大尉・・・・・・」
「さあ、行くんだ。振り返るなよ。それと、アルスター准尉に伝えてくれ。すまない、と」

 そう言うと、クリスピーはカガリに自分の拳銃を握らせた。持って行けということだ。カガリは震える手でそれをしまうと、クリスピーに向かって泣き崩れるように頭を下げた。

「大尉、ごめん・・・・・・なさい、ごめんなさい」

 もう一度、激しい後悔のない混ざった謝罪をして、カガリは駆けて行った。その後を軍曹と2人の兵士が追っていく。逃げながらも軍曹は一度だけクリスピーを振り返り、小さく敬礼を施していった。
 クリスピーはわき腹から流れる血を見ると、まだ瓦礫の間に固定してある重機関銃にしがみつき、そのトリガーを引いた。再び銃弾のシャワーが狭い通路に叩きつけられ、軍曹たちを追おうと飛び出してきた兵士を2人撃ち倒す。だが、給弾ベルトを補給するものがいなければ、重機関銃はすぐに弾を撃ちつくしてしまう。空撃ちの音を聞いた大尉は引き金から指を離すと、満足げに口元を歪めた。多少は時間を稼げた。あいつらは距離を稼ぐことが出来ただろう。
 死ぬ間際だというのに、クリスピーは部下たちの顔を思い出し、そしてアークエンジェルで出会った楽しい奴等のことを思い出し、小さく笑った。死ぬ間際も笑っていられるのは、何だか良い気分だ。

「ふんっ・・・・・・悪くない、人生だった、な」

 後、自分に出来ることは1つしかない。クリスピーは力が入り難くなってきた指先でポケットに入れてある爆薬を取り出し、壁に差し込んで信管を付けた。そして、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。
 その時、足音が近づいてきた。銃撃が止んだのを見てザフト兵がやって来たのだろう。視線をそちらに向ければ、4人のザフト兵がこちらに銃を向けているが、自分の手から伸びるコードに気付いたのか、顔を恐怖に引き攣らせている。
 それを見たクリスピーは、引き攣った笑みを浮かべたまま、信管を作動させるスイッチを押した。その瞬間、壁が大爆発を起こし、脆くなっていた天井を巻き込んで通路を崩壊させてしまった。クリスピー大尉は最後の力を使って追撃を完全に断つ道を選んだのだ。

 

 

 背後から聞こえてきた爆発音と、それに続く通路が崩壊する音を聞いて、カガリは足を止めて振り返ってしまった。ここからは状況を確認することは出来ないが、何が起きたのかは大体予想が付く。クリスピーが爆薬を使って通路を吹き飛ばしたのだ。

「大尉・・・・・・」
「カガリ、急ぐんだ」

 力なく後ろを振り返っているカガリの肩を軍曹が掴んで揺する。それでカガリも走り出したが、その顔には激しい後悔の色があった。彼を殺したのは自分だという考えが頭から離れないのだ。

 

 地下道から地上に出たカガリたちは、そこでザフト兵たちと激しい戦闘を繰り広げる第8中隊の兵士たちと合流した。既に敵はここにまで浸透していたのだ。アサルトライフルや軽機関銃、対人ロケットを撃つ兵士たちに指示を出している曹長を見つけたカガリは、曹長の傍に駆け寄った。

「一番近い基地まで、あと2、3キロだ!」
「ここを突っ切るしかないのか・・・・・・」

 曹長の視界には、敵から撃ち降ろされる最悪の道が見えている。ここを突っ切れば味方の勢力圏だが、ここを突っ切れるのだろうか。
 だが、曹長の不安は無用のものであった。見張りの兵が接近してくる敵の第2派を発見したからだ。
 連絡を受けた伍長が慌てて駆け寄ってくる。

「曹長、敵の第2波が8キロ地点にまで来ました!」
「くそっ」

 カガリが罵声を上げて壁を殴りつける。だが、それで敵が居なくなるわけでもない。その時、いきなり敵の攻撃が止んだ。不審に思った曹長が辺りを伺うと、銃口は見えるのだが、発砲はしてこない。

「どうしたんだ?」
「多分、第2波が来るのを待ってるんだろう」

 伍長の疑問に軍曹が答える。それを聞いて、カガリが辛そうな声を出した。

「敵の地上戦艦が来たら、終わりだな」

 カガリの言葉に声を無くす曹長と伍長。彼らの背後には不安そうな民間人たちの姿がある。彼らを無事に送り届けることが自分たちの役目なのに、これでは到底突破はおぼつかない。
 考え込んでいる曹長に、カガリが絶望的な提案をした。普通に考えれば、自殺としか思えない提案を。

「曹長、みんなを集めて、走り抜けよう。何人かは、辿り付けるかもしれない」
「・・・・・・・・・・・・」

 曹長の顔が苦渋に歪むが、カガリの提案を否定はしなかった。自分もそれしかないという結論に達したからだ。

「・・・・・・伍長、全員を集めろ。民間人を守りながら、強行突破する」
「曹長、ですがそれでは・・・・・・」
「彼女の言う通りだ。地上戦艦が来たら、どのみち終わりなんだよ。なら、賭けてみよう」

 そこまでの覚悟を必要とするほど追い詰められたのかと思うと、薄ら寒くなってしまう。だが、時間がないのも確かなのだ。伍長は頷いて部下たちに号令をかけていく。曹長も民間人に声をかけ、現在の状況を説明していく。そして、カガリも第11機械化中隊の兵士たちに突破を告げていた。それを聞いて兵士たちが一様に肩を落とす。

「ここまでかよ」

 誰かが漏らした呟き。それを否定することは出来ない。軍曹でさえ悔しそうに臍を噛んでいる。だが、そんな空気の中で、1人だけまだ諦めていない者がいた。

「何言ってるんだ。突破するんだよ。最後まで諦めるな!」
「だが、これではどう考えても・・・・・・」

 軍曹が遮蔽物の少ない通りを見る。ここを突破するなど、自殺と同義語だろう。経験豊富な軍曹には、突破など不可能だということが分かっていた。だが、弱音を吐いた軍曹の向う脛をいきなりカガリが力一杯蹴りつけた。

「馬鹿野郎、お前、それでも男か!?」
「いきなり蹴るな!」
「何諦めてやがる。私は諦めないぞ。何が何でも生き残ってやる!」

 真顔で力説されてしまい、軍曹は言葉を無くした。

「クリスピー大尉に約束したんだ。生きるって。フレイに最後の言葉を伝えるって!」
「・・・・・・・・・・・・」
「だから、私は絶対に諦めないぞ!」

 状況を無視して力説するカガリ。それに圧倒されていた軍曹たちだったが、遂には声に出して笑い出してしまった。

「あっはっはっは! お前、本当に馬鹿だな」
「ああ、馬鹿だよ」
「良いだろう。なら、俺もお前の出所不明の自信に付き合おうじゃないか」

 銃を担ぎ直し、軍曹が部下たちを振り返り、威勢のいい声をかける。

「お前ら、これから強行突破だ。いいか、英雄になろう何て考えるなよ!」
「そんな馬鹿はいやしませんよ」

 軍曹の掛け声に兵士の1人が笑って返し、それで場の空気は一気に軽くなった。カガリもこれで良いとにんまりと笑う。湿った空気は好きじゃない。暗い気持ちのまま戦場には出たくない。弱気は死を呼び込んでしまう。どれだけ状況が最悪でも、笑って胸を張っているべきだ。
 フレイが変わったように、カガリも変わってきているのだ。いや、その潜在していた資質を開花させだしたと言うべきか。彼女はキースやキサカが目を掛けるだけの資質、人の上に立つ指導者としての資質を持っていたのだ。ただその場にいるだけで人を惹き付け、引っ張っていくことの出来る人間がいるが、カガリはそれに該当するのかもしれない。これは英雄の資質と言い換える事も出来る。

 軍曹たちを立ち直らせたカガリは、民間人を説得したらしい曹長の前に立った。

「準備は良いのか?」
「ああ、行こう。時間がない」

 そう言い、少し逡巡した後、曹長はカガリに右手を差し出した。カガリはそれを見て少し驚いたが、すぐにそれを握り返した。そして手を離す。これが合図になった。

「いいか、息が続く限り、走り抜けるんだ!」

 曹長が全員を見渡して言う。カガリもそれに頷きながら、首に掛けているハウメアの守り石を握り締めた。オーブに伝わる守護の象徴。迷信でもいいから、今はその加護を祈りたかった。
 だが、その時脳裏に浮かんだのは何故かキースの何時もの人を食った笑顔であった。それに一瞬驚きを感じ、次いで口元に笑みを浮かべる。

「・・・・・・そうだよな、何も言ってないのに、死ねないよな」

 カガリは持っているアサルトライフルを構えると、自ら最初の一歩を踏み出した。それに続いて他の兵士たちも飛び出し、遮蔽物に飛び込んでいく。

「行け、今だ!」

 曹長の指示で民間人たちも一斉に飛び出していく。それを確認したザフト兵たちがシャワーのような銃撃を浴びせてきた。たちまち辺りに着弾音が響きわたり、遮蔽物の陰から反撃をしている兵士たちが1人、また1人と撃ち倒されていく。カガリも銃火の光を目標に反撃を加えて1人を倒していたが、敵の数は余りにも多く、味方の数は余りにも少なかった。

「くそっ、数が多すぎる!」

 物陰に身を隠して弾装を交換しながら、カガリは口汚く罵った。その時、視界内で第11機械化中隊の兵士が倒れて動かなくなるのが見え、思わず顔を背ける。そして怒りを込めて敵にまた銃を向けたのだが、運悪く身体を出した所で敵の銃弾が肩に当たった。衝撃で仰向けに倒れ、傷口を押さえて激痛に苦痛の声を上げる。
 その悲鳴を聞いた軍曹が物陰から飛び出して転がり込むようにカガリの傍によると、カガリが隠れていた物陰にカガリを引きずり込んだ。

「大丈夫か、カガリ!?」
「だ、大丈夫・・・・・・弾は貫通してる」
「そうか」

 それ以上の事は問わない。致命傷でないのなら、それ以上聞いても意味がないからだ。この場で傷の手当てが出来るわけでもないし、もう逃げることも出来そうもない。軍曹は持っている軽機関銃の銃身を瓦礫の隙間に乗せ、ザフト兵に向かって撃ち始めた。
 カガリは腰から片手用の拳銃を抜くと、器用に片手で安全装置を外した。
 物陰に背を預けて周囲を見渡すと、既に兵士の半数以上は倒れていた。反撃する銃火は目に見えて少なくなり、民間人の死者も多い。近くの瓦礫の影では2人の子供を抱きながら身体を小さくして震えている母親もいる。その傍で反撃を加えている兵士がいる。
 そして、すぐ傍で軍曹が警告を発した。

「いよいよ来るぞ!」

 言われて視線を転じてみれば、ザフト兵たちが少しずつ近づいてきている。それまで陣取っていたビルから降りてきた者もいるようだ。どうやらこちらの数が減ったのを見て、殲滅するつもりになったらしい。
 カガリは自分の無力さが悔しかった。ここにいる人たちを助けることは、自分には出来ない。あそこで震えている親子を安心させてやる事も、気休めの言葉を掛けてやることも出来ない。
 悔しさと情けなさで、頬を涙がつたり落ちていく。誰かを仕方無いなんて言葉で納得させて見捨てるのが許せなくて、諦めたりするのが我慢できなくて飛び出してきたが、結果がこれだ。結局自分は誰も救えなくて、それどころかクリスピー大尉たちまで巻き込んでしまった。自分は誰かを切り捨てられないままに、余計な犠牲を増やしてしまったのだ。

『キサカが言ってたじゃないか。いい加減に学べって。私は、結局何も分かってなかった。私のやったことは、犠牲を増やすだけだったんだ』

 後悔がカガリを打ちのめしてしまう。そして、脳裏に浮かんだ幾人かの人たちに謝ろうと口を開いた時、何処からとも無く飛来音が聞こえてきた。そして、爆発の音と閃光が生まれ、衝撃波と破片が周囲を襲う。

「な、何だ!?」

 軍曹が驚いている。飛来してきたのは対地ミサイルだったのだ。飛んできた方向を見てみれば、土煙を上げて迫ってくるユーラシアの主力支援戦車、ホバークラフト式のミサイルキャリアーであるハンター戦車部隊の姿がある。
 更に、瓦礫を蹴散らしながらやってきて、ザフト兵が潜んでいたビルに向けて砲撃を加えるヴァデッド戦車部隊までがいる。その装甲に描かれているのは大西洋連邦のマークだ。
 ザフト兵はそれまでの優位が完全に失われたのを悟り、慌てて逃げ出したが、飛来するミサイルの爆発と破片に引き裂かれ、あるいは90mm弾を撃ち込まれて遮蔽物ごと吹き飛ばされていく。ビルから飛び出してきた者は戦車と共にやってきた歩兵に仕留められていった。

 絶体絶命の窮地から救い出されたカガリたちは、その現実が受け入れられずに呆然としていた。まるでペテンにかけられたかのような気分にさせられる。その時、呆然としているカガリの耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「カガリ、無事だったわね!」
「・・・・・・え、フレイ?」

 近づいて来たヴァデッド戦車から飛び降りたフレイがカガリの身体に飛び付いてきた。それを受け止め損ねたカガリがそのまま地面に押し倒される。

「どわ!」
「馬鹿、心配したんだから!」

 涙を見せて怒るフレイに、カガリは何も言い返せなくなり、バツが悪そうに顔を背けた。そして、恐る恐る問いかける。

「その、何でここに?」
「助けに来たのよ。ネルソン大佐にお願いして、戦車を出してもらったの」
「そうか、それで・・・・・・」

 見ればハンター戦車の後方に付いてきた兵員輸送車に負傷者と民間人が乗せられている。大急ぎで収容し、後方に撤退しようというのだろう。ハンター戦車から身を乗り出して指示を飛ばしているドミノフ大佐の姿もある。あの人も自分たちを助けに来てくれたのだろう。あの会議では頑固で分からず屋の嫌な軍人だと思っていたが、仲間を見捨てるような男ではなかったらしい。そして、それはネルソンも同じだったのだ。

「私は、あの人たちを見誤ってたんだな」

 謝ろうと思い、肩を抑えて立ち上がる。フレイがその身体を支えてドミノフの戦車に近づいていくが、その時、ドミノフの元に伝令が駆け寄ってくるのが見えた。

「司令、敵の第2波が8キロ地点まで接近しています!」
「・・・・・・これ以上近づかせるわけにはいかんな。タッチダウン作戦を実行する。全員第1防衛ライン上に集結し、即時行動を開始せよ」
「はっ!」

 敬礼を残して伝令が駆けていく。そして、ドミノフの戦車の傍に、一両のヴァデッド戦車がやってきた。砲塔のハッチからはネルソンが上半身を出している。

「タッチダウン作戦ならライン上に敵を導く囮役が必要だろう。我々がその囮に!」
「ネルソン大佐!?」
「囮とは損な役回りだがな」
 
 軽く指を振って気にするなと伝えて見せ、ネルソンは戦車の中に身を沈めた。そして大西洋連邦の戦車隊が敵に向かって進撃していく。囮という危険極まりない任務を遂行するために。
 それを見送るドミノフの傍に、フレイに身体を支えてもらったカガリがやってきた。

「ドミノフ大佐!」
「・・・・・・・君か」

 ドミノフはカガリに身体を向けると、厳しい顔つきで口を開いた。

「君の言った事は理想でしかない」

 その言葉にカガリとフレイが身体を硬くする。だが、次の瞬間、ドミノフの表情は崩れ、苦笑と同時に清清しさを浮かべた。

「しかし、時には叶う事もあるようだ」

 ドミノフの言葉にカガリは目を見開き、まじまじとその顔を見た。その目は嘘を言っている目ではない。彼は本心からそう言っているのだろう。
 感動で胸を熱くしているカガリの背中を、フレイが思いっきり叩いた。傷に走った激痛にカガリが顔を顰める。だが、何故か怒りよりも嬉しさが込み上げて来てしまう。

「やったじゃない、カガリ!」
「は、ははは、何だか分からないけど、そうみたいだな」

 そう、なにが「やった」なのか、カガリにもフレイにも分からない。だが、2人はとても凄いことをしたような気がしていたのだ。この場にキースやフラガがいたら、2人の感じている高揚感と疑問に答えを与えてくれたかもしれない。
 あるいは2人に回答は必要ないのかもしれない。いつか、自分でこの問題に答えを出すことが出来る。そんな日が来るであろうから。

 

 

 そして、連合軍の動きは目に見えて変わった。大西洋連邦の戦車隊がザフトの第2波に対して攻撃を仕掛け、時間を稼ぎながら高層ビル群の方へと引きずり込んでいく。その間にユーラシアの兵士たちがビルに次々と爆薬をセットしていく。
 ザフトは突然頑強になった連合に戸惑い、痛撃を与えるチャンスを逃してしまっていた。そして、退いていく連合軍を追って彼らはネルソンとドミノフが作り上げた最後の罠へと飛び込んでしまった。
 地上戦艦とMS部隊が目標に入ったのを確認したドミノフは、指揮下のハンター戦車部隊に命令を下した。

「ネルソン大佐の後退を援護する。全戦車はミサイルを一斉発射、敵の動きを封じろ!」

 再び放たれるミサイル群。推進煙を曳いて飛んでいったミサイルは、ニュートロンジャマーの影響で精度が低下しながらも、中・近距離でなら大体の辺りには着弾する。流石に地上戦艦に向かったのは対空砲火と分厚い装甲に阻まれてほとんど効果を挙げられなかったが、付近に居た装甲車や戦車、MSは無事ではなかった。上面装甲の薄い地上車両にこの攻撃を耐える事は出来ないし、MSもこの手の回避不可能な飽和攻撃にはただのでかい的でしかない。なまじ巨体なだけにこういう時はかえって当たり易いのだ。
 この攻撃で足を止めている間に大西洋連邦の部隊がユーラシアの部隊と合流を果たす。半身を乗り出したネルソンがドミノフに親指を立てて見せた。
 そして、地上戦艦が高層ビル群の中心に差し掛かったのを見て、ドミノフは鋭い声で指示を出した。

「今だっ!」

 工兵たちが明らかに寄せ集めと分かる形状がバラバラの点火スイッチを押し込む。たちまちビル群に爆発が連続して発生し、高層ビルが中央に向けて倒れこんでいく。これまで戦車砲にもミサイルの雨にも平然としていた地上戦艦だが、押しかかってくる数十万トンの鉄とコンクリートの重量に抗する術はさすがになかった。
 周囲の全てを巻き込みつつ押し潰されていく戦艦から、ふいに猛烈な光があふれ出た。それは周囲を飲み込みながら、あたりに閃光と衝撃波を撒き散らす。戦艦の動力である燃料電池の燃料である水素が誘爆を起こしたのだ。

 閃光に目を守るように手をかざす兵士たち。カガリとフレイもその閃光に顔を顰めていたが、それが去った跡に残る小さなクレーターを見て安堵と勝利の笑顔を交し合った。

「やったな!」
「食い止めたわね!」

 パチンッと手を打ち合わせる。その時、背後で轟音が鳴り響き、全員が背後を振り向くと、輸送機が次々に飛び出していく姿が見えた。滑走路を使う事は出来ないので、全てがVTOL型の輸送機だ。あれを逃がす為だけに自分たちは頑張っていたのであり、それが達成された瞬間に、誰もが満足げな表情をしている。これまで空中戦をしていた僅かなサンダーセプターがそれを護衛するように続き、輸送機を追撃しようとしたラプターがフラガとキースのスカイグラスパーに叩き落される。アークエンジェル隊の空の死神はドゥシャンベの空でも変わることはなく、ザフトパイロットを続けて地獄に叩き込んでいるのだ。
 そして、ネルソンが全員に声をかけた。

「さて、我々も脱出するぞ。飛行場にアークエンジェルが待っている筈だ。置いて行かれる前に何としてもたどり着くぞ!」

 言われて慌てて歩兵が戦車や装甲車に飛び乗っていく。カガリもフレイの引っ張りあげられてネルソンの戦車の装甲に捕まった。全員が乗車したのを確認すると、飛行場を目指して走り出す。

 だが、彼らをそう簡単に逃がしてくれるほど、ザフトも甘くは無かった。いきなり後方からビームが飛来し、戦車の一群を薙ぎ払った。

「何!?」
「フレイ、イージスだ!」

 背後を振り返ったカガリが驚いた声を上げる。なんと、イージスとブリッツがジン数機を連れて追って来ているではないか。

「あれは、イージスとブリッツ!?」
「叩いても叩いても出てきやがる。あいつら、遺伝子を強化する時にゴキブリでも使ってるんじゃないのか?」

 何とも酷い事を言うカガリ。だが、そう言いたくもなるだろう。本当にこいつらはしつこい。
 今の2人にはどうする事も出来ない。戦車隊の武器ではGを倒すのは難しい。まして、どの戦車も歩兵を乗せれるだけ乗せていて、とても戦闘が出来る状態ではない。各戦車の車長はひたすら真っ直ぐに突っ走らせる事しか出来ないのだ。
 だが、彼らにはまだ、最強の味方がいる。その事に気付いている者が、少なくとも1人はいた。

「くそっ、これじゃなぶり殺しだ!」

 カガリが執拗に追ってくるイージスやジンを見て悔しそうに罵声を吐いている。フレイもそのイージスを見ていたが、何故か怖いとは感じなかった。彼女の持つ鋭すぎる直観力が教えていたのだ。彼がすぐそこまで来ていると。

「・・・・・・大丈夫、守ってくれるって、約束したもの」
「何がだ?」

 いきなり変な事を呟くフレイに、カガリは怪訝そうな声をかけた。フレイはそれに答えようとはせず、じっと戦車の進路上を見ている。そして、その顔に安堵の笑みを浮かべた。

「もうちょっと早く来てくれたらヒーローだったんだけどな」
「だから、何の事だよ?」
「来てくれたわよ。ヒーローって言うにはちょっと頼りないけど」
「来てくれた?」

 フレイの視線の先を見ても、それらしいものは見えない。だが、フレイは何かを確信している。助けが来たのだと、自分たちは助かったのだと。
 そして、その直後にビルを貫いて一条の光が飛来し、自分たちを追ってきていたジンの胸を正確に貫いてしまった。
 ビルを飛び越すようにして現れるエールストライクの勇士。外部スピーカーからキラの声が聞こえてきた。

「あいつらは引き受けます。早くアークエンジェルに!」
「キラか!」

 カガリが驚いた声を出し、フレイを見る。フレイはストライクの出現に安堵の笑みを浮かべている。カガリはフレイの横顔を見ながら、なんでこいつはあれが来る事が分かったのか、不思議に思ってしまった。
 キラの出現に驚いたのはカガリばかりではなかった。他の兵士たちも驚き、ストライクの姿を振り返っている。彼らに共通する思いは、「なんで、コーディネイターが俺たちを助ける?」という疑問であった。連合に協力するコーディネイターは少ない。だが全くいないわけでもない。彼らの多くは危険人物として最前線に監視付きで送られるか、後方で兵器開発に従事している。
 連合にいるコーディネイターの多くは第1世代であり、それなりの理由があって連合に協力している。彼もそれに分類されるのだろうが、自分から連合兵士を積極的に助けようとする者はほとんどいない。それは、彼らは基本的に「裏切り者のコーディネイター」であり、連合でも便利な道具、消耗品扱いだからである。
 だが今、自分たちが散々陰口を叩いてきたストライクのパイロットが、わざわざやってきて敵を食い止めている。敵はまだ7機も居るのに、躊躇う素振りも無かった。おかげで自分たちは敵の追撃から逃れられたのだが。

 そして、更にもう1機もやってきた。戦車の進路上にロングビームライフルを構えたデュエルが方膝を付いており、追いかけてくるジンを狙撃しだした。

「フレイ、カガリ、無茶しすぎだぞ!」

 トールがスピーカー越しに文句を叩きつけてくるが、そこに怒りの色は見られない。2人を気遣う安堵から来る文句なのだ。フレイとカガリは顔を見合わせて苦笑を浮かべ、トールのデュエルに手を振って見せた。それに答えるようにデュエルがピースをして見せ、トールの器用さにフレイが吃驚している。

 

 

 ストライクとデュエルが出て来た事でザフトMS隊の足は完全に止められてしまった。ストライクは鬼神のような強さを見せており、正面に立ったジンは一瞬の後には破壊されている。少し離れた所から狙撃してくるデュエルも厄介な相手で、ジン1機が直撃を受けて倒され、ラプター3機が撃ち落されている。

 いきなり現れて友軍を瞬く間に蹴散らしてしまったストライクに、アスランは悪鬼のような表情になっていた。感情が昂り、頭の中で何かが弾けるようなイメージが浮かぶ。その時、アスランの目から光が消えた。

「キラ、貴様、よくもやってくれたなあぁぁぁ!!」

 アスランのイージスがストライクに突っ込む。キラはイージスに気付いてビームライフルを放ったが、想像以上の早さで動くイージスにキラの攻撃は悉く無駄撃ちに終わった。

「アスラン、どうして出て来たんだ!?」
「うるさい、キラ、今度こそ貴様を討つ!」

 距離を詰め、ビームサーベルを抜くイージス。袈裟懸けに振られたそれをシールドで受け止め、キラはアスランが前よりも強くなっている事を認めた。信じ難いが、アスランは前にヨーロッパで戦った時よりも早く動いているのだ。

「まさか、こんな短時間で腕を上げたのか!?」

 信じられないと思ったが、身近にフレイという実例があるので、短期間で急激な成長を遂げる人間が居る事をキラも否定は出来ない。だが、フレイの場合は周囲に自分やフラガ、キースという教師が居たからであって、アスランは既にザフトでも凄腕のパイロットだった筈なのだ。どうしてそれがいきなりこうも強くなるのだ。

「アスラン、君はどうして!?」
「ここで決着を付けさせてもらうぞ。これまでお前が殺してきた同胞の敵だ!」
「勝手なこと言わないでくれ。君達が攻めてこなかったら、僕が武器を取ることはなかったんだ!」

 ストライクの銃撃を躱しながらイージスがビームサーベルを突き込んでくるが、それはストライクのシールドに受けられてしまう。それで一度距離をとった2機だったが、いきなりストライクの上半身に閃光が走り、2本の槍が弾き返されて地面に転がった。

「ランサーダート、ニコルか!?」

 ニコルがアスランを助けるようにランサーダートを放ち、更にビームライフルを撃っている。幾らフェイズシフト装甲でもランサーダートの直撃を受ければ無事ではなく、ダメージを打ち消す為に大量のバッテリーを消費した挙句、衝撃でもともとガタが来ていた機体に止めとも言うべきダメージが入ってしまったのだ。
 
「不味い、これじゃ戦闘は・・・・・・!」

 2機のXナンバーを相手にこの状態ではもう戦闘はできない。流石のキラも死を覚悟しなくてはならないかと思われたとき、イージスとブリッツの周囲に着弾の爆発が幾つも発生し、2機のMSを衝撃波で揉みくちゃにしてしまった。

「え?」

 何が起きたのか分からず、呆然としてしまうキラ。その正体はレーダーの表示が教えてくれた。レーダーに捉えられた物体の情報が表示され、それを見たキラが軽い驚きを覚えている。

「ア、アークエンジェル?」

 どうやら味方部隊の収容を終えたらしいアークエンジェルがミサイルを放っていたのだ。立て続けのミサイルの至近弾と直撃弾を受けたイージスとブリッツが慌てて後退していく。

「アスラン、脚付きが出て来ました。これでは勝ち目はありません!」
「だが、ここで奴を逃がすのは!」
「重戦闘機2機もラプターを全滅させたようです。このままでは僕達だけ孤立しますよ!」
「・・・・・・・・・」

 悔しさに顔を顰めながらも、アスランはニコルの言葉に従った。こうしてドゥシャンベの戦闘は終わり、艦載機を収容したアークエンジェルは急いで輸送機の後を追っていった。しかし、まだ全てが終わったわけではなかったのである。


 


後書き
ジム改 ドゥシャンベ編終了。カガリも大活躍でした
カガリ まあ、久々に活躍していたのは確かだな
ジム改 何だ、何か不満か?
カガリ MSに乗りたい
ジム改 機体が無い。諦めろ
カガリ も、もうすぐオーブだ。そこにつけばルージュが
ジム改 ルージュ?
カガリ 私もMSだよ。もちろんあるんだろう?
ジム改 (徐に機体リストをめくる)
カガリ おい、何をしている?
ジム改 いや、そんな機体があったかなと思って
カガリ ちょっと待てえ、まさか!?
ジム改 ふむ、ならばこの赤いメビウスで
カガリ 死ぬわ。私はフラガやキースじゃないぞ!
ジム改 むう、では角も付けてやろう。これを付ければ機体性能が3倍に
カガリ 本当に3倍になったら操縦できねえだろうが!
ジム改 その辺は気合と根性と努力で何とか
カガリ 私は不可能を可能には出来ん!



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