第82章  それぞれの選択


 


 “心配するな、俺はアンデッド・キースだぜ。死神に見放されてる男だよ…………”
 
 がばっと、ナタルはベッドから上半身を起こした。
 呆然として辺りを見回し、そこが自分の部屋である事を確認して小さく肩を落とす。

「夢、か」

 自分は何を考えているのだ。キースはマーシャルの空に散ったのだというのに、まさか本当に彼が不死身だと信じていたとでも言うのだろうか。シーツを取っていた両手をグッと握り締め、その手をじっと見詰めている。
 やがて、その目が潤んできた。

「どうして……今になって……」

 相手の気持ちを確かめた訳でもない、一方的な気持ちであった。だが、いずれ伝えればいい、明日伝えればいいと逃げているうちにとうとうこういう日が来てしまった。
 シーツを握っている右手にぽたりと涙が落ちる。一粒、二粒とそれは増えていく。

「何で今頃……待っていても、もうキース大尉は……」



 キラとキースという2人のエースを失ったアークエンジェルは、彼らの犠牲を最後にザフトとの交戦を一度も経験する事無くハワイ基地へ入ることが出来た。途中から大西洋連邦の駆逐艦2隻の護衛を受けたアークエンジェルはようやく安全な所に来れたという安心感に包まれていたが、その中に何処か寂しさが混じっていたのは否めなかった。やはりムードメーカーだったキースが欠けたのは艦内の空気を暗くしているし、キラの戦死はヘリオポリスの子供達に今も影を落としている。
 その中でも特に酷いのがナタルで、あの戦闘の後不眠不休で仕事に没頭するようになり、見かねたマリューが命令をして無理やり部屋に下がらせるという事態にまでなってしまっていた。
 キースを失った辛さから仕事へと逃げようとするナタルの気持ちはマリューにも分かるのだが、それで何かが解決するわけでもなく、下手をすればナタルまで体を壊してしまう恐れがある。だからマリューはナタルを無理やり休ませたのだ。
 副長を下がらせた事で必然的に仕事は艦長であるマリューに集中する事となり、マリューはナタルを下がらせた事をちょっとだけ後悔しながら指示を出し続けていた。
 しかし、その仕事も安全が確保されている空域でのことであり、危険な空域を飛ぶのに較べれば遙かに容易い仕事である。その気楽さから何処か気合抜けしているマリューは、のんびりした口調で操舵手のノイマンに声をかけた。

「とうとうハワイか。随分あっちこっち寄り道したわね」
「ええ、本当なら直接アラスカに降りてた筈でしたから」
「それがアフリカに降りて、色んな所で戦い続けて、寄せ集めの新兵と現地採用兵で編成した部隊が今では連合有数の精鋭部隊扱いよ。世の中どうなるか分からないわね」

 ヘリオポリスから追い出されて以来、随分長い間戦ってきた気がするが、とうとう自分たちの任務も終了だ。何故か目的地がアラスカではなくハワイに変更されてしまったが、ハワイに到達すれば作戦は終了した事になる。

「これで、サイやミリアリア、カズィ、トールも艦を降りられますね」
「ええ、あの子たちにはここまで随分助けられたわ。降りる時には簡単な送別会をクルー全員参加でやりましょうか」
「そうですね。当然艦長の自腹ですよね?」
「何言ってるの。士官全員のカンパに決まってるでしょう、ノイマン中尉」

 自分は金出したくなさそうなノイマンに、マリューは冷たい声できっぱりと告げた。それを聞いたノイマンが顔を引き攣らせ、下士官のパルとチャンドラが可笑しそうに笑いを必死に堪えている。
 ノイマンはそんな2人を睨み付けた後、いそいそと話題を切り替えた。

「そ、そういえば、あいつらはどうしたんです?」
「部屋で私物を整理させているわ。ハワイでみんな降りるんですから。それに、キラ君の私物もあるし」
「……そうでしたね。ヤマトの遺品はあいつらに持って行ってもらうんですか?」
「それが一番確実でしょう。オーブに戻ったら、ご両親に渡してもらうわ」

 キラの戦死はサイたちに大きな影を落としている。サイとミリアリア、カズィはキラやフレイ、トールとは異なり、戦死の恐怖とは一歩距離を置いていた。だからこそ自分達が死ぬかもしれないという危機感がパイロット達に較べて希薄だったのは否めない。アークエンジェルのパイロット達がトールを除いて全員際立った技量を持ち、出鱈目な強さを発揮し続けてきたのも彼らを楽観的にさせていただろう。
 それがパイロット達が何時も必ず帰ってくるという間違った考えを植え付けてしまった。いや、これは子供達だけでなく、マリューのような正規の軍人にさえ言えることだ。キラやキースが帰ってこないなど、その瞬間まで考えてもいなかったからだ。余りの強さがクルーに戦場の常識を失わせていたと言えるかもしれない。あのナタルでさえキースが帰ってこないとは思っていなかったのだ。
 恐らく、艦内でその事を常に意識していたのはフラガとキースだけだったろう。2人は最前線でずっと戦い続けてきたから、絶対などはありえないという事を良く知っている。だから戦友を失ったフラガはその日こそ部屋から出てこなかったが、翌日には何時もと変わらぬ態度に戻っていた。このフラガの態度がクルーに安心感を与えている。
 結局、この艦のクルーは精鋭に見えて、実は精鋭ではなかったのだろう。確かに戦うのは上手くなってきたかもしれないが、戦友の戦死という事態に殆ど意識が向いていなかったのだ。

「2人が戦死、か。ここに来るまでのパイロットの戦死がたった2人で済んだのは、他の部隊からしたら常識外れの快挙なんでしょうね」
「そうでしょうね。うちほど化け物揃いの部隊は無かったでしょうから」

 一番弱いトールでも他の部隊ならエース扱いになれるほどのパイロットだ。他の4人は全て人外魔境な強さ。こんな部隊を相手にしてきたザフトの方が良い迷惑だったろう。一体これまでに幾つのザフト部隊が壊滅させられたことか。アークエンジェルがヨーロッパから中央アジアを突破したせいでこの辺りのザフトはボロボロにされてしまい、ユーラシアとの戦線を維持できずに後退を余儀なくされたらしい。
 だが、その最強部隊もキラとフレイ、キースの3人を失ってすっかり弱体化してしまった。このままハワイに入っても、もう昔のような強さは発揮できない。

 そんな話をしていると、艦橋にナタルがやってきた。それを見たノイマンが慌てて体を正面に向け、マリューが心配そうに声をかけた。

「もう大丈夫、ナタル?」
「……はい、大丈夫です」

 そう言ってナタルはCIC指揮官席に腰を降ろしたが、マリューはナタルが彼女らしくも無く下手くそな厚い化粧をしているのに気付いたのだ。マリューはナタルが口紅以外の化粧をしているのを初めて見たのである。

「ファンデーションで誤魔化しても、隠し切れないわよ」

 泣き腫らした顔を誤魔化そうとしても、女から見れば1発で分かってしまうものだ。しかしそれを追求するようなことはせず、マリューはハワイ基地への入港準備の指示を出した。もうハワイ軍港は目の前に来ているのだから。




 そして、そのハワイ軍港を見下ろしながらトールはパイロットルームでじっと何かを考えていた。その手にはマリューから渡された除隊申請の用紙が握られている。

「随分、色んな所に行ったよな、キラ」

 −これまでの戦いを思い出してトールは目を閉じた。何度死に掛けただろう。周囲は囃し立てているが、ここまで来れたのが奇跡のようなものだ。.

「最初は俺たちを守る為に戦ってくれて、次はフレイの為に戦って、いつの間にかアークエンジェル全てを守ろうとして、馬鹿だよ、お前はさ。何でもかんでも背負い込みやがって」

 全てを背負い込んで、最後の最後で帰ってこなかった。きっとオーブではフレイが泣いているだろう。確かにキラは守りたい者を全て守りきったのかもしれない。アークエンジェルは無事にハワイにたどり着けたのだから。だが……。

「馬鹿野郎が。おかげで、俺まで変な物を背負い込んじまったじゃないかよ」

 キラは友達だった。一時期は拗れてしまったが、多分ヘリオポリスにいた頃よりもずっと良い関係になっていた。そしてキースは先生であり、恩人であり、良き兄貴分だった。2人を同時に失ったという現実が、トールの中にこれまでとは違う、はっきりとした何かを醸成してしまったのだ。
 そう、トールの中に生まれていたものは、ザフトへの明確な敵愾心と、仲間の敵を討ちたいという願望であった。これは戦闘経験を積めば自然と醸成されるもので、ここに来るまでそういうものが希薄だったトールは珍しいというしかない。これは親しい者が誰も死ななかったせいだろう。
 そしてトールは、かつてフレイの行動に引き摺られる形でしてしまった暴挙を、今度は自分の意思で再現してしまう。彼は自分の手の中にあった除隊申請の書類を破ると、丸めてゴミ箱に放ってしまった。




 ハワイ基地のドックにその身を休める事となったアークエンジェル。ここで幹部クルーは参謀本部のサザーランド大佐直々の労いの言葉を送られ、これまでに上げてきた戦果を賞賛されている。

「君たちの活躍のおかげでユーラシアと東アジアはかなり楽になっている。君たちの活躍は連合全体に大きな貢献をしているのだ。本当に良くやってくれた」
「いえ、我々は、ただアラスカに行こうと必死だっただけです」

 サザーランドの賛辞に、マリューは言葉少なく答えた。マリューにしてみればこんな賛辞など幾ら貰っても嬉しくは無い。自分達が欲しかったのは援軍であり、物資だった。だが大西洋連邦は自分達を窮地から助け出してはくれず、自分達は自力で危険地域から脱出しただけなのだ。
 そしてマリューは、賛辞よりも何よりも、まず第一に確認しておかなくてはいけない事があった。

「ところで大佐。子供たちの除隊申請は、受理してもらえるのでしょうか?」
「ああ、申請が出された分は間違いなく受理しよう。それは確約する」
「そうですか、良かった」

 マリューはサザーランドの言葉に安堵した。あの4人は今では熟練のオペレーターであり、パイロットである。サザーランドがそれを考えて彼らを手放さないのではないのかと危惧していたのだが、それは杞憂であったらしい。
 マリューからの質問が終わったと見たサザーランドは、続いてこれからの事を話し出した。

「アークエンジェルはここで補給と修理を受けた後、アラスカ守備隊に配属となる。そこで艦の改装を受けてもらい、艦載部隊の再編成も行う事になる」
「MS隊の編成ですか?」
「そうだ。元々アークエンジェルはMS運用艦だからな。とりあえず最新MS6機を配備する予定だ」

 マリューの問いにサザーランドは簡潔に答え、今度は視線をナタルとフラガに向けた。

「バジルール大尉はオルガ・サブナックと共にパナマから月に上がってもらう事になる。そこでアークエンジェル級2番艦ドミニオンが君を待っている」
「ドミニオン、ですか?」
「そうだ。君はアークエンジェル副長として半年間戦ってきた。アークエンジェル級の運用に関しては熟知しているだろう」
「それは……」
「フラガ少佐にはカリフォルニア基地でMSへの機種転換訓練を受けてもらう。その際に訓練生の教官も兼任してもらう事になる。大変だとは思うが、頑張ってくれたまえ」
「カリフォルニアですか。それじゃあ、アークエンジェルから降りろと?」
「いや、アークエンジェルから出向という形を取る。君にはGAT−X403クライシスへの機種転換後、アークエンジェルに戻る予定だ」
「GAT−X403?」

 聞きなれないコードにフラガが首を傾げる。GATシリーズは300番台までしかなかったはずなのだが、全く別のフレームを組み上げたのだろうか。
 この疑問に対して、サザーランドは首を横に振った。

「いや、100番台フレームの発展型だ。系列としては105ストライクの発展型と思ってくれれば良い」
「100番台ですか。105ダガーとは別物ですか?」
「似たようなものだが、105ダガーは量産型で、こちらは改良発展型だ。君のようなゼロ乗りが使う事を考慮してガンバレルパックも用意されているが、大気圏内ではミサイルの方が使い勝手が良かろうな」

 サザーランドが言うには、大西洋連邦はMSの更なる発展型を模索しているらしく、クライシスはその試金石となる機体であるらしい。現在4機が試作されているそうで、そのうちの1機がフラガに回ってきたというのだ。

「本来ならばヤマト少尉にも回される予定だったのだが、残念だ」
「残念、ですか?」

 サザーランドの言葉にナタルが不思議そうに聞き返す。サザーランドはブルーコスモスの筈だから、キラが死ぬのは問題ないのではなかろうか。

「私は優秀なパイロットの喪失を惜しんでいるのだよ、バジルール大尉」
「私人としてのキラ・ヤマトはどうでも良い、という事ですか?」
「私にとってはな。アズラエル様やジブリールなどには別の見解があろうが」

 確かにサザーランドから見ればキラなどパイロット1人に過ぎない。優秀なパイロットではあっただろうが、それ以上ではないのだ。後方で戦争全体を指導する身である以上、兵士1人1人のことなど気にしてはいられないだろうし、してはいけない。そういう感情は戦争指導において判断を誤らせる事になる。将は兵の屍を見ず、という言葉があるが、それは感情は作戦指揮の邪魔でしかないという意味である。
 だがマリューたちにとっては違う。キラは頼もしい戦友であり、何かと騒動を起こしたトラブルメーカーであり、コーディネイターの凄さを見せつける存在であった。幾度と無くクルーと対立してきたし、幾度と無く命を救われてきた。フレイとの事で散々騒動を引き起こして、ずっと気苦労ばかりかけてくれたのだ。
 それでも、ここに来るまでにキラは仲間になっていた。いつの間にか子供同士の諍いは何時もの喧嘩と余裕を持って見られるようになり、フレイとの仲は騒動の種から談笑の種へと変わった。
 だから、マリューはサザーランドの言葉には反感を感じてしまっていた。それはナタルもフラガも同じであった。
 サザーランドはそんな3人の内心に気付く事も無く、淡々と伝達事項を伝えていく。

「それと、ドミニオンの戦闘隊長もバジルール大尉と一緒に月に上がる事になっている。パナマで合流してくれたまえ」
「新しい戦闘隊長、ですか?」
「そうだ。ベテランだから安心してくれて良い。腕は保障する」
「それは、大佐の推薦を疑う事はしませんが……」

 サザーランドは非情な人として知られているが、作戦指導には定評がある。必要な場所に必要な戦力を配置して堅実に戦ってきた、現在の大西洋連邦参謀本部ではもっとも前線から信頼されている人物だ。それだけに前線で戦う最新鋭艦の戦闘隊長に無能な人間を回すはずが無い。
 ただ、ナタルにはどうしても気になる事があったのだ。それはあの謹厳実直で軍規に煩いことで有名なサザーランドに、先ほどから口元に笑いを堪えているかのような震えが伺える事だった。

「あの、本当にそれだけでしょうか?」
「それだけだとも。先方には大尉と合流する事は伝えてあるから、向こうから接触してくる。大尉はオルガ・サブナックを連れてパナマへと向ってくれたまえ」
「…………」

 怪しい。一言で表すならばそう言うしかないくらいに今のサザーランドは怪しかった。それはマリューやフラガも同感なのだろうが、こちらは自分が当事者ではないので我関せずを決め込んでいる。
 ナタルはどうしてもサザーランドの笑みが気になって仕方が無かったのだが、これ以上食い下がるのは失礼に当たる気がしたので仕方なく口を噤む事にした。流石に階級上で3つも上のサザーランドに質問を繰り返すのは不味い。
 ナタルが黙ったのを見てサザーランドはもう一度マリューに敬礼をし、アークエンジェルを後にした。残されたマリューたちはそれを見送ってホッとした後、些か困惑した顔を向け合わせる事となる。

「まさか、フラガ少佐がカリフォルニアで、ナタルが月に行くなんてね」
「まあ、俺は直ぐに戻って来れそうだけど、副長はこれから大変だな」
「そうでしょうが、アークエンジェル級という事ですし、所属は多分MSの配備が進んでいる第8艦隊でしょう。ハルバートン提督の指揮下ならばそれなりに腕を振るえそうです」

 ここまでやってきた3人の道はここで分かれることとなった。それは寂しくもあったが、何時かまた会えるという気もしていた。アークエンジェルも第8艦隊所属艦であり、いずれ肩を並べて戦う日も来るだろう。

「じゃあ、ナタルも直ぐに出立の用意をして。アークエンジェルもハワイには2日しかいないんだから」
「そうですね。急いで纏める事にします」
「残念だけど、サイ君たちの送別会もお流れね。時間が無いわ」
「では、私はこれで」

 マリューに言われたナタルは私物を纏めに行こうと踵を返したが、その背中にマリューが声をかけた。

「次に会うときは、お互い艦長だから、もっと気楽に話せるわね」
「……いえ、多分、艦長は私の上に居ると思いますよ」

 何となくではあるが、ナタルにはまたマリューと肩を並べて戦う事になるような予感がしていた。アークエンジェル級2番艦、そしてマドラスで建造されていた3番艦パワーの存在もある。アークエンジェル級が従来の艦より高速で大火力を持つ事を考えれば、これ等をひとつに纏めて運用する事が望ましい筈で、そうなるならばいずれ合流することになる。その時、全体の指揮を取るのは誰かということだ。
 艦内に戻っていったナタルを見送った後、今度はフラガがマリューに声をかけた。

「さてと、俺も準備をするかな。カリフォルニア行きの輸送機に乗らなくちゃいかん」
「そうですわね」

 フラガの言葉にマリューはそっと右手を差し出した。

「今日までありがとうございました。貴方が居なければ、アークエンジェルは宇宙の藻屑でした」
「そんな他人行儀に言わないでくれよ。それに、どうせ1月もすれば艦に戻ってくるんだからさ」

 フラガは意識して明るい声を出し、マリューの差し出した手を握り返した。

「俺が戻るまで、艦を頼む。アラスカなら敵と戦う事は無いと思うが、一応な。あそこはブルーコスモスも多いって話だ」
「キラ君が居ないんだから、心配の必要は無いと思いますが……」

 フラガの忠告にマリューは小さく頷いた。コーディネイターをパイロットとして優遇した、というだけで難癖を付けてくる輩も居るかもしれない。用心に越した事は無いだろう。


 そして、アークエンジェルを降りるクルーが艦外に降りるタラップに集ってきた。ナタルやフラガの他にも移動を命じられたクルーが何人か居るのだ。その中に私服姿のカズィの姿もあった。
 フラガはカズィの姿を見つけると気安い声で話しかけてきた。

「お、いよいよ退艦か。今日までご苦労だったな」
「フ、フラガ少佐……」
「なんだ、そんな済まなそうな顔するなよ。悪いのはここまで付き合わせちまった俺たちなんだからよ。お前は立派に戦ってきたんだから、胸張ってオーブに帰れば良いんだ」

 何だか気落ちしているカズィの肩をフラガが乱暴に叩く。それを見てナタルや見送りに来たマリューたちが笑い声を上げている。そして、フラガは少し表情を改めてカズィに聞いた。

「ところで、他の3人はどうした? もう時間だぞ?」
「そ、それなんですが……」

 言い難そうにカズィが顔を伏せる。その態度にフラガが怪訝そうに表情を変え、マリューとナタルが顔を見合わせる。そして、そこに見習いの青い軍服ではなく、連合軍士官制服に身を包んだトールがやってきた。それを見たナタルとマリューが驚きの声を上げている。

「ト、トール君、どうしたのその恰好?」
「残る事にしました」
「残るって、どうして。今なら戦争から抜けられるのよ。何考えてるのか知らないけど、後で絶対に後悔するわよ!」

 マリューが考えを変えさせようと説得するが、トールは考えを変えようとはしなかった。

「最初は、フレイを見てそれなら自分も、なんて軽い気持ちだったけど、今は違うんです。これはもう、俺の戦争なんですよ」
「トール君……」
「キラの敵も討ちたいですし、戦争を終わらせるには戦うしかないって思うようになりましたから。それしか、俺に出来る事は無いでしょう?」
「……きっと、後悔するわよ」
「そうだと思いますけど、もう決めましたから。これは、俺の意思です」

 そう言いきったトールを見て、マリューは溜息をついて説得を諦めた。多分彼も背負う物が出来てしまったのだ。何かを背負った人間は戦いが終わるまで戦場に立ってしまう。
 仕方なくトールの残留を認めたマリューであったが、そこに今度はサイとミリアリアまでもが軍服を着て現れた。それを見たマリューが困り果てた顔でフラガを見る。

「少佐、何か説得の言葉はありませんか?」
「説得って言われてもなあ。俺に何言えっての?」

 フラガに問い返されて、マリューは渋々口を閉じた。トールの残留を認めたのだから、今更この2人を断わる理由は存在しない。仕方なくマリューは2人の希望も聞き届け、退艦するのはカズィだけとなった。
 どうやらカズィがしょげていたのは自分だけが退艦するという事への後ろめたさであったらしい。だが、多分カズィは正しい選択をしたのだ。トールたちはいずれ自分の選択を後悔する日が来るだろう。
 なんだか室内にどんよりした空気が漂うのを感じたフラガは、その空気を振り払おうとわざと大きく明るい声を出した。

「ようし、それじゃあ出て行く前に写真でも取るか!」
「しゃ、写真ですか?」

 突然大声を出したフラガにマリューが吃驚している。フラガはマリューに頷くと、カズィにカメラはあるかを問うた。カズィがそれに頷いて荷物からカメラを取り出して見せると、フラガは頷いて周囲の奴らに集るように言う。

「ほらほら、記念写真なんだから」
「まったく、強引なんだから」
「ははは、良いじゃないですか、艦長」

 口を尖らせるマリューをナタルが宥め、2人でフラガの左右に立った。そこにカズィがカメラを向けてシャッターを切ろうとした瞬間、フラガは両腕を広げて左右の女性の肩を掴み、グイっと自分に引き寄せた。

「え?」
「あっ」

 2人が驚きの声を上げると同時にカメラのシャッターが押され、フラガが両手に花状態を達成している様が見事に映し出された写真がカメラから出てきた。それを覗き込んだチャンドラとパルが羨ましそうにフラガを見ている。

「はっはっは、成功成功!」
「な、何が成功ですか、セクハラですよ!」
「そうです、いきなり抱き寄せるなんて!」

 大笑いしているフラガにマリューとナタルが文句をぶつけるが、フラガは大笑いするだけで相手にしていなかった。そしてカズィは続けて他のクルーやトールとミリアリアのツーショットなどを次々に撮っていき、出てきた写真を彼らに渡していった。
 そしてサイとミリアリア、トールとカズィで撮った写真を4枚現像してそれぞれに手渡したカズィは、もう一度3人の意思を確かめた。

「本当に帰らないのかい?」
「ああ、俺は残るよ。キラの敵というよりも、自分なりのケジメの為に」

 サイはきっぱりと答え、トールとミリアリアが頷く。それを見たカズィは仕方なさそうに説得を諦めた。

「それじゃあ、僕は帰るよ」
「ああ、戦争が終わったら俺たちも帰るよ。フレイとカガリによろしくな」
「あ、ちゃんとキラの実家とフレイに遺品渡しといてよね」
「あと、俺たちの分も謝っといてくれよ」

 ここぞとばかりにカズィに嫌な仕事を押し付けてくる3人に、カズィは笑顔を引き攣らせてしまっていた。


 そんな馬鹿騒ぎも終わりの時が来た。フラガがみんなに手を振ってカズィと一緒に艦を降りていく。それを合図に次々に移動するクルーが艦から離れていった。ナタルもマリューと握手を交して一時の別れを告げ、艦を離れていく。そしてオルガがトールに声をかけてきた。

「ヘッポコ、折角逃げれるのに、馬鹿だなお前は」
「良いんだよ、俺が自分で決めたんだから」
「はっ、覚悟だけは決めてるみてえだな」

 顔に不敵な笑みを浮かべてオルガはトールの肩を一回だけ叩き、体を翻して艦から離れていこうとした。それを見送ったトールは僅かな躊躇の後、その背中に声をかけた。

「オルガ、また、会えるよな!?」
「……あん?」

 トールに問われたオルガは振り向き、訝しげな顔でじっとトールを見ている。そのまま暫くじっとしていたのだが、ふと口元を歪めると、背中を向けて大きく右腕を空へ向けて上げた。

「俺より先に死ぬんじゃねえぞ、トール!」

 そう大声で言い残して、オルガはアークエンジェルから去っていった。それを聞いたトールは驚きの余り返事を返すのも忘れ、じっとオルガの背中を見ている。オルガがトールの事を名前で呼んだのは、これが初めてだったのだ。
 去って行ったオルガを見送ったトールの横にミリアリアがそっと並んだ。

「行っちゃったね、オルガさん」
「うん。でも、きっとまた会えるって」
「……う〜ん、私、あの人乱暴だからちょっと苦手なんだけど」

 オルガと気軽に話せるトールが不思議でならないミリアリアであったが、トールはミリアリアの疑問にあえて答えはしなかった。実はトールにも良く分かっていなかったのだ。ただ、気が付いたらオルガと一緒に居ることが多かっただけである。何故かキラも一緒に居たので、パイロット同士の奇妙な連帯感が生まれていたのかもしれない。





 オーブ宇宙港カグヤ。今、そこから宇宙に飛び立とうとしている1人の男が居た。その人物は多くの人から尊敬を集めている著名人でもある。その名を、マルキオ導師と言った。
 カグヤ宇宙港入国管理官がマルキオの荷物を確認し、パスポートを確かめる。

「御旅行ですか?」
「いえ、プラントで人に会わねばなりません」
「この荷物は? 随分と大きいようですが」
「先方に送る荷物です。生ものですので冷凍保存してあるのです」
「それでこんなに大きいのですか。それでは、衝撃は厳禁ですね?」
「そうですね。お願いできますか?」
「分かりました」

 管理官はマルキオに言われるままに処理をしていく。マルキオは国際的な有名人で信用もある上にオーブ政府のバックアップもあるので、こういう時には非常に有利なのだ。これがただの民間人であればこんな大荷物をこの御時世に宇宙港から持ち出そうとすれば絶対に怪しまれる。
 間違っても貨客よりも貨物にした方が安いからだとか、そいういう理由ではない。多分。

 大した手間も取らずに荷物を貨物として預けたマルキオはプラント行きのシャトル便に乗り込み、宇宙へと飛び立っていった。
 これが結果として巨大な災厄のの原因となる事を、この時のマルキオには予見する事は出来なかった。彼はただ、ラクスに言われるままにキラをプラントへと運んでいるだけなのだ。




 そしてアスランとシホがザフトに戻る時も来た。カーペンタリアからやってきた水上機がゆっくりと旋回しながら着水し、オーブ軍港の桟橋の近くにやってくる。そこにはアスランとシホがオーブ関係者に囲まれていたのだ。
 停止した水上機の扉が開き、中からエルフィが体を乗り出してきた。

「隊長、良く御無事……で……?」

 アスランが生きてた事を誰よりも喜んでいたエルフィがおおはしゃぎで飛び出そうとしたが、何故かその勢いは一瞬で止まってしまった。それは、アスランが沢山の女の子に囲まれているせいだろうか。

「ねえねえ、アスラン君って彼女居るの?」
「あの、それはですねえ」
「あ、出来ればアドレス教えてよ。あとプラントの住所も」
「いやだから……」
「このまま私達とオーブに居ようよ。可愛い男の子は年中大歓迎!」
「か、可愛いって……」

 ジュリとアサギとマユラに囲まれてアスランはオドオドしまくっていた。だが、エルフィには女の子に囲まれて喜んでいるようにしか見えなかったりする。

「だあああ、お前ら、いい加減にしろ!」
「え―、でも……」
「でももヘチマも無い。全く、どいつもこいつも!」

 アスランを囲んで黄色い声を上げていた3人をカガリが怒鳴りながら追い散らした。そして何とも不満げな顔をアスランに向ける。

「言っとくが、私はお前を許した訳じゃないからな!」
「……ああ、そうだろうな」

 カガリに怒鳴られたアスランは何処か空虚な笑みを浮かべている。キラをその手にかけたことで、彼も大きな物を失ってしまったのだろう。カガリはなおもアスランを睨みつけていたが、遂にはフンッと鼻を鳴らしてアスランの前から退いた。カガリが退いた後にはフレイが車椅子でやって来ていたのだ。

「フ、フレイ、どうして?」
「言いたい事があっただけよ」

 フレイはアスランの傍まで車椅子を寄せてくると、アスランの向う脛を軽くつま先でこずいてやった。その一撃にアスランが痛そうに顔を顰めるのを見てフレイは小さく笑っている。

「アスラン、戦争の結果がどうなっても、あんたは生き残りなさいよ。それがキラを殺したあんたの義務なんだから」
「生き残れ、か」
「そうよ。そして、キラのお墓の前でしっかりと謝って貰うんだから。もう地面に額擦り付けるくらいしっかりね」

 言いたい事を言い終えたのか、フレイは車椅子を少し離した。アスランは離れたフレイにもう一度だけ頭を下げた後、踵を返して水上機の方へと歩いて行く。それを見送るフレイの隣に立ったカガリが、そっと問い掛けてきた。

「良かったのか、あれで?」
「……良いのよ。パパやキラを殺したのは、戦争なんだから。アスランを恨んでない訳じゃないけど、それじゃパパを失くした時と同じになるもの」
「……フレイがそんなだから、私が怒れないんだぞ。でもまあ、気持ちは分からんでもないか。サイから少しは聞いてたけど、目の前で殺されたんだろ?」
「うん、あの時はとにかく誰かを恨みたくて、何かに八つ当たりしたくて、たまたま近くに居たキラがコーディネイターだったから、キラに全部ぶつけたの」
「そりゃ、キラも災難だな。とんでもない奴に見込まれたって訳だ。それでサイを振って、後は私がアークエンジェルに乗ってって事だな?」
「そうね。もう随分昔に感じるけど」

 今考えれば随分視野狭窄状態に陥っていたものだと呆れてしまうが、あの時はそれしか考えられなくなっていたのも事実だ。程度の差はあれど目の前で大切な人を殺されれば誰だって恐慌状態に陥るものだろうから、これは仕方が無い。問題なのは復讐にキラを巻き込んだことだろう。
 でも、フレイは迷惑をかけた事を悪いとは思っているが、父親の復讐を考えた事を詫びるつもりは無かった。あの時に今と同じような力があれば最初からキラに頼らず自分の手で戦っていただろう。戦う力が無かったからキラを利用しようとしたのだから。その復讐心は今でもフレイの中に消えずに確かに残っている。コーディネイターに対する怒りは今もあるのだ。ただ、あの頃よりは冷静になったから、感情を制御できているだけである。
 
「それに、私がキラの敵を討ちたいって言ってアスランと戦ったら、多分キラは怒ると思うし」
「そう、かもな」

 フレイの言葉に、カガリは頷いてしまった。


 その一方で、水上機に向ったアスランは何故か迎えに来てくれた仲間達から冷たい眼差しを向けられていた。

「隊長、これはどういう事なのか、納得のいく説明をしてください!」
「な、な、何を怒ってるんだ。エルフィ?」
「怒ってるんじゃないです!」

 頬をパンパンに張らせていて何処が怒っていないのかとアスランは思ったが、何故か一緒に来ていたフィリスも軽蔑するような目で自分を見ている。

「お、俺が一体何をしたと言うんだあああ!?」

 そう声に出して叫びたいアスランであったが、微妙に立場が弱いせいか、その叫びは心の中から出て来ることは無かった。そしてこの話はエルフィから些か誇張混じりにカーペンタリア基地に伝えられ、嫉妬団の一大決起を促す原因となるのであった。



後書き

ジム改 さあ、これで人員再配置は終了だ。
カガリ 次はアラスカだな。そこまでは一気に行くのか?
ジム改 その予定。ただ、少し困っている。
カガリ 何?
ジム改 連合側のパイロットが足りん。もう数人欲しいところなのだ。
カガリ 一杯居るだろうが!
ジム改 これまで出てきた奴らはみんな他の戦線に居るから、アラスカには来れないのだ。
カガリ トールの大活躍のチャンスでは?
ジム改 トールは無論活躍するが、相手が多すぎるうえに強い奴が多い。
カガリ で、新キャラが欲しいと?
ジム改 別に原作キャラでも構わんのだが、さてどうするか。
カガリ 私がルージュで颯爽と登場というのは?
ジム改 オーブ参戦するの?
カガリ ……身元不詳の正義の味方ということで。
ジム改 世間一般ではそういうのを狂ったテロリストというのだが。
カガリ じゃあどうするんだよ?
ジム改 どうしようかねえ。まあ、そのうち考えるさ。
カガリ 適当な奴。
ジム改 では次回、お互いに次の作戦の準備を整えるプラントと連合。だが地球では小さな、だが無視できない変化が起きようとしていた。そしてカガリとフレイはキースから変な情報を受け取っていた。次回「変化の兆し」でお会いしましょう。


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