第75章  16年ぶりの再会



 木々と岩が何処までも続く戦場を1機のジンが駆け抜けていく。その後には連合軍のヴァデッド戦車をはじめとする数々の車両や、まだ決して多いわけではないストライクダガーなどの残骸が点々と転がっている。
 ここは南アジアから東南アジアを分けているアラカン山脈の南側、ヤンゴンとチッタゴンを結ぶ街道沿いである。反撃に出てきた連合軍はマイケル・ハセク大将率いるインド軍集団を出動させ、圧倒的な大軍をもってザフトを南アジアから叩きだし、一気に東南アジアまで抜けようとしていたのである。
 これに対してザフトは小数部隊を用いたゲリラ戦で対抗しようとしていたのだが、制空権を奪われてしまった為に補給線を維持する事が出来ず、後退に次ぐ後退を続けていた。元々後方兵力が貧弱なので、一度守りに回ると非常に脆いのだ。
 この部隊はアカラン山脈を天然の要害として利用し、連合軍を必死に食い止めている部隊の1つである。その中でも一際目立っているのが隊長マークを付けたジンで、戦場を死神の如く駆け抜けている。
 このジンに対して連合軍は遂にデュエルを含むMS部隊を投入して来た。GはザフトMSにとっては死神にも等しい存在で、撃破は極めて困難な相手として知られている。フェイズシフト装甲を持っているのでジンやシグーでは撃破が困難を極めるのだ。これを撃破するには単独で動いている所を包囲して集中砲火を加えるくらいしか対策が無いと言われている。
 今回は両脇をダガーに固められているので包囲するのも困難な状況なのだが、そのジンは怯む様子も無く突っ込んでいく。それを見てデュエルとダガーはビームライフルを向けて発砲したが、ジンは素早く岩陰に身を潜めて巧みにビームを避けている。そしてまた岩陰に入ったジンが左右どちらから飛び出してくるかとデュエルとダガーはライフルの照準を付けて待ち構えていたのだが、そのジンは彼らの予想を超えた動きをした。なんと、そのジンは岩陰から大きく空へと舞い上がってきたからだ。

「ブ、ブースターか!?」

 ジンの通った後に白い煙が尾を引いているのを見たデュエルのパイロットがその正体を察して声を上げた。これはMS用の使い捨て固形燃料ブースターで、短時間に爆発的な推力を生み出す補助推進装置である。使い時が難しいのが欠点だが、このように相手の意表を突く動きを可能とする装備だ。
 慌てて3機がライフルを空に向けようとしたが、それがジンを照準に捕らえるよりも早く上空にもう1つの太陽が出現した。どうやらジンが背後で照明弾を使用したらしい。余りに強烈な光が突然出現した事で光学センサーが光量調整のために一瞬ブラックアウトする。
 この間隙を突くかのように、空に駆け上がっていたジンはスラスターを操作して今度は一気に地上に降りてきた。その左腕には重斬刀が握られており、落下の勢いを乗せた一撃がデュエルの左肩のジョイント部分に叩き付けられる。この一撃でデュエルの左腕は肩から強制的に引き離された。
 ジンは着地の衝撃を重斬刀の一撃である程度相殺したのか、体制を崩すような事はなかった。それどころか右腕の重突撃機銃の銃口をデュエルの左肩ジョイント部に向け、むき出しの損傷箇所めがけて銃弾を叩き込んだ。フェイズシフト装甲は確かに物理的な破断には圧倒的な耐性を誇っていたが、流石に内部構造まではそうではない。そのデュエルは内側に飛び込んできた徹甲弾によって引き裂かれ、コクピットを破壊されてその場に崩れ落ちてしまった。
 あっという間にデュエルを撃破されてしまった事で動揺したのか、随伴のダガー2機が慌てふためいて後退していく。それをジンは重突撃機銃で撃とうとしたのだが、銃口から数発弾が飛び出したくらいで空撃ちの音が響くようになった。どうやら弾を撃ちつくしてしまったらしい。
 この隙に逃げていってしまったダガーを見送ったジンは、弾装を交換すると後退をはじめた。

「ふう、敵の数は無尽蔵で、こちらは補給も受けられず、機体を整備する時間も貰えない、か。ここまで完全な負け戦だと、怒る気も失せてくるな」

 このジンを駆っていたパイロット、グリアノスは連続する戦闘に流石に疲れを隠し切れずにいた。アークエンジェルのMS隊さえ蹴散らしてしまうほどの強さを持つとんでもない実力者であっても、人間の限界を無視することは出来ない。更にどんな兵器であっても補給と整備が受けられなければただのガラクタになってしまう。
 撤退が開始された理由は簡単で、カーペンタリアからマーケット作戦の中止と戦線の縮小を伝えられたからである。それで前線部隊は兵力の逐次撤退を開始したはいいのだが、なんと前線とカオシュンとの間の補給線を東アジア共和国軍に寸断されてしまったのだ。それまで東アジアから東南アジアを陸路と空路の2本立てで結んでいたのだが、その内の陸路が東アジア共和国のハノイへの大攻勢によって寸断されてしまったのだ。ハノイを落とした東アジア共和国はここに1個軍を配置して防衛を固め、更に戦闘機部隊を結集して空路の遮断も開始したのである。
 元々輸送力が貧弱な上に長距離を護衛できる戦闘機を持たないザフトにとってハノイを落とされたのは致命傷で、インドに展開していたザフト部隊は補給が途絶えて撤退もままならなくなった所をインド軍集団の反撃を受けて叩きのめされてしまったのだ。
 それがどうにか息を吹き返したのは後方に下がって補給と再編成を行っていたクルーゼが再編成の完了した第2師団を率いて潜水艦隊を使って香港を出撃、短時間でシンガポールを陥落させてしまったおかげだった。
 これでカーペンタリアからの補給ルートをなんとか作り上げたクルーゼは前線部隊に増援と補給物資を送り込み、壊走間際だった各部隊をシンガポールに向けて後退させる事が出来ていた。
 しかし連合側の追撃も激しく、殿に残っている部隊の消耗は凄まじかった。連合軍はここに来て装甲部隊に少数とはいえMSを組み込んでくるようになり、ザフトにとって大きな脅威となってきているのに、それが後から後から湧き出すように現れるので対処しきれないのだ。殿部隊の多くは連合軍の部隊を支えている間に正面を迂回した別部隊に側面や背後に回られ、各個撃破されている。グリアノスの部隊はまだ何とか後退を続けているが、それも何時まで持つか分からない状況であった。
 コクピットの中で憂鬱な表情をしているグリアノスであったが、部下から通信が来た途端にいつもの厳しい表情に戻った。指揮官が部下の前で弱気な所を見せるわけにはいかない。

「グリアノス隊長、北を支えていたカルメン隊からの通信が途絶しました」
「カルメンが? 全滅か?」
「偵察機からの報告では20両ほどのヴァデッド戦車を中心とする装甲部隊がこちらに向けて南下してきているようです。カルメン隊の姿は発見できなかったと」
「そう、か」

 グリアノスはここまで何とか退いてきた友軍の悲報に目を閉じて暫し冥福を祈った後、自分の部隊にこの場から急いで後退するように指示を出した。幸い正面の敵は一時後退したので、安全に撤退する時間はある。

 こうしてグリアノスが撤退していった丘陵に連合軍の1個装甲大隊が進出して占領し、後方から前進してきた別部隊に進撃を引き継いで補給と補充を受ける事になる。連合軍は部隊を交代させて補給と攻撃を行わせているので進撃速度は余り緩む事がないのが特徴で、これを支えているのが補給能力の高さであるのは言うまでも無い。
 ただ、MSを有する部隊はMSの故障に悩まされていた。まだMSの輸送に関してはっきりとした回答を示せないでいる連合はMSの移動手段はMSキャリアーと自身の歩行の2つしか持っておらず、しかもキャリアーは整地された道路以外は走れないので、結局は徒歩で交戦地域へと向かう事になる。これがMSにかなりの負担を強いていて、特に脚部の故障が目立っている。
 まだMSの運用を開始して日が浅い連合軍だけに、この辺りの不具合は解決していかなくてはいけない課題ではあった。Gは部品の品質が極めて高いのでこういった問題が起き難かったのだが、ダガー系はGほど良い部品を使っていないのが災いしてさまざまな不具合がでてきているのだ。
 しかし、それは改良を重ねる事で解決できる問題ではある。ダガーよりは品質管理が徹底している105ダガーなどは高い稼働率を示しているし、まだ試作段階のロングダガー、デュエルダガーなどの派生型も試作機の段階でそこそこの稼働率を見せているのだ。
 それにザフトの新型機であるゲイツに較べれば、ダガーの不具合は大したことは無い。ゲイツは登場してそこそこ時間が経っているのに、未だに不具合に悩まされ、前線で厄介者扱いされているのだから。

 皮肉な話であるが、連合軍のMSがそれなりの稼働率を示し、開発期間が短いにも拘らず実戦に十分耐え得る完成度を持っているのは、アークエンジェルからもたらされた膨大な戦闘データ、とりわけキラのストライクのデータの恩恵が大きい。キラのストライクの整備で経験を積んだアークエンジェルの整備班はそのデータを元にフレイのB型デュエルを整備し、B型としては破格の信頼性を生み出していたのである。このデュエルの蓄積データを渡された兵器開発部の人間は「何かの間違いではないのか!?」と叫んだ程にフレイのデュエルは高い稼働率を示していた。
 このデータを元に不具合を洗い出し、何処に負荷が掛かるのか、どの部品に問題があるのかを調べた開発部は新たに実戦使用型とされるD型を開発し、前線部隊に供給して高い評価を得た。
 今のザフトの苦戦は、突き詰めていけばキラの貢献のおかげなのである。キラの実戦データと完成させたOSがフレイのデュエルを実戦レベルで使用可能にし、それが更に他の連合MSにも生かされていったのだから。


 ザフトが急に南米や南アジアから撤退を開始したのは、来るべきスピットブレイクに備えて戦力の結集し始めたからである。元々これ等の作戦はスピットブレイクの真の目標を隠すための陽動作戦だったので、目標を達成できなくても戦略的には大きな問題とはならない。
 むしろ問題となったのはこの作戦において、当初の想定を遙かに上回る損害が出たことだ。連合がこれ等の戦線にMSを投入してきた途端、それまでの快進撃が嘘のように進撃は停止し、それまでの戦いでは考えられなかったほどの大損害が出るようになっている。
 後から後から戦力を投入し、新型兵器を続々と送り込んでくるナチュラルに対してグリアノスは腹立たしい物を感じてはいたが、それ以上に追い詰められたという悲壮感の方が大きかった。敵に対して補給さえまともに受けられない自分たちの境遇を考えれば当然かもしれないが。

 この戦いでグリアノスたちは何とかシンガポールに達する事が出来たが、殿に残った部隊の生還率は4割を下回るという惨憺たる結果に終わってしまった。連合の方が犠牲は大きいのだが、双方の戦力比から見ればザフト側の損害の方が大きかったと言える。連合はこの作戦での損害を埋める事が可能だったが、ザフトは遂に損失を埋める事が出来なかったのだから。






 オーブに入港しているアークエンジェルに、オーブの前代表であるウズミ・ナラ・アスハが突然訪問したのは、まだ朝も早い時間であった。キサカ一佐の先導で現れた中年男性にアークエンジェルのクルーは不審の目を向けていたが、流石にマリューたちはその正体に気づいて慌てふためいて敬礼を施した。

「こ、これは、ウズミ・ナラ・アスハ前代表ではありませんか!」
「うむ、突然の訪問、失礼する」
「いえ。ですが、どのような御用件で?」

 突然こんな要人がうちの艦を訪れる理由が分からないマリューは困惑した顔をしている。その後ろではナタルがカチコチに固まってしまっているのが笑いを誘うが、目の前に居るのがそれだけの人物であるということでもある。
 ウズミはマリューの問いにフムと小さな呟きを漏らした後、マリューに1人の人物の所在を問い掛けてきた。

「失礼だが、この艦にナハトという人物が乗艦してはいないだろうか?」
「ナハト、ですか? いえ、そのような名のクルーはおりませんが」
「……そうか。私の勘違いであったか」

 マリューには何がなんだかさっぱり分からないが、目の前でウズミは1人で納得している。そのナハトという名にはウズミには大きな意味があるらしかった。
 だがその時、室内にようやく起きたという感じのキースが入ってきた。まだ眠そうに糸目状態でよろよろと歩いている。マリューはそのだらしないキースをみて慌てて退室させようとしたが、それよりも早くウズミが反応した。

「ナ、ナハト!?」
「…………ふぁい?」

 ナハトという名を聞いたキースが寝ぼけた目でウズミの方を見て、そのまま暫しじっとしている。そしてなにやら2度3度と首を傾げたり戻したりした後、来た道を引き返して部屋を後にしようとした。

「待て、何処に行く気だ貴様!」
「……寝起きなんですから大きな声出さないで下さいよ。ウズミ前代表」
「貴様の都合など知った事か!」

 そう怒鳴りつけた後、ウズミは厳しい表情でマリューを睨み付けた。その眼光に気圧されるように一歩後ろに退いてしまった。

「艦長、どういう事だ。ナハトは居たではないか!」
「い、いえ、あの、ナハトと言われましても。彼はキーエンス・バゥアー大尉なのですが……」

 ウズミの詰問を受けたマリューはしどろもどろになりながら答える。それを聞いたウズミは更に何か言おうとして口を開きかけたが、その機先をキースに制された。

「ウズミ前代表。今の私はブルーコスモスのナハトではなく、大西洋連邦軍のキーエンス・バゥアー大尉ですよ」
「……まあ良かろう。貴様がそう言うのなら、そうなのだろうな」

 どうやらマリューは本当に知らないようだと悟ったのか、ウズミはマリューに向けようとしていた矛先を納めた。そして他のクルーを無視してキースの前まで歩いてくると、深く凄みのある声でキースに質問をぶつけてきた。

「単刀直入に聞こう。カガリにアズラエルを引き合わせたのは貴様か?」
「違いますよ」

 ウズミの質問にキースは即答した。この辺りの場慣れ具合が彼の過去を良く教えてくれているのだが、それを分かるような人間は流石にこの場にはいない。
 あっさりと即答されたせいか、次の言葉が咄嗟に出てこない様子のウズミ。キースは小さく溜息を漏らすと今度は自分の方から質問をぶつけた。

「それで、今日はどのような御用件で?」
「なに?」
「まさか、私の所在確認だけが目的で貴方が来艦された訳では無いでしょうに。何か、他にも理由があるのでしょう?」

 キースの問いに、ウズミは初めて表情を緩めた。それで室内の空気が一気に軽くなり、マリューやナタルがどっと肩を落としている。彼女らは普通の人なのでこんな張り詰めた空気の中では生きた心地がしなかっただろう。
 ウズミはキースの指摘に小さく頷き、改めてマリューをみた。

「実は、この艦のクルーに滞在期間中の入国許可を伝えにきたのだ。それと、この艦にはヘリオポリスから脱出した我が国の国民も兵士として乗船していると聞く。彼らの両親に連絡を取った所、一刻も早く会いたいと言われたのでな。迎えに来たのだ」
「ヘリオポリスの子供達を、ですか?」
「うむ。既に湾口管制センターに来ておる。外に車を待たせたるゆえ、呼んで来てはいただけないかな」
「は、はい。了解しました」

 マリューはウズミの求めに敬礼をして急いで艦の奥に引っ込んでしまった。ウズミはそんなマリューの後姿を見送った後、改めてキースを見る。

「しかし、何故アズラエルとカガリが接触したのだ。カガリの奴、私にアズラエルと話しあえなどと言ってきおったぞ?」
「カガリなりに色々と考えたんでしょうよ。私が何か言ったわけじゃない。立ち止まった時に人生の先輩としてアドバイスくらいはしましたがね」
「貴様が唆したわけではないのだな?」
「……カガリは、材料さえあれば自分で判断できるだけの物を持ってますよ。私はあの娘に判断の為の材料と、責任を教えたやっただけです。まあ、今回の件はアズラエルがカガリに会談の申し入れの仲介を頼んだのでしょうが、それをカガリが受け入れたのはカガリなりに考えがあってでしょう」

 それだけ言うと、キースはウズミの脇を抜けて艦の外へと出て行く扉へと向って歩き出した。その背中にウズミが声をかける。

「何処に行くのだ?」
「先ほど言ったではないですか。上陸許可が下りたと」
「街に出るのか?」
「……別に構わないでしょう?」

 ウズミの問いにキースは少しだけ不機嫌さを見せる。そのまま暫し2人はじっと動かずに睨み合っていたが、やがて2人して艦外に出るタラップに向いだした。何故かウズミが付いてくるのを見てキースが困った顔になる。

「あの、何でついてくるんです?」
「少し聞きたい事がある。子供達が来るまでは良かろう?」
「……一介の大尉に一国の指導者が、ですか?」
「皮肉はやめてもらおう。今の情勢下でのオーブの立場、分からぬ訳でもあるまい」

 ウズミはキースの露骨な嫌味を意に介することも無く、それどころかキースが避けたがっている政治問題、外交問題を出してくるつもりらしい。どうやらウズミはキースがまだブルーコスモスとの間に太いパイプを持っていると考えているようだ。もっとも、キースはブルーコスモスと関わるのを避けるようになって久しいので、ウズミが期待しているほどには現在の情報を持っているわけではないのだが。
 2人が一緒に艦から出て行ったのを見送って、ナタルは疲れ果てた顔でその場に残っている部下達を見た。

「まさか、ウズミ氏が来られるとはな」
「全くです。最初誰か分かりませんでしたが」
「……一国の首脳の顔くらい覚えておけと言いたいが、他国の首脳の顔を見る機会などそうそうは無いか」

 部下の言葉にちょっと考えたナタルは、まあ咎めるほどの事でもないかと思って特に苦言を言ったりはしなかった。そしてマリューが子供達を連れてやってきたのだが、なぜかその中にはキラの姿は無く、ナタルは眉を顰めた。

「艦長、ヤマト少尉は?」
「……会いたく、無いんですって。どういう顔で会えば良いのか分からないと言ってるわ」
「何ですか、それは?」
「私にも分からないのよ。それだけ言って、どこかに行ってしまったから」

 ナタルの問い掛けにマリューも困惑を隠さずに答えている。まさか、あんなに戦場に出るのを嫌がっていた少年がいざ母国に戻れたら両親と会いたくないと言うとは、流石に想像の埒外にあったのだ。
 これに関してはサイたちも理由が分からないらしく、ナタルの視線を受けても困ったように顔を逸らせている。
 サイたちの反応を見たナタルはキースがいない事を残念に思ってしまった。こういう時、キースならば何か良いアドバイスでもくれただろうに。

「はあ、分かりました。私から話してみましょう。艦長はケーニッヒ少尉たちをウズミ氏の所へ連れて行ってください」
「それは良いけど、すぐに連れてこれるの?」
「流石に命令で行かせるのもおかしな話ですから、命令はしません。話してみるだけです。ケーニッヒ少尉たちは先に行かせてください。ヤマト少尉を説得できれば、後から行かせますから」

 そう言うと、ナタルは居住区の方に歩いて行ってしまった。それを見送ったマリューは珍しいものを見たという顔をしていたが、直ぐに可笑しそうに表情を綻ばせた。

「ナタルも、ずいぶんお節介になったものだわ」
「副長、俺たちがアークエンジェルに来た頃は凄かったですからね」

 マリューの言葉にサイがうんうんと頷き、その言葉にマリューとミリアリアとトールが小さな声で笑う。あの頃のナタルと今のナタルは、ここで並べてみたとしたら同一人物とは思えないだろう。アークエンジェルの中で一際異彩を放っていた堅物が、今ではキースのように艦のクルーの事を気にしてくれるようになっているのだから。
 しかし、楽しそうに笑っている4人の後ろで、1人だけ目に不穏な光を宿しているカズィがボソリと呟いてしまった。

「副長も凄かったけど、艦長も僕たちに銃突きつけて脅してたよね」

 その一言で4人は凍りついたように固まってしまった。カズィ・バスカーク、恐ろしい男である。






 居住区を捜し歩いていたナタルは、展望室でようやくキラを発見する事が出来た。キラはよくここに居るとフレイから聞いていたおかげでそれ程時間は掛かっていない。

「キラ・ヤマト、ここに居たのか?」
「え? バジルール大尉?」

 窓際の手摺の体を預けていたキラは、突然声をかけてきたナタルに驚いてしまった。彼女が自分に声をかけてくるのは珍しい事だ。
 ナタルはキラの前まで来ると、何故両親に会わないのかを聞いた。

「どうして会わないのだ? もしかしたら、これが最後になるかもしれないのだ。こんな事を言うべきではないかもしれないが、我々は戦争をしているのだからな」
「…………」
「何か、会いたくない訳でもあるのか? 君達を戦争に駆り立てた私が言って良い事ではないかもしれないが、もし軍人になって人殺しをしている事を気にしているのなら……」
「いえ、そういう事じゃないんです」

 ナタルの言葉にキラは少しうろたえてしまった。まさか自分が両親に会わないということでナタルがそんな事を持ち出してくるとは思わなかったのだ。

「本当に、バジルール大尉のせいでも、誰のせいでもないんです。これは僕の気持ちの問題なんですから」
「だが、君は前からずっと家族の元に帰りたがっていたではないか。それがどうして急に?」
「……すいません。これは、僕の問題なんです」

 言葉は丁寧だが、キラにしては珍しいはっきりとした拒絶をナタルは少し意外に思ったが、これ以上問い詰めても無駄だろうという事は想像が付いてしまった。自分には分からないが、どうも色々と心情の変化があったららしい。
 キラの説得を諦めたナタルは、仕方なくキラに別の事を教えてやる事にした。

「まあ仕方ないな。では、別の事を教えてやろうか。先ほどオーブ側から上陸の許可がでた。両親に会いたくは無いだろうが、上陸して気を晴らすくらいは構わないのではないか?」
「……それは、そうなんですが」
「それに、もしかしたらフレイの病院に行く事も出来るかもしれんぞ。まだ意識が戻ったという知らせは来ていないが、一度面会を申し込んでみるのも手だ」

 まあ、拒否される可能性もあるがなと付け加えて、ナタルは展望室から出て行こうとした。それを見てキラが少し躊躇った後に、その背中に声をかけた。

「あ、あの、バジルール大尉」
「うん? なんだ、ヤマト少尉?」
「どうして、僕にそんな事を教えに?」

 キラの問いにナタルは少し考えて、そして困ったような苦笑を浮かべてしまった。

「さあ、何でだろうな。聞かれても良く分からん。何となく伝えに来ただけ、としか答えられんな」
「…………」
「艦長には後で私から伝えておく。気にせずに出かけてこい」
「でも、それじゃあバジルール大尉が艦長に怒られるんじゃないですか? 僕を連れて行かないと不味いんでしょう?」
「心配するな。艦長から文句を言われるのも副長の務めだ。代わりに艦長は上層部からの文句を引き受ける。そういうものなのだ」

 それだけ言うと、ナタルは展望室から出て行った。それを見送ったキラはまだ暫く悩んでいたのだが、やがて観念したのか、右手で頭をガリガリと掻いて手摺から体を離した。

「僕は、何をしてるんだろうな?」

 とうとうナタルにまで心配されるようになってしまったのだろうか。自分はこんなに周囲に心配をかけるほど情けない男だっただろうかと暫し自問自答をしてしまったキラであったが、考えてみればヘリオポリスを放り出されて以来常に誰かに迷惑をかけてきたような気がしてしまい、また意気消沈して手摺に腰を預けてしまった。
 そしてふと、こういう時に何か言って励ましてくれる人が誰も居ないという状況に寂しさを感じてしまった。何時もならフレイなりカガリなりがドツキに来たり、キースやフラガがからかってくれるというのに。
 そこで手摺に腰を預けて延々と考え続けていたキラは、ようやく手摺から離れると何処かへと歩き去ってしまった。






  街に出ていたキースは一見平和そうに見えるオーブの様子に、素直に感心してしまっていた。この御時世に良くこれだけの物資が街中に溢れているものだ。オーブの中立政策が一定の成果をあげているということなのだろうが、これまでに見てきた戦火の中の都市と較べると道行く人々の表情にも活気が見られる。

「平和な国、か。やれやれだな」

 自分達は大規模な戦争をしているのに、別の所では戦火などまるで感じられない営みが続けられている。それは素晴らしい事なのかもしれないが、戦っている自分達にしてみればまさに別世界だ。長い事戦争に身を置いていると、こういう所では違和感が拭えなくなってしまう。まあ慣れの問題なので、時間が経てば問題は無くなるのだろうが。
 キースが今向っているのはオーブにあるブルーコスモス系の難民支援団体のキャンプであった。この御時世に中立国などというものがあれば当然の事ながら難民が流れ込むもので、そんな人たちを支援しているNGOがあるのだ。その組織は昔は自分も手を貸していた事があり、久しぶりに顔を出してみようかと考えたのである。

 このNGOがここで活動している事を教えてくれたのはウズミだった。彼はブルーコスモス系の組織がオーブで活動している事に反感をもっているようではあったが、追い出す事まではしていないらしい。それに、そのNGOが居ないと難民をまとめる事が出来ないようで、治安維持のためにも居てもらわないと困るらしい。
 キースにしてみればオーブの都合など知った事ではないのだが、オーブも苦労しているのだという事は察する事が出来た。流れ込んだ難民がオーブの治安を悪化させ、更に彼らを保護する為に膨大な額の予算をつぎ込まされているのだろう。それは小国であるオーブにとっては物凄い負担でしかない。この点に関してはキースもウズミに同情していた。オーブは大西洋連邦のような広い国土を持つ超大国ではないのだから。
 実際、街中で食事をしたり買い物をしたついでに話を聞いてみると治安は悪化しているようで、難民が来るようになってから問題ばかり起きるようになったという愚痴が何処でも聞けた。オーブ政府は国民の不満を押さえ込むのに必死らしいのだが、すでにあちこちで難民を排斥しようとする動きがでてきているらしい。
 これも戦争の陰に隠れた現実だと言ってしまえばそれまでだが、中立を宣言しても結局は無関係ではいられないのだ。砲弾は飛んでこなくてもこうやって戦争の影響を受け、国内は少しずつ荒れていく事になる。

 しかし、これでもまだ大西洋連邦に較べればマシなのだ。同じく本土を戦火に晒されていない大西洋連邦にもやはり大量の難民が流れ込んでおり、それの対応に追われている。もっとも大西洋連邦は国土が広いのでオーブに較べると随分と余裕があったのだが。難民収容センターを開けた土地に作り、適当な仕事を与えることで対処をしているようだ。




 途中で手土産を買い込み、バスを乗り継いで難民キャンプのある沿岸部の軍用地にまで行ったキースは、そこに多数のテントやバラックが密集する、何とも問題のありそうな難民キャンプを見つけることが出来た。てっきり仮設住宅でも作ってあるのかと考えていただけにキースは少し驚いてしまっている。
 しかし何時までも驚いているわけにもいかず、近くに居る人たちに道を尋ねながら歩いていく事にした。そして多少道には迷ったが、まあこれといった問題もなく目的地へとたどり着く事が出来た。そこは他のテントに較べると少し大きめのもので、どうやら事務所なども兼務しているらしい。
 そのテントの入り口に掛かっている幕を右手でどけて中に顔を突っ込んだキースは、その中で書類を整理している30前後の男性を見つけることが出来た。その男性に向ってキースが右手を軽く振って声をかけた。

「よお、久しぶりだなスチムエル」
「ん?」

 名前を呼ばれて男は顔を上げた。そしてテントの中を覗き込んでいるキースを見てポカンとした後、かなり驚いた様子で椅子から立ち上がってキースの元まで歩いてきた。

「ナ、ナハトじゃないか。どうしてこんな所に!?」
「今はナハトじゃないさ。キーエンスと呼んでくれ。それより、まさかお前がこんな所でこんな事をしてるとは思わなかったぞ」

 キースはテントの中に入ると親しげにスチムエルと呼んだ男の肩を叩き、今どうなっているのかを問い質した。スチムエルはキースに椅子を勧め、自らコーヒーを淹れたカップをキースに差しだした。キースはそれを受け取って口にし、僅かに顔を顰める。

「……相変わらず、お前の淹れるコーヒーは濃いな」
「不味くは無いだろ?」

 不満げなキースの声に笑いながらスチムエルも自分のカップにコーヒーを淹れ、キースの前に立って1つ口啜った。

「それで、何でお前がこんな所に? 今は何をしてるんだ?」
「いや、大した理由じゃない。今は大西洋連邦軍でパイロットをやってるんだが、オーブに寄ったらこんな所でブルーコスモスが活動してるというから、興味を持って見に来ただけだよ」
「興味、ねえ」

 スチムエルはちょっとだけ目を細めて疑わしげな表情をしたが、キースは涼しい顔だった。スチムエルも深く聞く気は無いのか、それ以上追及することは無かった。

「まあ、折角来たんだ。ゆっくりしてってくれ」
「おいおい、俺はもうブルーコスモスじゃないんだぞ。余り長居させていいのか?」
「別に探られて困るような事はしてないさ。ブルーコスモスって言っても、俺たちはただの戦争被害者を支援するだけの組織だからな」
「全ては青き清浄なる世界の為に、か」
「……ああ、そういえば、お前はその標語は余り好きじゃなかったな」
「別に嫌ってたわけじゃないさ。余り口にしなかっただけだ」
「ははは、そうだったかな?」

 スチムエルは昔を思い出して笑い出し、キースは憮然としてコーヒーのカップを傾けている。
 この後2人は昔話に花を咲かせ、戦争が始まる前を懐かしんだりしていた。だが、余り長居するのも悪いとキースが椅子から立ち上がったのを見て、スチムエルが思い出したかのように1つ面白い話を教えてくれた。

「そうそう、今このキャンプに有名人が来てるんだった。ついでに会っていったらどうだ?」
「有名人?」
「歌手のエレン・コナーズだよ。難民に少しでも活気が戻ればと思って駄目元で頼んでみたんだが、二つ返事でOKが貰えるとは思わなかったな。まあタダじゃないけど」
「……誰?」

 有名人らしいのだが、キースは全く知らなかった。それを聞いたスチムエルが非常識人を見る目でキースを見やり、そして仕方無さそうに説明してくれた。

「エレン・コナーズといえば、それなりに名の知れた歌手だぞ。お前軍に入って世間から置いていかれてないか?」
「……否定できん」

 困ってしまったキースにスチムエルは今度こそ呆れてしまった。それを見たキースが咳払いをして話題を戻そうとする。

「タダじゃないと言ってたが、ボランティアじゃなかったのか?」
「ま、名目上はね。実際にはタダみたいなもんだ。旅費と宿泊費、それと多少の報酬だからな」

 スチムエルが笑って教えてくれる。それを聞いたキースはなるほどと頷くと、そのエレン・コナーズの顔を拝みに行ってみたのだが、そこでキースはエレン・コナーズを見て驚愕の声を上げる事になる。
 エレン・コナーズが居るというテントに足を運んだキースは、そこで作業をする人たちの中に20代後半に見える女性を見つける事が出来たのだが、キースはその顔に見覚えがあった。もう随分昔に離れ離れになってしまった、かつては同じ境遇に置かれていた女性の顔だった。

「セ、セカンド?」
「え?」

 荷物を持ち上げようと屈んでいた女性が、セカンドと呼ばれて驚いた顔でキースの方を見る。その表情には驚きと同時に、かなりの警戒の色が見て取れた。それはすなわち、キースの言葉の持つ意味を知っているという証拠に他ならない。
 キースは全くの偶然で、所在が分からなかった調整体の生き残りと再開する事となったのだった。



後書き

ジム改 何故かこの状況でキースに話が行ってしまった。
カガリ 私が影も形も無いんだが?
ジム改 だって、アークエンジェルから降りたし。
カガリ その途端これかよ!
ジム改 心配するな、フレイも出ていないから。
カガリ うう、ヒロイン2人揃って降板かよ。
ジム改 ……ヒロイン、か?
カガリ 私はヒロインじゃないってのかぁ!?
ジム改 過去の行動を見る限りだと、むしろヒーロー。
カガリ 私だって、私だってアスランと絡めばヒロインなんだい!
ジム改 アスランと、絡むのかなあ?
カガリ 待てコラ!?
ジム改 別に無理に敵と絡まなくてもなあ。キャラは味方にも一杯居るんだし。
カガリ それじゃ私の存在意義はどうなる!?
ジム改 別にアスランが居なくても、カガリは仕事あるから心配するな。
カガリ ……本当に?
ジム改 うむ、お前にしか出来ない事だから、キャラが被る事は無いぞ。
カガリ じゃあ良いかも。無理に絡むと出番減りそうだし。

その時、どこかで誰かが号泣しながら走り去っていく音が聞こえた。

ジム改 今、誰か走っていったぞ。
カガリ 許せアスラン、キャラにとって出番が無くなるのは死亡と一緒なんだから。
ジム改 否定はせんけど、それで良いのか?
 

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