第93章  勝利は誰の手に?




 パトリック・ザラ議長の暗殺事件。それはプラント全土に例えようも無い衝撃を与えていた。彼等がここまで戦ってこれたのは、まさにパトリックの強力な指導力があってこその事だ。その豪腕とカリスマが失われた衝撃は並大抵の事ではない。
 この事件はパトリックが日課と言ってもいいほどに毎日行っている妻の墓参りの帰りを狙ったもので、地上車が木っ端微塵に爆破されてしまっていた。
 パトリックの爆死の後を受けて政権の首班となったエザリア・ジュールは今回の事件をラクス・クラインの犯行であると市民に伝え、彼女がプラントを裏切った反逆者である事をフリーダム強奪の一件と合わせて市民に報道していた。そしてラクス・クラインの背後には地球連合がいると訴え、今回のザラ議長暗殺の本当の犯人は地球連合だと糾弾していた。
 このエザリアの話を聞いた市民は驚き、そして最初はそれを信じようとはしなかった。まさかラクスがそんな暴挙に出るとは誰も思わなかったのだが、それから時を置く事無く、それが事実であった事を誰もが知る事となった。ラクス・クラインは地下に潜伏し、プラント市民に対してゲリラ的な地下放送でプラント市民に戦争の無意味さと、自分がザラ議長暗殺には関与していない事を訴えだしたのである。

 市民はラクスの反逆という事実に驚き、どうしたら良いか迷ったものの、結局エザリア政権を多くの者が支持する事となる。ラクスには政治的な実績がまるで無いので、彼女の言葉を信じろというのは無理があったのだ。対してエザリアはパトリックほど信頼できる指導者ではないが、これまで行政面で実績を積み重ねてきた人物である。その発言の重みと信頼は、ラクスなどとは比較にならなかった。ラクスは確かに絶大な人気があるが、それはアイドルとしての人気であって政治指導者としての人気ではない。
 プラント市民の大半がエザリア政権を受け入れた事でプラントの混乱は沈静化の方向に向かったが、議長席に座るエザリアの気持ちはどこか晴れなかった。彼女はこの事件の犯人がラクス・クラインであると教えられていた。確かに彼女には動機がある。彼女の主張がナチュラルとの融和であり、戦争の早期終結だというなら表向きには強行派の頭目であったパトリックは不倶戴天の敵だろう。
自分の補佐役に抜擢したゼム・グランバーゼクは自分にそう伝え、ラクスの捜査を行うべきだと主張している。勿論それには反対することは無く、司法局に捜索させてはいるのだが、彼女にはどうしても違和感が付き纏っていた。この事件は、本当にラクスの仕業なのだろうかという疑念が払拭できなかったのだ。特に根拠は無く、勘と言ってしまえる程度のものなのだが、エザリアはどうしてもそれが消せないでいる。
そんな事を考えているエザリアの元にゼムがやってきた。

「おや、どうされましたか議長閣下?」
「からかうなゼム」
「これは失礼を」

 不機嫌そうなエザリアに冷たく返され、ゼムは小さく頭を下げた。エザリアは白々しいと思いながらもそれ以上文句を言う事はせず、直ぐに実務的な話に移った。

「とりあえず、問題なのは戦線の整理だ。幸いにしてパナマは叩いたから、暫くはナチュラルも宇宙で妄動する事は出来ないだろう」
「そうですな。月の艦隊の動きもあれ以来鈍くなっておりますから、補給がだいぶ楽になりました。おかげでカーペンタリアの友軍に何とか必要な物資を届ける事が出来ております。必要量にはまるで足りませんが」
「あわせて指揮官の再編成だな。ザラの補佐役だ
ったユウキ隊長は前線に回そうと思うのだが」
「それが宜しいでしょう。彼はザラ議長の影響力を一番強く受けていた人物、余計な事をされて講和の動きを再燃されても困ります」
「うむ。それで、ラウ・ル・クルーゼだが、彼には私の議長就任に際して支持してもらった借りがある。それに応える意味でも、彼にそれなりの席を用意しようと思っているのだがな」

 エザリアはクルーゼに本国の作戦部でザフト全体を纏める本部長に抜擢しようかと考えていると伝えたのだが、ゼムはそれを固辞して見せた。

「いえ、クルーゼ隊長はそんな地位には興味がありますまい。あの御仁の望みはただ1つ、ナチュラルの打倒ですから」
「それなら後方で全体を指揮すればいいのではないか?」
「あの方は前線で指揮を取ってこそと考えているのです。それに、そのような事をされては議長と隊長の繋がりを疑われましょう。どうしてもと仰るのでしたら、地上軍の司令官なりで宜しいかと思います」
「それでいいと言うのか?」
「クルーゼ隊長なら言うでしょう。隊長が貴女に味方したのも、ザラ議長のナチュラルとの妥協が許せなかったからですからな」
「そ、そうか。分かった、君の言う通りにしよう」

 それならそれで構わないかと思いつつ、エザリアはゼムの言葉に頷いていた。それを聞いたゼムが恭しく頭を下げながら、その口元に浮かぶ嘲るような笑みを浮かべている事に気付かぬままに。



 エザリアの議長就任と同時にプラント内では大昔の赤狩りさながらのスパイ狩りが始まった。ようするに旧クライン派の一掃である。流石に評議員であるカナーバやカシムにまで手が伸びる事は無かったが、クライン派に属していた多くの軍人や公務員が左遷されたり投獄されている。投獄の理由は国家反逆罪に加担していた疑いがあるという事であったが、それが単なる言い訳に過ぎないことは誰の目にも明らかだった。エザリアはたんに自分がプラントを掌握する際に確実に障害となるであろう敵を潰しておきたかったのだ。
 ただ、このあからさまな権力の乱用の中で、偶に本当にラクスの協力者が捕まっている事があり、その証拠も押収されるにつれてエザリアの暴挙も完全に否定できるものではなくなってしまっていた。他ならぬエザリア自身がラクス派の浸透力に驚いていたくらいなのだから。中にはザフトの中枢近くにいた者までが摘発されており、フリーダムが強奪されたのも当然だという気さえしてくる。

 この強行派の暴挙にカナーバらは当然の事ながら抗議を繰り返していたのだが、彼等の抗議は冷笑を持って返されていた。シーゲル・クラインの失脚とラクスの反逆によってもはや穏健派の権威は完全に失墜しており、国民の支持も急速に離れてしまっている。このまま推移すれば彼等穏健派議員が次の選挙で当選する見込みは絶望的と言うしかないだろう。



 ザフトの中でも人事の嵐が吹き荒れた。穏健派よりだった将校の多くが中枢から外され、バラバラに最前線に送られてしまったのだ。変わりに強硬派に属する将校が中枢に入り、新たな作戦指導を行う事になっている。ただ、この人事で最も優遇されたのは強行派の中でもエザリアに付いていた将校で、パトリックに付いていた将校は冷遇されている。あのユウキでさえ統合作戦本部から外され、本国防衛隊司令に変えられているのだ。
 これらの人事が発表され、それを確認したアスランたちは驚きを隠せなかった。それまでザフトを支えてきた優秀な参謀や実務能力に長けた将校たちが大量に左遷され、変わりにエザリアに尻尾を振っていた将校達が彼等の穴を埋めるように重要なポストに入っている。彼等の何人かはアスランも知っていたが、大多数は聞いた事も無いような名前ばかりだ。

「こんな馬鹿な。今の情勢でこんな大規模な人事異動をすれば、混乱は避けられないぞ。エザリア議長は何を考えているんだ」
「分からん、母上は何を考えてるんだ」

 回ってきた回覧板を見てアスランとイザークが驚きの声を上げている。アスランはカーペンタリアでパトリックの死を聞かされて以来酷く落ち込み、最初の2日間は補佐役のエルフィでさえ声をかけられないほどにただならぬ空気を纏っていたほどだ。だが流石に3日目にもなると表面上は何とか立ち直り、たまっていた仕事を少しずつでも片付け出している。
 そして5日目になってようやくエザリア政権の人事が発表されたのだが、それはアスランの想像を超えたものであった。いや、予想の埒外であったというべきか。

「とりあえず、俺は特務隊隊長から外されてはいないようだな」
「俺も特に異動は無いようだ。流石の母上も俺たちのような下っ端にまでは手を出しては来なかったか」
「イザーク?」

 イザークがなにやら母親を非難するような口調で語るのを聞き、アスランが意外そうな顔をする。それを見たイザークは鼻を鳴らすと、面白く無さそうに母親のやり方に文句を言い出した。

「ここまであからさまな派閥人事をされれば面白くは無い。母上は何をするつもりなのだか、俺にはさっぱり分からん」
「……父上は、戦争をパナマで終わらせようとしていた。その為の工作を進めていたが、新議長はどうするつもりなのかな」
「分からん。俺としてはここで終わらせて欲しいが、母上は何を考えているのか」

 パトリックが戦争を終わらせるつもりだったとフィリスから聞いた時はイザークも驚いたものだったが、なるほどと頷く事も出来た。戦局を正しく見据えていたのなら、ザフトはもう限界を超えていると分かるだろう。パトリックはザフトが戦えなくなるのを見越して終わらせる準備を進めていたわけだ。それは彼が有能な指導者であったという証明でもある。
 だが、エザリアは終わらせるつもりがあるのだろうか。もし彼女がナチュラルの完全な屈服を目指しているとすれば、戦争はまだ続く事になる。もしそうなれば、ザフトの戦力は直ぐに枯渇してしまうに違いない。既にパナマの段階でグングニールが無ければ確実に負けていた勝負だったのだ。今後の戦いでザフトが連合に勝利を収められる可能性がどれだけあるだろうか。

「アスラン、お前から母上に進言する事は出来ないか?」
「無理だろうな。俺よりお前の方が確実だろう」
「そうか……母上が賢明な事を願うしかないか」

 いや、お前が進言すれば良いだろうが。とアスランは突っ込みたかった。イザークはどうやら自分で意見をいうつもりは無いようなのだ。目の前でやれやれと首を左右に振っている同僚を見て、アスランは駄目だこりゃと諦め混じりに呟いていた。


 その後、2人は戦力の再建状況の視察に出た。人事異動といっても大半が後方の事であり、この最前線では特に影響は無い。いや、それ所ではないのだ。カーペンタリアではMSの不足が目立つようになってきているという問題が起きており、その確保に誰もが躍起になっている。その理由は簡単で、損傷した機体が部品不足で直せないのだ。本国から送られてくる補給はここ最近の通商破壊戦の影響で減る一方であり、折角被弾機を回収してきても直せないという状況が続いている。パナマ基地の破壊で補給が正常化するという話もあるが、今すぐに補給が積みあがるわけでもない。
 この問題に対して、カーペンタリアでは形振り構わぬ方法を取る事で対処していた。戦場で鹵獲した連合MSまで修理して戦列に加えたり、連合MSとザフトMSの使える部分を組み合わせたキメラのようなMSまで配備しだしたのである。
 今、アスランがみているハンガーでは拾ってきたストライクダガーの両足と左腕が付けられたジンが組み上げられている。それはなんだか歪な姿であったが、贅沢を言っていられる状況でもないのだ。
 これらの鹵獲した連合MSは、実はザフトのパイロット達からは極めて好評だったりする。ナチュラルでも使えるように操縦系が簡略化されているが、これはつまり操縦が容易で楽だという事を意味する。さらに防御力、攻撃力はジン以上なのだ。反応と速度性能がやや劣るが、それはナチュラルに合わせているせいで、コーディネイターが使うという事で設定を弄ればある程度改善できる。
 こういった特徴を持ったストライクダガーは新兵でも簡単に扱えて、しかも疲労が少なく、装甲とシールドでゲイツ並の防御力を達成している。オマケにゲイツと違って故障が少ない上に整備が楽だった。
 これらのデータを確認したアスランとイザークはなんとも言えない、苦々しい表情でプラントのマークを描かれ、塗装をジンと同じグレー系に変えられたストライクダガーの機体を見上げていた。

「これが、ジン以上の高性能機だとはな」
「故障が少なくて使い易い。しかも火力はゲイツ並とくれば、そりゃ強いだろうさ。ナチュラルが短期間でMSを戦力化できたのも頷ける話だ。俺も一度乗ってみたが、確かに操縦し易い良いMSだった。新兵にはジンよりこっちの方が良いだろうな」

 悔しいが、これは兵器としては下手をすればゲイツ以上の物かもしれない。ダガーは兵器の求められる要求に実によく答えており、連合製らしい無駄の少ない、だが必要なものはきっちり揃えている工業製品的なMSだ。これに対してザフトのMSはどこか変な拘りがある。元々数で相手に勝つことは出来ないので、少しでも性能を追求して無理な設計をするのだ。その究極にあるのがフリーダムとジャスティスで、運用に専用艦が必要で、操縦には極めて優れたコーディネイターのパイロットが必要という、兵器に要求される要素を無視しまくった代物である。

 そして2人はアスランの使っているジャスティスが改修されているハンガーに来た。ここではカーペンタリアの整備兵がマイウスから派遣された技師と共にジャスティスの改修をしていたのだ。とりあえず大気圏内で運用するためにファトゥム00の取り付け位置の変更とバランス調整、固定化を行い、余計なウェイトを減らす。誘爆の危険が高いファトゥムの機関砲を全て撤去し、ビーム2門のみとした。空いた空間は推進剤タンクに変更された。使い物にならなかったビームブーメランは再設計を依頼し、とりあえずこれは排除。シールド裏にシグーのガトリング砲を装備する。ビームライフルはゲイツが使っているものでも使えるように右手の電源コネクタを変更する。
 これらの改修はかなり大掛かりなものであり、ジャスティスは分解整備状態になっている。実はマイウスの方ではジャスティスの装備には幾つかのプランがあったようで、ファトゥムの飛行能力にレールガンやミサイルセルなどを取り付けた追加オプションも開発中であったらしい。なら来る時にそれも持って来いよとアスランが言ったのだが、使用許可は下りなかったと答えが来て黙らされている。
 アスランとしてはこの改造で機体強度とバランスが向上し、総合火力が改善するという事で満足するしかなかった。また、ウェイトがだいぶ減るので運動性と航続距離も向上すると思われている。これらの改造でジャスティスは兵器として多少はマシになるはずであった。
 実はマイウスから来た技師はジャスティスの壊れた右腕を新型の炸薬式射出腕、開発局内での通称ロケットパンチに付け替えようと企んでいたのだが、それは後一歩というところでアスランに阻止されていた。その後、技師はアスランの真摯で誠意ある説得に心から反省し、2度とこういう事はしないと固く約束したという。

 視察を終えて自分達にあてがわれている離れの埋立地に立てられたプレハブに戻ってきたアスランは、中に入ったところで、良い匂いがしているのに気付き、何かと厨房を覗き込んでみた。そこではエルフィとシホが何処から食材を調達してきたのか、沢山の料理を作っていた。

「エルフィ、これは?」
「え? って、隊長、もう戻ってきたんですか!?」

 鍋をかき回していたエルフィがアスランに声をかけられて驚いている。アスランは何をそんなに驚いているのかと思ったが、そこにミゲルが大きな発泡スチロールの箱を抱えて入ってきた。

「エルフィ、海軍の連中から魚を貰ってきたぞ。あと貝も貰ってきた」
「わあ、ありがとうございますミゲルさん!」
「いやいや、これくらい構わないって。久々に上手い飯にありつけるんだし」

 ミゲルが抱えてきた箱を厨房の中に置く。その中には沢山の海の幸が詰められている。それを見たアスランとイザークが眼を丸くして驚いていた。補給事情が極端に悪化しているザフトにおいて、これだけの食糧を目にする事は珍しいのだ。

「ミゲル、お前これを何処から!?」
「ああ、隣の警備艇基地の連中が海で漁をしてるんだ。警備艇部隊は左遷された奴等の集りだからな。お偉いさんたちも警備艇なんか見てないから、空いてる船で漁なんかしてるんだよ」
「それじゃ服務規程違反だろうが」

 イザークが顔を顰めている。だが、ミゲルはしょうがないだろと言った。

「補給が途絶えがちで、食糧がまともに支給されないんだ。やらなくちゃあいつ等も生きていけないのさ。自分たちの基地で餓死なんかしたくないだろ」
「それはそうだが……」
「それに、今晩はエルフィがアスランの為に腕を振るってるんだし、大目に見ろって。これだって俺が警備艇の連中に頼み込んできたんだしな。ディアッカとジャックは代金代わりにR11区の草刈やってるぞ」
「俺の為に?」

 自分の為の料理だと聞いて、アスランが驚いた。鍋をかき回していたエルフィはアスランに見つめられて顔を赤くして俯いてしまっている。

「そ、その、議長が死んだ時かされてからずっと、ザラ隊長元気が無かったですから、美味しい物でも食べれば少しは元気が出るかなと思って」

 厨房に突如発生した甘い空気にミゲルがやれやれと肩を竦め、シホが少し羨ましそうな顔をしていて、イザークが嫉妬団の本性を見せる寸前になっている。
 そして、それを聞いたアスランは、一筋の涙を零していた。それを見た全員が吃驚する中で、アスランはエルフィに満面の笑みを向けている。

「……俺は、良い仲間を持ったんだな」
「隊長」

 なんだか厨房に違う世界が生まれかけている。それを感じたミゲルがコホンとわざとらしく咳払いして2人の間に入って行った。

「はいはい、その辺にしておこうな。エルフィも鍋が焦げるぞ」
「ああ、そうでした!」

 言われてエルフィが慌てて鍋をかき回す作業を再開する。それでようやく元の空気が戻ってきて、アスランは恥ずかしさを誤魔化すように話題を変えた。

「ところで、フィリスは何処に行ったんだ?」

 その問いにシホが答えた。

「ああ、フィリスさんでしたら、外で日曜大工してますよ」
「日曜大工?」
「何でも、巣箱を作るとか」
「巣箱って…………まさか!?」

 慌ててアスランはプレハブの外に出て裏手に回り、そこで呆然と立ち尽くしてしまった。そこにはどんな鳥が入るんだよと言いたくなる様な巨大な鳥用の巣箱が幾つも置かれており、フィリスがトンカチとノコギリを手に更に量産を続けていたのだ。彼女の周囲には13羽のボールのような巨大雀が居てチュンチュンと鳴きながら遊んでいて、フィリスはとても幸せそうである。
 こうして、カーペンタリア基地のマスコットとなるデボスズメの家がプレハブの隣に立てられる事となった。






 パナマを脱出したアークエンジェルとドミニオンはシンガポールを目指していた。東アジア共和国が遂に参戦した赤道連合と共同で奪還したのだが、ここにパナマを脱出した部隊に集まるよう命令がきたのだ。
 だが、アークエンジェルはあえて脱出したパナマ艦隊とは別行動を取っていた。アークエンジェルは先の戦いで自分達を助けてくれた変な羽付きMSを密かに追跡していたのだ。ことレーダー探知範囲においては連合軍の中でもアークエンジェルは最大を誇っている。ジャンク屋の船ごときに見つからぬよう追跡するのは容易かった。
 アークエンジェルの艦橋では後を任されていたノイマンがかなり困った顔で正面の上甲板を見ている。

「なあアーガイル、あれ何とか言って連れ戻して来いよ」
「いや、暫く1人にしてやったほうが良いです。あれは暫く立ち直れません」

 ノイマンの隣から上甲板を見たサイが処置無しという感じで首を左右に振りながら言う。上甲板でまたしても膝を抱えて体育座りをしているトールの姿は、背中が1人にしておいてくれと主張しているように見える。
 彼に何があったのか。それは最近アークエンジェルでちょっとした問題となっているステラの行動にあった。

「参りましたよ。ステラのハグ害は少しずつ広がってます」
「ああ、まさかあの娘があんなに人懐っこかったとは思わなかったが」
「最初は人見知りする娘だったんですけどねえ。元からあんな娘だったの、スティング?」
「そうだな、顔見知りには無防備な奴ではあったな」

 艦橋の手摺にもたれ掛かりながらスティングがサイの問いに答えた。
 来て間もない頃はフラガや仲間2人以外には決して近付かない娘だったのだが、付き合いが長くなってくるにつれて段々とクルーにも馴染んでいったのだ。最初はフラガとよく一緒に居たマードックやトールで、そこから整備兵たちと仲良くなっていったらしい。ここに来るまでにキラたちやオルガでもう子供だろうが変人だろうが気にならなくなっていた、そういう神経が磨耗したとも言う、整備兵たちは、これまでで最年少でしかもずば抜けて変わり者のステラにも違和感無く接してくれたのだ。
 整備兵たちに言わせると、言う事ちゃんと聞いてくれるだけ来たばかりの頃のオルガより付き合い易いのだそうだ。最近は慣れてきたせいか、休憩時間などは一緒にお茶を飲んでいるらしい。
 ステラに較べるとスティングとアウルは普通の人だったので、特に問題なく付き合えているらしい。特にスティングは意外と真面目なので話がしやすいらしい。フラガが3人のまとめ役としているのも納得できると言う。

 だが、ステラにとって最大の問題は、気に入った人には無防備になるという困った性格であった。無邪気で素直といえば聞こえは良いのだが、彼女持ちの男に抱きつくのは止めた方が良い。まあフラガに抱きつくのはじゃれているだけだと笑って見られるし、フラガ自身も子供と遊んでやっているくらいの気持ちなのだろうが、相手がトールとなると話が変わった。
 パナマ戦で九死に一生を得たステラは、助けてくれたトールにどういうわけか懐いてしまったのだ。まあ助けてくれた相手に感謝するのは当然だが、以降ステラはフラガの傍だけでなく、トールの傍にもいるようになったのである。
 だが、ミリアリアにしてみればこれは面白くない。トールの彼女は自分だという自負がある彼女にしてみれば、この新たな脅威の登場にだんだんと不機嫌になっていったのだ。
 そして今日、遂に決定打が放たれた。ミリアリアが不機嫌な事を聞かされたトールがミリアリアに弁明をしていたのだが、その途中でステラがトールの右腕を抱え込むように抱きついて来たのである。

「ト−ル〜!」
「うわ、ステラ!?」

 トールは吃驚したが、がしっと抱え込まれた右腕に感じる、ミリアリアでは決して味わえない2つのやわらかい感触につい表情が緩んでしまう。それを見たミリアリアの機嫌が過去の記録を更新するような速さで傾いていくのを感じて焦ってしまうが、ステラは全く気付いてくれないようで、トールにご飯食べに行こうと誘ってきた。

「トール、お昼食べに行こう」
「あ、ああ、分かったよ。でもちょっと待っててね。今大事な話をしてるから」
「お話?」

 焦りに顔を少し引き攣らせているトールを見上げて、次いで傍にいるミリアリアを見てキョトンとした顔で首を傾げていた。ミリアリアは物凄い怒気を放っていて、通りかかった他のクルーが慌てて物陰に隠れてこちらを覗いている様な状態なのだが、ステラはよほど鈍感なのか、ネジが数本抜けているのかミリアリアの発する怒気にまるで気付いている様子が無い。ほとんど暖簾に腕押し状態だ。
 だが、どうやら邪魔をしてしまったらしいという事は分かったようで、ステラはトールから離れてくれた。

「じゃあ、先に行ってるね」
「あ、ああ、後から行くからさ」
「うん!」

 頷いてステラは食堂の方に行ってくれた。だが、ミリアリアの発する怒気は既に殺気と呼べるレベルにまで凶悪化している。トールはもう顔を冷や汗で埋め尽くしながらミリアリアと向かい合っていた。

「ミ、ミリィさん……」
「何よトール、あの娘に抱き付かれて鼻伸ばしちゃって」
「いえ、そんな事は無いのですが……」

 なぜか敬語になるトール。ミリアリアはそんなトールにますます不機嫌そうな視線を向け、疑うように質問をぶつけた。

「何よ、そんなにあの娘に抱き付かれて気持ちよかったわけ?」
「それはですねえ……」

 しどろもどろになり、要領を得ない答えをするトールに、遂にミリアリアの怒りが爆発した。廊下に頬を張る鋭い音が響き渡り、ミリアリアは足音を響かせながらどこかに行ってしまったのだ。それを見ていたクルー達はどうしたものかと立ち尽くすトールを見ていたが、トールがとぼとぼとどこかに歩いていくのを見て、わいわいと騒ぎだした。その中にいたサイがステラにトールは急な仕事を言いつけられて来れなくなったと伝えてあげたのは、彼なりの気配りだろうか。

 そして今、トールは上甲板で膝を抱えている。それを見ながら、ノイマンとサイは深刻そうに話し合っていた。

「艦長もステラとフラガ少佐が一緒に居るのを見ると凄いんだ。フラガ少佐も気付いてると思うんだが、あの人は余り深刻には考えていないみたいだし」
「フラガ少佐は暢気ですからねえ」
「だがこのままだと不味い事になるかもしれんしな。何とかしないと」
「そうですねえ」
「前なんか艦長、格納庫の報告受けた後で「落ち着きなさいマリュー、相手は私より一回りは年下の娘よ。冷静になるのよ……」なんてブツブツ言ってたしなあ」

 砲手席のパルがマリューの危険な言動を報告する。それを聞いた3人はどうしたものかと考え込んだ。そして、そこまで話し合って、ノイマンは徐に背後を振り返り、そこでコーヒーを飲んでいる男を見た。

「何か良い知恵は無いですか、バゥアー大尉?」
「……なあ、前から思ってたんだが、お前等、俺を便利屋か何かと勘違いしてないか?」

 コーヒーカップを手にしながら、キースが顔を顰めて2人を見返した。彼は艦内で起きている問題に対してノイマンから相談を持ちかけられ、こうしてやってきたのだ。それがこんな内容だとは流石に想像していなかったのだが。

「しっかし、ミリアリアもラミアス艦長も困ったもんだなあ。そこまで怒らんでも良いのに」
「キースさんはどうなんです。バジルール少佐に睨まれたりはしなかったんですか。キースさんもステラたちと一緒に居たんでしょう?」
「何で俺が艦長に睨まれなくちゃいかんのだ。ステラとは訓練で何度か一緒だったが、別に何も言われなかたぞ?」
「……あの、その時バジルール少佐は大尉が見えるところに居ましたか?」
「ああ、何度か居たな。街であいつ等を拾った時も居たが、ステラを背負って帰ったときも特に変わった所はなかったがな」
「……いえ、もう良いです」

 サイの問い掛けに不思議そうに答えるキース。それを聞いたサイとノイマンは駄目だこりゃという感じに顔を見合わせて溜息をつき、そしてナタルに同情して見せた。

「大変ですよね、バジルール少佐も」
「ああ、流石に可哀想になってくる」

 こんな鈍感馬鹿に惚れたのだから、ナタルも男を見る目が無いのだろう。2人がナタルに同情しているのを見たキースはなんだか馬鹿にされているような気がしていたが、言い返しても勝てそうに無いので黙ってコーヒーを啜った。






 そして、オーブでは連日のように放送されているニュースに不安さを隠せない市民の姿があった。アラスカとパナマでの連合軍の敗北と、パナマにおけるザフトの降伏した兵士への虐殺という事実が彼等に深刻な危機感を抱かせていたのだ。いや、オーブだけではない。この事件は世界中のブルーコスモスの影響下にあるマスコミ全てで大々的に報道され、世界中の反コーディネイター感情を煽っている。
 これらのニュース映像に対してオーブ政府は厳重な報道管制を敷き、国民に事実を知らせないよう努力していたのだが、政府の力だけで全ての情報をシャットアウトする事など出来る筈も無く、オーブ国内では反コーディネイターの感情が少しずつ高まってきていた。
 そしてこれらの動きをアルスター邸で確かめていたアズラエルはなんとも忌々しそうな顔をしていた。一緒に見ていたフレイとカガリが困り果てた顔を向け合い、アズラエルを見る。

「な、なあ、これって、どうなるんだ?」
「別に虐殺自体は今更のことですから、殊更騒ぎ立てるほどのものではありません。少なくとも私たちにとってはね。死者も1000人に届かないでしょうし」
「じゃあ、あんた達以外には?」
「相当な効果があるでしょうね。全く、こんなものを流したら世界中の反コーディネイター感情が高まってしまうじゃないですか。今じゃコーディネイター勢力のアルビム連合が味方なんですよ」

 アズラエルはやれやれと困ったような溜息をつき、ティーカップを口に運んでふとその動きを止めた。中身はすでに空だったのだ。

「おや、紅茶が空ですね。おかわり貰えますか?」
「ポットはそこにありますよ」
「……こういうのは使用人の仕事でしょう?」
「うちには1人しか居ないですから、そんな事までさせてる余裕はありません」
「ならもっと雇えば良いでしょうに、アルスター家の格が問われますよ。まあ、ジョージさんもあまり使用人を雇わない人でしたが」

 ブツブツ言いながらアズラエルは自分でポットから紅茶をカップに注ぎ、香りを楽しみながらそれを口にした。人を雇う事はしないくせに、使っている葉と淹れ方は文句無しなのだ。

「やったのは多分ジブリール君でしょうねえ。最近は強行派も肩身が狭かったでしょうから、折角手に入れたネタを有効利用しようとしたんでしょうが、まったく余計な事をしてくれますよ。非難の矛先がアルビムに向いたらどうしてくれるんだか」
「肩身が狭かったって、なんでだよ。あんたが大手をふって歩いてたじゃないか?」
「私は確かに強行派ですが、そこまで原理主義者じゃないですからね。まあプラントを吹っ飛ばせば気分がスカッとするでしょうが、自分と引き換えにするほどやりたいわけでもないですから。幸い、アルビムという新しい顧客も出来ましたしね」
「お前な、もう少し表現を考えろよ。スカッとするって何だよ」

 カガリがアズラエルの言い方に不機嫌そうに文句を言うが、アズラエルは涼しい顔であった。今更何を言われても気になら無いのだろう。

「今更旗色誤魔化してもしょうがないでしょう。でも、僕はジブリール君ほどブルーコスモスの過激思想に傾倒してるわけじゃないんで、プラントを殲滅して宇宙を綺麗にしよう、なんて今は考えてはいませんよ。プラントは丁度良いコーディネイターの隔離施設ですし、まだ元取ってませんからねえ。私は赤字決済見るのが一番嫌いなんです」
「じゃあ、お前はプラントとどこかで手を打つつもりなのか?」
「その予定でしたが、些か面倒な情勢でして。まあ詳しい事は言えませんが、戦争が後一歩で終わる所まで来て、Uターンしちゃったんですよ。おかげでこっちはプラントの完全な殲滅も考えないといけない事態になりました。少なくとも、当分は続く事になりそうです」

 困ったもんですねえ、と他人事のように呟き、アズラエルは紅茶を口にした。しかし、聞いていた2人にとっては他所事ではない。プラントと連合の戦争が後一歩で終わりそうだったなどと、初めて聞いたのだ。何時の間にそんな事になっていたのだ。

「ちょ、ちょっと待てよおい。何だよそれ、戦争が終わりそうだったって、どういう事だよ!?」
「そうです、説明してください。ついこの間アラスカとパナマで会戦をやったばかりじゃないですか!?」
「……う〜ん、まだ表に出して良い事じゃないんで、教えて上げられないんですよねえ。一応私にも守秘義務というものがあるんですよ。ですが……」

2人に詰め寄られたアズラエルは困った顔で腕組みしてしまった。これは大西洋連邦の外交なので、オーブの人間には教えられないのだ。まあ、半分教えてしまったようなものではあるが。勿論これはカガリが知らなかっただけで、オーブの情報部はオーブを舞台に大西洋連邦とプラントが幾度も話し合いの場を持っている事を知っており、ウズミもそれを承知していた。
 カガリは政治的には何の権限も無く、実務に携わる機会も与えられない立場であった為、これらの動きを全く知らない。オーブ本土の防衛軍司令官であるが、それさえも実質上の指揮官はキサカであり、カガリはただ許可を与えるだけの存在、お飾りでしかない。勿論キサカはお飾りとは見ていないが、周囲からの彼女の評価はお飾りでしかない。

 カガリの反応からアズラエルはカガリのオーブ内での立場を理解してしまった。彼女は何の情報も得ていない、周囲から軽く見られている存在なのだ。そう考えると、何となく彼女が自分の立場も弁えない行動をしていたのかも理解できるような気がした。軽く見られているという事は権限も少ないだろう。つまり問題が起きても責任を取らされる事が無い。これでは自分の行為がオーブにどういう損害をもたらすのか自覚できなくても仕方ないかもしれない。権利が無い代わりに義務も責任も無いのだから、そういうものを自覚する機会が無かったのだろう。
 その辺りの事情を察してしまったアズラエルは、少しカガリに同情していた。マドラスで会った時は何て立場を弁えない愚かな王女なんだと嘲笑ったものだったが、彼女はそういう問題以前の段階に居たのだろう。
 だからアズラエルは、口外してももう何の影響も無いような情報だけ教えてやる事にした。

「プラントのパトリック・ザラ議長はアラスカ戦か、パナマ戦の段階でこちらと講和するつもりだったようです。大西洋連邦政府もその方向で動いていたようですから、上手くすればアラスカ戦の終わった時点で停戦し、講和会議という流れになっていたでしょう」
「それが、なんで潰れたんだよ?」
「残念ですが、私が教えられるのはここまでですね。これ以上は駄目ですよ」
「何でだよ。教えてくれても良いだろ!」
「そういう事は自分の情報部から聞くんですね。貴女はオーブ軍の将官で、王族でしょう。そういう情報を得られる立場の筈です」
「私から、聞く?」
「人を使う事を覚えなさい、カガリさん。キサカ一佐なら貴女を上手く補佐してくれるでしょう。それに、今オーブに戻ってるロンド・ミナ・サハクさんは結構情報通ですよ」

 そう言って、アズラエルはテーブルの上のクッキーの皿に手を伸ばして、その手が空を掴んだのを感じておやっとそちらを見た。すると、最後の一枚をフレイが口にしている姿があった。

「……フレイさん、それ11枚目ですよ。僕は9枚なんですが」
「居候の分際で贅沢言わないでください」
「……あんまり食べると、出ちゃいけない所が出てきますよ」
「うぐっ!」

 アズラエルのボソッとした突っ込みを聞いて、フレイが咽かえってしまった。どうやらクッキーが変な所に入ったらしい。ちなみにカガリは1人で20枚以上だったりして、恐る恐るお腹の辺りを擦っていた。

「ところで、イタラ老は何処に行ったんです。アーシャさんも見ませんし?」
「ああ、お爺ちゃんだったらカズィと何かしてるみたいです。特撮がどうとか言ってました」
「特撮?」
「詳しくは知らないんですけど、かなり色々巻き込んでるみたいですよ。オーブ軍にも手を貸してる人がいるみたいで、お母さんも一枚噛んでるみたいです」

 フレイは色々と悩んだ末、クローカーの事をお母さんと呼ぶ事にしていた。ママは死んだ生みの母に使っているかららしい。
 だが、このカズィのやっていることはフレイの想像を遙かに超えて物凄い規模に膨れ上がっていた。それはかなりやばい事なのだが、協力者達は面白そうだからという理由でこれに手を貸している。
 アズラエルは何をしているのか興味を持ってはいたが、あの老人に関わると碌な目にあわない事を知っていたので、調べるかどうか悩んでいた。どうせ馬鹿なことだろうという気もするのだ。
 2人がそんな馬鹿な話をしている時、カガリはじっと何かを考えていた。カガリはアズラエルに言われた事を頭の中で必死に纏めていたのだ。自分から情報を集めて、これからどうするかを考える。それはこれまでカガリがしてこなかった行動だった。思えばどうしてそうしなかったのかと疑問に感じてしまうが、機会が無ければ意外と思いつかないものだ。

 そんな時、ふとアズラエルが思い出したようにカガリに頼み事をしてきた。

「そうそうカガリさん、1つ頼まれてくれませんか」
「ん、何をだ?」
「ホムラ現代表とウズミ前代表に非公式の会談を求めていると伝えて欲しいんです。事態がこうなった以上、今度はオーブも拒否は出来ないでしょうから」
「……会って、何を話すんだ?」
「今後の事ですよ。既に赤道連合は連合に加わりました。この情勢でもまだオーブは中立という立場を堅守する気なのかどうか、それを聞きたいんです」

 口調は何時もの軽い調子であったが、言ってる内容はとんでもなかった。これはオーブの未来を決める会談となる。その仲介を自分にしろと言っているのだ。カガリはオーブの返答次第でアズラエルがどう動くのかを聞きたかったが、何故かその言葉は喉から先には出てこなかった。喉がからからに渇き、言葉が出せなかったのだ。それでも暫く足掻いたのだが、遂に諦めて肩を落とすようにアズラエルに頷いて見せた。






 全てが破滅へと向っていく。それを止めかねない芽は摘む事が出来た。もう連合とプラントの講和の道は断たれ、双方とも己の存亡をかけた消耗戦へと向うしかない。少なくとも一度断たれた講和への道をもう一度敷き直せる政治家は今のプラントにはいないだろう。シーゲルは司法局に収監されており、もう何も出来はしない。

「勝者敗者とも死へ向おう。これが人類を待つ終着点、破滅への道。全ては、用意された結末なのだよ」

 窓から見える外の景色は雨に霞んでいた。窓ガラスには水滴が流れている。明かりを付けていない部屋は薄暗かったが、見渡すことが出来ないほどではない。その薄暗い室内に、クルーゼは佇んでいた。背後にあるソファーにはもう1人の人間が腰掛けている。

「政権はジュール議員が掌握しました。彼女は連合との徹底抗戦を主張してくれます。そうなれば、連合もプラントを消し去るしかないと考えるでしょう」
「…………」
「ですが、まだ速い。もう少しザフトには持ち堪えてもらわなくてはいけない。ジェネシスが完成するまではね。ジェネシスが完成したあたりでプラントで本土決戦、というのが理想的な形ですかな。プラントは消え去り、地球はジェネシスに焼かれて滅びる」

 背後の男は何も言わない。そしてクルーゼは男の反応など構う事無く話を続けている。まるで聞かせる事そのものが目的であるかのように。

「人は、その愚かさによって滅びるのですよ。他人を否定し、憎み、殺しあう。人は永遠に他人を理解することなど出来はしない。ナチュラルとコーディネイターという構図はそれを速めただけに過ぎないのです」
「……貴様は」

 ソファーに腰掛ける男が怒りに震える声を漏らした。それを聞いたクルーゼの口元に嘲りの笑みが浮かぶ。彼は嬉しくて仕方が無かったのだ。この状況が、滅びへの坂道を転げ落ちているナチュラルとコーディネイターの醜態が、彼にはとても滑稽で、そして下らなく思えている。

「コーディネイターが進化した人類とは笑わせる。コーディネイターなど力を求める人間の願望が生み出した醜悪な欲望の具現化にすぎない。現実を見れば分かるでしょう。プラントのコーディネイターと地球のナチュラル、やっていることに差はありますまい。お互いを罵りあい、憎み、殺そうとする。愚かだ、余りにも愚かで救いようがない。これの何処が進化した人類だというのですか、議長?」

 クルーゼは背後に向き直り、ソファーに座って自分に鋭い視線を叩きつけてくる男を見た。そこに座っている男をもしエザリアが見れば驚いて腰を抜かしたに違いあるまい。そこに腰掛けていたのは爆弾テロで死んだ筈の男、パトリック・ザラであった。




後書き

ジム改 助手君はいないようだな。それでは次回の予告を。
「海より現れ、オノゴロ島に向う巨大な影があった。それは過去に幾度もオーブに大きな犠牲を支払わせてきた怪獣、カガリであった。オーブ軍はこの侵攻を食い止めようと立ち向かうが、カガリの口から放たれる怪光線に焼き払われてしまう。そして遂に海岸に上陸したカガリを見て、オーブ軍司令のキサカ一佐は最終作戦の発動を指示した。密かに開発されていた決戦兵器が出撃準備に入ったが、もう少しというところでその格納庫がカガリに破壊されてしまう。それを見たキサカ一佐はこれまでかと両手でデスクを殴りつける。しかし、絶望的かと思われた決戦兵器の近くには、妹共に避難しようと逃げ惑っていた、何でこんな所に居るのか知らないが、少年がいた。今、オーブの命運をかけた決戦が始まる。次回、「カガリVSメカカガリ」にご期待くださ……」
カガリ 何をいきなり大嘘言っとるか貴様あ!
ジム改 いきなり頭を殴るとは酷いではないか。
カガリ やかましい、誰が怪獣だ誰が!?
ジム改 ちょっとしたお茶目だったのに。
カガリ 無駄に行数使いやがって。
ジム改 シクシク。
カガリ では次回、クルーゼの狙いとは何か。カズィを中心とした陰謀の正体とは。そして遂にオーブの近くまでやってきたキラは、船に別れを告げてオーブへと向う。彼女との再会の期待を胸に抱いて。しかし、フリーダムは2つの追跡者に追われていた事を、彼は知らなかった。オーブではカガリはミナと接触することに。そしてアズラエルがウズミに、オーブの中立はもう現実的ではないと突きつけた。次回「コーディネイター」でまた会おうな!

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