第62章  遊園地という名の戦場




 翌日にデートを控えたフレイの元に、軍からの伝達が届けられた。それはアークエンジェルクルーの士官全員に送られた物で、明後日の舞踏会に出席しろという内容であった。どうやらアークエンジェルの名声を最大限に利用したがっているアズラエルの発案らしいが、それを拒む事は当然ながらフレイには出来ない。
 フレイは居候させてもらっているアルフレットの家でこの命令書を前にどうしたものかと悩んでいたのだが、それを覗き込んだアルフレットは面白そうにフレイの肩を叩いた。

「何だ、舞踏会に行くのか」
「……あんまり行きたくないんですけどね。華やかなのは好きなんですけど、ああいうところに集る人は好きにはなれないです」
「なるほどねえ、そういうもんか」

 そういう世界には縁が無いアルフレットには良く分からないが、そういう世界の住人なりの苦労というものがあるらしい。

「明日のデートの続きだと思えば良いじゃねえか」
「そんな気になんてなれませんよ。それに、キラにダンスが出来るなんて思えないし」
「そりゃそうだ、あの坊主にダンスはねえだろうな」

 なるほどと頷いてアルフレットは大笑いした。フレイもそれに釣られて小さく笑みを浮かべたが、すぐに真剣な顔付きで悩み出してしまう。アルフレットはやれやれと呆れ混じりに肩を竦めてしまった。

「まあ、行くのはもう決定なんだ。諦めな」
「ううう」
「それより、着ていくドレスはどうするんだ。明日のデートの帰りにでも店に寄ってくるか?」
「そう、ですね。そうします」

 幸い、払いは軍の会計に回して良い事になっているので、お金の事は気にしなくても良い。だからフレイは明日の帰りに店によってドレスを仕立ててもらおうと決めた。
 なお、この命令書を受け取ったアークエンジェルの士官たちの多くはパニック状態になって知り合いに助けを求めたりしていたりする。



 

 一見平和そうなインド洋を今日も朝日が照らしだす。今日の朝は珍しく何処にも砲声が轟く事は無く、誰もが落ち着いた朝食を食べる事が出来ている。だが、アンダマン諸島のザフト潜水艦基地はある意味戦闘以上に急がしそうであった。
 モラシムの要請に従って終結してきたザフト潜水艦隊の補給と整備で軍港は大忙しだったのだ。既にマドラスの南方、20キロの所に強襲上陸をかけて地上からマドラスに侵攻する部隊を揚陸するための艦隊も発進している。
 そんな軍港の喧騒を尻目にザラ隊の副官であるエルフィは同僚であるミゲルとニコル、ジャックと共にのんびり朝食を食べていた。

「このエルフィさんがお土産で買ってきてくれた紅茶、美味しいですね」

 育ちの良さを感じさせる優雅な仕種で紅茶を啜っているニコルがカップをソーサーに戻してエルフィに微笑む。それを聞いたミゲルとジャックが音を立てて紅茶を飲み、うんうんと頷いている。

「それですか。マドラスの繁華街で売ってた地元の特産だそうですよ」
「そうですか。やっぱりこういうものでは地球産にはプラント産は敵いませんね」

 なるほどと頷いてまたカップを口に運ぶニコル。そこにやっとアスランとフィリスが一緒に食堂にやってきた。何時もなら自分達より早く食堂にいる2人がこんなに遅いというのは珍しい。しかもなんだか物凄く疲れているようで、椅子に腰掛けるなりぐったりとテーブルに上半身を投げ出してしまった。

「ど、どうしたんです、アスラン?」
「ニコルか。いや、何でか知らんが朝からイザークが暴れていてな」
「朝っぱらから「マドラスに敵が居る、俺の中に流れる何かが教えているう!」とか騒いでまして。言われなくてもそれくらい分かってるって言っても「地球軍じゃない、もっと恐ろしい敵だ!」とか騒ぎ立てて。最後には何時ものようにギリギリまで寝てたディアッカさんを誘拐してどこかに行ってしまいました」
「全く、朝っぱらから騒ぎを起こすなというんだ」

 忌々しそうに呟いたアスランは朝食を掻き込むと何時ものようにとっても良く効く胃薬を取り出し、水でそれを飲んでほっと一息ついた。が、次の瞬間にはお腹の辺りが破滅的な状況に突入し、顔を真っ青にして脂汗で埋め尽くしながら物凄い速さでトイレへ駆け込んでしまった。
 呆然とそれを見送った一同であったが、フィリスがアスラン愛用のとっても良く効く胃薬(増量お徳用パック)の中身の錠剤を確かめて、その理由を知った。

「これは、胃薬ではありませんっ!」
「え、じゃあなんなんですか?」
「中身が下剤にすり替えられています。この錠剤は前に見た事があります」
「胃薬を下剤に、何て恐ろしい事を」

 フィリスの話を聞いたニコルとエルフィ、ジャックはその単純ながらも効果的過ぎる嫌がらせに戦慄してしまった。一体誰がこんな恐ろしい悪戯をしたのだろうか。特に胃薬を恒常的に愛用しているアスランを狙った攻撃としては余りにも残酷だ。
 だが、1人ミゲルだけは別の事に気付いており、そっとフィリスに問い掛けた。

「フィリス、何で見ただけで錠剤を見分けられるんだ?」
「……ミゲルさん、余計な事は考えない方が身の為ですわ」

 ミゲルの問いにニッコリと微笑んで返したフィリスであったが、それを見たミゲルは死神の足音を聞いた様な気がしてぶんぶんと首を上下に振ってしまった。


 



 いよいよ運命の日がやってきた。鏡の前でビシッと服装のチェックをし、問題ない事を確認するフレイに、朝からアルフレットの家に押しかけてきたミリアリアとカガリが呆れた視線を投げ掛けている。

「なあフレイ、そろそろ出発したほうが良くないか。そんなに気合入れなくても大丈夫だって」
「そうよフレイ、どうせキラのセンスなんて破滅的に悪いんだから、並んで見劣りする可能性はゼロよ」

 フレイはオフホワイトで纏めたツーピースに身を包み、ピンクのブラウスを上から着ている。あの後ミリアリアとカガリ、フレイの3人で揉めに揉めた上での折衷案で、赤道直下の太陽から肌を守りつつも通気性が良く、動き易い服装となっている。

「何よ、私は別に普段どおりよ」
「朝から2時間もかけて準備するのは普段どおりなのか?」
「鏡の前で30分も髪型の乱れをチェックするのはちょっとねえ」

 2人につっこまれたフレイは小さく唸って何も言えなくなり、ぷいっと顔を逸らせると些か大きめのバッグを引っ掴んで足音も高く部屋から出て行ってしまった。それを見送ったカガリとミリアリアはニヤリと危険な笑みを浮かべて頷きあった。

「それじゃあ、行きましょうかカガリさん」
「ああ、既にサイとカズィが待ち合わせ場所に先回りしてる筈だ」
「よし、それじゃあ私はトールと一緒に遊園地の方に先回りしてるから、サイとカズィの方のフォローはお願いね」
「任せておけ」

 何やらよからぬ企みを話し合う2人。そう、キラとフレイのデートはこの2人を中心とするグループによって計画的に観察されていたのだ。一部には渋々参加させられている者もいるが、大体は大喜びでこのイベントに乗ってきている。彼らが如何に娯楽に飢えていたかが伺えるエピソードと言えた。

 もっとも、2人の素直さが気にかかってはいるものの、まさか監視されてるとは思わないフレイはかなり浮かれ気味に約束の待ち合わせ場所へとやって来ていた。その頭の中で顔を合わせた時にどうするかのシミュレーションが延々と行われていたりするのだが、えてしてこういうシミュレーションが役に立つ事は無い。緊張しながら待ち合わせ場所の遊園地前にやってきたフレイは、そこに先に来ていたキラを見て固まってしまった。キラはアークエンジェルに来た時に着ていた黒い服を着ている。
 キラのほうはフレイに気付いて暢気に手を振っていたりするが、フレイの方はかなり困っていた。とりあえずミリアリアに教わったシチュエーションの中には、相手が先に待っているなどという状況は無かったのだ。

「フレイ、おはよう!」
「な、な、何であんたが先に待ってるのよ!?」
「何でって言われても、女を待たせるのは不味いってフラガ少佐が念入りに言ってたから」
「……あ、そう」

 どうやら自分がミリアリアを頼ったように、キラはフラガを頼っていたようだと悟り、フレイが気抜けしてしまった。

「で、一体何時から待ってたのよ?」
「ん〜と、8時からかな」

 因みに今は午前9時半である。こいつはいったい何を考えているのだろうか。だが、本当に辛かったのはキラではなく、キラを監視していたサイとカズィであっただろう。電信柱に登って電工の格好をしていたサイは軍用デジタル双眼鏡で2人を観察しながら軍用無線機を使ってカズィと連絡を取り合っていたのである。

「こちらサイ、ターゲットが接触した」
「こちらからも確認したよサイ。これより追跡に入る」
「ああ、俺は次の監視場所に移動する。追跡は任せるぞ。移動したらまた連絡する」
「了解、健闘を祈るよ」

 これで通信は終わったが、サイには現在深刻な問題があった。安全索に命を預ける電工の姿勢というのは、長時間続けていると結構腰と足が痛くなるのだ。慣れていればそうでもないのだが、慣れていないとかなり効く。サイは電信柱の上で腰が痛くなって困っていたのだ。

「ううう、別の監視場所にすれば良かった」

 サイ・アーガイル、16歳にして腰痛で身動き出来なくなる苦痛を味わうことに。

 だが、このような悲劇はこれが最後ではなかった。何故か今日、この遊園地では珍妙奇天烈な事件が天文学的な確立で発生し続ける事になるのである。


 

 

 こう、どこか緊張感を漂わせる2人を追跡するカズィ。彼は遊園地の中で持ち前の存在感の薄さを生かし、人混みに紛れながら確実に2人を追跡していた。何気に凄いスキルである。そんなカズィの持つ通信機が受信を知らせてきた。

「こちらミリィ、カズィ、今何処?」
「いま正面ゲートをくぐった所だよ」
「よし、私はこれからトールと一緒にさりげなく2人のカバーに入るわ。カズィも2人を追跡しつつ、妨害者の捜索をお願い」
「それは良いけど、そんな事する人が居るのかな?」
「何言ってるのカズィ、こんなイベント、みんなが放っておく訳が無いでしょう。絶対に何かしてくるわよ!」

 何気に物凄く酷い事を言っているミリアリアにカズィは少し恐れを抱いたが、通信中にいきなり視界に飛び込んできたものに呆れてしまった。

「……え、ええと、ミリィ、君の予感当たったようだよ」
「え、どういうことよ?」
「今、目の前を着ぐるみを着たチャンドラ曹長が通って行った。この遊園地のマスコット、マグ君の姿で」
「……事態は急を要するわね」

 想像以上に事態は深刻らしいと悟り、ミリアリアは通信を切ると決意を込めて宣言した。

「行くわよトール、何が何でも、あの2人の初デートを成功させるのよ!」

 さりげなく自分はトールとのデートも兼ねていたり。だが、この友人たちの暴走の中でトールだけは2人の事を心配してちょっかい出すのを躊躇っていたりする。

「ミ、ミリィ、やっぱりこういうのは良くないと思うんだけど」
「何言ってるのよトール、貴方は2人のことが心配じゃないの?」
「いや、心配だからこそ……」
「あの2人を妨害者の魔の手から守れるのは私達だけなのよ。これは私達に課せられた使命なのよ!」

 とりあえず自分達もその妨害者の同類だと気付いてくれとトールは思ったが、言っても聞いてもらえなさそうなので仕方なくミリアリアに付いて歩き出した。せめて、2人に及ぶ被害が少しでも減ってくれる事を祈りながら。



 一体何人の追っ手に追われているか分からない2人は、トールの心配を他所に順調にアトラクションを消化して回っていた。最初はギクシャクしていた2人だったが、遊び回っているうちにその辺りの問題をどこかに追いやって遊ぶ事が優先になってしまったようで、次のアトラクションに駆けて行くフレイをキラが笑いながら追って行くという状況になっている。

 だが、遊びまわっているうちにキラは追跡者に気付く事になった。先ほどから誰かに監視されているのだ。一体誰がと周囲を伺っているうちに発見されたのは、何故かパルであった。フレイにばれないようにキラは追跡者を捕獲したが、捕まえたパルは誤魔化し笑いを浮かべて逃げようとしたので、キラはパルをトイレに放り込んでデートを続行しようとした。
 しかしこのキラはその後もチャンドラを見つけたりノイマンを見つけたりボーマンを見つけたりしており、その都度邪魔されないように手近な部屋に放り込んで回る羽目になった。
 時々居なくなるキラにフレイは何をしているのかと不安そうになっていたが、帰ってくるたびにどっと疲れているキラの様子に首を傾げることもしばしばであった。キラにしてもまさか知人に追跡されているなどと言える筈も無く、影で必死の戦いを繰り広げる事になる。
 そしてキラに知られないようにこっそりと動いている者も居た。フラガは持ち前の直感の良さでキラの視線を巧みに避けながらカメラを手に追跡をしていた。実に恐ろしい追っ手である。
 2人の決定的瞬間を写真に収めて後でからかってやろうと考えていたフラガであったのだが、彼の姿は既にキラ以外の者に発見されていた。フラガの直感でさえ感づく事が出来ないほどに存在感が薄いカズィの接近を許してしまった彼は、カズィの連絡でサイが仕掛けた罠に引っ掛かってストーカー行為の現行犯に盗撮容疑までかけられて警備員に連行されてしまった。
 無実を叫びながらも両脇を固められて連れられていく上官を見送ったサイとカズィの目には危険な光が宿っていたりする。



 一方、遊園地にやってきたカガリはカズィとは別ルートで2人を追っていたのだが、そこで変なものを見つけてしまった。別段目立つような2人組みではなかったのだが、カガリには見慣れた2人だったのだ。

「な、なんだとお!?」

 驚愕の余り声を上げてしまうカガリ。そこにはなんとキースとナタルが居たのだ。キースはまだしも、遊園地になど絶対に足を運びそうに無いナタルがいるという事実にカガリの頭が混乱してしまっている。
 そんな奇妙なカガリに向こうも気付いたのか、キースが軽く右手を上げてカガリに挨拶してきた。

「よおカガリ、お前も来てたのか」
「キ、キースこそ、何でこんな所に?」
「俺か、俺はキラとフレイが心配になってなあ。副長と一緒に様子を伺いに来たんだよ。お前はどうしてだ?」
「……副長、と?」

 余り表には出ていないが、カガリもキースに惚れていたりするので、目の前で他の女とデートをされたりすると当然ながらムカつくのだ。一方のナタルはカガリに見られた事で顔を赤くして恥ずかしがっている。
 今日のナタルは何時もの軍服ではなく、薄い青を基調とした服に身を包んでおり、中々に新鮮な魅力に溢れている。女のカガリが見ても魅力的に感じるのだから、男のキースにしてみればかなりのダメージだろう。
 まあ、キースにそれだけの感性があるかどうかはかなり疑問であるのだが、猜疑心の塊と化してしまったカガリはそこまで考えが及ばなかった。キースの問いに少し考えたカガリはニヤリと笑みを浮かべ、なんでも無いかのように振舞って見せた。

「いや、特にこれといった用事は無いよ。暇だから来てたのさ」
「何だ、てっきりサイたちとでも来てるのかと思ったが。1人で遊園地とは変わった奴だな」

 キースの鋭い指摘にカガリの頬を一筋の汗がつたり落ちた。

「まあ私もそう思ってた所なんだ。それに私もあの2人は気になるし、一緒に付いていってもいいかな?」
「そうか? 俺は別に構わないけど」

 キースは隣にいるナタルを見た。

「副長はどう?」
「わ、私は……別に構いませんが」

 本当は大いに構うのだが、それを口にするのはどうにも憚られた。それにこんな子供にムキになるのも大人気ないと思われた。だが、この直後にナタルはこの返答を後悔することになる。
 ナタルが良いと言ったのでキースも快諾し、それを聞いたカガリは早速キースの隣に立って歩き出した。

「しかし、驚いたよなあ。まさかキースたちが来てるとはなあ」
「何、俺たちだけじゃないさ。フラガ少佐やノイマンたちなんかも来てるようだぞ。どうもアズラエルも来てるみたいだな」
「……暇な奴らだな」
「まあノイマンたちは暇なんだろうが、アズラエルたちは政治的な思惑もあるだろうな。何しろアルスター事務次官の令嬢がコーディネイターの少年と逢引なんて異常事態だ。大昔で言うなら貴族の令嬢が黒人奴隷と会うようなもんだ」
「おいおい、そこまで酷くは無いだろ」
「いや、これでも柔らかく言ってるつもりだ。お前の主張は無視して世間一般の考えを言えば、コーディネイターはエイリアンで俺たち人類とは別種というイメージだからな」

 このキースの物言いにはカガリもムッとしてしまたが、すぐにそれも萎んでしまった。これまでのアークエンジェルとの旅でカガリもいろんな現実を見てきた。ガスで皆殺しにされた街。追い立てられ、震えながら逃げ惑った民間人。ナチュラルなんて死んで当然と考えているザフトの兵士達。
 ドゥシャンベでナチュラルの歩兵を駆逐していくザフト歩兵達、あの圧倒的な身体能力を見れば、コーディネイターをエイリアンと考えるのも無理はないと思うようになっている。その圧倒的な能力はナチュラルから見れば危険な物でしかないだろう。
 自分の信じてきた何かは既にこれまでの旅で失われている。カガリもまたコーディネイターを憎み、地球連合軍と共に戦ったからだ。だがその事を改めて意識してしまったカガリは、不安げにキースの服の袖をつかんでしまった。

「ん、どうしたカガリ?」
「い、いや、何でもないんだ」
「……まあ、はぐれられても困るから、腕に捕まってるくらいなら良いけどな」

 カガリの表情が些か冴えない事が少し気になったが、それを追求する事は無くキースは視線を正面に戻した。彼の目的はあくまでキラとフレイをそっと見守る事なのだ。
 だが、この時カガリを見たナタルは、一瞬カガリがこっちを見てクスリと笑ったのに気付き、その真意を悟った。この瞬間カガリとナタルの間に一瞬プラズマが走る。そう、この瞬間カガリはナタルに宣戦布告したのだ。しかし、最大の問題はキースがカガリの気持ちに全く気がついていないという事で、この辺りの問題でカガリは圧倒的に不利だったりする。



 

 出撃を控えてアスランたちもMSの整備や調製に余念が無かった、と言いたい所だが、彼らは未だにMSの準備が終わっていなかった。理由は単純なもので、連合から奪った4機のGが予備部品不足で直ってなかったのだ。戦闘をしていないイージスとブリッツはともかく、ずっと激戦の中にあったデュエルはアサルトシュラウドが使用不能になっており、今回は外されている。そしてボコボコにされていたバスターは中破と呼べる状態であり、整備兵が必死に形相で直している有様だ。なら置いていけば良いと思うのだが、色々な事情があってザラ隊とジュール隊は実績を上げる必要があったのだ。
 未だに修理が終わらず、しかも補給物資の割り当てでも露骨に差別されているザラ隊、ジュール隊のパイロット達は当然ながら不満を抱えており、同部隊の過激派であるイザークとディアッカのみならず、今回はミゲルとニコルまでアスランの部屋に殴りこんできた。
 イザークはアスランの部屋に入るなり驚きの余り固まっているエルフィを押しのけアスランの机を右手で叩いて抗議をぶつけてきた。

「どういうことだアスラン、あれは!?」
「何の事だ、イザーク?」
「今回の出撃の事だ。俺のデュエルはビームライフルが使えないから重突撃機銃で出ろと言われたんだぞ!」
「俺のバスターは何時直るんだよ!?」
「アスラン、僕のブリッツもランサーダートが動作不良のまま出撃ですか!?」
「一体どういうことだよ。何でこんな酷い状態なんだアスラン!?」

 4人の猛抗議を受けたアスランは上半身逸らして圧力に屈してしまっていた。それを見て4人はますます攻勢を強めてきたので、さしものアスランも疲れた溜息を吐いて弱音を漏らした。

「……俺だって精一杯頑張っているんだからさあ。分かってくれよぉ」
「突然中間管理職の嘆きを言うなあ!」

 どっと老け込んでぼやいたアスランにイザークが怒鳴り声を上げ、またアスランはガックリと肩を落としてしまった。実際には試作品を強奪した代物である4機のGの整備性は最悪であり、部品は本国で受注生産で作ってもらってる有様だ。それも届く傍から消耗しているのだが。そもそも部品や弾薬の規格がザフトのものとは異なるので物凄く効率が悪く、アスランとしては全機をゲイツに代替してもらおうかとまで考えているのだが、それが実現するのは何時の日だろうか。

 


 

 友人たちの活躍のおかげか、2人はお昼近くになるまで何の問題も無く予定を消化することが出来た。何故かフレイは元気にはしゃいでいるのにコーディネイターのキラがぐったりしていたりするが。
 そしてもうすぐお昼だというところでようやく2人は早めの昼食をとろうと店を探そうとしたが、その前にフレイがちょっと用を足しに行ってしまい、キラだけがぽつんとベンチに残される時間が生じた。そこでキラはそれまでとはうって変わって不機嫌そうな顔になり、ジトッとした視線を周囲に向ける。

「……そろそろ出てきたらどうなの?」

 キラの少しだけ怒りを抑えたような声に身の危険を感じたのか、すごすごと物陰からミリアリアとトール、サイとカズィ、キースにナタルにカガリが出てきた。

「バジルール大尉、貴女もですか?」
「い、いや、私はただ大尉に誘われてきただけで、別に君たちの邪魔をするつもりは無かったぞ」
「つまり、そちらもただのデートだと?」

 ジロリとキラにしては凶悪な視線をキースへと向ける。キースはそれを受けても平然としていたが、仕方無さそうに肩を竦めて降参の意を示した。

「まあ、お前たちが少し心配だったもんでな。遠くからひっそり見守ろうと思ってたんだが、良く気付いたな」
「そりゃ気付きますよ。あっちこっちに何処かで見た顔が居るんですから」
「なるほど、数が多すぎたか。同じ事を考えてる奴が多すぎだったな」

 キラの答えになるほどと頷き、自らの計画の甘さをキースは恥じたが、そういう問題ではないのでキラはますます不機嫌そうになっている。これは不味いかと一同が逃げ腰になった時、場の空気を一変させる救いの神が戻ってきた。

「お待たせ〜……て、なんでみんなが居るの?」

 何故か揃っている友人たちの姿にフレイが目を丸くしてしまっている。まあ普通はこうなるだろう。フレイの視線を受けた者たちは「あははは」と冷や汗交じりの愛想笑いを浮かべて誤魔化していた。
 友人たちの態度に何となく事情を察したフレイはやれやれと呆れ交じりの吐息を漏らし、しょうがなさそうにキラを見た。

「まあ、午後はみんなで回りましょうか」
「良いの、フレイ?」
「今更追い返すのも気が引けるし、しょうがないんじゃない。何となくこんな事になるんじゃないかって気もしてたし」

 それを聞いたミリアリアとカガリが焦った顔で誤魔化し笑いを浮かべたが、それはフレイの想像が間違っていなかった事を雄弁に物語っていた。

 そして2人は望まれない多数の同行者と共に昼食を取るべく花壇に囲まれた屋根付きのベンチへと移動した。そこにはちゃんと木製のテーブルもあり、料理を並べる事が出来るのだ。
 だが、何故こんなところに移動したのかと訝しがる一堂の前で、フレイが持ってきていたバッグから弁当のような物を取り出した。それを見た一堂の顔が一斉に引き攣る。

「じゃじゃーん、私が朝早くから起きて作った弁当よ」
『神よっ!!』

 その場に居る大多数がこの瞬間、これまで信じた事も無かった神の慈悲に縋った。
 フレイの料理といえば、アークエンジェルの中で伝説ともなっている化学兵器の1つだ。流石にマリューの作る毒物の域にまでは達していないが、食べれば2度とトイレから帰ってこれなくなってしまう。キラでさえその猛威には抗する術を持たないのだ。
 テーブルの上に広げられたのはサンドイッチのような物と、簡単な果物の詰め合わせである。これなら失敗する事は無いだろうメニューだが、そこで侮ったら死を呼ぶのがアークエンジェルの女性達である。こと料理に関しては全て毒と思った方が良いというのは、もはやクルー全員に共通する認識であった。
 カガリたちが顔に死相を浮かべていると、ナタルがさりげなくお弁当を取り出して自分とキースの前に置いていた。

「どうぞ。簡単な物ですが」
「おお、副長は料理が出来たのか」

 バスケットの中にはハンバーグやら肉詰めピーマンやらカボチャの煮物やらと色とりどりの料理が詰められている。それを見た一堂が裏切り者を見るような目でキースを睨み付けたが、キースはその視線を面の皮で全て弾き返してしまった。伊達に元ブルーコスモス穏健派の若手リーダーの1人ではない。この程度の視線に動じたりはしないのだ。
 そして残された一同はどうしたものかと視線を合わせていたが、その中から早くも裏切り者が出た。

「あ、バジルール大尉、僕も食べて良いですか?」

 カズィだった。彼はふてぶてしくも顔色1つ変える事無くナタルとキースのグループに鞍替えしようとしていた。カズィに頼まれたナタルはチラリとフレイを見た後、どうしたものかとカズィを見る。

「私は構わないが、フレイの方は?」
「あっちに全員だと多過ぎますよ。キラが食べられなかったら本末転倒でしょ」
「……ふむ、一理あるか」

 確かに本来2人分のサンドイッチを7人で食べるというのは無理があるだろう。フレイも最初は残念そうだったが、カズィの答えになるほどと頷いている。

「そっか、悪いわねカズィ」
「気にしないでよ。僕たちは邪魔者だからね」

 表面的には完璧に2人を邪魔した事をすまなく思っている友人を演じるカズィ。それに騙されているフレイはカズィの心遣いに感心していたが、他の5人はやっぱり裏切り者を見る目でカズィを見ていた。

『カズィ、また逃げるんだね』
『くそっ、自分だけ助かろうなんて』
『胃薬持ってこればよかった』
『カズィ、後で覚えてらっしゃい』
『こいつ、国に帰ったら覚えてろよ』

 何気に最後だけ物凄く物騒な事を考えているが、まあどうでも良いだろう。とりあえずは目前の脅威にどう対処するかである。暫し頭の中で友情と保身の天秤が激しく上下し、この有事にどう対処するかで内心で激しくせめぎあう。そして、やがて彼らの視線は一点へと集結していった。そう、キラの元へと。
 友人たちの視線を一身に受けたキラはビクリと身を震わせ、その視線の意味する所を悟って泣きそうになった。

「あ、あの、もしもし?」

 キラの弱々しい問い掛けに、4人は悪魔に良心を売り渡した笑顔で返した。それを見たキラの顔が絶望と恐怖に引き攣る。

「キラ、早く食べてやれよ」
「そうだぞキラ、やはり最初の1つはキラが食べてやらなくちゃな」
「女の子の手料理だもの、それが礼儀よね」
「キラ、お前の事は一週間は忘れないぞ」

 友人たちの心温まる裏切りの言葉、特に最後のカガリのもう死亡確定な台詞にキラは滂沱と涙を流し、諦めで表情を満たしながらサンドイッチを手に取った。何となくここに至るまでの過程が失礼極まりない気もするが、それでもフレイは固唾を呑んでその結果を見ている。
 だが、覚悟を決めてサンドイッチを口に運んだキラは、周囲の予想に反して平気そうに口をもぐもぐと動かしていた。

「……とりあえず、味は普通だね」
「キラ、それものすっごく傷付くんだけど」
「だって、前科があるし」
「それは、そうだけど…………でも、流石にサンドイッチなんかで失敗する訳無いでしょ!」
「まあ、言われてみればそうなんだけどね」

 冷静に考えれば果物の詰め合わせやサンドイッチでは趣向を凝らす余地などほとんど無いので、大失敗などする訳が無いのだ。キラが大丈夫そうなのを見てカガリたちも恐る恐る手を伸ばして食べだした。とりあえず大丈夫そうなので、恐怖よりも空腹感の方が勝ってきたようだ。一度手をつけてしまえば瞬く間に食事は進んでいき、ほどなくしてサンドイッチも果物も無くなってしまった。

「ふう、食った食った」
「でも、やっぱり食い足りないよな」
「しょうがないわよ、この人数だし」

 ぼやくカガリにミリアリアが少し渋い顔で返したが、それで食い物が出てくるわけでもなく、2人は売店で買い食いを繰り返す事になる。その報いは3日後の体重計に出るわけだが、まあそれはこの際どうでも良いだろう。
 午後からは大人数になった事で自然と多人数でも遊べるアトラクションに行くようになったのだが、ここで奇妙な事が起きてしまった。アトラクションの柵の外からコーヒーカップに乗っている子供達を眺めていたキースとナタルは、目の前の光景に戸惑いを隠せないで居る。
 カップの1つにはトールとミリアリア、これは良いだろう。だが何故か次のカップにはカガリとフレイが乗っており、その隣のカップにはキラとサイとカズィが乗っていたのだ。男3人でこういう乗り物に乗るのはなんとも言えない悲しさがある。そこだけまるで葬式のような重苦しさが漂っているのだ。
 そして何故か男3人組はまるで憎しみで人が殺せたら、と言わんばかりの物凄い目でミリアリアと2人で楽しそうなトールを睨みつけていたりする。

「なんと言いますか、フレイはカガリと一緒の方が楽しいのでしょうか?」
「まあ、女友達と一緒に居るのも楽しいんじゃないの」
「…………危険な趣味に目覚めてきている、とかではないですよね?」
「何でそっちに発想が行くかね?」

 突然とんでもない事を言い出したナタルに、キースは顔を少しだけ引き攣らせた。
 

 この後も幾つかアトラクションを遊びまわった一同は、最後に定番というかベタというか、観覧車を選んだ。最初に乗ったのはトールとミリアリア、次がキラとフレイ、次がキースとナタルとカガリ、最後がサイとカズィである。最後だけ間違っているような気もするが、彼らは夕日に照らされるマドラスの街を悲しそうに眺めながらゆっくりとゴンドラに揺られていた。
 そのゴンドラの中で、フレイは始めてキラに礼を言った。

「キラ、今日はありがと」
「え、何が?」
「デートに誘ってくれた事よ。まさかあんな勝負を挑んでくるとは思わなかったけど」
「あれは、アルフレット少佐の発案だよ。僕は話に乗っただけ」

 事の顛末をフレイに話すキラ。それを聞いたフレイはみんなが基地に殴りこんできた事に驚いてしまったが、すぐにその情景を思い浮かべてクスクスと笑い出してしまう。それを見たキラが不満そうに愚痴を零したが、すぐにつられてキラも笑い出してしまった。
 ひとしきり笑った後、フレイはふうっと吐息を漏らした。

「今日は久しぶりに遊んだわね。戦争なんて遠い何処かの出来事みたい」
「……そうだね、何時もこうなら良いのに」
「でも、明日になればまたMSに乗って訓練か。しかも明日は舞踏会」
「あ、フレイも呼ばれてるんだ。僕とトールも呼ばれてるけど」
「そうなんだ。じゃあ、明日は会場で会えるわね」

 嬉しそうに頷くフレイ。キラも表面的には笑っていたが、実はキラはこの舞踏会に行きたくはなかった。自分には絶対に場違いだと思うし、ブルーコスモス主催のイベントにコーディネイターの自分が行くのは自殺行為という気もするし。
 この後、フレイは意を決してキラにひとつの頼み事をしてきた。

「ね、ねえキラ、明日の舞踏会、もうパートナーは決まってるの?」
「そんなの決まってないと言うか、そもそも相手が居ないよ」
「じゃあさ、私がパートナーで、どうかな?」
「…………」

 フレイに申し込まれたキラは顔を真っ赤にしてあたふたしだした。その様を見て、悪いと思いながらもフレイは口元を手で隠してクスクスと笑い出してしまう。どうやら、キラに文句は無いらしかったが、この程度のことであたふたされると情けないと思う気持ちと、まあキラらしいかという納得が同時に浮かんでしまうのだ。 



 この観覧車が地上に降りたところで今日のデートは終わりだった。ミリアリアとトールが腕を組んでたり、キラとフレイが何時も通りだったり、何故かキースを挟んでカガリとナタルの間に緊張が漂っていたり、サイとカズィが真っ黒な空気を背負って「夕焼けの観覧車に男2人っきりなんて間違ってる」とか呟いていたりと色々と変化があったようだが。
 この後フレイは何故か招待状を貰っていたカガリと共にフレイのお勧めブランドの店にドレスを仕立てに行き(カガリは露骨に嫌がっていたが)、他の者は家に帰る事になった。男は第一種軍装で良いので新たに仕立てる必要なんて無いのだ。
 因みにこの日の夜、トールが謎の3人組に就寝中を襲撃され、額に肉と書かれるという事件があったが、その犯人が捕まる事は無かった。



 

 しかし、平和なのはキラたちだけであり、マドラス基地の司令部では緊迫した空気が流れていた。マドラス基地には有力なザフト部隊がマドラスの南方20キロに上陸し、現地の守備隊を粉砕して橋頭堡を確保したという報告がもたらされており、マドラス司令部ではこれをザフトのマドラス攻撃の準備攻撃だと考えていた。上陸してきたのはジンとザウートが30機ほどであり、マドラスを攻略するには少なすぎる戦力だ。現地の機甲部隊は撃破されてしまったが、この程度なら航空隊とダガー隊を投入すればすぐに海に追い落とす事が出来るだろう。今後どれだけ増強されるかが気がかりではあるが。
 問題なのは、この部隊を叩けるだけの戦力は現在ではマドラスにしかないという事だ。頼みのインド軍集団は北部戦線に投入され、クルーゼに破られた戦線を立て直す事に成功している。それどころか戦力差にものを言わせて北部戦線を押し戻している。クルーゼの第2軍が抜けた事で弱体化した北部のザフトはインド軍集団の敵ではなかったのだ。
 だが、南部で訓練を続けていたインド軍集団は、同時に南部の防衛もしていたのだ。それが北部に移動したことで南部の防衛力は激減していたのだが、ザフトに更に南部に戦線を作るだけの余力があるわけも無く、インド南部とインド洋は戦力密度の希薄な地帯となっていたのである。
 この中で最大の戦力を保有しているのがマドラスで、インドを支える最大の物資集積地である。ここを叩かれれば南アジア全体が危機に晒されるからこそMSまで駐留させて守っているのだが、それは同時にザフトにもここを攻略すれば戦いにケリをつけられるという事を教えてもいた。
 モラシムは集めた戦力でマドラスを叩けると考えていた。今が最大のチャンスであるという彼の考えは間違っているとは言えなかっただろうが、1つだけ彼の計算外の要素があった。それは、今のマドラスには2隻のアークエンジェル級戦艦が改装と修理を終えて待機していること。そしてマドラス防衛に呼び戻されたMS隊と航空隊には化け物という言葉が良く似合うパイロットが何人も含まれていたことである。
 ドゥシャンベでアークエンジェル隊と交戦し、僅かな交戦時間で第15師団を壊滅状態にまで追い込まれた経験を持つクルーゼならこの程度の戦力で勝てるとは考えなかっただろうが、モラシムはまだアークエンジェル隊と本格的に交戦した事が無く、その恐ろしさを理解してなかったのである。




後書き

ジム改 アークエンジェルの誰もが気になる2人のデートでした。
カガリ どいつもこいつも暇だな。
ジム改 実際に暇なんだけどね。みんな休暇中だし。
カガリ そして次回は舞踏会。
ジム改 次回はイベントが盛り沢山だ。カガリの正体もばれるし。
カガリ なぬ、私の身分が公に!?
ジム改 だって、このままだとお前さん、国際犯罪した重罪人だし。
カガリ 何で?
ジム改 中立国の王族がゲリラやったり、連合の戦艦に乗って戦争してるだろうが。ゲリラは国際法違反だ。
カガリ …………
ジム改 ザフトにばれたらオーブが連合に参加したと取られるだろうな。
カガリ …………
ジム改 そういうわけで、アズラエルと取引してでもこれまでの事を隠す必要があるわけだ。
カガリ わ、私のせいでオーブが戦争に巻き込まれるのか?
ジム改 うむ、お前のせいだな。実は既に大西洋連邦にはばれてたりするが。
カガリ 何でだよ!?
ジム改 43章で大統領がヘンリー・ステュワートに教えて貰ったと言ってる。
カガリ ……うちの国の命運があんな変態の手に握られてるのかよ。
ジム改 では次回、舞踏会は人々に何をもたらすのか。そして迫りくるザフトの脅威。
カガリ 私はアズラエルなんかと仲良くしたくないぞ!



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