第52章  家出娘




 雨の中に飛び出したフレイを探す為に飛び出していったキラたち。店に残ったキースは仲間が居なくなった事を確認すると、いきなりアズラエルの胸倉を掴み挙げた。

「貴様、どういうつもりだ。ここで俺に殺されたいのか?」
「殺すねえ。本当に殺せるの?」

 挑発するようなアズラエルの言葉に、キースは仕方なくその手を放した。ここでこの男を殺すのは簡単だが、もしそうなればアークエンジェルクルー全員に罪が及ぶ可能性さえある。悔しいが、目の前の男は連合にとってそれ程に重要な位置に居る。
 だが、怒りに顔を赤くするキースに変わって、サザーランドがアズラエルを窘めた。

「アズラエル様、キースの事は周囲に言いふらして良い類ではありませんぞ。些か軽率すぎます」
「サザーランド君は真面目だねえ。でも、キースも悪いよ。何でコーディネイターなんかを放って置くのさ。しかも彼はあの最高のコーディネイターだろ?」
「俺は別にお前と違ってコーディネイターに生理的嫌悪感を感じてるわけじゃないんでな。戦友をどうこうする気は無い」
「相変わらず、優等生だね」

 やれやれとアズラエルは肩を竦める。そう、アズラエルはコーディネイターに生理的嫌悪感を感じるタイプなのだ。確かに仕事が絡めばそんな物押さえ込むし、必要とあれば幾らでも心にも無い台詞を吐く事が出来る。だが、今回は違った。アズラエルはコーディネイターのキラがその場に居る事に耐えられなかったのだ。だから理性的な言葉に感情を交えてぶつけてしまった。
 しかし、フレイにあそこまで言う気はなかったのだ。それに関してはアズラエルも少し反省していた。

「悪かった。確かにあのお嬢さんを追い込んだのやり過ぎだった」
「今更言っても遅い。これからどうする気だ?」
「そうだねえ。まあ、こちらにも些かの非はあったし、何かアークエンジェルに有利になるような手を打たせてもらおう。それでどうだい?」
「フレイへのフォローはこっちに押し付けか?」
「そういうのは専門外でね」

 完全に他人事の口調で言うアズラエルに、「こいついつか殴る」と幾度目かの決意をするキースであった。
 
 一方、外に飛び出したフレイを探し回ったキラたちは、地理不案内もあってフレイの足取りを全く追うことが出来なかった。アジア特有の猛烈な雨もフレイの姿を隠してしまっている。結局その日はもう無理だと判断し、フラガの号令の元に彼らはそれぞれの宿舎へと引き上げたのである。





 軍務を終えて基地から官舎へと戻ろうとしていたアルフレットは、途中の路地で人影を見つけ、首を捻ってしまった。こんな雨の中、傘も差さずにあいつは何をしているんだ? しかもその人影は女性兵士官制服を着ている。
 さすがに不信に思ったが放っておくこともできず、アルフレットはその兵士に声をかけた。

「おい、こんな雨の中で何してるんだ。風邪ひくぞ」

 自分の声が聞こえたのだろう。その少女兵はゆっくりと振り返った。その顔に見覚えのあったアルフレットはまた驚いてしまった。

「お前、アークエンジェルのフレイ・アルスター少尉じゃねえか。こんな所で何してるんだ?」
「…………」

 答えないフレイ。その瞳には光が無く、その顔色は冷え切って血の気が無い。仕方なくアルフレットはフレイを傘に入れた。

「たくっ、しょうがない奴だな。とりあえずキースにでも迎えにきてもらって、アークエンジェルに帰れ」
「っ!」

 帰れと言った途端、フレイの肩が震えた。初めて目の焦点があい、アルフレットを見上げてくる。

「……嫌」
「あん?」
「戻れない……私、キラに会えない……」
「はぁ、何言ってるんだ、お前は?」

 アルフレットは訳が分からず聞き返したが、フレイは帰りたくないの一点張りで要領を得ない。ただ、その目が余りにも弱々しい事、どうにも情緒不安定なことが気にかかった。たんなる喧嘩というわけでもないらしいと悟り、仕方なく妥協案を出した。

「分かった分かった。とにかく、こんな所に居たら風邪をひくぞ。帰りたくないなら、今日は俺の家に泊まれ」

 アルフレットの提案に、フレイは少し悩んだ後、こくりと頷いた。それを見てアルフレットは傘にフレイを入れたまま歩き出したが、内心ではなんでこんな事になったのやらと思っていた。





 官舎に戻ったアルフレットは、フレイに着替えとバスタオルを放ると、バスルームを指差した。

「とりあえずシャワーでも浴びて服を着替えろ。まったく、いい年して何考えてるんだか」
「すいません」
「謝るならさっさと暖まってこい。風邪でもひかれたらかなわんからな」

 叱られたフレイは小さく頷くと、着替えとバスタオルをもってシャワーを浴びに行った。それを見送ったアルフレットは小さくため息を吐くと、上着を脱いでエプロンを手に取った。

「とりあえず、メシでも作るか。しかしまあ、何があったんだかねえ」

 夫婦喧嘩は犬も食わないが、子供の痴話喧嘩は虫も手を付けないに違いない。だが、雨の中で1人歩いていたフレイを思い出すと、単なる痴話喧嘩とも思えない何かを感じてしまう。我ながら自分の御節介ぶりに呆れてしまうが、そういう星の元に生まれたのだと諦めるしかないのだろう。

 シャワー室から出てきたフレイはアルフレットの物らしい大きなワイシャツを着て現れた。体格が違いすぎるのでワイシャツ一枚で体がすっぽり覆われてしまっている。
 出てきたフレイは顔を赤くしながらアルフレットの居るキッチンに来て、思わず目を丸くしてしまった。筋骨隆々の大男がエプロン付けて料理しているのだから、似合わないことこの上ない。ほとんどギャグの世界だ。
 フレイに気付いたアルフレットは首だけ後ろに向けてこっちを見てきた。

「おお、お嬢ちゃんか。もうすぐ出来るから、座っててくれ」
「は、はい……」
「少しシャツが大き過ぎたようだな。下着はさすがに無いから我慢してくれ。俺が女物の下着を持ってたらただの変態だからな」

 椅子に腰掛けたフレイは、大男が料理を腕を振るっているという奇妙な光景にしばし圧倒されていた。そして出来た料理を皿に盛り付け、並べていく。出来上がったのは見事なグラタンであった。

「まあ、遠慮せずに食べてくれ」
「は、はい」

 フォークを手に取り、パイ生地を破ってみる。中からはクリームと一緒に鰯の香りが漂ってくる。どうやら鰯グラタンらしい。意を決して食べてみると意外においしく、空腹感もあってフレイは嬉しそに口に運びつづけた。

「どうだ、悪くないだろ?」
「ええ、とってもおいしいです」
「単身赴任が長いからな。料理の腕も上がっちまった」
「単身赴任って、奥さんが居るんですか?」
「ああ、オーブにな」

 アルフレットはフレイより早く食べ終わるとフォークを置き、少し真面目な顔になった。

「それで、何であんな所で傘も差さずに突っ立ってたんだ?」
「…………」
「心配すんな。事情が何であれ、今日は泊めてやるよ。その様子じゃ追い出すのも気が引けるしな」
「……ありがとう、ございます」

 落ち込みながらも礼を言い、フレイはぽつぽつと語りだした。自分がどうしてあんなところに居たのかを。最初は全く関係ない内容から始まった。

「私、前はヘリオポリスに住んでたんです」
「ヘリオポリス、あのザフトの攻撃で破壊されたっていうオーブの工業コロニーか」
「はい。そこからアークエンジェルに拾われて地球を目指したんですが、アークエンジェルを出迎えてくれた艦隊に、パパが乗ってたんです」
「…………」
「でも、私の目の前で、パパの乗った戦艦は沈められました。その時、ストライクに乗ってたのが、キラというコーディネイターだったんです」
「あの坊主か」
「私はパパを守れなかったキラを憎みました。パパを殺したコーディネイターを憎みました。だから、キラも戦って一人でも多くのコーディネイターを殺して、そして死ねばいいと考えたんです。その為にキラが軍に残るように仕向けて、戦わせて、喜んでたんです」
「……復讐か」

 その気持ちは分からないでもなかった。戦争が始まって以来、そういう奴は多い。だが、フレイのそれは少し事情が違うようだった。

「でも、キラは優しくて、弱くて、だんだん憎めなくなって、気が付いたらキラの事好きになってて……」
「…………」
「一度は別れたんですけど、もう一度やり直そうって事になって。最初はぎこちなかったんですけど、何時の間にか普通に話せるようになって、あの頃のことを忘れてて……」

 このまま全てを忘れてやり直せると思っていたのだ。周りがどうであれ、自分たちには関係がないと。だが、父親がブルーコスモスだと知ったとき、全ては壊れてしまったのだ。ブルーコスモスの娘がコーディネイターと恋仲になるなど、余りにも異常だとしか言いようが無い。結局自分たちは最後まで間違っていたのだ。
 だがフレイの話を聞いていたアルフレットはマグカップに淹れたコーヒーを音を立てて啜ると、不味そうに顔をしかめてそれをテーブルに置いた。

「ちっ、官給品は相変わらず不味いなあ」
「…………」
「それで、お嬢ちゃんはそのコーディネイター、確かキラ・ヤマトだったか、ときっぱり縁を切りたいと、つまりそういうことか?」
「……はい」
「親父さんがブルコスだったから、その坊主には相応しくないと?」
「はい」

 アルフレットの問いに頷くフレイ。アルフレットはそれを聞いて小さく鼻を鳴らし、また不味いというコーヒーを口にした。

「へっ、くだらねえ悩みだな」
「どういう事です?」
「親がブルコスだからコーディとは付き合えねえ、か。その程度の覚悟しかねえなら、さっさと別れて正解だって事だ」

 アルフレットの答えにフレイは怒りを覚えたが、すぐにその怒りが萎えてしまった。この人の言う通りだと分かってしまったから。目に見えて落ち込むフレイの様子など気にもとめず、アルフレットは話を続ける。

「さっさと気付いて良かったじゃねえか。まだ若いんだし、これから幾らでも出会いなんてあるぞ。そんなコーディネイターとはさっさと別れてもっと良い男を捜しな」
「……でも、キラは何も悪くないのに」
「何言ってやがる。お嬢ちゃんの言い分なら、そいつがコーディネイターだって事がすでに悪い事なんだろうが」
「それは、その……」
「まあ別に珍しい話じゃねえよ。交際相手がコーディネイターと気付いた途端、相手を嫌って別れるなんてのは良くある話さ」

 突き放すようなアルフレットの言葉。だが、それは何よりもフレイの心に深く突き刺さった。そう、それが、今の世界の常識なのだ。

 アルフレットに突き放されたフレイは心ここにあらず、という感じでぼんやりとしており、それ以上話しても無駄だと感じたアルフレットは仕方なく食器を片付け、フレイに今日はもう寝ろと言った。

「奥の部屋にベッドがあるから、お前が使え」
「でも、私のが部外者なのに」
「いいから使え。どう見てもお前は床やソファーで寝るタイプじゃないだろうが」

 アルフレットに言い切られたフレイはそれに反論することが出来ず、ペコリと頭を下げて寝室へと向かった。アルフレットは暫くキッチンで安物のスコッチを傾けていたのだが、フレイが寝静まった頃を見計らってアークエンジェルにヴィジフォンを入れた。暫くして出た軍の係員にフラガ少佐に繋ぐように伝え、そのまま待つ事1分。ようやくフラガが出た。

「はい、フラガですが」
「おうフラガ、休暇は楽しいか?」
「隊長ですか。いきなり何です?」
「実はな、俺の所にお前の所のアルスター少尉が転がり込んでてな」





 何だか寝られなかったフレイはそっとベッドから起きだし、トイレに行こうと廊下を歩いていた。やはりベッドが変わるとなかなか寝付けない。だが、キッチンの前を通りかかった所でアルフレットの声が聞こえてきた。


「……アルスター少尉が転がり込んできてな」
『私の事、アークエンジェルに引き取りに来て貰うつもり?』

 咄嗟にアルフレットがアークエンジェルに連絡を入れているのだと察し、フレイは身体を強張らせた。扉に近付き、そっとその会話を盗み聞きする。
 アルフレットはヴィジフォンで相手と話しているようだ。声からして相手はフラガ少佐らしい。

「おう、夜中に雨の中でとぼとぼ歩いててな。ほっといたら死んでたぞ」
「そいつは、助かります。すぐに迎えに行きますから」

 その言葉にフレイはビクッと反応したが、それに対するアルフレットの返事は意外なものであった。

「いや、そいつは少し待ってくれ」
「へ、何でですか?」
「まあ、お嬢ちゃんも色々と悩みがあるみたいだからよ。少し考える時間が必要だってことだ。どうせ艦が直るまでは休暇なんだし、構わねえだろ」
「そりゃまあ、構わないと言えばそうですがね。こっちにも体面って奴が……」
「艦長には、俺が基地の方で野暮用を頼んだと言っておいてくれや。心配しなくても出航までには艦に戻すからよ」
「ですが……」
「責任は全部俺が取る。お前は俺に命令されて逆らえなかったとでも言ってくれりゃ良いんだ」

 アルフレットの頼みに暫し黙るフラガ。そして、本当に渋々という感じでフラガがそれを了承した。

「分りました。こっちは俺が上手く言っておきます」
「すまねえな、色々と迷惑かけてよ」
「いや、迷惑をかけてるのはこっちのようですし。隊長の所に居るなら、下手に俺達が面倒見るより今のフレイには良いかもしれません」

 フラガの返事に、アルフレットはもう一度礼を言って通信を切った。これでフレイは出航の日まではアークエンジェルに戻らずに済むことが決定したらしい。フレイは扉の前でぺたりと座り込み、その頬には安堵の涙が一筋の流れを作っている。





 フレイをアルフレットが暫く預かることになったという話は、フラガからマリューとナタル、キースへと伝えられた。アルフレットをよく知らないマリューとナタルは困惑していたのだが、キースはそれを聞いて嬉しそうに頷いていた。

「そうですか。なら、とりあえずフレイの方は安心ですね」
「まあな。ただ、1つだけ不安なことがある」
「何です?」
「いや、あの隊長に関わると、どいつもこいつも何でか妙に強くなったり、図太くなるだろ。特にフレイは今が成長期だし……」
「つまり、帰ってきたフレイはまた一段と逞しくなってるかもしれないと?」
「ああ、あれでフレイの奴、既に戦闘感覚を覚醒させてるし、何だかんだ言って実戦経験も多いからな。キラのせいで目立ってないが、同じ条件でやったら俺でも3回やって1回は負けるかもしれん」
「だけど、フレイは精神的には些か脆い」
「ああ、その弱さを隊長に鍛えられて克服されたりしたら、ひょっとして俺たちの立場は無くなるんじゃないかと思うんだよ」
「……まあ、俺もかなり強くなったとは感じてますがね。特に戦い方を組み立てるのが上手くなってます」

 いきなり自分達の存在意義を語りだすエース2人。これが連合諸国全体を見回しても屈指の実力を持つ超エースなのかと思うと些か悲しくなるが、志願して5ヶ月程度のパイロットに追いつかれたとあっては流石に心中穏やかではいられないようだ。いや、これはキラやフレイが異常と見るべきか。
 だが、目の前でアホな事を真剣に語り合っているエース2人に、マリューはこめかみに青筋浮かべて声をかけた。

「御2人とも、何時まで馬鹿げた事を言ってるつもりですか?」
「いや、これはパイロットとして重要な問題だぞ」
「そうですよ。これは俺たちのプライドの問題です」
「そんな物、燃えないゴミにでも出してください」

 パイロットのプライドを燃えないゴミ扱いされて、フラガとキースは目に見えて落ち込んでしまった。そんなフラガの襟首掴んでマリューが子供達に口裏合わせて説明する為に引き摺っていく。このことは子供達には直接伝えない方が良いと思ったのだ。
 そして残されたキースに、ナタルは少し躊躇いながらも声をかけた。

「あの、大丈夫ですか、キース大尉?」
「……ふっ、別に気にしちゃいないさ。どうせ俺はアークエンジェルの墜落王だからな。一番沢山撃ち落されてるし」
「まあ、それはそうですけど」
「少しは否定して欲しかったな」

 物凄く悲しそうにナタルに訴えるキースだったが、ナタルはそんな戯言に付き合う気などは無かった。いや、彼女には聞きたい事があったのだ。それを聞くまでは引く気は無いという覚悟を持っていた。

「大尉、お聞きしたいことがあります」
「改まって、何かな?」
「調整体とは、何なんですか。貴方は一体何者なんです。貴方がメンデルという研究所に関わっていることは調べられましたが、そこから先はすべて闇の中でした」

 ナタルの視線は誤魔化すことを許さない強さがある。その視線を受け止めたキースは仕方なさそうに頭を掻いた。

「どうしても、聞きたい?」
「はい」

 淀みなく返してくるナタルに、キースはどうしたものかと視線を落とした。

「……もう少し待ってくれないかな」
「何故です。私には聞かせられないことなのですか?」
「いや、いつかは話そうと思ってた。ただ、俺の素性を話してしまうと、色々と困る奴も居るんだ。こうなった以上、他にも話しておかないといけない奴が居る」
「それは誰なんです?」
「……カガリと、キラだよ」

 それだけ言うと、キースはナタルの脇を抜けて部屋を出て行こうとした。その背中にナタルが声をかける。

「何時まで待てば宜しいので?」
「そうだな、多分キラもアズラエルの話で俺に疑問を感じてるだろうし、そう遠くないうちに話すよ。でも、まだ待ってくれないか」
「そうですか、分りました」

 キースはナタルに背を向け、部屋から出て行った。それを見送ったナタルは小さく嘆息すると、なんだか不安そうに両手で体を抱きしめ、壁に寄りかかる。こんなに不安な気持ちになったのは初めてだ。

「キース、貴方は、本当に何者なんです。私は貴方を信じて良いんですか?」

 これまでずっと信じてきたし、実際キースは自分達を裏切ったりしなかった。だが、今のキースは得体が知れない。これまでずっとちょっと変わった、凄腕のパイロットとしか思っていなかった。ブルーコスモスだといっても、それは過去の事だと割切っていた。実はマリューに一度相談したこともあるのだが、その時は笑って考えすぎだと言われてしまった。

「馬鹿ね、知り合う前の事なんか気にしてたら、何でもかんでも疑う事になるわよ」
「ですが、その、不安なんです」
「何が?」

 マリューの問いに、ナタルは答え難そうに顔を俯かせている。だが、その顔色が真っ赤だったり、もじもじと膝をすり合わせていては口にしなくてもマリューにはハッキリと伝わっていたりする。
 マリューはまさか戦艦の中で、それもナタルから恋愛相談を受けることになるとは夢にも思っていなかったのだが、それがこんなハイスクールかそれ以下のレベルの相談事とは更に思っていなかった。
 だからマリューは、表面平然と、内心では大爆笑していたりするのだ。

「ナタル、1つ聞きたいんだけど」
「な、何ですか、艦長?」
「もしキース大尉に、別れた女性が10人いたとか言ったら、どうするの?」
「な、ば、馬鹿な、フラガ少佐ではあるまいし、そんな事はありません!」
「あらあら、どうかしらね〜。キース大尉だって男なんだし、女性関係の10やそこらはあるかもよ。なにしろフラガ少佐と長い事一緒にいたんだし」
「まさか、そんな事は……」
「ナタル、お姫様チックな夢も良いけど、そろそろ現実を見ましょうね」

 まあ、こんな感じでからかわれたのだが、それでもマリューは色々と教えてくれはした。だが、どれだけ教えてもらおうがいざとなると不安が拭えない。それも、女性関係どころか、相手が人間かどうかという問題なのである。まさか、自分がフレイのような問題に直面する日が来るとは思ってもいなかった。





 翌朝、目を覚ましたフレイはベッドから起き、着替えをどうしようかと悩んだ。幾らなんでもここには女物の服は無いだろうし、もっていたらそれはそれで怖い。かといって昨日着てた制服はびしょ濡れで今日は着れないだろうし、本当にどうにもならない。仕方なく昨日借りたシャツを着て部屋の外に出る。すると、何だかベーコンの焼ける匂いが漂ってきた。

「あれ、食事?」

 どうやらまたアルフレットが料理をしているらしい。あれはちとダメージが大きいのだが、泊めて貰っている以上文句も言えない。とぼとぼと食堂に入り、見知らぬ人の隣の椅子に腰掛ける。

「よう、起きたのか」
「はい、昨日はありがとうございました」
「ハムハムハム」
「なあに、気にすんな。ガキの1人くらい何でもねえよ」
「でも、迷惑かけました」
「モグモグモグ」
「まあ、さっさと食ってくれ。食ったら出かけるぞ」
「え、何処にですか?」
「むむむ、目玉焼きが見事な出来栄え」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ようやくフレイは隣を見た。いや、さっきからいるのは分かっていたのだが、あえて無視していたのだ。そこには、連合兵士の制服を着た20過ぎくらいの女性兵が座って何故か朝食を食べていた。何というか、顔立ちの整った美人だ。

「あの、この人は?」
「おお、俺の部下で、セランだ。整備班の奴だよ」
「はあ、そのセランさんがどうしてここに?」
「ああ、お前の着替えを持って来てもらった。昨日の夜にちょっと走り回って貰ったんでな、こうして労を労ってる訳だ」

 アルフレットもテーブルに付いて自分のトーストを齧る。隣に座るセランという兵士は自分の方を見ると、右手で略式の敬礼をしてきた。

「セラン・オルセン軍曹です。少尉の着替えを手に入れてくるように少佐に命令されました。少尉の制服と下着は洗濯と乾燥をしてそこに置いてあります」
「あ、ありがとう」
「いえ、構いません。あ、自分のことはセラン軍曹と呼んでください」

 どうやらアルフレットが自分の生活を考えて手を回していてくれたようだ。だが、アルフレットは自分を何処に連れて行くつもりなのだろう。

 朝食を終えた3人はセランの運転する車で何故かマドラス基地へと向かった。フレイにしてみればアークエンジェルから離れられるならそれで良いのだが、基地に行くというのもなんだか気が引ける。アークエンジェルの中では顔見知りばかりだったから余り表に出ていなかったが、実はフレイは結構人見知りが激しい。味方と分かってはいても、知らない人と一緒に居るのはどうにも落ち着かないのだ。
 アルフレットが連れて行ったのはMSの置かれている格納庫だった。整備兵たちがそれぞれ担当の機体に取り付き、汗水流して機体の整備をしている。そこにはフレイにとって見慣れたストライクやデュエルもあるが、敵として戦ったバスターやブリッツ、パワーと一緒に助けに来てくれたストライクダガーとかいうMSもあった。特にダガーの数はかなり多い。
 セランはジープを格納庫の脇に停めると、フレイにこの場所を説明してくれた。

「ここはMS格納庫です。大西洋連邦の南アジア方面軍では数少ないMS部隊なんですよ。特にストライクダガーはまだこの基地にしか配備されていません」
「ストライクダガーって、ストライクの量産機なんですか?」
「あはははは。名前はそうですけど、中身はデュエルです。デュエルが敵に奪われて縁起が悪いからストライクダガーになったそうです。試作機はデュエルダガーだったそうですよ」

 セランは楽しそうに説明してくれる。どうやら彼女はここの整備兵であるらしく、MSに限らず自分の整備している機体に誇りを持っているらしい。

「セラン軍曹は、どの機体を担当してるんです?」
「私は、手前の4番目のデュエルと奥にある白いダガーです」

 見れば確かにそこにはデュエルがあった。自分にも慣れた機体だし、こうして見ると何だか乗りたくなってくる。いつの間にか、自分はすっかりパイロットになっていたらしい。
 そこに、部下と話していたアルフレットが声をかけてきた。

「おい、お嬢ちゃん、ちょっとこっちに来い」
「え……あ、はい!」

 言われて急いでアルフレットの所に走る。アルフレットは近くに来たフレイを目の前にいる部下に紹介した。

「フレイ・アルスター少尉だ。短い間だが、預かることになったから、上手くやってやってくれ」
「はあ、それは構いませんが、何でここに?」
「テスト中の新型ダガーがあるだろ。あれに乗せてやってくれ」

 とんでもない事を言い出すアルフレット。フレイは勿論、目の前の部下までがビックリしている。

「な、何考えてるんですか。貴重な新型機をこんな女の子に使わせるつもりですか!?」
「女の子って言っても、こいつくらいのパイロットも結構いるだろ」
「そりゃいますが、彼らはちゃんと訓練を受けてます」

 あくまで譲ろうとはしない部下に、アルフレットはニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべ、フレイを見てきた。

「つまり、MSを使えるなら文句はねえんだな?」
「はあ、まあそうですが、MSを使うにはそれなりの訓練が必要ですよ」
「というわけだ。確かお嬢ちゃん、MSには乗れたよな?」
「え、あ、まあ、乗れますけど」
「そういうわけだ、文句は無えな?」

 アルフレットは勝ち誇ってそう言い放ったが、言われた方は唖然としていた。そりゃまあ、こんな女の子がいきなりやってきてMS乗れます、などと言うのだから普通はこうなるだろう。
 部下が黙ったのを見て、アルフレットはフレイとセランを連れて格納庫へと入っていく。格納庫内には整備兵やパイロットが沢山いて、アルフレットと一緒に入ってきた見慣れない女の子に何だか注目している。アルフレットはそんな部下達を無視して奥に立て掛けてあるダガーにフレイを案内した。

「さて、こいつがさっき言った新型ダガーだ。ここにいる間、お嬢ちゃんの好きにして良いぜ。もっとも、新型って言っても今のままじゃただのダガーだけどな」」
「でも、何で私が?」
「気にすんな。まあ、強いて言うなら教官役だな。何しろここには実戦経験豊富なのは俺しかいねえんだ。俺が面倒見てやれりゃ良いんだが、生憎俺もそう暇ってわけでもねえしな」
「それで、私はどうすれば?」
「こいつに乗ってここにいる連中と模擬戦をしてくれりゃ良い。別に難しいことでもねえだろ。ああ、機体の整備と調整はセランに任せな。こいつは良い腕だぜ」

 セランを指して気分良さそうなアルフレット。フレイは逆らう気も起きなくなり、仕方なくセランのほうを見る。

「あの、御免ねセラン軍曹、こんな事になって」
「いえ、構いません。それより早く機体の調整をしましょう。一応使える状態にはしてありますから、少尉が乗って調子を確かめてください」
「うん、分かった」

 フレイは制服のままでコクピットに入っていく。下からセランが大事な事を聞き忘れたと声をかけてきた。

「そういえば少尉、少尉は前は何に乗ってたんです!?」
「私はデュエルよ!」
「ああ、なら問題ないです。操縦系はデュエルと同じですから。ただ、パワーはデュエルほど高くないので気をつけてください!」

 フレイは礼を言ってコクピットに収まった。確かにコクピットの作りはデュエルと全く同じだ。これなら動かすにも戸惑うことは無いだろう。フレイは慣れた手つきで機体を起動させ、ダガーを起き上がらせた。外部スピーカーを起動し、格納庫に声を流す。

「よし、これなら動かせるわね。とりあえず外に出るから、道を開けてください!」

 フレイの声に吃驚した整備兵やパイロットが慌てふためいて格納庫の中央から退いていく。フレイは兵員が退いたのを確認すると、ダガーを外に出そうとして、早くも違和感を感じた。

「あれ、なんか反応が鈍いかな?」

 最初は気のせいかと思ったが、やはり動きが鈍い。自分の操作に機体が付いて来ない。それでも普通に動かす分には問題は無いので機体を格納庫から出し、広い所まで持ってくる。そして戦闘時のような機動を軽くこなしてみて、違和感を確信に変えた。この機体は間違いなく鈍い。
 そんな不満を感じていると、後ろから付いてきたセランがジープの無線で質問をぶつけてきた。

「どうです少尉、ダガーは?」
「デュエルと同じなのは嬉しいけど、何だか動きが鈍いです。こっちの操作と動きにかなりズレがあって気持ち悪いというか」
「そうですか、とりあえずソフトの方を弄りますから、機体を屈ませてください」

 言われて機体を屈ませ、コクピットを開けるフレイ。セランはコクピットのハッチに一っ飛びで飛び乗ると、機体のOS用キーボードを引き出し、物凄い速さで打ち出した。その余りの速さにフレイも驚いてしまう。

「少尉、機体を動かしてみてください。それで当たりを出します」
「え、でも、危ないわよ?」
「体は器具で固定してあります、大丈夫。ですが、余り無茶はしないで下さい」
「う、うん、分かった」

 言われてフレイは機体を適当に動かしてみる。そのフレイの動きと機体の動作の誤差をセランが修正していくが、だんだん表情が悩むように顰められていく。

「……はあ?」

 セランがあんぐりと口を開けてフレイを見る。フレイは何かおかしかっただろうかと不安になったが、その不安はすぐに別の驚きに変わることになる。セランは、信じられないという表情でフレイにこう言ったのだ。

「あの、少尉、これって、本当に問題ないですか?」
「え、なんで?」
「だって、これが本当なら、少尉はコーディネイター並の反応速度を持ってることになりますよ。リンクス少佐以外でこんな調整するのは初めてです」
「え?」

 フレイは気付いていなかったのだ。自分が、一体どれほどの化け物になっているのかを。MSパイロットとしての比較対象はキラしかいなかったからこれまでフレイ自身が気付いていなかったのだが、彼女の反応速度は既にアルフレットやフラガと同様にナチュラルの常識を超えていたのである。

後書き
ジム改 アルフレット少佐が拾いました。
カガリ 拾ったって、捨て犬じゃあるまいし。
ジム改 似たようなものだろう。
カガリ ここは友達として私が様子を見に行くべきだな。
ジム改 随分と殊勝な事を言うではないか。
カガリ そうだろ。
ジム改 でも出番は少ないぞ。
カガリ それじゃ意味が無い!
ジム改 ふっ、本音が出たな。
カガリ あ……。
ジム改 まあカガリの野望はともかく、一応君の出番もある。
カガリ おお、そうか!
ジム改 でも、それ以外のキャラもいるので目立つかどうかは微妙。
カガリ 出番食い合うのが問題なんだ。
ジム改 トールとミリィのデートイベントも入れたいし。
カガリ 私はキースとか? それともキラと?
ジム改 ………………
カガリ 何故黙る?
ジム改 気にするな。
カガリ 無茶苦茶気になるわああああ!

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