「 筆と書 」

 七.古筆の再現

 日本産の狸で硬い毛である白狸と上質の黒狸、反対に比較的柔らかい狸である黄狸、さらに質が落ちる尾狸を使用。 北京狸の場合は、近年毛質が変化していると推測されるため、四十年以上前の黒狸の一級品と二級品を使用して、古筆の再現を実施した。

 狸は毛先が揃えやすい材質であるため、毛先がよりすぎて困る。 よって、毛先を寄せた後で、毛先のほうを強く打って(打ちもどし)ノゲ(命毛)を立たせて作ると、とても書きやすい筆になる。 しかし、当時のような線質は出てこない。 また、寄せたままで筆にすると、毛先が割れてしまう。 筆を作っては壊し、作っては壊しと、数え切れないほど筆を作ってみたがどうしても古筆を再現することができない。

 原因を考えた結果、今までの製造方法では「コマ立て製法」を用いなかったためではないかと思い、コマ立て製法を試みた。 今から二十年程前に、テレビで京都の職人が玉毛の面相を作る時、コマ立て製法で作るのを見た記憶があったからだ。 その方法を思い出しながら、コマ立て製法を試みた。ところが、見るとやるとでは大違いであった。

 乾燥した毛は小さいコマの中にはなかなか入らず、 また、板(手紙ぐらいの大きさ)の上に載せ、軽くたたくと毛先が寄り過ぎてしまう。 打ちもどしをかけると、コマと毛がどこかに飛んでいってしまう有り様で、何度試みても上手くいかない。 しかたなく大きなコマに入れてみた。すると、緩すぎて毛が傾き、先が斜めになった。

 王羲之の「十七帖」を臨書した時、筆が悪く先が崩れているのではないかと思ったが、 まさか空海も同じかと思い、先が斜めになったまま筆にしてみた結果、「風信帖」を書くのに近いと思われる筆ができた。

 念のため毛の先を斜めにして、狸以外の以下の四種類、馬毛、イタチ、玉毛、羊毛 (現在の製法で先出しの毫をそのまま芯立てして、紙を巻いて書いて調べてみた原材料)についても、筆を製造し、調査することにした。 なお、毛質からして斜めの必要がない毛である白真は除く。

 馬毛は斜めにすると柔らかく、先がついてこず、書き難いだけで同等の線質は出てこない。

 イタチも書き難いだけで線質が違う。特別に長い毛は斜めにすると、書き易いが、線質がきれいに出すぎる。

 国産の長い玉毛はやはり線質は違うし、イタチと同様に特別長い毛を使用し、斜めにすると、書き易いが、線質がきれいに出すぎる。 しかし、ためし書きをしてみて、これほど楽しい筆は少ない。筆の向きが変わるたびに線質が変化するため、仮名には最適であると思われる。

 羊毛は種類が多いため中には「風信帖」を書くことが可能と推測される筆もできたが、渇筆の時の線質が違う。 また、太筆はともかく、細筆は斜めにする必要のない毛が多いため、やはり羊毛ではない可能性が高いと推測された。

 その後いろいろ試みた結果、「風信帖」を書いた筆は通説通り、 おそらく材質は狸で先は三ミリ前後斜めになっており、紙巻筆であるという結論に達した。








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