第97章  日は傾いた



 照りつける太陽の輝きを反射する海の上を、大小40機ほどの編隊が南西へ向けて飛行していた。小型のものは連合諸国で広く使われているサンダーセプター戦闘攻撃機だが、半数近くはこの戦争が始まる前に主力機とされていたランカーだ。こんな編成はザフトと激烈な消耗戦を繰り広げている地球連合諸国には見られないものなのだが、この編隊はこれまでの連合諸国とはまた別の部隊だったのだ。そう、この編隊の所属は赤道連合だったのである。
 赤道連合の編隊は大洋州連合に近い場所にある軍事基地、ポートモレスビーから大型爆撃機を含む攻撃隊を送り出し、カーペンタリアを狙っていたのである。基地を飛び立って少し飛行すれば直ぐにオーストラリアの最北端、ヨーク岬が見える場所にあるこの基地は、今は南方の最前線となっていた。

「全機、そろそろお出迎えが来る時間だぞ。周辺を警戒しろ!」

 指揮官機が部下達に注意を促した。基地に備え付け型の大型レーダーでさえ効果を著しく減じているこの時代にあっては、航空機に搭載できる程度のレーダーは当てにはならない。頼れるのは目視のみなのだ。だから戦闘機のパイロット達も爆撃機のパイロット達も受け持ちから見える空域にじっと目を凝らしている。敵を発見できるか否かが自分の生死に直結しているのだから当然だが。
 そして、右側を守っていたランカーのパイロットが雲の間に光が輝くのを見つけた。間違いない、戦闘機の翼が翻った時に太陽光を反射した光だ。

「隊長、2時方向、上方から来ます!」
「おお、こっちでも確認したぞ。第2中隊、第3中隊は迎撃しろ。第1中隊は爆撃機から離れるな。NJのせいで中距離誘導弾は役に立たん。落ち着いていけよ!」

 編隊から16機の戦闘機が離れて向ってくる敵機を迎撃に出る。雲の間から現れたのはもう御馴染みとなっているザフトの主力戦闘機、ラプターだ。数は10機ほど。航続距離の短いディンではこんな海上での迎撃は出来ないので、この辺りで遭遇するのはラプター以外にはありえない。
 ミサイルをレーダー誘導できない空戦となると、頼れるのは赤外線誘導の近距離ミサイルとバルカンという事になる。これはこれまでの連合諸国でも同じなのだが、大西洋連邦は最近になって空間認識能力を持つパイロット用の有線型誘導ミサイルの開発に成功したらしい。
 だが、そんな物をつかえるのは大西洋連邦だけだ。赤道連合は従来の近距離ミサイルとバルカンでラプターと戦う他無い。
 戦いは上空から降ってくるラプターを下方から突き上げるような形でサンダーセプターやランカーが格闘戦に持ち込むという形になった。レーダーが役に立たないのでは、嫌でもドッグファイトをしなくてはいけない。戦闘機は中距離ミサイルの運搬役、などという時代は過去のものだ。
 ただ、この戦いは明らかにラプターが優勢であった。数では負けているのだが、ラプターは空戦性能に優れているので格闘戦ではサンダーセプターより強いのだ。この優位は大西洋連邦がスカイグラスパーを投入してきた事で崩れているのだが、まだサンダーセプターどころかランカーを運用している赤道連合には荷が重い相手と言える。

 この空戦の下を爆撃隊は翔け抜けていた。まだカーペンタリアは遠いのだ。こんなところで愚図愚図しているわけにはいかない。


 これが、カーペンタリア基地とポートモレスビーの間で繰り広げられる事になる、苛烈な航空消耗戦の1ページであった。





 
 赤道連合が地球連合に組した為、大洋州連合と赤道連合の戦争が開始される事となった。赤道連合はポートモレスビーに空軍主力と海軍主力を集め、大洋州連合の北端にあるヨーク岬半島への上陸を目指す作戦を発動させた。これに対して大洋州連合はカーペンタリアのザフトと協力して珊瑚海を舞台とする熾烈な迎撃戦を繰り広げる事となる。
 だが、この戦いは最初から大洋州連合とザフトには辛い戦いとなった。カーペンタリアは地球上におけるザフトの最重要拠点であり、そこに配備されている戦力もザフトで最大級のものであるが、基本的には後方基地であり、広大な敷地を生かして物資を蓄積し、兵員の休養と訓練を行い、兵器の整備を行うのが主任務だ。勿論防御力は高いのだが、前線にある攻撃される事を前提としたような基地ではない。
 このカーペンタリア基地に対して、赤道連合は大西洋連邦の軍事支援を受けて空爆とミサイル攻撃を加えるようになった。勿論ザフトもMSや空軍機を出して迎撃しているのだが、消耗に対する回復力が余りにも違いすぎ、ザフトの迎撃戦力は日に日に磨り減らされている。
 ザフトはその兵器と兵員を遙か彼方のプラントから連合の通商破壊戦の脅威を受けながら運んで来なくてはならない。ジンを1機失えば、補充がくるのは何時になるか分からないのだ。いや、もしかしたら来ないかもしれない。

 このポートモレスビーからの連続した空襲に対処する為、ザフトはヨーク岬半島の港町、ウェイパに迎撃用の基地を建設する事にした。ここは同じカーペンタリア湾に面しており、輸送艦で安全に建設資材を運ぶ事が出来る。

 しかし、この建設も楽な仕事ではなかった。迎撃基地の建設を察知した赤道連合はここに空軍による妨害攻撃を開始しだしたのだ。ザフトはこれに対抗するためにこちらに多数のディンを配備する事を余儀なくされ、ますますカーペンタリアの防空は薄くなってしまった。
 この情勢に対して、カーペンタリアの司令部ではポートモレスビー攻略作戦が提出される事態となっていたが、これに対しては賛成派と反対派が真っ向から対立していた。賛成派はこの空襲に対処するにはポートモレスビーを叩く以外に良作は無いと主張し、反対派は今の残存戦力でポートモレスビーを攻めても維持出来ず、赤道連合の反撃を受けて悪戯に戦力を消費するだけだと主張している。
 この会議にはジュディ・アンヌマリーやグリアノス、アスランも参加しており、グリアノスは賛成派、ジュディとアスランは反対派に回っている。

「ポートモレスビーを攻めるって言っても、兵力を何処から抽出するのか、その辺りをはっきりして欲しいね。カーペンタリアから引き抜くのか、それとも東アジアかい?」

 ジュディの問い掛けに賛成派はカーペンタリアの防衛隊の一部を転用すると答えた。それは更なる防衛力の低下を招くが、ポートモレスビーを落とせばカーペンタリアの安全はある程度確保されるので問題は無いと言う。
 この意見に対して、ジュディは苛立たしげに顔を顰め、参加者をジロリと見回した。

「現在の苦境が、その敵の策源地をこちらから叩いてしまおうっていう考えの破綻からきたのは分かっているんだろうね?」
「それは……」
「地球侵攻作戦が間違いだったとは私も言わないが、これ以上悪戯に戦線を広げてどうしようって言うんだ? それにポートモレスビーを落とせたとしても敵は陸路で奪還しようとするだろうし、ラバウルからポートモレスビーを空襲してくる!」
「ならどうするのだ。このまま空襲を受け続けるのか?」
「そうだよ。このまま受身に徹して敵に消耗を強いるんだ。そうすれば、幾ら敵の物量が圧倒的といっても、そのうち音を上げて作戦を切り替えるはずさ。海を挟んでいる限り、ナチュラルには空襲以外の攻撃手段は無いんだからね。制海権はまだこちらにある」

 ジュディの考えはかなり消極的なものであったが、堅実な作戦ではあった。航空戦力こそ物量差で敵に圧倒されており、制空権を半ば喪失しているような状態であるが、水陸両用MSと潜水艦隊の活躍で制海権はまだ確保できている。これが揺るがない限りカーペンタリアは守れるのだ。


 この意見の対立を見守っていたアスランは、壁にかけられている地図に視線を転じていた。丁度大洋州連合の東側に位置するオーブ首長国。ここがこちらに付いてくれれば珊瑚海の安全が確保されるので、カーペンタリアは全力をニューギニア島攻略に振り向ける事が可能となるのだが。ニューギニアさえ落とせばカーペンタリアの安全は確保され、そのまま赤道連合を打倒する事も可能となる。
 こうやって大洋州連合の立場から考えてみると、オーブの位置の重要性が理解できた。オーブは大西洋連邦との間にある壁なのだ。ニューカレドニアは東方を守る壁であるが、大西洋連邦海軍の拠点となっているハワイやマーシャル諸島、サモア諸島から見ればソロモン諸島にあるオーブは丁度防衛線に開いた穴なのだ。
 もしオーブが連合に付いたり、連合に侵略されるような事があれば、大洋州連合は北方からだけではなく、東方からの脅威にも晒される事になる。そしてカーペンタリアの戦力ではそちら側には対応できない。大西洋連邦が誇る戦略爆撃機スレイヤーならカーペンタリア基地の迎撃を受ける事無く、オーストラリアの主要都市の大半を攻撃半径に収める事が可能になる。更に安全が確保された大規模な艦隊泊地もあるので、大西洋連邦の艦隊がここを根拠地に大洋州連合本土を直撃してくるようになる。ポートモレスビーにも軍港はあるが、オーブのオノゴロ島に較べると貧弱な上にカーペンタリアの攻撃を受ける位置にある。

 だが、そこまで考えて、ふとアスランはオーブに居る筈の奇妙な知人の顔を思い出してしまった。彼女は元気なのだろうか。

「オーブか。フレイも居る筈なんだが、今頃何をしてるのか。平和な国で学生にでも戻ったんだろうか」

 戦争が終わったら一度会いに行こうかと頭の片隅で考えながら、アスランはこの会議の討論を半ば聞き流していた。幾らなんでもこちらからポートモレスビー攻略に出向くなど、ただの自殺行為だと分かる筈なのだから。あのパナマ戦でザフト地上軍は攻勢に出るような余力を使い果たし、占領地域の維持さえ覚束ない有様なのだから。


 結局、この会議はアスランの予想したとおり常識論が勝つことになった。
 会議が終わった後、アスランはジュディと共に特務隊本部のある離れの埋立地へと戻っていった。ジュディは第2師団の師団長で特務隊とは別の部隊なのだが、アラスカ戦からずっとやってきた連中だけに仲が良い。アスランは暫くの間はジュディの指揮下で動こうと考えているくらいだ。

「参ったよ。まさか、こんな事になるなんてね」
「赤道連合の参戦で、カーペンタリアまで最前線になった今、今後の後方は何処になるんでしょうか?」
「何処にも無いと思うよ。地球上にある全ての基地がもう最前線なんだ。これじゃあ新兵の訓練や再編成も出来やしない。こんな状態で、どうやって今後の戦いを継続していくつもりなんだろうね、上層部は?」
「……パナマで停戦に持ち込めていたら、勝ち逃げ出来た筈でしたが」

 アスランは悔しそうに呟いた。そう、パトリックが存命であれば、もう戦争は終わっているはずだった。今頃は交渉の大筋が纏まり、カーペンタリアも撤収準備に入っていたかもしれない。
 だが、それは潰えてしまった。それもアスランにとって最悪の形で。

「私にはまだ信じられません。いえ、信じたくない」
「ラクス・クラインがザラ議長を、か。彼女は否定してるようだけど、それを信じろってのも難しい話だよ」
「はい」

 理性ではラクスが犯人だと考えているが、感情では受け入れられない。そんな葛藤を抱えているアスランにジュディは「苦労性な男は損だね」と呟き、この話題を打ち切った。

 そして本部のある埋立地に戻ってきた2人は、そこでなんとも奇妙な光景を目にする事になる。埋立地は太陽の恵みと豊富な雨でとにかく雑草が生い茂る。しかも成長が速いのでしょっちゅう刈り取らないと本部が人間の背丈よりも高い雑草の中に埋没してしまう。そんな訳で特務隊の重要な仕事の1つに雑草刈りがあるのだが、その雑草が積み上げられて出来た枯れ草の山の中で、13羽のデボスズメと共にエルフィとフィリス、シホが暢気に昼寝をしていた。しかも軍服のままで。
 その中でフィリスは一際大きな巨大スズメに抱きつくようにして眠っていた。

「おやおや、この娘達は」

 年頃の娘がこんな所で寝てるんじゃないと言いたそうなジュディであったが、その幸せそうな寝顔を見ていると起こすのも気が引けてしまい、声をかけないでいる。そしてアスランは苦笑を浮かべながら、寝かせておきましょうとジュディに言った。

「日頃から苦労ばかりかけていますから、たまには良いでしょう」
「上官の君がそう言うなら構わないが、よほど疲れていたんだね」
「特務隊への再編成の関係で徹夜仕事が続いていましたから」

 この枯れ草の山は干草みたいで気持ち良いんですよと付け加えるアスラン。どうやら自分も寝た事があるらしい。ジュディはなるほどとうなづいてここは放って置こうと先に歩き出し、プレハブ小屋に辿り着いた。

「毎度思うけど、本当に安普請だね」
「今更言っても建て替えてはくれませんよ」
「そうは言ってもね」

 これじゃ面子というものが保てないだろうと話しながら2人は事務所の中へと入っていき、そこで地獄を目の当たりにする事になった。

「ああ、もう嫌、こんな毎日!」
「ホーク、文句を言っていても始末書は減らないぞ!」
「大体なんで私が哨戒艇の座礁の責任を負わなくちゃいけないんですか!?」
「お前が操船ミスって座礁させたんだろうが!」
「い〜え、イザークさんがあそこで蛇行なんかさせたからです!」
「何だとおっ!」
「何ですかっ!」

 ギャアギャアと喚きながら大声の応酬を繰り広げるイザークとルナマリア。彼等から少し離れた所にある来客用のソファーに腰掛けてテーブルに始末書の山を置いて黙々と書き続けていたレイが、ふとペンを置いて大きな溜息をついた。

「俺は、魚網を片付けていただけだったんだが」

 何故か1人だけジャージ姿でいるレイ。一体彼等に何があったのだろうか。
 この惨状を目の当たりにしたジュディが隣を見ると何故かアスランの姿が無かった。何処に行ったのかと周囲を見回すと、アスランは右手にコップを持ち、粉薬の入ったスティックを破って粉薬を口に入れ、水で流し込んでいた。

「君も大変だな、アスラン君」
「いえ、もう慣れましたよ」

 胃薬を飲み終えて不味そうに顔を顰めるアスラン。それを見て、ジュディは困ったもんだと笑っていた。






 フリーダムが隠されているオノゴロ島の地下秘密基地。そこでは大破したフリーダムの修復作業が行われていた。その指揮をとっているクローカーは、ボロボロの機体を前にかなり困っていた。

「参ったわね、これは修理じゃなくて、部品ごと取り替えた方が早いわ。しかしまあ、何て整備性を考えてない作りしてるのかしら。まるでハンドメイドみたい。部品の規格統一なんて無視しまくりじゃない」

 あまりに無茶苦茶な作りをしているフリーダムに、クローカーは呆れ果てていた。彼女はプラントでジンの開発に携わっていたのだが、その時にはもっとまともな機械を作ったはずなのだが、何処でこんな無駄なつくりをする思想が混じったのだろうか。
 その時、クローカーはフリーダムの傍にいるエドワードに気付いて声をかけた。

「あら、どうしたのエドワード二尉、そんな所で。マユラさんは今日は居ないわよ?」
「あ、いえ、ちょっと作業状況を見に来ただけです」
「ふうん、そう」

 クローカーは暇な奴だと思いながらまた図面と睨めっこに戻った。だが、この時クローカーがもう少し注意していればエドワードの様子が少しおかしいことに気付いたかもしれない。エドワードはこの時、フリーダムの写真を小型カメラで撮影していたのだから。
 だがこのエドワード、実はマユラと仲が良く、モルゲンレーテの工場に来ると冷やかされるような状況に置かれていたりする。しかもカガリの部下でキサカとはよく一緒に溜息を漏らす間柄だ。更にフレイたちまで加わって、毎日が騒動に満ちている。なかなかにデンジャラスな人生を送っていた。






 ステラたちと別れた後も日が傾くまで海で遊び続けたフレイたちは、夕暮れになってきた辺りでようやく帰る事にした。カガリが基地から借り出してきたジープに荷物を載せていく。

「……それで、何で僕等が運ばされてるんでしょうね?」
「ふっ、僕は居候の身分ですので、立場が弱いんですよ」
「気にしたら負けだよ、シン」
「こういうのは男の仕事と決まってるもんさ」

 ぶつくさ文句を言っているシンに、同じように荷物を積み込んでいたアズラエルとカズィとユウナがなんだか諦め混じりに答えてあげる。この場のカースト制では自分たちが最下位に位置する奉仕階級なのだという事をよく理解しているらしい。
 荷物を全部積み終えた彼等はフレイの屋敷へと戻った。この荷物は全部フレイの屋敷の倉庫から引っ張り出してきたものなのだ。何で遊ぶ道具がこんなに充実しているのかというと、オーブの屋敷はバカンス用の別荘だかららしい。
 だが、屋敷に戻ってきた彼等は、何故か屋敷の駐車場に見慣れぬ軍用車両が2台止まっているのを見て不審げな顔になってしまっていた。車から降りたフレイが出迎えに出てきたソアラにあれは何かと問い掛ける。

「ソアラ、何なの、あの車は。あれ軍用よ?」
「あの車は、お嬢様のご友人の方々が乗ってこられた車です。そのうちのお1人はサイ・アーガイル様です」
「サイが!?」

 フレイは驚いた。どうしてサイがと思ったのだ。だが、よく考えればアークエンジェルが入港しているのだから、サイが居ても別におかしな話ではない。サイの家はアルスター家と付き合いもあったし、自分の婚約者という事で何度かソアラも目にしていたから、覚えていたのだろう。
 フレイたちはソアラの案内で食堂へと向った。そこで客人たちが夕食を待っているらしい。それを聞いたフレイたちが食堂に入ると、長テーブルを囲むようにサイとミリアリア、トールがいた。それは良かったのだが、何故かナタルとキースまでいた。

「あれ、キースさんにバジルール大尉まで?」
「よおフレイ、遊びに来たぞ」
「今は少佐だが、もう部下上司ではないのだ。ナタルで良いよ」

 キースがはっはっはと笑いながら、ナタルが苦笑しながらフレイに返事を返す。そしてぞろぞろとカガリやカズィ、シンとマユが入ってくる、キサカとマユラたちは仕事の関係でモルゲンレーテに戻ってしまっていた。
 そこまでは良かったのだが、その後に入ってきた男を見てキースの表情が厳しくなった。

「よおアズラエル、久しぶりだな」
「やあキーエンス、何でこんな所に?」
「お前を連れ戻してくれとサザーランド大佐に頼まれたんだよ。全く、マスコミ相手が嫌でこんな所に逃げ込むなんて、何考えてるんだ?」
「君はマスコミの相手をしないから分からないんだ。あいつ等のしつこさがね」

 キースの咎めるような声に、アズラエルはウンザリした顔で返した。彼は相当まいっている様で、思い出すのも嫌だという顔をしている。一体どれだけ取材を受けたのだろうか。
 しかし、キースはアズラエルの泣き言にまるで耳を貸していなかった。アズラエルにここまで強気に出られる人間は滅多に居ないのだが、それだけにキースはアズラエルを連れ戻すという仕事には最適の人材と言える。ナタルもその辺りを見込んでキースを引き摺ってきたのだろう。

「まあ良い、とにかくお前を連れて帰るという約束だからな。文句言おうが泣き叫ぼうが権力振りかざそうが連れて帰るぞ」
「うう、折角ここの生活も気にいってたのに……。会社に戻ったらまた書類とむさくるしい役員連中の相手です」
「それが仕事だろうが?」
「一癖も二癖もある役員に囲まれる会議室より、小言が多い人や凶暴な人が居ても若い美人に囲まれたリゾートの方がずっとマシです。食事も美味しいですし」

 どうやら何言ってもキースが退く事は無いと理解しているようで、アズラエルはとても残念そうな顔をしていた。というか、残りたがっている動機がかなり歪んでいるような。それを聞いていたフレイとカガリのこめかみにビシリと青筋が浮かんでいた。

「小言が多いって誰の事ですか!?」
「凶暴って誰の事だよ!?」
「何だ、自覚あるんじゃないですか」

 突っ掛かってきた2人にアズラエルがニヤリ笑いを浮かべて返し、フレイとカガリは反論に詰って悔しそうに顔を逸らせてしまった。2人をやりこめたアズラエルが満足そうに椅子に腰掛けると、ようやくソアラが食堂から料理を載せたワゴンを押して戻ってきた。そこできょろきょろと食堂を見回し、あれっという感じに首を傾げている。

「どうかした、ソアラ?」
「はい。あとお2人、バゥアー大尉やバジルール少佐と共にいらっしゃったのですが、お姿がありませんので」
「2人?」
「金色の髪の少女と、青がかった灰色の髪の少年でした。バゥアー大尉が御存知だと思います」

 そう言われてフレイはキースに他に誰か連れてきたのかと聞くと、キースはナタルと顔を見合わせていた。

「そういえば、ステラとアウルは何処に行った?」
「ステラがトイレに行くといって、アウルがそれに付いて行った筈ですが、そういえば戻ってきませんね」

 2人の答えを聞いたフレイはソアラを見る。ソアラは少し考えた後、食堂にあった小さな端末を操作しだした。すると、それまでTVモニターだった壁のモニタ−の内容がいきなり家の見取り図のようなものに変わった。
 それを見て驚いていたミリアリアがフレイにこれは何かと聞いた。

「フレイ、これって、何なの?」
「これは屋敷の監視システムを表示させてるのよ。ここには私とソアラしか居ないから、防犯システムは過剰なくらい充実させてるの。か弱い女2人じゃ危ないでしょ」
「そうだな。やっぱり女だけってのはなあ」
「なるほどねえ」

 カガリとミリアリアが納得して頷いている。だが、それを聞いたアズラエルとトールとサイとカズィとシンとユウナが何だか一言抗議したくてたまらないという顔をしていたりする。彼等はテーブルの上で顔を付き合わせ、ごそごそと疑問をぶつけ合っていた。こう「か弱いってどういう意味だったっけ」とか「あの右拳食らったら相手が死ぬぞ」とか、過去の彼女たちの活躍ぶりを思い出して色々言いあっている。そういう事を口にするからぶっ飛ばされるのだが。
 ソアラがコンソールを操作して屋敷の敷地内の監視カメラの映像を次々に切り替えて表示していくと、ようやくステラとアウルを見つけることが出来たのだが、なんだか2人は迷子になっているようだった。泣いてるステラをアウルが手を引いて歩いている。

「どうやら、3階の来客用の部屋の前のようですね。私が行って連れてまいります」
「お願い。でも、何でトイレに行って3階に居るのかしら?」

 首を傾げたフレイ。この答えはソアラが2人を連れてきて話を聞いたことで判明したのだが、なんとステラが階段を見て探検気分で登りだしてしまい、アウルがそれを追っていったのは良いのだが、ふと気が付いたらここが何処なのか分からなくなってしまったというのだ。まあ薄暗い廊下で自分の居場所を見失えば無理も無いのだが。
 それでステラが泣き出してしまい、アウルも途方に暮れてしまったのだそうだ。ソアラが連れて戻ってきた時にはステラをあやしながらだった。


 ようやく面子が揃ったことで食事が始まった。最年少組はよほど空腹だったのが、出された料理をガツガツと平らげていく。フレイたちは久々の再会にお互いの近況などを語り合っていて、年長組は奇妙な緊張を漂わせながら食事をしてナタルを困らせている。
 その食事の最中、フレイがワイングラスを揺らして中の赤ワインを回していると、唐突にサイがとんでもない事を聞いてきた。

「ところでフレイ、キラはどうしてるんだ?」
「ああ、今びょう…………」

 そこまで言って、フレイの動きが止まった。手にしていたグラスが傾き、中のワインがテーブルに零れてしまう。

「あ、やっちゃった」

 しまったという顔でフレイがグラスを立て直し、その場から少し体を退ける。するとソアラがやってきてそれを綺麗に拭き取ってくれた。テーブルが綺麗になったのを見てフレイは元の位置に戻り、いきなりカガリに話しかけた。

「そ、そういえばさカガリ」
「な、何かなフレイ」
「いや、無理して強引に話題を逸らそうとしなくても良いから」

 既にさっきのフレイのミスで全部ばれてるんだよ、と言外に伝えるサイ。それを受けてフレイとカガリは観念したように肩を落としてしまった。

「ああ、実はキラは病院に居るんだ」
「ちょっとカガリ!?」
「言うしかないだろ。もう隠してもおけないしさ」

 戸惑うフレイを制して、カガリは淡々と事情を語りだした。

「実は、あのキラが行方不明になった後、近くの漁民がキラを拾い上げてたんだ。それがつい最近発見されてキラはオーブに連れてこられたんだが、フレイが帰ってきたキラをボコボコにしちゃって、今病院のベッドの上なんだよ」
「ちょっと待ちなさいよ!?」

 思いっきり説明を削ってる上に自分は無関係なように説明するカガリにフレイが怒ったが、カガリはそれも制し、小声でそっと話しかけた。

「本当の事は言えないだろ。ここは誤魔化すに限る」
「た、確かに、あのフリーダムとかいうMSは不味いわね」
「こっちが言わなきゃばれようが無いんだ。ここは我慢しろって」

 こうして2人は誤魔化す方向で行こうとしたのだが、キラが居ると聞いたサイとトールはなるほどと頷いていた。

「やっぱりあの羽付きMSに乗ってたのはキラだったのか」
「俺は半信半疑だったけど、生きてたんだな」
「ちょっと待て!?」
「何で知ってるのよ2人とも!?」

 いきなりフリーダムの事までばれてると知って、2人は慌てふためいていた。それに対してトールがキラの動きをする羽付きMSがアラスカとパナマで自分達を助けてくれたんだと答えると、フレイとカガリはまたガックリと肩を落とした。そりゃキラなら助けに行くだろうが、既にそこまでばれていたとは。

「あの羽付きがオーブに入ったのもこっちで確認してるよ。赤いMSとやりあってただろ」
「見てたわけ?」
「まあね。それでフレイに確かめたんだけど」

 自分達は完全に後手に回っていたのだと悟り、2人は完全敗北を認めた。そりゃまあ、あんな戦闘を白昼堂々とやってれば目立つのも無理は無い。
 だが、キラを連れて行こうと考えていたサイたちだったのだが、キラが本当に重症で病院のベッドの上だと聞かされて呆れ顔になってしまった。MS戦でフレイにボコボコにされ、更に基地に下りた後でフレイとカガリに生身で半殺しにされた為に現在治療中なのだと聞かされたサイとトールとミリアリアはなんとも言えない呆れた目でフレイとカガリを見ている。
 結局、キラを連れて行くのは無理だと理解した3人はそれを艦長に伝えておくと言い、これでこの件は終わりだった。アズラエルもキースが無理やり引き摺って帰る事になったようで、全ての懸案が片付いた彼等は再び食事を再開した。

「お姉さん、スープもう一杯頂戴」
「はい、ステラさま」

 ステラに言われてソアラが更に新たなスープを盛り付ける。それをまた美味しそうにパクパク食べるステラ。だがその向かい側に腰掛けていたシンがポケーとした顔でソアラを見ている。その視線に気付いたソアラがどうかしたのかとシンに問い掛けてきた。

「何か御用でしょうか?」
「あ、い、いえ、何でもないっす!」

 シンが首をぶんぶんと横に振って別に用は無いという事を示していたが、それを見ていたマユがなんだか不機嫌そうな声でサラリとシンの本心を抉った。

「どうせ、メイドさんに見惚れてたんでしょ、お兄ちゃんは」
「な、何を言うんだマユ?」
「べっつにい。お兄ちゃんが特撮マニアだったり変な趣味してるのは昔からだし」
「シンは、こういう服が好きなの?」
「ちがああああう!」

 ステラの問い掛けに全身全霊をかけて否定するシンであったが、ここまでムキになると逆に疑いの色が濃くなってくる。周囲の面々もこいつ本当にそういう趣味じゃないのかと疑う中で、ステラは視線を隣にいるソアラに向けていた。

「こういう服って、何処にあるの?」
「この仕事着ですか?」
「うん」
「そうですね。これは特注品ですので、市販はしておりません。手に入れるのは難しいかと」
「そうなんだ」

 なんだか酷く残念そうに落ち込んでしまったステラ。それを見てソアラは困った顔になり、少し考えてステラにそっと何かを耳打ちした。するとステラは途端に表情を輝かせ、嬉しそうにウンウンと頷いている。それを見たアウルがどうかしたのかと聞いたが、ステラは何でもないよと嬉しそうに答えるだけで教えてはくれなかった。

「お兄ちゃん、もう諦めなよ。カズィさんと一緒にあんな映画に出たくらいの特撮マニアなんだし。改造町人シュビビンマンだって毎週遅刻ギリギリなのに見てるし」
「ぐぐぐ……」

 もう諦めてるから何も言わないわよ。と言っているも同じな妹の攻撃にシンはたじろいでいた。どうやらこいつにも自覚はあったようだ。その2人の口喧嘩を見てステラが首を傾げている。




 こうして食事も終わり、一同は食堂からリビングに移って談笑をしていた。TVでは戦争のニュースが多いが、オーブ国内のニュースも多い。最近の情報に飢えていたかれらはそれを真剣に見ていて、フレイは一歩離れた所で紅茶を飲んでいる。
 そのリビングに洗い物を終えたらしいソアラが戻ってきたのを見て、フレイはソアラに声をかけた。

「あ、ソアラ、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょうか、お嬢様?」
「実は、資金を都合して欲しいんだけど」
「資金をですか? 何か、どこかの企業の買収でもするのでしょうか。既にいくつかの企業には買収工作を進めておりますが」

 とんでもない事をサラリと言ってくれるソアラ。それを聞いたカガリとユウナが顔を引き攣らせていたりする。
 フレイは首を左右に振ると、ソアラにアズラエルとの約束を簡単に伝えたのだ。

「実は、アズラエル理事のやってる研究にこちらから資金を提供しようと思ってるの。その、強化人間っていう、戦闘用に体を弄られた人の治し方を研究するんだけど」
「……強化人間、ですか。また物騒な名前ですが、一体幾ら使われるおつもりです?」

 その問いに対して、近くにやってきたアズラエルが2人と一緒に部屋の外に移動し、ソアラにとりあえず500万アースダラーの提供を求める。ソアラはその金額を聞いて眉を顰め、アズラエルにどういう事かを聞く。

「500万、今すぐ出せない事はありませんが、かなりの金額です。その研究で治療法が確立して、どれだけの人を助けられるのですか?」
「現在戦場に出ている強化人間は全部でざっと100人ちょっとですから、これだけですね。まあ、薬物中毒の治療法とも言えますから、麻薬中毒患者の治療にも技術転用できるでしょうが」
「つまり、助かるかどうかも分からない100人のために、500万もの大金を出せと?」
「いえ、研究資金ですから、今後も提供していただきますよ。流石に500万出し続けろとは言いませんが」

 アズラエルの返事を聞いたソアラは暫し目を閉じてじっと考え込んだ。頭の中では何か計算が行われているようなのだが、フレイはそのソアラを心配そうに見ていた。
 そして考えが纏まったのか、ソアラはゆっくりと目を開けてフレイを見た。

「お嬢様、私は反対です」
「ソアラ、どうして?」
「100人を助ける為に500万を、しかも定期的に出してどうなります。それだけの金があれば、万単位の戦争難民に支援を行う事が出来ます」
「でも……」
「いま、このオーブにもあわせて10万を越す難民が流れ込み、難民キャンプに身を寄せ合って暮らしています。それだけの資金をそんな事に使うのでしたら、このオーブの難民を救うべきではないでしょうか? 少なくとも、餓死者は減らせるはずです」

 ソアラの反対意見に、フレイは反論する事が出来なかった。100人の救えるかどうかも分からない命より、確実に救える10万を救った方が良いに決まっている。
 だが、そのソアラの意見に対して反対する者がいた。

「100人は見捨てても良いってのかよ?」
「盗み聞きですか、カガリ様?」

 カガリだった。彼女もリビングから外に出てきたのだ。

「少数は切り捨てても良いのかよ、ソアラ?」
「それが最善策です。それに、切り捨てる云々を仰るのでしたら、オーブに身を寄せる難民を半ば放置しているオーブ政府こそ責められるべきなのではありませんか?」
「ぐっ……」

 痛いところを突かれてカガリが押し黙ってしまった。オーブ政府も最初は難民に支援をしていたのだが、際限なく増え続ける難民にオーブ政務も遂に支援の打ち切りを決定し、これ以上の難民受け入れを拒否する姿勢に出た。オーブの国土は狭いので、難民を受け入れる余力など元からありはしなかったのだ。そもそもオーブの水と食糧の自給率はかなり低い。特に真水の確保が問題になっている。
 だが、難民は中立国のオーブに流れ込んできて、そのまま海岸地区の一角を占領してスラムを作ってしまった。これを強制排除する事も検討されたのだが、何処に排除するのかという問題も生じ、結局放置という事になっている。ただ、その為に治安が悪化し、深刻な社会問題となっている。

「仕方ないだろ。あれだけの数を食わせるなんて、うちには出来ないんだ」
「分かっております。オーブにはあれだけの難民を住まわせる事も、仕事を与える事も出来ないでしょう。かといってオーブが代わりに研究費を出すとなれば、その使用用途を明かすことも出来ないでしょうから、やはり大きな問題となります」

 他所の国が造った強化人間の治療費をオーブが出してやる。そんなふざけた事を言えば大変な事になるだろう。そんな金があるなら、他に使うべきだと誰もが言う筈だ。この支援はオーブには出来ない、だが私人であるフレイになら出来るのだ。しかしソアラは反対している。
 カガリは困り果ててフレイを見た。アズラエルも面白そうにフレイを見ている。そしてフレイは、ソアラの反対を押し切るように資金を出してくれとソアラに言った。

「ソアラ、貴女の反対も分かるわ。でも、私は何とかしてあげたいの」
「お嬢様」
「これは私の我侭よ。ソアラの言うことの方が正しいってのは分かってる。でも、私は目の前で苦しんでる人を、人生を理不尽に奪われた人たちを、見捨てたく無いの」
「…………」
「だから、お願いソアラ」

 フレイの個人的な理由、と言ってしまえばそれまでの事だが、フレイにはフレイなりの理由があった。アークエンジェルに乗ってユーラシア大陸を縦断してきたフレイは、多くの悲劇を目の当たりにしてきた。大勢の難民を見てきて、助けられなかった命に涙を流してきた。目の前で苦しむ人を見捨てたくないというのは、そんな体験から彼女の中に生まれた本心であった。
 フレイの懇願を聞いてソアラはもう一度目を閉じて考えた後、フウッと溜息をつき、妙に晴れ晴れとした笑顔を作ってフレイに頷いて見せた。

「分かりました、何とか致しましょう」
「ソアラ、ありがとう!」
「いえ。それに、少し安心致しました。お嬢さまにもアルスターの血が流れているのだと、確認できましたし」
「アルスターの?」
「はい、亡くなった旦那様も先々代様も、お嬢様のように理不尽な悲劇が許せない。そんなお人でした」

 ソアラは何かを確かめるように頷き、アズラエルにホールワディッツ銀行から融資を行う事を約束したが、何故かアズラエルは呆けたような顔をしてフレイを見ていた。その視線に気付いたフレイがどうかしたのかと問うと、アズラエルは我に帰って慌てて誤魔化してしまった。
 そして融資の件に礼を言うと、彼はさっさとリビングに戻ってしまった。それを見た3人はどうかしたのかと首を傾げた後、同じようにリビングに戻ったのだが、そこではちょっとした騒ぎが起きていた。

「シンは、お兄ちゃんって言われると喜ぶの?」
「そうなんです。お兄ちゃんったら本当にマニアというか、成長しないと言いますか」
「マ、マユだってメカフェチじゃないか。前の撮影の時なんか戦車や装甲車に囲まれて大喜びして中見せてくれってせがんでただろ!」
「あー、お兄ちゃん誤魔化そうとしてる〜」
「……お兄ちゃん」

 何があったのだろうか。サイとカズィがなにやらヒソヒソと相談してるし、トールとアウルは頭を抱えて頭痛を堪えているように見える。そしてミリアリアはキースやナタルと一緒にのんびりとTVを見ていた。ユウナは1人紅茶を楽しんでいる。

「何があったのかしらね?」
「さあなあ」

 状況の推移がさっぱり理解できない2人は首を傾げてしまっていた。まあ、理解しろという方が無理なのだが。
 そんな子供たちのじゃれあいを見ていたアズラエルが、少し寂しそうな声を漏らした。

「ザラをラクスさんが暗殺なんかしなければ、今頃終戦に向っていたんですがね」
「ラクスと言われると、クライン家の?」

 アズラエルの隣に立つソアラがそう聞いてきて、アズラエルは小さく頷いた。

「ラクスさんは自分ではないと否定していますが、プラントではそういう事になってるようです。ラクスさんではないのなら誰がやったのやら」
「ラクス・クラインを隠れ蓑に使った第3者がいるかもしれないのですね」

 アズラエルの話に少し考え込むソアラ。ソアラの呟きを効いたアズラエルも「第3者ですか」と呟き、考え出してしまった。

 この後、もう遅いからという事で彼等はそのまま屋敷に泊まっていくことになった。そこで庶民でしかない彼等はフレイの屋敷のスケールに改めて驚く事になる。もっとも、お子様連中は広い寝室に大はしゃぎしていたりして、キースやナタルに窘められていたのだが。






 この頃、プラントではクルーゼが1枚の写真を手にヴィジフォン越しにエザリア・ジュールと話し合っていた。

「これはオーブにいる私の部下が撮影したものなのですが、いかがでしょう、議長?」
「まさか、オーブにフリーダムがあるとはな。これはどういう事なのだ?」
「どういう経緯で流れたのかは私にも分かりません。ただ、フリーダムがオーブにあって、そこからNJCの情報が流れる危険があるという事は事実です」

 NJCの流出、それはプラントが想定する中で最大級の悪夢の1つだ。もしそんな事になれば、核兵器の封印が破られてしまうだろう。そういう事態だけはなんとしても避けなくてはいけない。

「分かった、オーブには外交ルートを通じてフリーダムの即時返還と、パイロットの身柄引き渡しを求めるとしよう」
「もし、断わればどうなさいますか?」
「その時は分かっているだろう?」
「承知いたしました。私は地球に降りて、万が一に備えるとしましょう」

 事実上のオーブへの攻撃を決定したも同然だった。オーブはこの要求を決して受け入れまい。そうなればザフトはオーブに侵攻する。残された中立国はオーブとスカンジナビア王国であり、このうち外交の舞台となったのはオーブだ。このオーブを潰せば、連合とプラントの講和の目は無くなると言って良い。
 エザリアとの通信を打ち切ったクルーゼは、満足そうに隣に立つゼムを見た。

「ゼム、全ては順調だよ。これで目障りなオーブを潰す事が出来る」
「は、それは喜ばしいのですが、1つ気になる事が」
「なんだ?」
「オーブに入ったフリーダムなのですが、どうもオーブMSの迎撃を受け、撃破されたそうなのです」
「馬鹿な、あのフリーダムを撃破しただと。オーブ軍がか?」
「潜水艦の映像データで確認しておりますが、相手の赤いMSも桁違いの強さでした。オーブの実力、侮らぬ方が宜しいかと。あまりザフトの被害を増やしては全体のバランスが崩れます」

 ゼムはフリーダムを撃破したあのM1の強さに正直驚いていた。まさかオーブ軍があれほど強かったとは。クルーゼもその話を聞いて、オーブを正面から攻略するのは危険かと考えるようになっていた。
 たんにキラを迎撃したフレイの実力が化物じみていただけなのだが、クルーゼたちはそれがオーブ軍の実力なのだと勘違いしてしまい、それがザフトの作戦にかなりの影響を及ぼす事になる。



後書き

ジム改 オーブの命運は風前の灯です。
カガリ なんつうか、キラって本当に動けなかったのか?
ジム改 うむ。AAが連れ帰りたくても無理な状況なのだ。
カガリ どれだけやったんだ、私たちは?
ジム改 まあ、お前等にぼこられたのがとどめだったんだが、これまでの疲労の蓄積も酷かったのだ。
カガリ それで、これからどうなるんだ?
ジム改 とりあえず、次回でアークエンジェルは出航するが、ザフトはオーブ攻略の準備に入るな。
カガリ そしてオーブを救えるのは私の新型だな!?
ジム改 スーパーメカカガリか?
カガリ 何でそっちにいくんだよ!?
ジム改 失礼な、これでも口にスーパーサウンドブラスターを装備し、MSでも一撃でバラバラに出来る化物だぞ。
カガリ なんで映画の撮影機材にそんなもんが付いてるんだよ!?
ジム改 まあ色々と理由がな。一応、カガリ用のM1S・CA型もあるけどな。
カガリ おお、そんな物が。
ジム改 お前さんが乗るとは限らないわけだが。
カガリ 待てこら!
ジム改 それでは次回。母に看病されるキラの元を訪れるアズラエル。そしてオーブはプラントからの要求を受けて進退窮まることに。オーブ攻略の準備に入るよう命令を受けたカーペンタリアでは、多くの指揮官達が騒然とする。そしてオーブを離れたAAを見送ったカガリとフレイは、前にキースに紹介されたフィジーに住む変人の元を訪れる事決めた。次回「自分に出来る事」でお会いしましょう。

次へ 前へ TOPへ