第79章 決着の時



 オーブを出撃したアークエンジェルは領海を出ると同時に出しうる限りの速度でこの海域を離れて東へと向った。ここから東に行けばマーシャル諸島があり、そこから北に向えば大西洋連邦の勢力圏に入れる。そうすれば味方の援護が期待できるのだ。
 しかし、アークエンジェルの誰もがこのまま何事もなくそこまで辿り付けるとは考えていなかった。あのザフトの潜水母艦は自分達を追ってきたはずで、それが居なくなっていた以上、必ずどこかで待ち伏せしている筈だ。そしてその敵が何者であるかも何となく察しが付いている。ヘリオポリスからここまで幾度となく追いかけてきては戦いになった、あのGを使っている部隊だ。
 自室のベッドに腰掛けながら静かに戦いの時を待つキラ。キラにしてみればアスランとの幾度めかの対決になる。そして、恐らくはこれが最後になるだろうとも思っていた。ここを突破できればもう味方の領域で、アラスカまで遮る物は無いはずだ。そうしてアラスカで除隊すればもう戦う事もない。
 だから、できれば来ないでほしいとキラは考えていた。今度はもう迷う事が出来そうも無い。マドラスでの戦いで何かが吹っ切れてしまったのだ。もう、イージスを落とすという事に躊躇いを感じてはいない。フレイが死にかけたのを見て、そうしなければ仲間が死ぬ事になるとはっきりと理解できたというのもある。

「……これで、最後にしよう。アスラン」

 だが、来てほしくないと思っていても、アスランは必ず来るだろうと確信できてしまう自分がいる。自分にとってアスランが倒すべき敵であるように、アスランにとって自分は倒すべき敵の筈で、そしてアスランはそう簡単に諦めるような男ではない。必ず待ち構えている筈なのだ。



 
 友軍潜水母艦と合流したアスランは各艦の艦長を集めて最後の打ち合わせを行っていた。そこでアスランはこれまでのアークエンジェルとの戦いで得た彼らの戦い方の特徴や脅威の優先度を伝え、ストライクと新型のダガータイプには絶対に手を出さないように伝えた。

「この2機のMSの強さは完全に規格外です。特にストライクは戦場の混乱に付け込んだとはいえ、1機で第15師団をボロボロにしてしまいました」
「たった1機でか。話には聞いていたが、足付きとはそこまで強いのか?」
「はい。ヘリオポリスで遭遇した時はそれ程でもなかったのですが、ここに来るまでに急速に力を付けたようで、今ではクルーゼ隊長やグリアノス隊長、モラシム隊長が連破されるほどになっています」
「なるほどな。で、対応策は?」
「ストライク、デュエル、それと砲戦型の新型はフェイズシフト装甲を装備しているようで、実弾兵器は効果が薄いです。ですから、これにはビーム兵器を持つ我々が対応しますので、両隊には足付き撃沈を考えてほしいのです」

 アスランはこう言っているが、内心ではストライクを仕留めるのは自分だという計算があった。また、ジンやディンしか装備していない彼らではキラの相手は不可能だと考えてもいる。
 2人の指揮官はアスランの求めに顔を見合わせた後、仕方なさそうにそれを受け入れた。実際にあのバルドフェルド隊壊滅の知らせを含め、アークエンジェル隊の強さは恐怖と共にザフトに伝わっているのだから、相手をせずに済むならそれに越した事は無い。
 その後も幾つかの打ち合わせをした後2人はそれぞれの艦に帰って行った。アスランはそれを見送った後で自室に戻ろうとしたが、そこでエルフィに掴まった。

「隊長、あの、ちょっと報告が」
「何かあったのか? 足付きの進路が変わったのか?」
「いえ、そういうのじゃないんですけど。艦内から変な報告が上がってきてます。艦内の通路が生臭いとか、海水で濡れていただとか、奇妙な足音を聞いただとか」
「何だそれは?」
「分かりません。ソナーマンも艦外に巨大な何かが居たとか言ってますし」
「クジラか何かだろ」

 確かに不気味ではあるが、これから戦場だという時にそんな事に気を取られていても仕方が無い。アスランはそう割り切っていた。エルフィはまだ不安そうなのだが、アスランが戦闘に気を取られているのを察してそれ以上不安を口にするようなことはしなかった。

 エルフィと別れて格納庫へと足を運んだアスランは、そこでぼんやりとしているフィリスを見つけた。彼女がこんなふうにしているのは珍しいので、アスランは声をかけてみた。

「どうしたフィリス、こんな所で?」
「え、あ、ザラ隊長でしたか?」

 フィリスは声をかけられてかなり慌てていた。その仕種は挙動不審としか言えないものであったが、アスランは深く聞くことはしなかった。

「もうすぐ戦闘だ。余り気を抜かないでくれよ」
「は、はい。申し訳ありません」
「いや、謝られるような事じゃないが」

 アスランはフィリスの妙に弱気な態度に戸惑いながら彼女の前から歩き去っていった。だが、残されたフィリスは彼女らしくも無い苦悩の表情を浮かべて自分のMSを見上げている。

「キラ・ヤマトと接触し、可能ならば彼を味方に引き入れてほしいですって。何を考えているのですラクス。私は諜報部の工作員ではないのですよ?」

 フィリスはラクスがプラント内で独自の動きをしている事を知っている。何故なら彼女もラクスの協力者の1人であるからだ。彼女は軍内部の情報を彼女に流し、彼女の活動を支援しているのだ。今の所周囲は自分の背信には気付いていないようで、フィリスはイザークの副官という立場を利用してかなり重要な情報を手にすることが出来ている。
 ただ、この隊に入ってからというもの、彼女は仲間に対して背信行為を行う事に苦しむようになっていた。これまではプラントの為だと信じて行動していたのだが、だんだんと自分のしている事は仲間を危険に晒すだけの愚行ではないのかと感じるようになってきたのだ。それに、アスランが時々聞かしてくれるパトリックの戦争指導はラクスが言うようにプラントを破滅に導く行為だとは思えなくなってきていたのだ。
 さらに、ここ最近のラクスの動きがまるで把握できなくなってもいる。彼女がプラントで何をしているのか、何を考えているのかが全く教えられなくなっているのだ。その割には指示だけは送られてくるので、フィリスとしてはその辺りも面白くないと感じている。自分達は同志だったはずで、部下と上司ではなかった筈なのだが。
 ここに来てラクスが変節したとは考えたくないフィリスであったのだが、だんだん彼女自身が自分の当初の理想を見失ってきているのではないのか、という不安を感じるようになっている。

「一度、プラントに戻ったほうが良さそうですね。ラクスが何を考えているのか、その返答次第で私も立場をはっきりさせる必要がありますか」

 ラクスの信じる未来と自分の信じる未来が異なるものであったとしたら、その時はどうすればいいのか。その事をフィリスは考え込んでしまっていた。




 そしてオーブを出航した翌日、とうとうアークエンジェルはマーシャル諸島の近くに到達した。ナタルの進言を受け入れたマリューがスカイグラスパー2機を哨戒に出す。ナタルの読みでは、敵はこの辺りで待ち構えている筈らしいのだ。
 そしてさほど待つまでも無く、哨戒に出たフラガから報告が届いた。マーシャル諸島の傍に浮上中の3隻のボズゴロフ級潜水母艦を発見したという知らせである。この潜水母艦からはグゥルに乗ったデュエルやバスタ−、ブリッツ、イージスに多数のジンやディンが出てきているという。やはり敵もここでケリを付ける気になっていたのだ。

「ナタル、どうする。避けて通る手もあるけど?」
「南に回れば豪州に近付きすぎます。北に回れば敵の思う壺でしょう。マリアナは既に敵の哨戒圏内です。ここは強行突破するべきです」
「……戦わなくてはいけない時がある。ハルバートン提督の教えてくれた言葉よ。今がその時なのかもね」
「スカイグラスパーを呼び戻して補給を受けさせます。それと、総員に戦闘配備を」
「そうして頂戴。全兵装を起動、MS隊は甲板上で待機させて」
「了解しました」

 マリューの指示にナタルが頷き、各部署へ指示を通達していく。もうマリューも実戦の指揮に慣れているようで、昔ならナタルが言っていたような準備をきちんと指示するようになっている。そして実戦経験がないクルー達もテキパキと動いており、民間人だったはずのサイやカズィ、ミリアリアはナタルの指示を待つ事無く端末を戦闘状態に設定している。みんな慣れてきているという事なのだろう。
 格納庫では戻ってきたスカイグラスパーに燃料が急いで補給されている。フラガとキースはコクピットから降りてくる様子さえなく、戦いの時をただ待っている。そしてパイロットスーツ姿で格納庫にやってきたキラとトールは自分のMSを見上げていた。

「これで最後かな、キラ?」
「きっとそうだよ。だから、お互い頑張って生き残ろう。そしてみんなでアラスカに行って、除隊申請をだしてオーブに帰るんだ」
「ああ、こんな所で死んだら、ミリアリアに墓石にまで文句言われそうだし」
「あははははは、なんか想像できるよ」

 トールの冗談にキラは楽しそうな笑い声をあげた。そして、トールが黙って差し出した右手をキラが力強く握り返す。

「僕は空中戦で数を落とすから、トールはアークエンジェルを頼むよ」
「任せておいてくれ。ミリアリアがいるんだ。沈めさせてたまるかよ」
「うん、期待してる。今日は多分、カバーに入ってる暇が無いと思うからさ」

 それ程に敵は強い。これまでの戦いで幾度となく退けてきた相手だが、決して侮れるような相手ではなかった。それを相手に、今回はフレイ抜きで戦わなくてはいけないのだ。フレイという存在が戦力としてどれほど大きかったのかを、2人は戦いを前にしてはっきりと実感していた。
 そしてそんな2人の背中から、いきなりオルガが両手をそれぞれの首に回してもたれかかってきた。

「よう、何シケた面してやがるんだ?」
「オ、オルガさん」
「いや、ちょっとフレイが居ないのは痛いなって思ってさ」

 トールの答えを聞いたオルガはなるほどと頷いた後、キラの首に回していた手を握って親指を立てた。

「心配すんな。今日はちゃんと薬を飲んできたから、前みたいに情けないマネはしねえ。全部俺が撃ち落してやらあ」
「薬って……何の?」
「ああ、気にすんな。強化人間なりの問題って奴だ」

 そう言ってオルガは首に回した手を離し、2人から離れてカラミティの方へと歩いていった。だが、途中で足を止めるとキラの方を振り返って大声を出してきた。

「小僧、お前にはポーカーの借りがあるからな。次の勝負で取り返すから、戻ってきたらもう一度勝負だぜ!」
「……分かりました、ぐうの音も出ないようにしてあげますよ」
「はっ、言うじゃねえか。その言葉忘れんなよ!」

 いきなりの挑戦にキラはキョトンとした後、苦笑いを浮かべて再戦の約束をし、オルガは口元にニヒルな笑みを浮かべた後、今度こそカラミティの方に行ってしまった。それを見送ったキラとトールは右掌を打ち合わせた後、別れてそれぞれの機体へと歩いていく。
 コクピットに体を乗り入れたキラは素早い動作で機体の状態を確かめ、何の問題もない事を確かめるとハッチに取り付いている整備員に頷いて見せた。それを見た整備員は無事に帰ってこいよという言葉を残して整備台を降ろして視界から消え去ってしまう。
 そしてそこで暫く待っていると、ようやくミリアリアから出撃の指示が来た。

「キラ、敵はG4機にジン5機、ゲイツ2機、シグー2機、ディン10機、未確認1機よ。他にシンフェストスとか言う戦闘機が12機。全部正面から真っ直ぐこちらに来てるわ。艦載機発進後にアークエンジェルがゴッドフリートとバリアントを連続発射するから、射線上からは離れていて」
「合計でMSが24機に戦闘機12機か。かなり多いね」
「艦長の言ってたとおり、ここでケリを付けるつもりみたい。気をつけてね」
「ありがとう、ミリィ」

 ミリアリアに礼を言った後、キラはストライクを電磁カタパルト上に移動させた。そして一呼吸おいて、じっと正面を見据える。

「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」

 掛け声と共にストライクが打ち出された。アークエンジェルから飛び出したストライクはフライトユニットを起動して飛行し、迫り来るザフトのMS部隊、その戦闘に居るイージスを見据える。その両脇に2機のスカイグラスパーが付いた。
 そして号砲とばかりにアークエンジェルが4門のゴッドフリートと2門のバリアントを連続発射しだした。どうせこれ等の武器は接近されれば仕えなくなるので、近付かれる前に加熱覚悟の射撃を開始したのだ。
 この攻撃と同時にアスランたちも動いた。一気に散開して四方八方へと散っていく。だがそれでも3機のディンと1機のジンが火線に捉えられて吹き飛ばされてしまった。このうち上空に向ったディンたちにはフラガのスカイグラスパーが立ち向かい、下方に回り込もうとしたジンとデュエルにはキースのスカイグラスパーが向った。正面と左右から来るのはデュエルとカラミティ、そしてアークエンジェルの砲火が迎え撃っている。
 そしてキラは個の中でもっとも厄介な奴ら、イージスとブリッツ、2機のゲイツと2機のシグーと変な新型を纏めて相手取っていた。ジンやディンはフラガとキースが居ればそうそう負ける事はないはずだ。あの2人はナチュラルとしては人外魔境な強さを持っている。
 キラは向ってくる敵にビームライフルを向けた。その先に居るのはゲイツであったが、放たれたビームは急激な回避運動を行ったゲイツによって回避されてしまった。そして自分に向ってきた多数のMSはそのままキラを包囲するように動き出したのだが、キラはこれ等に対して脅威を感じてはいなかった。これまでの経験から本当に手強いのはアスランのイージスと2機のゲイツで、シグーやブリッツは恐れるほどの相手ではないと分かっているからだ。
 だがそれは向こうも分かっているのか、シグーや変な新型は近寄ってこようとせず、遠くから射撃を加えてくるに留まっている。特に新型は両肩に付けたビーム砲で長距離砲撃ができるようで、キラにとっては面倒な相手といえた。

「この、邪魔をするなよ!」

 流石にこの状況で集中攻撃はキラといえどもたまった物ではなく、空中での機動性にものを言わせて一度距離を置くことにした。グゥルに乗っているアスランたちは空中をディンよりも軽快に動き回るストライクの機動性に付いていくことは不可能なのだ。だが、それでもアスランだけは初動の速さのおかげで振り切られる事はなかった。

「逃げるのか、キラ!」
「アスランか!」

 距離を詰めてのビームライフルの応酬が行われる。しかしこれはアスランにとって不利な勝負だった。

「キラ、お前に恨みがある訳じゃない。だが、お前がいる限り仲間が危険に晒されるんだ!」
「僕だって、アークエンジェルと一緒にアラスカに行くんだ!」
「今日ここで決着を付ける!」
「良いさ、覚悟は出来てる!」
「お前を倒す、キラ!」
「アスラン!」

 同時にSEEDが発現し、急激な機動を開始する2機のG。機動性に勝るキラはアスランの死角を突こうとするが、その攻撃は他からの援護に妨害されてしまう。それを邪魔に感じたキラはライフルを素早く手近なシグーに向けると、容赦なくトリガーを引いた。放たれたビームは正確にシグーの右肩を撃ち抜き、これを大破させてしまった。

「エルフィ!?」

 狙われたのはエルフィのシグーだった。エルフィが撃たれたのを見たアスランは慌てて通信を入れ、それにエルフィが応じたので僅かに安堵する。

「大丈夫です、爆発の危険はありません。ですが、戦闘続行は無理です」
「分かった。ここは良いから退避しろ」
「すいません、あとお願いします!」
「ジャック、エルフィの護衛に付け。シホは後方からの射撃でストライクの逃げ道を塞ぐんだ。当てる必要は無い。ミゲル、フィリスは足つきを沈めるんだ。ニコルは俺のカバーを!」

 アスランはミゲルとフィリスをアークエンジェルの攻撃に回し、自分とニコルでキラを押さえ込むことにした。例え勝てなくても、アークエンジェルが沈めばストライクは無力化できる。何も強い敵を無理に倒す必要は無いのだ。
 ストライクを前にライフルとシールドを構えたアスランは、近距離通信でキラに声をかけた。

「さあ、覚悟してもらうぞキラ。足付きはここで必ず沈める!」
「僕を切り離したくらいで、アークエンジェルを落とせると思うのか、アスラン!?」
「落とせるさ。イザークたちを甘く見ない方が良い。それにあそこに居るパイロットはベテラン揃いだ!」
「君こそ、アークエンジェルを守っている僕の仲間を甘く見過ぎてる。君の思う通りにはならない!」

 そう言い返すと同時にキラはいきなりストライクを海面に向ってダイブさせた。それを見たアスランとニコルは慌てて追撃しようとしたが、ストライクと同じ急降下を行えばグゥルから落ちてしまいかねない。一度落下すれば海に落ちて水圧で潰れて終わりだ。キラは下駄履きMSには不可能な機動をする事で2機を振り切ろうとしたのだ。
 しかし、その動きを封じようとシグー・ディープアームズが熱エネルギー砲を交互に発射してきた。連続して飛来するビームの火線を必死に回避しながら牽制にビーム3発をはなってディープアームズに回避を強要し、その隙に海面すれすれまで降下してアークエンジェルへと戻っていく。
 アスランはシホとニコルを連れてそれを追撃しながら上空から銃撃を加えていたのだが、撃ち降ろしというものは中々当たるものではない。距離を詰めようと高度を下げれば海に突っ込む恐れもあるので余り高度も下げられない。
 逆にアークエンジェルの傍まで来たキラはアークエンジェルに対して執拗な攻撃を加えているディン部隊を背後から狙い撃ちにしていた。この部隊はベテラン揃い、というアスランの言葉に嘘は無いらしく、アークエンジェルの対空砲火とオルガとトールの射撃を受けていても余り数が減ったようには見えない。
 キラの接近に気付いていなかったディンはいきなりの背後からのビームに何が起きたのかを理解する間もなく爆発の中に消え去り、それに動揺して動きの乱れたもう1機もキラに仕留められてしまった。しかし残る機体はキラに下方から突き上げられたのに気付いて散開してしまった為、キラから狙い難くなってしまった。

「ストライク、戻りました!」
「よし、そのまま下に回り込もうとする敵機を押さえさせろ。スカイグラスパーは!?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。動きが速すぎて回線が維持できません!」
「……この状況では仕方ないか」

 これだけの乱戦の中で艦外に出ている3機の艦載機全てと回線を維持するのは中々に大変だ。ミリアリアも必死にやっているのだから、頑張れと言っても効果は無いだろう。そう判断したナタルは上を見上げてカズィに指示を出した。

「バスカーク、スカイグラスパー2機との回線を維持しろ。ハウはストライクとの回線維持に専念すれば良い!」
「は、はいっ!」
「カラミティ、右舷上空のジン2機を艦首方向に追い込め。ゴッドフリートで始末する!」

 甲板上に居るカラミティに内線で指示を出すナタル。接触回線で指示を受けられるので甲板上というのは意外と便利だ。オルガはナタルに言われた通り砲撃をジンに集中し、これを艦首方向に追い込んでいった。ナタルはそれを見てゴッドフリートの照準を合わさせ、射界に入ったところで発射させた。撃ちだされた強力なエネルギーの束はジンの装甲を一撃で打ち砕き、粉々にして海面にばら撒いてしまう。
 しかし、敵はまだまだ多かった。今度はミサイルを抱えたインフェストスが四方から同時に攻撃をかけてきたのだ。

「敵機、攻撃態勢に入りました!」
「イーゲルシュテルン弾幕射撃!」
「回避運動、ノイマン中尉、タイミング任せます!」

 ナタルが弾幕を張らせ、マリューが回避指示を出す。パルの指示を聞きながらノイマンが回避タイミングを探っている。だが左舷側から突入してきていた3機のインフェストスの1機がいきなり火を吹いて高度を下げていく。そしてまた1機が今度は粉々に空中分解してしまった。

「キース機、左舷側の敵機後方上部に確認!」
「キース大尉か!」

 いつの間にかインフェストス隊の後方に回りこんでいたようだ。残る1機は慌てて退避していく。おかげで包囲網に穴が開き、ノイマンは左舷側に艦を流す事が出来た。
 エメラルドに塗られた主翼のスカイグラスパーがアークエンジェルの正面を横切り、そのまま右舷側からミサイルを抱えたまま逃げていこうとするインフェストス隊を片付けに入る。直衛隊の仕事は敵が攻撃位置に入れないようにする事なので、キースはその仕事を忠実にこなしてくれている様だ。
 進路上に敵機がいなくなったのを見てマリューはノイマンに全速前進を命じた。潜水母艦はアークエンジェルより遅いので振り切る事は出来る。そうなればMSも戦闘機も追っては来れない。

 その時、遠くにいたバスターが移動しながら砲撃を加えてきた。どうやらこちらを逃がすまいとしているようだが、ナタルはこれに対してウォンバット12発を集中発射して対処した。バスターは自分めがけて大量に放たれたミサイルに驚いて迎撃に入っており、アークエンジェルの足を止める事は叶わなかった。
 しかし、そのバスターの攻撃の直後に更なる災厄が降ってきた。

「デュエル、上空から突っ込んできます!」
「ヘルダート全門発射、撃ち落せ!」
「駄目です、射線が取れません!」
「レーザー機銃を撃ちまくれ!」

 ナタルの指示に従ってパルが艦橋左右のレーザー機銃でデュエルを撃ちまくったが、デュエルは勢いを殺さずにアークエンジェルに突っ込んできた。それでも何とかレーザーがグゥルを捉えて火を吹かせる事に成功したのだが、デュエルはグゥルを捨ててアークエンジェルの甲板に降りてきた。

「取り付けば砲は撃てまい、足付き!」

 イザークはそう怒鳴ってビームライフルを艦橋に向けようとしたが、その正面に飛び込んだトールがビームサーベルでイザークに斬り付けた。

「このイザークと戦う気か、ナチュラル!」
「甲板に降りてくるなんて、正気かこいつ!?」

 アークエンジェルの甲板上でデュエルとデュエルがぶつかりあう。お互いに足場が狭いのでビームサーベルとシールドを使っての白兵戦となっているが、意外にもこの勝負はトールが健闘を見せ、イザークの攻撃を良く防いでいた。これは両者のデュエルの性能差に加えてトールがフレイとの役割分担で前衛向きの訓練を積んできたおかげだろう。それと、イザークが砲戦向きのパイロットで白兵戦を苦手としているからだった。

「ヘッポコ、離れろ。俺が撃ち落してやる!」
「駄目だ、オルガさんは周りのMSを!」

 オルガがトールを助けようと砲を向けようとしたが、トールがそれを止めさせた。ここでオルガまで抜けたらオーブ直前の戦いの二の舞になってしまう。カラミティの砲力は多数の敵機を蹴散らすような運用をするべきなのだ。
 だから、このデュエルは意地でも自分が押さえ込まなくてはならない。その決意がトールを必死に突き動かしていた。
 だが、この2人の勝負は意外な方向からケリが付きそうであった。トールの使っているデュエルはB型だが、一部は量産型のD型部品が使われている。その為にイザークの使っているX型より部品の強度や全体の安定性、そしてバッテリー容量と消耗効率がかなり改善されているのだ。これ等の差がイザークのデュエルを少しずつ蝕み、いつの間にかイザークのデュエルは機体各所が悲鳴を上げ、ビームサーベルの使い過ぎによるバッテリー残量不足に陥っていた。くわえて、仕切りなおそうとトールから少し距離を取った事が完全に裏目に出てしまう。
 トールから離れたのを見たナタルがギリギリ射界に捉えられるイーゲルシュテルン1基でイザークのデュエルを狙い撃ちしたのだ。勿論フェイズシフト装甲を持っているので一瞬でスクラップになるなどという事は無いのだが、上半身に無数の高速弾を叩き付けられたデュエルは一瞬火花で機体が隠れるほどで、余りの衝撃に頭部がもぎ取られ、装甲も激しく歪むほどの被害を受けてしまった。
 頭部を無くし、物凄いダメージを受けたデュエルを必死に操りながら、イザークは自分のデュエルがボロボロなのに向こうはまだ平気で動いているという現実に罵声を撒き散らしていたが、流石にこれ以上の戦闘は不可能と判断して近くにいたディンに拾ってくれるよう頼んでアークエンジェルを飛び降りた。

「ちぃ、覚えていろデュエルのパイロット!」

 落下したデュエルは近くのディンに受け止められ、潜水母艦へと運ばれていった。バッテリーの尽きたMSはただの鉄屑と同じなので、戦場に何時までも置いていても仕方が無いのだ。
 だが、イザークのデュエルと消耗戦とも言える殴り合いを演じていたトールのデュエルも結構ボロボロで、戦闘力を残しているとは言いがたい状態であった。

「ヘッポコ、もう良い、中に戻れ!」
「でも、まだ頑張れる!」
「その機体じゃ足手纏いだ。せめてバッテリーぐらい替えて来い!」

 オルガに駄目出しされたトールは仕方なく艦内に戻って整備兵に急いで直すように言ったが、マードックはトールに対して機体を乗り換えろといってきた。既にMSベッドにはフレイが使っていた105ダガーが完全な状態で固定されており、整備兵たちが取り付いて細部の調整を行っている。

「トール、こいつを使え。出撃準備は出来てる!」
「で、でも、こいつはフレイの?」
「お嬢ちゃんがオーブで降りちまって乗り手がいねえんだ。いいから乗りな。デュエルよりも使い易いってお嬢ちゃんの評価だぜ!」

 マードックに言われるままにトールは105ダガーに乗り換えた。セッティングはトールの好みに合わせているらしく、乗ってみても特に違和感は無い。既に使い込まれているおかげで誤動作の心配も無いだろう。

「トール、パックは何を使う?」
「ミサイルコンテナは使えないんで、慣れてるデュエルに近いエールでお願いします!」
「了解、エールだな」

 マードックはハッチから外に出てエールを出すように指示を出し、急いでトールを上に上げる事にした。急がないとオルガが危ないのだ。先の戦いによるカラミティ離脱の経験を生かした戦力の早期復帰策であった。


 空中ではフラガのスカイグラスパーが異常とさえ呼べるほどの大活躍をしていた。理由は簡単なことで、フレイの残したミサイルコンテナを搭載しているのだ。この分野ではガンバレルで豊富な経験を持つフラガである。その誘導能力はフレイを凌いでいたのだ。
 フラガは敵をミサイルの射程に収めるとコンテナから3発のミサイルを発射した。狙われたのはインフェストスだったが、ここでザフトは誘導兵器というものが戦場でどれほど恐ろしい物なのかを身を持って理解する羽目になった。
 そのインフェストスのパイロットはミサイルを振り切ろうと急激な機動をしようとしたが、所詮は潜水艦に搭載できる程度のVTOL型艦上戦闘機、スカイグラスパーを振り切る事など不可能であった。有線ミサイルは途中でケーブルを切って赤外線ホーミングに切り替わってインフェストスを追撃し、遂に捉えて目標を爆散させてしまった。
 中距離誘導兵器が無力化したはずの戦場で1人だけ誘導兵器を使えるというアドバンテージは圧倒的なメリットだ。フラガは直ぐに次の目標に向い、脳波コントロールで次々にミサイルを発射してインフェストスを撃ち落していく。インフェストスのパイロットにしてみれば自分のレーダー探知外距離から発射されたミサイルが正確に自分を追尾してくるとういう現実を受け入れられないうちに撃墜されていったのだ。
 その余りの強さを見たミゲルとフィリスがアークエンジェルへの攻撃を中止してフラガ機への攻撃に目的を切り替えることとなった。あれはジンやディンでどうにかなるようなレベルの強さではないと判断したのだ。

「フィリス、向こうの方が足が速い上にどういう原理か知らんが誘導ミサイルを持っているようだ。気を付けろ!」
「恐らく、ジュール隊長がマドラスで遭遇したというダガータイプの新型が装備していたミサイルと同タイプの物でしょう。ナチュラルはNJ影響下でも有効な誘導手段を開発したのかもしれませんね」
「まさか、技術開発部の連中が言ってた量子通信技術をナチュラルが先に実用化したってんじゃないだろうな?」
「可能性は否定できません。彼らが5機のGや足付きを作ったり、PS装甲やミラージュコロイド、MS用ビーム兵器を実用段階に持って来た事実がありますから」

 自分達コーディネイターが実戦に投入できなかった新技術をナチュラルが投入してきた実績がある以上、自分たちがまだ配備していないから敵がもってるはずが無いなどと考えるのは危険だ。もし彼らが本当に量子通信技術を実用レベルに持ってきていて、こうして実戦配備がはじまったというのなら、もはや戦争継続は不可能になってしまう。封印された筈の中・長距離誘導兵器が復活したらMSなど戦艦から見ればただの動く的になってしまうからだ。
 フィリスの警告にミゲルは額に僅かに汗を浮かべた。ゲイツにはフェイズシフト装甲は無い。もしミサイルを受ければ1発で撃破されてしまうのは確実なのだ。流石のMSも装甲の厚さに関しては戦車と比較できるような物ではない。戦車の正面装甲は対戦車ミサイルの直撃を受けても精々煤ける程度なのだから。

 フラガはゲイツが自分に向ってくるのを見て近付かれる前に機体を急旋回させた。距離を詰められると武器を振り回してこちらを追うことができるMSの方が有利になるので、そうなる前に好射点を占めてこちらが突撃をかける必要がある。空戦においてもっとも重要なのは有利な位置を取る事。それは高度と速度が物を言うのだ。そして相手の不意を付き、気が付かれる前に撃ち落す事だ。
 しかし、今回のゲイツは既にこちらに気付いている。ならば取るべき手段は高度を稼いで十分な加速を得る事だ。

「空中じゃあこっちが王者だって教えてやるよ!

 フラガのスカイグラスパーが急上昇した所でクルリと見事な弧を描いて反転し、フィリスのゲイツを狙って急降下に入った。フィリスは迫り来るスカイグラスパーをビームライフルで狙ったが、フラガはスカイグラスパーを小刻みに左右に動かしていて狙いを付けさせないでいる。それにフィリスが苛立つ間もなくミサイルの射程に捉えたフラガがミサイルを発射した。
 3発のミサイルが正確に自分に向ってくるのを見たフィリスは慌てて急降下に入ったが、それはミサイルを回避するには不十分だった。十分な加速を得ているスカイグラスパーの方が明らかに速く、双方の距離は縮まる一方だったのだ。
 こういうとき、連合のMSならCIWSで迎撃できるのだが、ゲイツにはそういった防御手段が無い。だからフィリスは必死に逃げているのだが、ミサイルは残酷なまでの正確さでフィリスのゲイツに迫っていた。

「このままでは、ミサイルを食らうか海面に激突するか。どちらになっても助からない!」

 苦し紛れに放ったフレアーにも反応してくれない。どうやら赤外線誘導ではないようだと悟りはしたものの、状況は余計に悪くなるだけでこのままでは間違いなく殺されてしまう。
 
「ミ、ミゲルさん、助けてください!」
「やってるが、ミサイルが落とせん!」

 ミゲルも遊んでいるわけではなくビームライフルでミサイルを狙っているのだが、ミサイルのような小さな目標を狙うのは中々に難しいのだ。照準に捕らえたといってもそこに寸分の狂いも無く当たるわけではないのだから。
 だがフィリスが迫るミサイルに顔を引き攣らせていると、いきなりその視界を強力なビームが貫き、迫るミサイルを余波で吹き飛ばしてしまった。

「フィリス、大丈夫か!?」
「え、ディアッカさん!?」

 見れば2つのライフルを繋げて砲撃態勢をとっているバスターが居る。どうやらディアッカがその主砲でミサイルを撃ってくれたらしい。
 更に新手が出たのを見たスカイグラスパーは分が悪いと見たかアークエンジェルのほうに引き上げていく。それを見送ったフィリスは安堵の吐息を漏らし、ディアッカに礼を言っていた。

「す、すいませんディアッカさん、助かりました」
「気にすんな。お前に死なれると書類書く奴が居ないし」

 そう茶化しはしたものの、内心ではディアッカはあのスカイグラスパーに薄ら寒いものさえ感じていた。ミゲルとフィリスを相手にして戦闘機で振り回せるとは、どういうパイロットなのだろうかと。しかも誘導ミサイルまで使ってくるのだ。

「なんか、だんだん強くなってるよな、こいつら」
「ディアッカも感じてたか?」
「ああ、ヘリオポリスで戦ったころよりも遙かに強いぜ。でも、なんか今日は今1つ抵抗が弱いような気もするんだよな」
「ああ、そりゃあれだろ。何時もならストライクのカバーでデュエルや新型のダガーが出てくるから」
「ああ、1機少ないのか。道理で追撃が甘いと思った」
「ユーレクとか言うクルーゼ隊長の雇った傭兵がダガーを落としてるらしいからな。そのせいだろ」

 フレイが欠けているおかげでアークエンジェル隊はこれまでより詰めが甘くなっている。フレイは射撃型のパイロットだったので、わりと数を落とせるパイロットだったのだが、今回は居ないのでアスランたちが危惧していたほどには被害が出ていない。ただ被弾機はうなぎ上りに増えていて、既にインフェストス隊、ジン部隊は戦場には1機も残っていなかった。全て撃墜されるか母艦に戻ってしまったのだ。機動性に優れるディンだけはまだアークエンジェルに取り付いて攻撃を続行しているが、このままではこちらが戦力を磨り潰されてしまうのは確実だろう。既にこちらの数は当初の半数を下回っているのに、敵はまだ1機も落ちてはいないのだから。




 そして、この激戦の中で1機だけ未だに戦闘に参加していないディンがいた。ユーレクのディンである。彼はアスランとキラの戦闘をじっと上空から眺めていたのだ。その行為に腹を立てているパイロットも居るだろうが、彼はクルーゼ直属の傭兵でどの指揮系統にも属していないので文句を言う事も出来ない。そもそも、ユーレクに関しては好きにさせろとクルーゼからの指示が来ているのだ。

「どうしたのだ、最高のコーディネイター。その程度の敵に何時まで関わっている。早く始末して見せろ。それとも、あの時私に見せた力はまぐれだったのか?」

 彼にとって、眼下の戦闘はただのテストに過ぎないらしい。それはつまり、彼から見て今のキラとアスランの戦闘でさえまだ彼の望むレベルではないという事なのだろうか。
 さまざまな思惑が交錯する中で、キラとアスランの戦いはいよいよ激しさを増そうとしていた。

「キラアァァァァ!」

 イージスはビームライフルを撃ちまくりながらストライクと距離を詰めていく。格闘戦性能ならストライクにも決して引けを取らないイージスとしては、できるだけ距離を詰めてしまいたいのだ。元々イージスは重力下では全力を発揮できない。
 だがイージスとストライクの戦いにニコルのブリッツとシホのディープアームズが介入してきた。元々2機はアスランの援護をしていたのだから当然だが、今回はアスランの邪魔でしかなかったかもしれない。今のキラとアスランの戦いに介入するには、2人では役不足すぎたのだ。
 ディープアームズから放たれたビームがストライクを襲うが、その火線はイージスの動きさえ阻害してしまう。それにアスランが文句を言うより早く今度はブリッツがストライクに白兵戦を仕掛けて弾き飛ばされてしまった。ストライクがこれに追い撃ちを加えようとしたのを見たアスランが慌てて牽制の攻撃を加えてブリッツが逃げる時間を稼いでやる。

「くっ、ミゲルを出したのは失敗だったか」

 凄腕のミゲルを残しておくべきだったかとアスランは今更ながらに自分の選択を悔やんだ。残念だが機動性で差を付けられているのでどうしても向こうにイニシアチブを握られてしまう。
 だが、ここで更に状況を複雑にする事態が起きた。アークエンジェルのほうに余裕が出てきたのか、キースのスカイグラスパーが援護に回ってきたのだ。放たれるビームガンとミサイルがイージスとブリッツを襲い、その動きを邪魔してしまう。
 この新手の攻撃にアスランはカッとなって左手のシールドを投げつけたのだが、スカイグラスパーはこれをひらりと回避してそのまま急上昇して行ってしまった。流石にこんな苦し紛れのような攻撃が熟練者の操縦による高速機動中の戦闘機に当たる筈も無い。
 高度を取った所でいつものようにくるりと反転したキースは、今度は迷う事無く変な武器を付けたシグー、ディープアームズを狙って急降下をかけた。Gよりもこっちの方が自分の武器が通用すると考えたのだ。これに対してシホは手にしていた重突撃機銃を撃ちまくって迎撃したのだが、この勝負は相打ちに近いものとなってしまった。スカイグラスパーは76mm弾に主翼に穴をあけられてしまったが、ディープアームズも機体の数箇所に直撃を受け、グゥルも破壊されてしまったのだ。
 落ちていく2機を見てキラとアスランが悲鳴を上げたが、双方からパイロットが脱出したのを見てホッとした。ただ、キースは脱出し慣れてるからほっといても大丈夫だろうが、これが初めてのシホはちゃんと脱出して身の安全を図れるのだろうか。2人が落ちたのは海上だが、そもそもシホは泳げるのだろうか。

 2人がそれぞれの仲間の無事を祈ったのはごく短い間だけだった。今2人がしなくてはならないのは目の前のライバルを倒す事なのだ。だが、ストライクがまだ全ての武器を使える状態なのに対して、イージスはシールドを放り出してしまった。これはイージスが砲撃戦で圧倒的に不利な状況に置かれている事を示している。だからアスランは無理にでも接近格闘戦に持ち込もうと突撃をかけようとしたのだが、それより早くブリッツが前に出てしまった。

「ニコル、無茶だ!」

 ブリッツは格闘戦にも高い戦闘能力を発揮するMSだが、今のキラはニコルが勝てる相手ではない。だからアスランは止めようとしたのだが、それは間に合わなかった。ストライクに襲い掛かったブリッツはランサーダートを全て連続発射してストライクに回避運動を取らせ、その隙に距離を詰めてビームサーベルを抜いたのだが、ストライクは振り下ろされるビームサーベルを相手の腕ごとシールドで受け止め、無防備になった胴体を自分のビームサーベルで横薙ぎに切りつけ、真っ二つにしてしまったのだ。
 イージスの通信機はニコルの断末魔の悲鳴を一瞬だけ受信した後、意味の無い空電を拾うだけになっった。目の前で上下に別れたブリッツの上半身が爆発を起こし、下半身が重力に引かれて海へと落ちていく。

「ニ、ニコル…………」

 爆散したブリッツを見たアスランは信じたくない思いでニコルの名を呟いたが、そこにあるのは風に吹き飛ばされていく爆煙と細かい破片くらいだった。
 ニコルを殺された。その事をようやく理解したアスランは殺気立った目でキラのストライクを睨みつけ、怒りに顔を歪ませて襲い掛かっていった。

「貴様ぁぁぁ!」
「アスラン!」

 もはや被弾する可能性を無視した突撃をかけるアスラン。キラはイージスにビームを叩き込んだが、それは左腕を溶解させるに留まりイージスの突撃を止めるには至らなかった。遂に懐に飛び込んだイージスの右腕がビームサーベルをストライクに振り下ろし、ストライクがそれをシールドで受け止める。シールド表面が連続してビームを受け止めた事で徐々に溶解しだす。
 だがアスランは溶けるのを待つ気は無かった。グゥルにかけていた右足からもビームサーベル状の刃を作り出してストライクを蹴りの要領で切裂こうとするのだが、ストライクはこれを右腕を犠牲にする事で防いで見せた。

「これだけ攻めても落ちない。一体何なんだ、お前はぁぁ!」

 キラの強さは異常としか言いようが無い。その事に付いてアスランはずっと疑問に感じていたのだが、とうとうそれが口に出てしまった。そう。これだけの戦力をぶつけても倒せないこの男は、キラ・ヤマトとは一体何なのだ。小さい頃に仲の良かった友達で、気のいい男でしかなかった筈なのに、何でこんな化け物じみた強さを持っているのだ。
 アスランはシールドを押していた右腕を引き戻すと、ストライクの真正面で機体を変形させ、重力と自分の加速を利用してストライクに体当たりをかけた。キラはこの突撃をボロボロのシールドで受け止めようとしたが、重量と加速度を武器としたイージスを押さえる事など出来るはずも無い。しかもイージスは捕獲クローを展開させてストライクを捕まえてしまっていた。

「くそっ、やるな!」

 キラはビームサーベルでイージスを始末しようと思ったのだが、そこでようやく右腕がさっきの攻撃で破壊されている事に気付いた。更に左腕はイージスの突撃を受け止めて押さえ込まれている。ここに来てキラは自分の反撃手段が完全に封じられている事に気付いたのだ。
 落ちていく両機にマーシャルの島の地表が迫ってくる。アスランはイージスの自爆コードを入力すると、背面の脱出用ハッチを爆破開放して機体から飛び出した。
 そして島に落下していったストライクは、イージスの自爆に巻き込まれて島に叩きつけられたのだった。


 この時、アークエンジェルではこの変化を確認したミリアリアが凍り付いていた。そう、ミリアリアの見ているパネル上に表示されていた味方機のIFF信号がまずキースのスカイグラスパー、そして直ぐにキラのストライクと相次いで消えてしまったのだ。
 この表示を見たミリアリアは震える声でナタルに報告をした。

「キース機、キラ機、シグナル・ロストしました……」

 その知らせは、艦橋内を文字通り凍りつかせてしまうものであった。





後書き

ジム改 な、長かった。
カガリ 結局、原作どおりイージス自爆イベントかよ。
ジム改 原作とは違うぞ。セーフティーシャッターには頼ってない。
カガリ でも、キースも落ちたぞ?
ジム改 あいつは何時も落ちてるだろ。
カガリ まあ、確かにしょっちゅう落ちてるけどさ。
ジム改 当初はキラ落とすの止めようかな〜とか考えてたんだけどね。
カガリ 何で?
ジム改 別に連合製の新型くれてやれば良いし。それも良いかな〜と思ってたのだ。
カガリ じゃあ何で止めたのだ。
ジム改 やはり主人公機は原作に従った方が良いだろうと考え直したのだ。
カガリ 何じゃそりゃ。
ジム改 とりあえず、これでやっとラクスを出せるぞ。
カガリ でも、どうやってアラスカから戻す気だ? プラント−地球間をMSだけで行くのは駄目なんだろ?
ジム改 それに関しては心配するな。我に秘策ありだ。ちゃんと考えている。
カガリ ……まさか、弾道ミサイルで撃ち出すとか言わないよな?
ジム改 それも考えたのだが、多分キラが中で潰れてるので却下した。
カガリ じゃあ何だ?
ジム改 今は秘密。とりあえずこれで原作第3クールへいけるぞ。
カガリ でも、マドラスでのんびりしてた反動か、ここまで結構速かったな。
ジム改 ……実はギャグエピソードを何話分か削ったりしてるのだ。
カガリ やっぱり手抜きか!
ジム改 て、手抜きじゃないぞ。進行上の都合という奴だ。
カガリ で、次はどうなるんだ?
ジム改 次回は細々とした話になる予定だ。では次回「敗北の先にあるもの」でお会いしましょう。

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